高校中退の息子と父親
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高校中退の息子と父親

2019年06月08日(土)9:04 PM

子を想う親の思いの深さに親の差はありません。父親も親であることから「逃げられない」と気がついたとき、子どもの健気さに寄り添い続けていきます。

 

 

 

 

 

年が明けて仕事始めの朝でした。関東自立就労支援センターの相談室に白髪混じりの紳士な父親が出勤前に訪ねてくれました。

 

 

 

 

 

すでに、母親とは20歳を前にして就職を迷う長男のことで何度かお会いしていましたが、父親との面識はありませんでした。

 

 

 

 

 

「おはようございます」父親は、面接室のドアを開けるとコートを脱ぎながら細い声で挨拶してくれました。

 

 

 

 

 

母親から聞いていた「いばった父親」とは違って、自信のなさがどこからでもうかがえてくるようでした。

 

 

 

 

 

事前に母親から「ついに息子が父親に手をあげた」という連絡を受けて、面接の予約を組んでいたわたしは、思わず緊張を和らげようと近づき声をかけました。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

「いや、少し・・・・」

 

 

 

 

 

遠慮気味に返事する父親は「お恥ずかしい顔になって」と言いたげに、面(おもて)をあげてくれました。

 

 

 

 

 

「いや、ずいぶんとやられましたね」わたしは労わりと親しみを込めて、腫れ上がった目元を見つめながら椅子に腰掛けるように誘いました。

 

 

 

 

 

「わたしが息子に何をしたというんでしょうか。どうしてこんな目にあわなければいけないんですか」

 

 

 

 

 

父親はわたしが椅子に腰を下ろすと、さらに続けてこう言いました。

 

 

 

 

 

「失礼なことを言いますが、わたしはこんなところにはあまり来たくはなかったんです。

 

 

 

 

 

妻に何度も『一緒に行って』と言われていたんですが、どうせまた『父親の責任』を責め立てられておしまいだろうと思うと、会社を休んでまで来る気はありませんでした。

 

 

 

 

 

実は、息子が高校を中退して一年が過ぎた頃、一度妻が通っていた相談所に家内と訪ねたことがあったんです。

 

 

 

 

 

すると、若い大学を出たばかりのような男に、父親が悪い、父親が悪いと一時間中言われましてね、腹が立ちましたよ。

 

 

 

 

 

妻の立場も考えて、おとなしくしていましたがね。あれが相談ですか。相談って、人を傷つけるためにするもんでしょうか」

 

 

 

 

 

怒りとともに赤ら顔になった父親は、わたしの顔を見ながらうなずきを求めていました。

 

 

 

 

 

それは、わたしに「あんたを信じてもいいのですね」と釘を刺すようでもありました。

 

 

 

 

 

「そうですか」わたしはゆっくりと間をおきながら、父親が怒りをいつまでも割り込んで話せるようにうなずきました。

 

 

 

 

 

父親は二十年間の「無遅刻、無欠席」を自負すると「年始早々に遅刻するはめ」になった息子への悔しさを語りだしていきました。

 

 

 

 

 

「どうしてあんな息子のためにわたしの二十年間に、こんな「遅刻して面接に来たこと)泥をぬられなければならないんですか」

 

 

 

 

 

こう吐き捨てるように言う父親でさえ、この「泥」が後に「宝」に思えてくるから不思議です。

 

 

 

 

 

いや、人は素直に遠慮なく自分の気持ちを出せれば他人の気持ちも入ってきます。

 

 

 

 

 

だから、悔しい、やるせない、情けない気持ちを汲みとってくれる場や人が大切なのです。

 

 

 

 

 

「だいたい家内があの子を甘やかし過ぎたんですよ。わたしがいくら厳しくしろ、そんなに嫌なら学校に行かなくてもいいから働かせろ、と言っても家内はせっせと小遣いを与えているんですよ。

 

 

 

 

 

息子はわたしが煙たいようなので、わたしが直接言うよりも、家内が言ったほうがいいと思うので、今まで任せてきたんですよ。

 

 

 

 

 

任せている事が、家内にとってはわたしが息子を認めていることになっていたんでしょうか。

 

 

 

 

 

家内は息子のいいなりになっているんです。そしてときに見かねて、家内に注意するといきなり子育て関係の本を読めと言い出すんです。

 

 

 

 

 

そして何かと言うと、口癖のように「受容」と言うんです。来週は成人式じゃありませんか。

 

 

 

 

 

それで昨夜、思いあまって家内に言ったんです。『俺の言うことをお前はまじめに聞いているのか。あいつに少しはきつく言っているのか』すると家内がにらみつけてこう言うんです。

 

 

 

 

 

『言えばいいってものじゃないわよ、新年を迎えたばかりで。そんなに言いたければあなたが言ったらいいのよ』わたしはびっくりしました。

 

 

 

 

 

何か家内の捨て身を見る思いで、慌ててしまいました。それで売り言葉に買い言葉でしょうか、『新年だから、二十歳になったから言うんだ。言わなけりゃ三十歳になってしまうぞ。よし、俺が言う』と言って、ニタニタしながらテレビを見ている息子に、一年ぶりに声をかけたんです」

 

 

 

 

 

父親はここまでいっきに話すと一息つき、手ぐしで前髪を重くかき上げました。

 

 

 

 

 

「『おい、声をかけたら返事くらいしろよ』、わたしをやっぱり無視していることに怒りがこみ上げてしまい、強い口調で言ったんです。

 

 

 

 

 

それでもまだ、テレビを見ていたことにわたしの我慢も限界になり、まずいとは思ったんですが言ったんです。

 

 

 

 

 

『このゴク(穀)つぶし、いつまで親を困らせる気だ』と。するとびっくりしてしまいました。

 

 

 

 

 

気の弱い子だと思っていたあの子がわたしをにらみつけると立ち上がって近づいてきたんです。

 

 

 

 

 

わたしは息子にも捨て身になる力があったことに驚きと嬉しさで混乱してしまいました。

 

 

 

 

 

すると息子はわたしの首根っこをつかんで、生まれて初めて聞くような大きな声で、『オマエ、それでも親かよ』と言ったんです。

 

 

 

 

 

わたしはこの子にもこんな大きな声が出せるんだ、とまた驚きました。その瞬間、早まったと思いましたが、もう混乱した気持ちを落ち着かせることはできませんでした。

 

 

 

 

 

わたしも息子の首根っこをつかみ返すと、『オマエ、とは誰に向かって言っているんだ。生意気に一人前の口をきくな』と一歩踏み出したんです。

 

 

 

 

 

するとあの子は涙声で叫ぶように言ったんです。『オマエ、実の親だろ、よく言うよな』その後暴力をふるわれ、気がついたらわたしの顔はこんな顔になっていました」

 

 

 

 

 

父親は妻や子どもの気持ちに初めて触れた気がしたのかもしれません。自身の切なさを悔しさで吹っ切っているようでした。

 

 

 

 

 

その日、午後の三時ころ再び父親から相談室に電話が入り、夜八時ごろ面接に来ることになりました。

 

 

 

 

 

だんだん痛みが増してきたのか、さかんに目元をかばいながら話し始めました。

 

 

 

 

 

そして、向けられた悔しさは家族ではありませんでした。

 

 

 

 

 

「まじめ一筋のわたしが、こんな顔をして会社に行くわけだからみんな心配ですよ。

 

 

 

 

 

それで遠慮しながら聞いてくるんです。はじめは事故でもしたような言い方でごまかしていたんですが、ウソのつけない性格で本当のことを話してしまいました。

 

 

 

 

 

それも一人ひとりに。すると全員がわが家のこと、息子のことに驚くんです。そして最後の言葉がみんな決まっているんです。

 

 

 

 

 

『課長、がんばってください』あのがんばってという言葉、冷たい言葉ですよね。突き放された感じがするんです。

 

 

 

 

 

こんなとき、励ましはつらいです。でも気がついたら、あの言葉はわたしが部下や家族にいつも言っていた言葉なんです。

 

 

 

 

 

昼食はいつも誰かが誘ってくれていました。でも、今日、デスクにいたのはわたしひとりでした。

 

 

 

 

 

思わず九階から窓越しに外を見ながら思いました。これが現実なんだと。すると家族の顔がいくつも浮かんできました。

 

 

 

 

 

わたしは愚かでした。人って悲しみに襲われたときに真実が見えるんですね」

 

 

 

 

 

父親は失望感に打ちひしがれていました。ですが、面接時間が終わりに近づくとこうもつぶやきました。

 

 

 

 

 

「これからご自宅に帰るんですよね・・・・・」

 

 

 

 

 

「ハァ、エエ・・・・・」

 

 

 

 

 

わたしは父親の気持ちを推し量ると、なんとも返事ができませんでした。

 

 

 

 

 

「心配しないでください。わたしも帰ります。でも、やっぱり怖いんです。息子が・・・・。昨日まで何も怖くなかったのに・・・・」

 

 

 

 

 

「逃げられない」親子関係に気づいたとき、親として無力な自分と向き合うことに父親は怯えているようでした。

 

 

 

 

 

ですが、面接室を後にする父親の背筋は朝よりも伸びているように見えました。

 

 



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TEL
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活動内容
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