29歳ひきこもりの男性のケース
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29歳ひきこもりの男性のケース

2019年05月20日(月)12:27 PM

「この年齢(29歳)になってまで、まだ親に悪態をつき、一日中部屋にこもっている人間が他にいるわけないじゃないか。

 

 

 

 

 

話す相手はもう一人もいない。こんな情けない男に誰が好きでいるかよ」

 

 

 

 

 

「本当の親なら何一つ家には傷もつけず、自分の体ばかり痛めつけ、親子の清算もできずにいる俺のつらさや悔しさを受けとめてくれたっていいじゃないかよ」

 

 

 

 

 

「一時間一人、一週間に一六八人を呼んで来い。そうでもしないと、俺は親父の言う通り”ダメな人間”として時代からとり残され、ホームレスにもなれずに、一生を終えてしまう」

 

 

 

 

 

A君の”奴隷”となって仕える母親は、困惑するとわたしを彼の話し相手の一人に迎えてくれました。

 

 

 

 

 

猛暑が過ぎ去り、時折冷風に心和む夕方、わたしはA君の家を訪ねました。

 

 

 

 

 

父親は一代で百人規模の会社を築いた社長でした。応接室にはやたらと神仏がまつられ、豪華な舶来品の横には笑顔で写る父親の写真が飾ってありました。

 

 

 

 

 

母親は常に何かにおびえているようで、こわばる顔がわたしには痛々しかったです。

 

 

 

 

 

姉と弟は海外で生活し、今はA君と両親のみで住む家は広く静かで、そしてあまりに整いすぎていて冷ややかな印象を受けました。

 

 

 

 

 

閉ざされたA君の部屋の前には、季節を知らせる着替えが丁寧に重ねられてありました。

 

 

 

 

 

わたしは声をかけると、一年中季節感もなく短パンとTシャツで過ごすA君と体面しました。

 

 

 

 

 

タバコのヤニ臭さが鼻をつき、雑然とした部屋はこの家の”別世界”でした。彼はわたしの座る位置を指示すると沈黙しました。

 

 

 

 

 

しばらくして母親が麦茶を用意し部屋を出ると、A君は内側からカギを閉めました。

 

 

 

 

 

その音の強さにわたしは親子の距離を知りました。

 

 

 

 

 

「タバコ吸ってもいいですか」

 

 

 

 

 

「ああ、いいよ」

 

 

 

 

 

喘息のわたしにはつらかったのですが、彼の緊張をほぐすことがまずは優先でした。

 

 

 

 

 

「僕はいつも報われない人間でした。残り少ない冷蔵庫の麦茶をいっぱいにしておくのは必ず僕の役目でした。

 

 

 

 

 

姉は空っぽでも冷蔵庫に戻し、弟は飲み残しても台所に出しっぱなしでした。

 

 

 

 

 

犬を飼うことに自信がないと、唯一反対した僕が、どうしていつも自分一人で世話をしなければいけないんですか。

 

 

 

 

 

僕は愛犬が雨に濡れても、散歩に連れて行かなくても、小屋を作ってあげなくても平気でいることができなかったんです。

 

 

 

 

 

その僕の不満に父は、『家族のことでケチなことを言うな』と怒鳴りつけるんです」

 

 

 

 

 

A君はこぼれる涙を言葉に詰まることで隠しました。

 

 

 

 

 

私立中学の入試に失敗した夜、両親が隣室で話しているのが聞こえてきました。

 

 

 

 

 

「あいつはバカだから一生ダメな人間で終わるだろう」。

 

 

 

 

 

父親のひと言に「我が子をバカと吐き捨てる親がいるだろうか」と自分の耳を疑いました。

 

 

 

 

 

「僕はダメなやつと思われたくないとある国家試験を受け続け、この年齢になってしまいました。

 

 

 

 

 

失敗するたびに『弁護士一人も出ていない大学だろう』が父の決まり文句でした。

 

 

 

 

 

僕はこんな悪趣味な家より、”長屋”のほうがよかったんです。

 

 

 

 

 

網戸から聞こえてくる鈴虫の鳴き声が、A君の切なさと重なってわたしの胸を締めつけました。

 

 

 

 

 

同世代証明書

 

 

 

 

 

「今日わたし、4年間通った高校を無事に卒業しました。これでやっと友だちを取り戻すことができた感じです」

 

 

 

 

 

電話口で喜びに浮足立つ自分を必死に抑えて話すE子さん(19歳)の声に耳を傾けながら、わたしは彼女の「置き去りにされた10代」に思いをはせていました。

 

 

 

 

 

「どうせわたしはバカな娘よ」。そんな口癖が浮かんできました。

 

 

 

 

 

「まぶしいほどに輝いていた」E子さんは小学校6年生でバスケットクラブのキャプテンに選ばれました。

 

 

 

 

 

几帳面な性格が顕著になり”朝練”を遊び感覚で遅刻する友だちを許せませんでした。

 

 

 

 

 

よかれと思って注意するたびに友だちは「偉そうに」と言ってしだいに遠ざかっていきました。

 

 

 

 

 

責任感が裏目に出てしまう自分に悩んでいた彼女に父親は言いました。

 

 

 

 

 

「バカ正直だな。融通をきかせてやればいいんだよ」

 

 

 

 

 

「そうよ、どうせわたしはバカな娘よ」。E子さんはそう言い返しました。

 

 

 

 

 

語気の強さに父親は初めて戸惑いました。

 

 

 

 

 

「息切れするように」中学に入ったE子さんは、心ない男子生徒から”タラコ唇”とからかわれました。

 

 

 

 

 

友人関係への自信のなさに「ブス」が追い打ちをかけました。

 

 

 

 

 

しばらくして、友だちに声をかけたり、かけられたりすると「誤解される人間」になりそうに思えてきました。

 

 

 

 

 

5月の連休「親に内緒で一人旅をして心のバランスを取り戻そう」としました。

 

 

 

 

 

ところがその焦りが顔をこわばらせ、唯一の幼なじみの級友と「誤解のけんか」を起こしてしまいました。

 

 

 

 

 

心細くなって母親に相談しました。「あの子がそんなバカなこと言うわけないわよ。あなたの誤解よ」

 

 

 

 

 

「そうなの、わたし、バカな娘なの」茫然自失のE子さんは、そう返事すると、自室に閉じこもり布団に身を巻き耳をふさぎました。

 

 

 

 

 

登校時間になると、腹痛が起き、休むしかありませんでした。

 

 

 

 

 

「家の前にある中学からチャイムが鳴ると、楽しく会話する友達同士の様子が浮かび、遠のいていきました。

 

 

 

 

 

つらくなると、夜、母親と校門の前に立っていた」といいます。

 

 

 

 

 

休み続けるE子さんに幼なじみの級友から電話が入りました。

 

 

 

 

 

「学校へ来なよ。これが最後の誘いだよ」

 

 

 

 

 

「どうしてそんな言い方を・・・・」と躊躇しているうちに電話は切れ、E子さんの登校の気力も失せました。

 

 

 

 

 

以後、制服を見ると胸が痛みました。中3の1月、卒業の寄せ書きが自宅に届けられました。

 

 

 

 

 

クラスメイトの名前を人差し指で追いましたが、顔が思い出せませんでした。

 

 

 

 

 

「3年間、自分だけ時が止まり、無駄に過ごしてしまった。友達を取り戻したい」。そう思うと、全日制高校への希望が膨らんでいきました。

 

 

 

 

 

「3年間も不登校をした子の高校への調査書は・・・・・」と担任は願いを拒みました。

 

 

 

 

 

「バカな生徒かもしれません。でもわたし、不登校でも高校に行きたいんです」

 

 

 

 

 

E子さんの願いは定員割れの二次募集でかなえられました。

 

 

 

 

 

そして1年の留年を乗り越えることで、同世代から「置き去りにされたバカな娘」は卒業していきました。

 

 

 

 

 

卒業証書は”同世代証明書”だとわたしは思いました。

 

 

 



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