意外に根深いうつ病と親子関係の関連
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意外に根深いうつ病と親子関係の関連

2019年05月18日(土)12:06 PM

関東自立就労支援センターには、心身の不調から社会生活に適応できなくなり、悩んでいる方が毎日のように訪ねてきます。

 

 

 

 

 

そんな方々の話を聞いてみると、必ずといっていいほど親に対する異常なほどの恨みや憎しみが見え隠れします。

 

 

 

 

 

反抗期を過ぎれば「親も同じ人間なんだから、精神的に弱い部分があってもしかたがない」と少しずつ認められるようになってくるものですが、この時期を過ぎてからも親に対して強い不満を持っているとしたら、それは子ども時代の「いい子」への過剰適合の集積の結果だといえるかもしれません。

 

 

 

 

 

実際、うつ病にかかる人は子ども時代に優等生であったことが少なくありません。

 

 

 

 

 

親に話を聞いても、やはりそのほとんどは、「子どもの頃は非常に元気で、明るく、なんの心配もない子どもでした」と口をそろえます。

 

 

 

 

 

ただ、よく考えていただきたいのです。本当に何の心配もない子どもなどいるのでしょうか。

 

 

 

 

 

いつの時代でも、子どもの未熟さは常に親にとっての心配事であり、その親の心配を乗り越えて育ってこそ、はじめてバランスのとれた大人に成長するのです。

 

 

 

 

 

ところが、うつ病になりやすい人は、親に心配かけまいと、心身の健康を損なうぎりぎりのところまで積もった感情を抑え込んでしまいます。

 

 

 

 

 

自分という本質に仮面をかぶせ、親や周囲の人に価値観を合わせてひたすら耐えるのです。

 

 

 

 

 

この耐えるという作業が長ければ長いほど、心に鬱積した感情はいったん氾濫すると止めようがなくなり、ついにはうつ病を引き起こすという事態を招いてしまいます。

 

 

 

 

 

現在、うつ病に苦しみ、その責任をご両親にあると考えているならば、あなたは「いい子」の仮面をはずし、本来の自分を取り戻していくための過渡期に入った、ということを意味するのです。

 

 

 

 

 

うつ病にかかった、ということはけっして恥ずかしいことではありません。むしろ「いい子」を演じてきた人にとっては、自分回復のための道に気づいた喜ばしいことでさえあるのです。

 

 

 

 

 

そして、つらい症状を乗り越えれば、かけがえのない自分と、自分らしい生き方を取り戻すことができるでしょう。

 

 

 

 

 

「なぜ自分だけがこんな病気に苦しまなければならないのか」

 

 

 

 

 

うつ病にかかると誰もが考えます。しかし現代社会にあって、うつ病はまさに誰もがかかる可能性がある病気なのです。

 

 

 

 

 

人より早くかかったということは、人よりも早く本質的な自分を取り戻すことができるということを意味しています。

 

 

 

 

 

「母親的良心」と「父親的良心」を併せ持つこと

 

 

 

 

 

「病める家庭が心の病んだ人間を生み出す」最近、そういった言葉を頻繁に聞くようになりました。

 

 

 

 

 

残虐な事件の低年齢化がどんどん進み、人の命をいとも簡単に奪ってしまう事件が増えているからでしょう。

 

 

 

 

 

こうした事件の真相が明るみになると、まず大きく取り上げられるのは家庭の問題です。

 

 

 

 

 

両親の責任や家庭の養育機能の崩壊などがマスコミによって声高に叫ばれるたびに、家庭とは何なのかを改めて考えさせられます。

 

 

 

 

 

このとき、よくクローズアップされるのが、いわゆる「母原病」と呼ばれるものです。

 

 

 

 

 

母親の育て方が原因となり、子どもの心身形成や成長にひずみを生むという考え方です。

 

 

 

 

 

母親の過保護や愛情不足は、子どもの人間形成に多大な影響を与えてしまいます。

 

 

 

 

 

また、仕事にかまけて育児を放棄する父親の責任も大きいです。子どもは大人の行動に注目しながら成長していくものだけに、周囲の大人を観察し、模倣しながら行動のあり方を学んでいきます。

 

 

 

 

 

なかでも、子どもにとってモデルにしやすいのが、もっとも身近な存在である親です。

 

 

 

 

 

親のすること一つひとつ目で追うことで、日常生活のさまざまな行為や言葉遣いなどを覚えていきます。

 

 

 

 

 

また、父親と母親の接し方を見ながら、性別による言動の違いなども学習していきます。

 

 

 

 

 

そのため、両親の役割がきちんと機能していない家庭は、子どもの性格にゆがみを生じさせてしまうのです。

 

 

 

 

 

1900年代の精神分析学者として名高いエーリッヒ・フロムは、その著書「愛するということ」(新訳版・紀伊国屋書店刊)のなかで、「成熟した人間は、自分の外側にいる母親や父親から自由になっており、自分の内部に母親像・父親像をつくりあげている」と述べています。

 

 

 

 

 

この本は、人を愛する能力である「母親的良心」と、理性や責任感、判断力である「父親的良心」という相反する力を併せ持っている人間こそ、成熟した人間だとしています。

 

 

 

 

 

そのため、「父親的良心」だけしか持ち得ない人間は、人を思いやることのできない残酷で非人間的な人物になり、「母親的良心」だけしか持たない人間は、判断力に欠けた依存性の強い人物になります。

 

 

 

 

 

そして、この両者が十分に発達しきれないことが、神経症の大きな原因になるというわけです。

 

 

 

 

 

例えば幼い頃、こんな経験をしたことはなかったでしょうか。親の気に触ることをしてしまい、「なんて嫌な子なの。お母さんの言うことがきちんと守れないならば出て行きなさい」と怒られます。

 

 

 

 

 

「お母さんに嫌われてしまった」と泣きながら部屋を出て行こうとすると、「ごめんなさい。あなただけがお母さんの生きがいなのよ」と態度を翻される・・・・。

 

 

 

 

 

これほど極端ではないにしても、邪険にされたと思ったとたんに抱き寄せられる、といった経験を繰り返していると、子どもは親にどう思われているのかわからず、不安を募らせていく、このような親の矛盾した態度が、意思決定力のない性格の子どもを育ててしまうとされています。

 

 

 

 

 

これを「ダブルバインド」といいます。本来、子どもは良心に愛されていると実感して初めて自分の存在価値を確認し、心理的にも安定していきます。

 

 

 

 

 

だから、どんなに叱られても、親に愛されたいと欲求します。それは、親が自分を守ってくれる絶対的な存在だと無意識のうちに信じているからです。

 

 

 

 

 

もし、親から嫌われてしまうようなことがあれば、安心していられるはずの家庭のなかに、自分の居場所がなくなってしまうという危機感すら持っています。

 

 

 

 

 

そのため、親が不確かな形でしか愛情を示せないでいると、子どもは「お母さんに好かれるために」と自分の意思を押し殺してまでも、親の望む「いい子」の仮面を自らかぶってしまうのです。

 

 

 

 


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TEL
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メール
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活動内容
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・教育相談の実施
・各種資格取得支援