大学に行けなくなった学生の事例
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大学に行けなくなった学生の事例

2019年05月14日(火)2:15 AM

大学生になってから学校に行けなくなる子がいます。そのひとつの典型的な例として、工学部建築工学科の四年生のある大学生のことを書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

十二月の初めに単位は全部とれて卒業研究があと何枚かで仕上がるというところで大学に行けなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

両親は心配性で、しょっちゅう電話やメールをしてくるのですが、本人はほとんど出ないので父親が地元から息子が一人暮らしをしている新潟に来ました。

 

 

 

 

 

鍵をかけて本人は出ないけれど、物音がするので室内にいることはわかります。父親は仕方なく研究室に行って、教授に会いました。

 

 

 

 

 

「あと少しなのに大学に出てこない。卒業研究を出してくれないと卒業させられない」と教授に言われ、父親は「本体はできているので受け取って卒業させてほしい」と頼みました。

 

 

 

 

 

しかし教授は「本人の問題で父親の問題ではない。中途半端な卒業研究は受け取れない」という返事でした。

 

 

 

 

 

父親は、関東自立就労支援センターに相談に来て、「大学の先生は、人情を理解してくれない。自分の子供のことを考えてくれない」と訴えました。

 

 

 

 

 

結局父親は、子供に会えないまま帰っていきました。その後、私が彼のアパートを訪ねて行って「研究室の先生とは私が話すから、鍵をあけてくれないか」と言ったら、鍵を開けて出てきました。

 

 

 

 

 

彼は外には出たくないというので、室内に入れてもらって二人でいろいろ話しました。

 

 

 

 

 

彼は、「研究を仕上げる意欲がどうしても出ない。どうしてこうなってしまったのだろうと考えていたけれど、何となく理由がわかった。

 

 

 

 

 

小さい時からすべて父親か決めて父親に従って自分は生きてきた。大学も科も父親が決めた。自分の人生はなかった」と言うのです。

 

 

 

 

 

そして、「自分は留年することになるだろう」と言いました。また、「父親との訣別です。枠の中に入れて、強引に引っ張ってきた父親との決別だ」と静かに言いました。

 

 

 

 

 

この大学生は、一年留年して 一年後、自分で決めて就職してきました。

 

 

 

 

 

この大学生は、典型的な合わせの例です。今までずっと、父親に言われたように無理をして合わせてきたのです。また、研究室の中でもいろいろ気を使って合わせてきました。

 

 

 

 

 

でも彼はやっとこのような束縛から解かれたのです。一年棒に振りましたが、半年かけて立ち直りました。

 

 

 

 

 

いろいろありましたが、現在は普通に一人暮らしをしながら、都内で会社員として働いています。

 

 



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