不登校のタイプ分け
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不登校のタイプ分け

2019年05月09日(木)4:30 AM

その昔、一九四〇年代までは、不登校は大きく「怠休(怠学)」という言葉で括られていました。

 

 

 

 

 

その名称の通り、その中心は「怠学」でした。怠学とは「学校に行きたくないから、行かない」というものです。

 

 

 

 

 

その後、四〇年代から五〇年代にかけて、怠学とは異なったタイプが見い出されるようになりました。

 

 

 

 

 

それらは、「学校の病」「学校恐怖症」などと呼ばれました。

 

 

 

 

 

彼らには、「学校に行きたいけれども、行けない」という点に特徴がありました。

 

 

 

 

 

このタイプは、七〇年代から「登校拒否」という名称で呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

 

従来の怠学は、「学校に行きたくない」という動機の問題です。

 

 

 

 

 

これに対して、「登校拒否」は、「学校に行きたい」という動機と、「学校に行けない」という行動の不一致が問題になります。

 

 

 

 

 

したがって、「怠学」では、「学校に行きたくない」という動機に働きかけます。

 

 

 

 

 

これに対して、「登校拒否」では、動機と行動を一致させることが重視されます。

 

 

 

 

 

怠学の問題を扱う場合と、「登校拒否」を扱う場合とでは、対応や援助の方法もそこでの目標も異なります。

 

 

 

 

 

このように、対応方法に生かされてはじめて分類や類型は意味を持つのです。

 

 

 

 

 

さて、七〇年代から、わが国では「登校拒否」の類型化研究が盛んになりました。

 

 

 

 

 

有名なものでは、東京都の調査(当時の東京都立教育研究所)による分類があります。

 

 

 

 

 

この調査では、「登校拒否」を「優等生の息切れ型」と「甘やかされ型」に分けました。

 

 

 

 

 

実際、両者への対応は、まったく異なります。

 

 

 

 

 

「優等生の息切れ型」は、登校刺激をできるだけ手控え、受容的に接し、安心感、安全感を与えて、自力回復を待ちます。

 

 

 

 

 

これに対して、「甘やかされ型」では、問題を回避する傾向が強いので、本人の自我を育み、さまざまな形で問題解決に臨む姿勢が向上するように支援、援助していきます。

 

 

 

 

 

その中で、適宜、再登校を援助します。

 

 

 

 

 

さて、不登校の問題では、不登校の初期や不登校傾向を示すなどの初期段階と、不登校が本格化した段階とでは次元が異なっています。

 

 

 

 

 

当然、両者の段階では、対応や援助の方法が異なるのです。

 

 

 

 

 

タイプ分けが援助方法と関連することからすれば、大きく不登校の初期段階と、問題が本格化した段階とに分けてタイプを考える必要があります。

 

 

 

 

 

不登校の初期段階でのタイプ分け

 

 

 

 

 

不登校の初期段階や不登校傾向を示す段階では、タイプ分けというより、大きく二つの次元で事例を眺める必要性を強調したいです。

 

 

 

 

 

第一は、問題のきっかけに注目することです。

 

 

 

 

 

この段階では、問題のきっかけとなる要因に働きかけることが、有効に作用する場合が少なくないからです。

 

 

 

 

 

第二は、子供の示す症状に注目することです。

 

 

 

 

 

その初期段階では、不登校にともなってストレス反応が表れることが多く、その症状に応じて働きかけ方を工夫できるからです。

 

 

 

 

 

1 ストレス因によるタイプ分け

 

 

 

 

 

不登校がなぜ起きるのかといえば、「学校に嫌なことがあるから」です。

 

 

 

 

 

何を嫌だと感じることが多いのかと言えば、級友との関係、教師との関係、そして、学業上の不適応によります。

 

 

 

 

 

これらは、「不登校のきっかけ」と呼ばれます。

 

 

 

 

 

いずれの場合でも、教師は、これらの要因に変化を与えることができる重要な人物です。

 

 

 

 

 

なぜなら、多くの不登校の「きっかけ」は、学校環境の中にあり、教師はその学校環境の中にいます。

 

 

 

 

 

また、教師は学校環境に働きかけることができ、子供を扱う専門家でもあります。

 

 

 

 

 

このように、不登校問題の初期の段階では、きっかけだと感じられる対象を見い出して、その対象と子供との関係を修復、改善します。

 

 

 

 

 

そして、教師は「きっかけ」に対して活躍できる重要な人材なのです。

 

 

 

 

 

このとき、子供は「きっかけ」について、直接語らないことも多いです。いえ、「語らない」というより、「語れない」という場合が多いです。

 

 

 

 

 

不登校の追跡調査では、二十歳になった不登校体験者に、中学三年時の不登校のきっかけを尋ねていますが、「特に思い当たることがない」とした人は、全体の一割強にしか過ぎませんでした。

 

 

 

 

 

逆に言えば、不登校体験者の九割弱は、「不登校のきっかけ」を思い出していました。

 

 

 

 

 

この調査結果は、五年前を思い出してのものです。五年経過しても覚えている「きっかけ」とは、相当に強烈な辛い体験だったと想像できます。

 

 

 

 

 

このことの意味は重いと思います。

 

 

 

 

 

本来、不登校は「学校に行けない何かがある」という意味をもちます。

 

 

 

 

 

そして、「その問題を取り除くことは、自分にはできない」ことも意味します。

 

 

 

 

 

不登校は、その二つのことを、周囲に知らしめることに他なりません。

 

 

 

 

 

それにもかかわらず、不登校の渦中にあると、子供は問題の「きっかけ」を語れません。なぜでしょうか。

 

 

 

 

 

子供がそのきっかけを大人に語ったとしても、問題の解決に「その大人は役に立たない」と判断しているがゆえなのかもしれません。

 

 

 

 

 

あるいは、そのきっかけを語りたくても、「うまくは語れない」、つまり「筆舌に尽くし難い」ことなのかもしれません。

 

 

 

 

 

要因が明確でない時に、子供自身に不登校の原因を語らせることは、初期段階ではある程度認めてもいいでしょう。

 

 

 

 

 

しかし、そのためには、「大人が役に立てそうだ」と思わせる必要があります。

 

 

 

 

 

残念ながら、原因を探しているつもりで、子供を追い詰めてしまう大人も多いです。

 

 

 

 

 

このような大人では、問題の解決には到底役立ちそうではありません。

 

 

 

 

 

不登校のきっかけが語られなくても、子供の様子から判断できることはあります。

 

 

 

 

 

見るポイントは単純です。ごくごく初期段階で、子供も出会うのを避ける対象、近づくのを避ける対象を探します。

 

 

 

 

 

そこに、問題のきっかけとなる対象があると考えます。

 

 

 

 

 

友達との関係の問題、すなわち、いじめ問題や友人関係のトラブルがあれば、友人関係を避けるでしょう。

 

 

 

 

 

もちろん、学級の中で、自分のよりどころとなる人間関係がない場合、何となく孤立している場合や疎外感を味わっている場合もあるでしょう。

 

 

 

 

 

その場合も、友人関係や他人の目を避けるなどのことが早い段階から起きるはずです。

 

 

 

 

 

これらの場合では、本人が避ける人関係間の改善に力を注ぐことやその関係とは別の場や別の人間関係の中で、本人を支える仲間を見いだし、本人との関係を結ばせていきます。

 

 

 

 

 

この時、「ある子供が集団に合っていない」とは、「集団がある子供に合っていない」という発想をいだいてみるのです。

 

 

 

 

 

教師は、集団の方を子供に合わせていくことができる唯一の存在だからです。

 

 

 

 

 

一方、教師との関係が悪い場合では、不登校の初期段階から教師が避けられているかどうかを見ます。

 

 

 

 

 

その場合は、教師との関係に問題があると疑っていいでしょう。

 

 

 

 

 

教師自身が、子供に脅威を与える存在になっているのです。

 

 

 

 

 

この時は、第三者に介入してもらう方がよいかもしれません。

 

 

 

 

 

スクールカウンセラーや、比較的本人と相性が良い別の教師などの第三者を頼み、両者の関係に介入してもらうのです。

 

 

 

 

 

さて、学業上の問題では、学力不振だけが問題とは限らないことに注意します。

 

 

 

 

 

優秀であっても、学業上の不適応は起きるからです。

 

 

 

 

 

そこで、これはさらに二つに分けてみます。

 

 

 

 

 

一つは、学業適応が全般に悪く、学校での授業場面が苦痛な場合です。

 

 

 

 

 

もう一つは、客観的に学業に適応しているように見えながら、成績を気にするなどのことから、自分の到達目標に達することができないために不適応感を抱く場合です。

 

 

 

 

 

前者の場合には、学力の適切な保障、支援が具体的に必要になります。

 

 

 

 

 

後者の場合には、学業成績へのこだわりを和らげることが中心になります。

 

 

 

 

 

このように、この両者での対応は、全く異なったものになるのです。

 

 

 

 

 

ストレス反応によるタイプ分け

 

 

 

 

 

一方、不登校の子供が併発する症状から、当面の対応を定める場合もあります。

 

 

 

 

 

子供の示す症状の多くは、不安反応、無気力反応、攻撃反応に分けられます。

 

 

 

 

 

これらはストレスがかかってくると起きやすい症状です。

 

 

 

 

 

中でも、不登校では程度の差があっても不安反応は広く存在します。

 

 

 

 

 

なぜなら、不登校は学校場面を不快に感じ、その不快な場面を前もって想像して不快場面を避ける行動だからです。

 

 

 

 

 

不快な場面を前もって想像しているときに、子供が感じる不快感を、「予期不安」と呼びます。

 

 

 

 

 

このように、不安は不登校の子供全般に見られますが、その強弱に応じて対応が異なってきます。

 

 

 

 

 

①不安が強い場合

 

 

 

 

 

不安が強い場合では、安心感を意識して与えるかかわりが重要になります。

 

 

 

 

 

言うまでもなく、不登校の子供は、多かれ少なかれ不安に感じているので、脅かすようなかかわりは慎みます。

 

 

 

 

 

リラックスした落ち着いた雰囲気を作り出します。これが基本です。

 

 

 

 

 

本人の好む活動を一緒にすることでも、不安は自然に下がります。そこで、本人の趣味に付き合うのもいいでしょう。

 

 

 

 

 

ですが、不安や恐れが極度に強い場合には、趣味ですら心から楽しめなくなります。

 

 

 

 

 

自分の好みの活動でも動けなくなるのです。

 

 

 

 

 

この時は、おだやかに、落ち着き、せかさず、ゆったりと静かに一緒にいることから始めます。

 

 

 

 

 

そのようにして一緒にいる中で、「君はそのままそこにいてもいいんだよ」ということが伝わる雰囲気や空気を醸し出します。

 

 

 

 

 

本人の居心地が、少しでも良くなりそうな時間と空間を作り、それを共有するのです。

 

 

 

 

 

また、頭痛、腹痛などの身体症状も多く見られますが、身体症状も不安や緊張と関連が強いです。

 

 

 

 

 

それは、不安や緊張の別の表現だと考えてもよいです。

 

 

 

 

 

身体症状は、不安や緊張に無自覚である場合や、それを言語化できない場合に起きやすい症状です。

 

 

 

 

 

②無気力が見られる場合

 

 

 

 

 

無気力は、不登校が長期化した場合によく見られます。ですが、ここでは早い段階から無気力な感じが漂っている場合を指します。

 

 

 

 

 

無気力というのは、大人の目から眺めた問題でありますが、気分としては憂鬱な感じが背後にあると考える方が間違いありません。

 

 

 

 

 

無気力な子供に会うと、つい一喝したり、激励したりしたくなりますがこれは逆効果です。

 

 

 

 

 

無気力に対しては、「認める」「ほめる」ことが基本的なかかわりとなります。私は、現在できていることをさりげなく指示して、後になってそのことができていることを見い出し、大いに評価するようにすることが多いです。

 

 

 

 

 

また、「気持ちの上で頑張っているんでしょう。だから疲れちゃうんだよね」と、現在の頑張りを認める場合も多いです。

 

 

 

 

 

③攻撃反応が見られる場合

 

 

 

 

 

適度な怒りであればむしろ望ましいです。怒りそのものは、状況を変化させようという意志と、エネルギーの強さを示すものです。

 

 

 

 

 

そのため、上手に活用すれば、変化するために怒りは大きな原動力となるはずです。

 

 

 

 

 

怒りは、願いが果たされないことから生じます。それだけに、その怒りの背後にどのようなことを願っているのかに注目します。

 

 

 

 

 

「願いに注目する」ことが、怒りを扱う場合の原則なのです。

 

 

 

 

 

本人の願うことが見い出されたら、それを言葉にして伝えます。

 

 

 

 

 

「〇〇をしてほしいんだよね」「〇〇というようになりたいんだ」などと言葉にします。

 

 

 

 

 

そのことで、怒りは願いを表す言葉になります。その言葉は、目指す目標へと変化しやすいはずです。

 

 

 



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