人間関係の曖昧さに耐える力
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人間関係の曖昧さに耐える力

2019年05月07日(火)1:15 PM

人間関係はなかなか自分の思い通りにはいかないものです。相談にみえる家族がひとしきり話し終えた後、わたしにつぶやく言葉があります。

 

 

 

 

 

「わたしの言葉や話の内容ではなく、気持ちを分かってほしかった」

 

 

 

 

 

「ただ聞いてくれるだけでよかった。受け流してくれればよかったんです」。

 

 

 

 

 

多くはこの思いが分かっていても、素直になれずについ言い返してしまい、事の白黒や善悪を即座に求めすぎて、感情の行き違いを起こしています。

 

 

 

 

 

最近、わが家でもこんなことがありました。平日の夜8時にわたしは珍しく早く帰宅しました。

 

 

 

 

 

リビングで双子の娘二人と寝転がってくつろいでいたら、老いたる母親がわたしに声をかけました。

 

 

 

 

 

「風呂が沸いたから、先に入りなさい」

 

 

 

 

 

すると長女が「おばあちゃん、わたしが先に入るよ」と言って立ち上がりました。

 

 

 

 

 

しかし、母親は長女の前に仁王立ちして一喝しました。

 

 

 

 

 

「たまに早く帰ってきたんだ。先にお父さんが入るんだよ。それにお前は生理じゃないか。そういう時は後から入るもんだ」

 

 

 

 

 

男並みの体格と言葉遣いに”不穏”なものを感じたわたしは「いいよ、おばあちゃん。そんなことは」と戸惑いながら言いました。

 

 

 

 

 

「よくない。そういうもんだ」母親はわたしではなく長女に向かってきっぱりと言いました。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん。でも生理にならなきゃ子どもはできないんだよ」長女は不満げです。

 

 

 

 

 

すると母親は「そりゃそうだけど、おばあちゃんなんかそんなときは冬でも冷たい川の水で体を洗ったもんだ」と自慢げに言い返しました。

 

 

 

 

 

「冷たかったろうね」長女は母親の話しぶりに迫力負けしたようです。

 

 

 

 

 

「そりゃあ冷たいもんだ。でも仕方ないね。今と違って男というのは、それほど偉いもんだった」

 

 

 

 

 

どこか悲しげな母親の言葉に「おばあちゃん。そういうもんかねえ」と長女が慰めるように話しかけました。

 

 

 

 

 

「そう、そういうもんだ」母親が一人うなずきました。

 

 

 

 

 

その時、沈黙を守っていた妻が台所から突然言いました。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん。湯船の中でたわしで体を洗うほうが汚いと思うよ」。

 

 

 

 

 

わたしは脱ぎかけたシャツを着直しました。

 

 

 

 

 

「外で洗うのは寒いし、たわしで健康になったよ」と母親が言います。

 

 

 

 

 

妻は驚いた表情で、「老人会の仲間に聞いてごらん。他にそんな人はいないと思うよ」と母親の目を見て言いました。

 

 

 

 

 

嫁姑の戦争の勃発か、娘たちとわたしは伏し目がちに互いの顔を見合いました。

 

 

 

 

 

「分かったよ。後で入ればいいんだろ」。母親は少しふて腐れ気味です。妻の言葉で家族5人が黙ってしまいました。

 

 

 

 

 

10秒間ほどの沈黙はそれでも長い気がしました。満を持したように長女が微笑みながら言いました。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん。そういうもんなのよ」

 

 

 

 

 

「そういうもんかねえ」

 

 

 

 

 

母親の素直さに妻もわたしも苦笑しました。

 

 

 

 

 

理屈だけではない人間関係には、あいまいさに耐える力が必要なときもあるようです。

 

 

 

 

 

愛情飢餓状態

 

 

 

 

 

「僕は親が言うような怠け者ではないんです。もともとは努力・勉強・仕事中毒の人間なんです。

 

 

 

 

 

人と心のつながりを持てる保証があれば、いくらだって働きに出ます。

 

 

 

 

 

完璧を求めて結局は”愛情飢餓”状態になっているんですね。愛された、信頼されたという実感を持てずに育ってしまった僕は、本当は人と話したいし、友達になりたいのに、怖くて素直に自分の心を表現できません。

 

 

 

 

 

だから人一倍”見捨てられ感”が強いと思います。この苦しみをわかっていただけたら本当にうれしいです」。こう話すのはO君(29歳)です。

 

 

 

 

 

ホームページを見て関東自立就労支援センターを知ったというO君が勇気を出して電話をかけてくれました。

 

 

 

 

 

そして、はやる気持ちを抑えきれずに訪れました。8年間、話す友達もなく「哲学者」のような生活を続けてきたというO君は、電話のか細い声からイメージしていたのとは違って大柄で、目元の優しさと笑顔はどこにでもいる好青年といった印象でした。

 

 

 

 

 

一見、そこに苦悩は見られません。O君は両親と兄の4人暮らしの家庭に育ちました。

 

 

 

 

 

「下町に住んでいても山の手のような家で、緊張の続く毎日だった」といいます。

 

 

 

 

 

母親は内気な彼をかばってくれましたが、九州男児の父親は”叱咤激励”の一点張りでした。

 

 

 

 

 

兄は活発に外で遊び、成績もよくスマートで人気の的でした。あこがれてまねをしてみましたが「今一歩、勇気が出ないのでスマートにはならなかった」ようです。

 

 

 

 

 

小学校5年生のとき、下町から山の手に転居しました。ところが隣人も子どもたちの遊びのルールも違ってO君は、「おしゃべりな子」になってしまい、困惑したようです。

 

 

 

 

 

依存心の強いO君に、父親は「強くなれ」と言い、勝手に町の柔道場に申し込みました。

 

 

 

 

 

でも、いくら「努力中毒」になっても、強さは獲得できませんでした。その失望感から、時々さぼると、父親は「怠け者」呼ばわりしました。

 

 

 

 

 

私立中学の受験に失敗した小学校6年のある夜、O君は悲しさを紛らわそうと、いつになくはしゃいでいました。

 

 

 

 

 

「兄貴の爪の垢でも少しは煎じて飲め」。父親の吐き捨てる言葉に、O君は血の気が引いたといいます。

 

 

 

 

 

友だちや家族との「距離感」に悩むようになると、人と関わり合うことに脅えるようになりました。

 

 

 

 

 

中学3年生になると「不良に因縁をつけられたら」と思い始め、教室から自分の部屋へ直帰し、勉強中毒になることで現実から逃避しました。

 

 

 

 

 

名門高校はO君の予想に反して自由奔放で、かえって躊躇しました。

 

 

 

 

 

高校生活にも混乱したO君は「強く明るい」人間を目指して委員を片っ端から引き受け、「葉隠」(佐賀・武士道)を読み、無理にのどをつぶしました。

 

 

 

 

 

「変身願望」は、右翼団体に顔を出すまでになりましたが、高校2年のとき、街の不良にカツアゲされて馬脚をあらわしました。

 

 

 

 

 

「一人で悩むのにも疲れました。父が言うように、忍耐と努力だけで自立できるなら、僕は一万円札に載るような人間になっているはずです。

 

 

 

 

 

僕だって上を向いて表通りを堂々と歩きたいですよ」

 

 

 

 

 

誰一人として、無意味な人生を歩もうとしている人はいないのです。

 

 

 



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団体名
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理事長:
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メール
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活動内容
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 学習 支援、生活訓練
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・教育相談の実施
・各種資格取得支援