「間」のとれない子ども
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「間」のとれない子ども

2019年05月06日(月)7:15 PM

最近急増する少年犯罪のキーワードは「いきなり」のようです。前兆がないまま問題を重ねていくタイプが多いようです。

 

 

 

 

 

「先生や親、地域の人たちの期待に沿うように、無理に”いい子”のふりをしてストレスを溜め込んでいる。このストレスが臨界点に達すると問題行動に走る」と文部科学省のある会合では分析しています。

 

 

 

 

 

子どもたち、若者たちの家庭内暴力、いじめなどの心の迷いと日々接しているわたしにとっても、この傾向は実感できるものです。

 

 

 

 

 

わたしは彼らを支援現場から見て「間」のとれない子どもたちと呼んでいます。

 

 

 

 

 

いや、正確には「間」を学べなかった、と言ったほうがいいかもしれません。

 

 

 

 

 

「殺されるくらいなら自分で死のう」と思ったというある町で起きた中三男子生徒の自殺もそんな感じがします。

 

 

 

 

 

どうにもならない現実の「わずらわしさ」を引きずることができず、いち早く「清算」しようとしている気がします。

 

 

 

 

 

これからも「不幸」が続くかもしれませんが、「落ち着く日」の可能性をそういとも簡単に見限らないでほしと願いながらわたしは面接をしています。

 

 

 

 

 

相談室を訪れてくれる彼らに共通することがあります。自己肯定感が乏しいのです。

 

 

 

 

 

だから自己評価が低い、周囲の自分への目が気になります。そこでその「小心さ」を見透かされまいと、時には哀れになるほど突っ張ります。

 

 

 

 

 

「鼻持ちならないプライド」と徹底した自己否定(コンプレックス)です。

 

 

 

 

 

そして彼らはこう言います。「親や周りの大人に安心して弱音や愚痴をはけなかった。言葉を聞くのではなく、気持ちを聞いてほしかった」。

 

 

 

 

 

人は気持ちを推し量り聞いてもらえないと「間」を埋められません。

 

 

 

 

 

そして気持ちを理解しようと努めてもらえたとき、もっとも大切にされているという実感を持ち、自己肯定感を獲得できます。

 

 

 

 

 

戦後、わたしたちは気持ちを拾いあう人間関係を築きあってきたのでしょうか。

 

 

 

 

 

高度経済成長は目に見える、聞こえてくるものだけを重視し、他は「無駄」なこととして合理化してきた所産ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

「つまらない、くだらない、無駄な話」を重ねた、手間暇かけたコミュニケーションが実は「間」を豊かに育てあげていく”術”であることに来談する親子は気づき始めています。

 

 

 

 

 

「間」を学べてこそすっきり、さっぱりと自分の思い通りには進まない「わずらわしい」人間関係にたくましくなるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

互いに迷惑をかけたり、弱音をはける人間関係を許容し、とくに息抜きできる社会が到来すれば「いきなり」感情を”露出”する必要もなくなるとわたしには思えます。

 

 

 

 

 

それにはさまざまな人間関係を学べる場と人を、子どもたちに提供していくしかないと思います。

 

 

 

 

 

お父さんは立派です。でも・・・・・。~娘から父への伝言~

 

 

 

 

 

面接に現れた娘さんは、いわゆるツッパリでした。傍らで、母親が疲れきった表情で座っています。

 

 

 

 

 

父親は娘が生まれたときから、会社に入ってからもエリートコースに乗って、いまは重役の立場だといいます。

 

 

 

 

 

「主人は会社の大黒柱です。転勤、転勤で家庭を犠牲にしてまで会社に尽くしてきました。でも、夫の収入でいままでやってこれたので、文句は言えないんですが・・・・」と母親が言うと、娘さんが冗談じゃないという顔で父親をなじったのです。

 

 

 

 

 

小さい頃は、お父さんの仕事は忙しい、だからいっしょに遊べないのもしかたがないと思っていたといいます。

 

 

 

 

 

でも、運動会にも来ない、参観日にも来ない、進学の相談にも「お母さんと相談しろ」のたったひと言だけだったのです。

 

 

 

 

 

「栄転はお父さんだけ。わたしにはちっとも栄転じゃない。お父さんは嬉しいかもしれないけど、わたしは・・・・」

 

 

 

 

 

娘さんは、悔しそうに唇をかみました。

 

 

 

 

 

「お父さんの栄転が、家族の栄転じゃないのよ」と言ってみたくなるのです。

 

 

 

 

 

子どもは子どもなりに、親の事情を察するものです。でも、それにも限界があります。

 

 

 

 

 

その限界が崩れたとき、子どもは親を恨んでしまうのです。大好きな親を恨まなければならない子どもの気持ちを考えてほしい・・・・わたしはそう思います。

 

 

 

 

 

父親がなかなか娘のことを理解しようとしない・・・・。よく聞く話です。

 

 

 

 

 

わたしも二人の娘を持つ父親ですので、父親にとって娘の気持ちを本当の意味で理解するのは難しいことはわかります。

 

 

 

 

 

でも、娘が敏感に父親に対して感じるのは、「理解しようと努めない」ということのようだと思います。

 

 

 

 

 

こういった無関心さの繰り返しが少女の心に傷を作り、やがては憎しみに変化することもあるのです。

 

 

 

 

 

関東自立就労支援センターの面接室を訪れる多くの娘さんたちの心の中には、父親への複雑な思いが渦巻いていることが多いものです。

 

 

 

 

 

それだけに、逆に言えば娘さんにとって「理解できそうにもなかった父親」が、自分のために一生懸命理解しようとしてくれている、と思うだけで嬉しいものなのです。

 

 

 

 

 

ピンチはチャンスでもあります。「分かってくれなかったお父さんが、分かろうとしてくれたんだから」と思うだけで、娘さんの心の重荷はずいぶんと軽くなるものなのです。

 

 

 

 

 

「この世の中で、いちばん褒めてほしかったのは、ほかならぬいちばん憎んでいた父でした」

 

 

 

 

 

これは当事者にとっては苦しい話ですが”真実”でしょう。自分の娘と真剣に向き合うことで、理解の糸口が見えてくるものです。

 

 

 

 

 

「やっと分かってくれた」何度目かの面接で、少女が父親をこう語るとき、わたしは「一つの言葉でけんかして、一つの言葉で仲直り」という詩を思い出します。

 

 

 

 

 

分かってあげる、ということがどんなに大事か。憎しみは分かってほしいという愛情や甘えの裏返しでもあることを痛切に感じるのです。

 

 

 



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・教育相談の実施
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