学校でのいじめと父親のひと言が原因で不登校・ひきこもりに
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学校でのいじめと父親のひと言が原因で不登校・ひきこもりに

2019年05月05日(日)4:11 PM

A君が関東自立就労支援センターの相談室にやって来たのは、彼が中学2年のときでした。

 

 

 

 

 

中学1年のときに不登校になり、その後、母親以外の人間関係から引きこもりました。

 

 

 

 

 

A君は小学校5年のころから「からかうと面白い子」と、上級生やクラスメートから言われていたそうです。

 

 

 

 

 

それは彼の極端な行動を揶揄されていたのです。

 

 

 

 

 

彼はいじめられても不思議なほどおとなしく、抵抗することなく、ときには苦笑いさえ見せていました。

 

 

 

 

 

ところが、その場の雰囲気が冷静さを取り戻すと、突如としてA君は相手に襲いかかっていきました。

 

 

 

 

 

そして押さえつけられても、何十回と立ち上がって向かっていくのです。その結果、「乱暴な子」「キレやすい子」というレッテルが周りの教師の中からも張られていきました。

 

 

 

 

 

最初のころ、担任の教師は次のような言葉でA君を励ましました。

 

 

 

 

 

「いじめられたときは笑ったりしないで睨み返しなさい。どうしてやめろと言わないの。A君はいざとなったら強いんだから、はじめから向かっていけばいいのよ」

 

 

 

 

 

ところが、小学校6年のある日、A君がまたキレてけんかを始めると、持ち上がりになっていた担任は意外な言葉をA君に浴びせました。

 

 

 

 

 

「もうけんかはやめなさい。からかわれるだけだから」A君は見方であるはずの担任からも見捨てられてしまったと感じて孤立感を深めました。

 

 

 

 

 

担任は、度重なるA君の問題行動に疲れていたといいます。それは担任としてA君にどうしてあげることもできない自分自身の無力感であり、ふがいなさの表現でした。

 

 

 

 

 

その苛立ちやもどかしさを、こともあろうにA君に八つ当たりしてしまったのです。

 

 

 

 

 

「いじめの原因が友だちにあるのに、自分だけ怒られる矛盾に納得がいかなかった」とA君はそのころを振り返ります。

 

 

 

 

 

それでも当時のA君は、母親に心配はかけまいと、家では楽しい学校生活の作り話に花を咲かせていたそうです。

 

 

 

 

 

「僕はそんな人たち(担任、友だちなど)を無視することにしてけんかをやめました。そしたら僕の周りに誰もいなくなったんです」

 

 

 

 

 

塾も休みだしたころ、父親が母親から珍しくA君の落ち込んだ様子を聞き、「だからあいつはだめなんだ。だめな奴はどこへ行っても結局はだめだ」という言葉を吐き捨てました。

 

 

 

 

 

もちろん父親は息子であるA君へのやるせない思いを妻だから吐いたのでしょう。

 

 

 

 

 

企業戦士の父親は「そんな愚痴を直接子どもに言えるほど父親らしいこともしていなかった」と後に神妙に告白しました。

 

 

 

 

 

「だめ」という捨て台詞も裏を返せば「仕事しかできない、だめな父親」という意味もこめられていたと思うのです。

 

 

 

 

 

しかし、息を殺し、自室で父親の優しい一言を期待していたA君は、このときまた一人無視する人を増やしてしまったのです。

 

 

 

 

 

中学にあがったA君は、友だちから挨拶がわりに「暗いぞ」という言葉を何度もかけられました。

 

 

 

 

 

その結果、A君は限界を感じ、孤立からの自己防衛として不登校を選択しました。

 

 

 

 

 

A君が相談室を訪れるようになって1年後、夜8時から親子面談をしたときのことです。

 

 

 

 

 

その日も父親は仕事の合間をぬって来所していました。

 

 

 

 

 

すっかり逆転してしまった親子関係の中で、父親にA君が高飛車に声をかけました。

 

 

 

 

 

「おい、オヤジ、面識ができて1年経ったな。付き合い始めて半年だな」

 

 

 

 

 

A君の脇に腰掛けていたわたしはこのセリフに二の句が継げませんでした。それは、これまでの経過を知るわたしにはあまりにも切ないものだったのです。

 

 

 

 

 

なぜなら、すでに父親が、「わたしはこれまで自分には妻がいて。子どもがいて、家族がいて、ということを忘れていました」と一人で面接に訪れたとき語ってくれていたからでした。

 

 

 

 

 

もっとも、父親の企業戦士としての生活にそれほどの変化は作れていなかったのも事実です。

 

 

 

 

 

ただ、A君は嫌味のような言い回しをしながらも、その父親のささやかな努力を受けとめ、近づこうとしていました。

 

 

 

 

 

「おっ、本当だな。こうして話をするのもまた久しぶりだな」

 

 

 

 

 

父親はA君に申し訳ない顔を浮かべ、白髪混じりの頭に手ぐしを通しました。すると、わずかな余韻をさえぎるかのように母親が口をはさみました。

 

 

 

 

 

「そうよ、あなたは口ばっかりで、実行しようとしないんだから。今までだって・・・・・」まくしたてる母親に、A君の喝が入りました。

 

 

 

 

 

 

「お前は”間(あいだ)”のない母親(おんな)”なんだよ。だから俺も”間(あいだ)”のない人間になったんだよ」

 

 

 

 

 

彼は背筋を伸ばし、面接室のテーブルから身を乗り出しました。驚きとA君の感情任せの早口に母親が聞き返しました。

 

 

 

 

 

「あいだってなんのこと?」

 

 

 

 

 

「おまえは”極端な母親(おんな)”なんだよ。俺をかわいがるときはベタベタして、誰でももらえる賞状を持ち帰ってきても、マンション中に見せびらかす。

 

 

 

 

 

怒るときは人が変わったような顔をして『お前なんかお母さんの子じゃない』と平気で言って・・・・・。

 

 

 

 

 

それで俺が怖くなって、おとなしくしていると、勝手に近づいてきて『お母さん、嫌い?』って聞いてさ。

 

 

 

 

 

お前、自分で何を言っているのかわかってんのかよ。そして黙っていると、『かわいくない子だね』って。俺はお前といっしょに住んでいたくなかったんだよ。

 

 

 

 

 

”真ん中”がないんだよ。だから俺も”極端な子”に育ったんだよ。いじめられても少しずつ言い返せていればこうはならなかったんだ」

 

 

 

 

 

A君は高ぶる感情を抑えきれずに涙声になっていました。彼の気迫に母親は力なく言いました。

 

 

 

 

 

「そうかもしれない。そういえば職場の人にも言われたことがあったよ。『極端な人ね』って」

 

 

 

 

 

すると、A君は体を背もたれにあずけ、肩の力を抜きつつ、落ち着きを取り戻していきました。そして、その様子を確かめた父親がいさめるように言いました。

 

 

 

 

 

「本当にお母さんは”間(あいだ)”がないんだよな」その瞬間、母親が怒りをあらわにしました。

 

 

 

 

 

「よく言うわよ。わたしがそうなったのも、みんなあなたの責任なのよ」父親はやぶ蛇に面食らったようでした。

 

 

 

 

 

「一人で子育てしていると不安だったのよ。Aのことでわたしはあなたに100回も相談しようとしたわ。どんなにあなたの帰宅が遅くなっても待っていたのよ。

 

 

 

 

 

でもあなたはいつも『俺は仕事で体が疲れている。子育てはお前に任せた、何か困りきったことがあったらそのときは相談してくれ』だったわ。

 

 

 

 

 

困りきっているから相談しているのに、と思ったら、もうあなたに期待することをあきらめたの。それからわたしは母親と父親の両方をしなければならなくなったのよ。

 

 

 

 

 

Aが約束を守らなかったりすると、甘えさせてはいけないと大きな声で叱ったわ。殴ったこともあったかもしれない。

 

 

 

 

 

どう怒ったらいいのかわからないから、自分なりに厳しい父親のイメージを作るしかないでしょ。でもわたしは母親なのよ。

 

 

 

 

 

だから誤解されたくないと思って、また優しい母親に”いっぱい”なろうとしたの。あなたがもっとわたしのことを・・・・。そうしたら、この子にこんな悲しい思いはさせなかったかもしれない・・・・・」

 

 

 

 

 

言葉に詰まる母親に、A君が悔しさをこめて尋ねました。

 

 

 

 

 

「じゃあ、どうしてそのことをもっと早く俺に話してくれなかったんだよ」

 

 

 

 

 

「言えなかった。親だもん。お父さんとお母さんの仲がよくないと思われたら、Aが不良になるんじゃないかと思って・・・・」

 

 

 

 

 

「もうしっかりとなっているよ。お願いだから、わかりやすい両親になってよ」

 

 

 

 

 

 

A君は面接時間を気にしながら、席を立ちました。父親が間をおくとA君に声をかけました。

 

 

 

 

 

「A,腹減ったな、ラーメンでも食うか?」

 

 

 

 

 

紳士的な父親からは想像できない荒っぽい言葉づかいでしたが、それは父親の精一杯の詫びる、つぐない、弱さ、小心さの一言のように思えました。

 

 

 

 

 

「お父さん、仕事、あるんでしょ」母親が立ちながら言いました。

 

 

 

 

 

「いいよ、ちょっと電話入れておくよ」

 

 

 

 

 

父親のその声を背に、A君が相談室の扉を開けながら言いました。

 

 

 

 

 

「オヤジ、無理するなよ」A君も不登校になって引きこもるまでの報われなさを誰か心を寄せる人に言ってみたかっただけなのかもしれません。

 

 

 

 

 

A君のケースは、わたしたちに多くのことを教えてくれます。A君は、小学校5年のときにいじめにあい、心がすさみ、友だちから孤立していきました。

 

 

 

 

 

そして中学に入り、不登校、引きこもりとなっていきます。

 

 

 

 

 

この間、周りの大人たちがA君の「ただ聞いてほしかった」という思いに寄り添ってあげていたら、ここまで彼を追い込むことはなかったかもしれません。

 

 

 

 

 

関東自立就労支援センターの相談室には、”教師不信”が”大人不信”へと変わり対人不安におびえる子が訪ねてきます。

 

 

 

 

 

彼らは、不安にいたたまれず、利害関係の薄いわたしたちに「ただ聞いてほしい!」と心で叫びながら救いを求めています。

 

 

 

 

 

彼らはただ聞いてほしいのです。アドバイスを求めているわけでも、解決の方法や理屈や、崇高な理論を求めているわけでもないのです。

 

 

 

 

 

ましてや、「がんばりなさい」「しっかりしなさい」という励ましを得ようとしているわけでもないのです。

 

 

 

 

 

「聞いてほしい」ただ、それだけを願っているのです。彼らの多くは次のようなレッテルを張られています。

 

 

 

 

 

「自己中心的でわがままで自制心が弱い」

 

 

 

 

 

「情緒的に不安定である」

 

 

 

 

 

 

A君の場合も、先生たちから”乱暴な子”、”キレやすい子”というレッテルを張られてしまいました。一言で言えば「問題児」というレッテルです。

 

 

 

 

 

子どもから見れば、”レッテル”を張るのはみんな大人たちで、そのレッテルを背負っているのは当の本人です。

 

 

 

 

 

これらのレッテルは、決して本人が張ったのではないということに、わたしたちは気づかなければなりません。

 

 

 

 

 

本人が最初から「自分は問題児だ」と進んでレッテルを張り、その重荷を背負って歩こうとしているわけではないということを考えなければいけないということです。

 

 

 

 

 

すべてとは言いません。しかし、大半は、問題とした側である周りの大人が決めたことなのです。

 

 

 

 

 

ですから「問題」とした以上、それは「問題」とした側の責任で大人自身にその問いかけが向けられなければ、おかしいのではないでしょうか。

 

 

 

 

A君と同じように「問題児」のレッテルを張られた子どもの多くは、相談室でこぶしに悔しさを握りしめてわたしに怒りをぶつけてきます。

 

 

 

 

 

やがて、そうした大人への不信感は心の傷となり、大人社会に対する「防衛」として、「自己中心的」と言われるような「問題傾向」を持たざるを得なくなります。

 

 

 

 

 

でもそうしなければ、すぐにつぶれてしまうのではと気張っているのです。A君の不登校や引きこもりも、この「防衛」の一つの表現なのです。

 

 

 

 

 

こうした子どもに共通するのは、「肯定された実感が乏しい」という思いです。肯定とは事実を肯定するという意味ではなく、良し悪し関係なく「そうならざるを得ない」気持ちを肯定するということです。

 

 

 

 

 

したがって、自己肯定感とは誰かからどうのこうの言われてもこういう道を歩んできたから今日まで生きてこれたと実感することです。

 

 

 

 

 

強がりでもありません。そしてその結果、罪深いことをしたとしてもその責任から逃れようとは思っていないのです。

 

 

 

 

 

ただ、その前にせめて気持ちを肯定してほしいということです。また、肯定感が乏しいと自己評価が低くなってしまいます。

 

 

 

 

 

自分自身に満足できませんし、自分という存在そのものに対して「これでいいのだろうか?」と疑問を持ち続けます。

 

 

 

 

 

そういった不安や疑問を打ち消すために、あるいはそうした心理を見透かされまいと、必死で突っ張ってしまう子どもも少なくありません。

 

 

 

 

 

それが周囲から「鼻持ちならないプライド」を持った「困った子」と映ったりもします。

 

 

 

 

 

ですから、わたしたちは、いじめ、不登校、家庭内暴力といった問題行動を起こす子どもたちに対して、「問題児」といったレッテルを張るのではなく、彼らがそうした行動を起こさざるを得ない気持ちや感情に寄り添って、子どもの存在、それ自体をまるごと肯定してあげることが大切なのです。

 

 

 

 

 

子どもは、自分の気持ちが無条件に相手の体に染み込んでいくように感じたとき、自分が肯定されているという喜びにひたることができます。

 

 

 

 

 

「そうか、そうか、なるほど」と子どもの気持ちを受けとめる雰囲気に、子どもはオアシスを感じ、安堵するのです。

 

 

 

 

 

 

A君にはそういった意味で、自分の気持ちを受けとめてくれる大人が周囲にいなかったといっていいでしょう。

 

 

 

 

 

子どもにとって、親と教師は気になる存在です。特に教師は人間関係のモデルとして絶対的な子どもの”味方”としてい続けてほしい存在です。

 

 

 

 

 

ところが、現実にはそうした聖職者から弱音を吐くことすらできない、我慢の教師生活を強いられることが多々あります。

 

 

 

 

 

そして、そのストレス状態が原因で、皮肉にも子どものつぶやきを聞き逃し、ささやかな関わりを怠ってしまうこともあります。

 

 

 

 

 

A君の担任の先生も、教師生活のストレスで非常に疲れていました。A君のつぶやきに耳を傾ける余裕がありませんでした。

 

 

 

 

 

そのために、A君の暴力的な部分ばかりに目が向き、「どうして誰にも迷惑をかけていないのに、からかわれるのか」と執拗に食い下がるA君の態度に疲れてしまったのです。

 

 

 

 

 

担任が本当にA君の悔しさを理解できる余裕があれば、彼の極端な性格がどこからくるのかも、話の中からうかがい知ることができたかもしれません。

 

 

 

 

 

彼が暴力を振るってまで憤っている、その悔しさをわかってあげることができれば、A君の心に寄り添うことができたでしょう。

 

 

 

 

 

では、そうした関係はどうしたら築けるのでしょうか。わたしは、先生にも弱音をはいてもらいたいと思っています。

 

 

 

 

 

子どもたちは、もっと弱音の言える先生を求めていると思います。先生が弱音を言えれば、子どもも安心して本音を先生に語れるのです。

 

 

 

 

 

そして、先生の懐に飛び込んでいけます。それでこそ「懐く」関係になれるのだと思います。

 

 

 

 



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