生きる意欲
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生きる意欲

2019年04月29日(月)2:40 PM

人は誰かに受け入れられていると思える限り、生きる意欲を失うことはありません。

 

 

 

 

 

それは、自分の意見や考えに賛同したり、納得してほしいということではなく、そう言いたい気持ちに思いを寄せてほしいということです。

 

 

 

 

 

理解しようと努めてくれる姿が見たい、自分に関心を持ってほしいのです。

 

 

 

 

 

そのとき、人は「見捨てられ感」を回避できます。ある朝、わたしは高校のPTA研修会で講演するために電車に乗りました。

 

 

 

 

 

空いていた席に腰を下ろし、ネットのニュースを読んでいると、突然、前に座っていたわたしと同年代の男性が近寄って声をかけてきました。

 

 

 

 

 

「先日、職員研修で来ていただいた高校で教育相談を担当している教師です。隣に座ってもよろしいですか」

 

 

 

 

 

わたしは傍らに置いていたカバンをひざの上に乗せ、席を空けました。

 

 

 

 

 

先生は丁寧に頭を下げて腰掛け、一つ大きなため息をつきました。「教育相談ですか・・・・」。わたしは何か話そうと顔をこわばらせている先生に、誘い水を向けました。

 

 

 

 

 

相談の仕事なら何か共通の話題が見つかると思ったのです。「今、まったくやる気が起きないんです」先生の口から漏れたのは、そんな言葉でした。

 

 

 

 

 

「そうですか・・・・。いろいろあったんでしょうね。思い出したくないことってありますよね」

 

 

 

 

 

わたしはうなずきながら、先生と視線を合わせました。すると先生は悔しさをかみしめるようにして語りだしました。

 

 

 

 

 

「実は、わたしは体罰教師と言われて、前任校から今の高校に追われてきたんです」

 

 

 

 

 

「体罰教師?」

 

 

 

 

 

「はい、前任校では生徒指導を担当していたんですが、少し荒れた高校で、体を張って立て直そうとしました。

 

 

 

 

 

問題を起こした生徒と取っ組み合うこともありましたが、生徒がわたしの気持ちをわかってくれるようになると、充実感でいっぱいでした」

 

 

 

 

 

先生はさらに続けました。「他のどの先生も、わたしの指導に批判や意見を言うことはありませんでした。校長もわたしに冗談を言うことが多く、それがわたしには激励に聞こえました。

 

 

 

 

 

でも、わたしは裏切られたんです。生徒じゃなくて職員に」

 

 

 

 

 

「裏切られた?それも職員に?」

 

 

 

 

 

「ええ。スカートの丈が校則違反の女子生徒を全員グランドに座らせ、これを(と、げんこつのしぐさをしながら)したんです。

 

 

 

 

 

それが保護者に伝わり、校長、教育委員会となって・・・・・」いったん言葉を切った先生は、胸につかえた思いを吐き出すように言いました。

 

 

 

 

 

「体罰教師と言われても仕方ないんです。でも悔しいのはいまだにその高校のどの教師からも声をかけられず、わたしの気持ちを聞いてもらえないことです。

 

 

 

 

 

実際、わたしがいて助かった同僚もいたはずなのに・・・・・。わたしだけが悪かったんでしょうか。生徒指導の担当の自分がやらなければと思ったんです」

 

 

 

 

 

「悔しい」という言葉を何度も口にした先生は、高校生の集団に混じって電車を降りていきました。

 

 

 

 

 

18歳少年の高校中退

 

 

 

 

 

10代の若者なら胸をときめかすだろう夏休みを、ひとり蒸し風呂のような部屋で過ごしていたA君(18歳)です。

 

 

 

 

 

彼は大学受験への仕上げの時期でもある高校3年の夏休みの直前、学校を中退していました。

 

 

 

 

 

家を訪問して目にしたA君の姿は前途への希望を完全に失い、死神に取りつかれてさまよっているかのようでした。

 

 

 

 

 

A君は大学教員の父親と、専門学校で講師をしている母親のもとで育ちました。

 

 

 

 

 

一人っ子の彼は、愛情豊かに育てられ、ひょうきんさもスマートでクラスの人気者でした。

 

 

 

 

 

中学に入学するとサッカー部に入部しました。持ち前の集中力が功を奏し、勉強、運動とも優秀でした。

 

 

 

 

 

それでもけっして有頂天になることもなく、むしろシャイな性格でした。

 

 

 

 

 

高校は周囲の予想通り、地元の名門進学校へと進みました。

 

 

 

 

 

A君は生徒会の役員をしたり、中学時代の友達とバンドを組んでライブをするなど、非常に意欲的な高校生活を送っていました。

 

 

 

 

 

ところが、高校3年生になると彼は大学受験に焦りだし、「不吉な予感」を抱いたといいます。

 

 

 

 

 

自信のあった集中力が”遊び”で摩滅していたのです。

 

 

 

 

 

「父親の励ましの言葉がかえってプレッシャーになり、時には傷つくこともあった」ようです。

 

 

 

 

 

苛立ちは抑えても沸き起こってきました。ある日の深夜、落ち着かない気持ちを紛らわすかのように、もうろうと外出したA君は、店の前に止めてあったオートバイに心が引きつけられました。

 

 

 

 

 

夢遊病者のように、オートバイで走っているところを捕まり、初めて事態の重大さに気がつきました。

 

 

 

 

 

父親が留守だったため、警察に迎えに来た母親は、茫然と立ち尽くすA君のほほを平手打ちし、言い放ちました。

 

 

 

 

 

「なんてひどい恥さらしをしてくれたの」。学校側は、「前例のない汚名」のひと言で、自主退学という”温情処分”を決めました。

 

 

 

 

 

それでも、目指す大学の合格圏内にいたA君は、止める父親の手を振り払い、校長、教頭、担任、そして職員室にいたすべての先生に土下座して謝りました。

 

 

 

 

 

が、誰も目を合わせてはくれませんでした。帰り際、A君が校舎を背に礼を尽くすつもりで着てきた学生服のボタンをむしりとりました。

 

 

 

 

 

そのとき、父親は「大丈夫だ。腐るな。お父さんのことは心配するな」と言いました。

 

 

 

 

 

A君は父親の真意を計りかねました。「苦しんで悩んでいるのは、誰よりも僕なんだ。そのことを両親にはわかってほしかったのに・・・・・」。

 

 

 

 

 

その後、A君は顔がむくみだし、他人の視線が気になって外出できなくなりました。

 

 

 

 

 

両親への遠慮が対話の拒絶となり、自室でひとり時間を費やす日々が続きました。

 

 

 

 

 

日中でも雨戸を閉め、寝るときには耳栓をしているA君を訪ねたのは、朝夕の涼風に心地よさを感じるようになったころでした。

 

 

 

 

 

閉め切った部屋の扉は、A君の心を象徴していました。返事のない”沈黙の対話”を重ね、年を越して再び彼と会いました。

 

 

 

 

 

そのとき、八畳ほどの真っ暗な部屋にあったのは、3本の金属バットと無造作に置かれていた鉄アレイだけでした。

 

 

 

 

 

「親や大人に信頼されないで育った子が、どうして他人を信頼したり、生きる希望を持つことができますか」。

 

 

 

 

 

殺風景な部屋の中で、A君は窓の外を見つめ、沈んでいく夕日に語りかけるようにつぶやきました。

 

 

 



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