強迫的な親子関係
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強迫的な親子関係

2019年04月29日(月)2:17 PM

ある若者は親の喜ぶ顔が見たく、また喜んでもらうことで「見捨てられない」親子関係を願いました。

 

 

 

 

 

「僕は、歌をうたえば”オペラ歌手”を目指し、勉強すれば”東京大学”を目指し、語学を学べば”同時通訳者”を目指す、そして気軽に歩いていたらマラソンをしていた」

 

 

 

 

 

ここまで彼が”強迫”的に少年時代に追い込まれていったのはなぜでしょうか。

 

 

 

 

 

「学歴があって、勉強ができれば必ず将来は幸福になれる」という親の一方的な「思い込み」を「それが子どもの将来を保証する」道だと問答無用に信じこまされていたように思うのです。

 

 

 

 

 

「大学卒業を控えて、父親からいきなり『おまえ、何をやりたいんだ。どんな仕事につきたいんだ』と言われても、本当に困ってしまうんです。

 

 

 

 

 

勉強しか知らなかった僕は、就職するということがよくわからないんです。すると父親は言いました。『おまえは怠け者か』と。

 

 

 

 

 

僕はその一言で父親に見限られるのではないかと思って、暴れることで親子関係を維持したんです」

 

 

 

 

 

もう一人の若者の切ない思いです。そして、先の青年はあらためてこう言います。

 

 

 

 

 

「僕は不幸だった。でも、不幸ということに気がついただけ”幸せ”に近づきました」

 

 

 

 

 

「いい子」からの決別が強迫観念からの解放になっていったのです。「俺の”青春”を返してくれ」と心の中でこだわりながらも・・・・。

 

 

 

 

 

親の「いい子」の願いには「喜ぶ顔見たさ」ではまってしまった子がいる一方で、持って生まれた性格や周りの大人の強迫的性格をまともに受け継いで、「いい子」になった子もいます。

 

 

 

 

 

内気で、神経質で、几帳面で、完全主義的な子どもは、とかく強迫的に「いい子」になりやすい傾向があります。

 

 

 

 

 

そんな子の多くは親から「子育ての心配をしたことがないいい子だった」「手のかからない子」「聞き分けのよい子だった」といま、言われています。

 

 

 

 

 

内気は、相手と対立してしまうような自分の感情を抑え、その危険を避けていきます。言っておいたほうが楽になる自分の本音を、抑圧しているのです。

 

 

 

 

 

それが親から見ると、子ども自ら親の期待や願望を受け入れていると思えてしまうのです。

 

 

 

 

 

神経質とはやさしく細やかな配慮を欠かさないということです。いつも人の心を推し量り、そのいたらなさを自分自身に向けていくのです。

 

 

 

 

 

たとえば「おもしろい」子どもがいますが、周りの大人や相手の気持ちを汲み取りながら、「おもしろい人」を演じているのです。

 

 

 

 

 

気を使った明るさなのです。几帳面とは、しっかりしているということです。親や先生からお尻をたたかれなくても、しっかり勉強をしないではいられません。

 

 

 

 

 

大人にとってこれほど”安心”して”楽”な気持ちで見ていられる子はいないでしょう。

 

 

 

 

 

完全主義とは正義感や倫理観が強いということです。間違ったことはできないし、「あいまいにしたまま」妥協することは不快感を伴い、ときには”不正”に思えてしまいます。

 

 

 

 

 

どうでしょうか。これほど申し分のない「いい子」はいないと思います。

 

 

 

 

 

自己との対話も多く、かなり集中力の高い子もいます。そこで勉強と相性があって、比較的その方面では「報われていた」子が目立ちます。

 

 

 

 

 

また、周りに几帳面で完全主義的な傾向の大人がいると、その影響を受けやすく、さらに、過剰反応(強迫的)を起こしていくようにも思えます。

 

 

 

 

 

ところが、その「いい子」も思春期あたりに入って、友達や先生との人間関係を意識しだすと、この歓迎されていた性格も少しずつ裏目に出て、「自らを持て余す」ほどにストレスを抱えた状態になっていきます。

 

 

 

 

 

おとなしく何事にも聞き分けの良い内気さは「何も言えない子」になり、神経質であるがゆえに優しかった性格は「他人の目を気にし、人間関係の多少の行き違いにもこだわる」ようになっていきます。

 

 

 

 

 

また、「人付き合いとは、四角四面にはいかないとはわかっていても、すっきりしていないといられない」、几帳面さから「あいまいな人間関係」に耐えられない自分に苦悩していくのです。

 

 

 

 

 

そして、完全主義で強い正義感は「融通のきかない性格」と言われてしまうこともあるようです。

 

 

 

 

 

さらに、「いい子」できた子どもたちが、この時期にいたって「情けない子ね、言いたい事があったらはっっきりと言いなさい」と親や周りの大人から責められたとき、「そんな馬鹿な、それじゃ、これまではいったい何だったんだ」と子育ての責任を親に返したくなるのです。

 

 

 

 

 

そして、「それならもっと、子どもの性格を見越したかかわりをしてほしかった」と一つひとつの過去の親子関係のかかわりを確認していく子どももいるのです。

 

 

 

 

 

もう「丼感情で良しとはできない」のです。大人にとって「いい子」たちは強迫的になるまで、その願いに応えようとする子たちではないでしょうか。

 

 

 

 

 

その結果、強迫的に決めつけられない「やわらかな人間関係」には脆弱に育っていくのです。それはそのまま「傷つきやすい子」としての成長でもあるわけです。

 

 

 

 

 

強迫社会は「ねばならない」というかたちで、自分の枠組みをはずしたり、広げたりする力を阻害していきます。

 

 

 

 

 

だから、自分の世界で独り傷ついているのです。それを癒す行為が「こだわり」という”安心の儀式”ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

「お母さん、ごめんね。もう一度確認させて・・・・・・」ある子どもの抱える深い思いに、わたしはやはり健気さを感じるのです。

 

 

 

 

 

それはそのまま「お母さん、こんな僕でも生きていいの?もう一度確認させて」と自分の存在を”透明”ではなく、はっきり”肯定”してほしいと願う心の叫びと受け止めたいのです。

 

 

 

 



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