燃え尽き、息切れした少年
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燃え尽き、息切れした少年

2019年04月10日(水)1:40 PM

現在、首都圏に住むA君(現在19歳)は小さい頃、友達も多く、社交的で活発な性格でした。

 

 

 

 

 

彼は、志望していた公立高校の受験に失敗し、私立高校に入学しました。

 

 

 

 

 

ですが、内心ではその学校の雰囲気に不満を持っていました。

 

 

 

 

 

がんばり屋で勉強はしますが、成績はあまり伸びませんでした。高校2年の1学期の期末試験中のある夜、誰もいない職員室にひとりで入り、テスト作成用の担任のパソコンを盗みました。

 

 

 

 

 

魔が差したといいます。たしかに彼は自分専用のパソコンを持っていたのです。試験への不安があったのかもしれません。

 

 

 

 

 

この日、彼の両親は田舎の法事に出かけていました。翌日、彼は勇気を出して登校し、誠意を持って謝ろうとしました。

 

 

 

 

 

彼は本質的には真面目でしたし、大学も行きたかったので、この事件で退学になることを恐れていました。

 

 

 

 

 

ですが、A君は高校から自主退学を勧められました。法事から旅行に向かい、連絡のつかない両親に学校側はいらだっていました。

 

 

 

 

 

旅行から帰ってきた両親は、子どもと一緒に学校に謝罪に行きましたが、反応は冷淡でした。

 

 

 

 

 

A君は退学せざるを得ませんでした。そして大学への道を求めて高卒認定試験(旧大検)を受けようと思いました。

 

 

 

 

 

A君は予備校に説明を聞きに行きました。ビジネス化した予備校には、大学に行きたい子どもだけがいるわけではありません。

 

 

 

 

 

高校を中退して「ブラブラしている」のはみっともないからとか、どこかに所属(帰属)しているという「身分証明」を確保するために来ている子どもも多いのです。

 

 

 

 

 

親も子どもの「ブラブラ」がたまらず、本人の意思もはっきりしないうちから、「どうする、働くのか、高卒認定試験にするのか」と迫ります。

 

 

 

 

 

経済的理由で、働くことをすすめられているのではなく、目的をつくってほしいのです。

 

 

 

 

 

そのためには大枚の再チャレンジ代もいとわないのです。A君は受付で説明を聞きながら、暴走族のような生徒がいるのを見て、自分が描いていた予備校とは違うことに気づき、入学が嫌になってしまいました。

 

 

 

 

 

このころからA君は、自分にはもう勉強する場所はないと思い込み、部屋に閉じこもるようになりました。

 

 

 

 

 

高校生が家にいてもおかしくない日曜日には窓を開けて布団を干していましたが、普段は窓も閉めきり、家族に声をかけられることさえ嫌がりました。

 

 

 

 

 

家族が心配して話しかけるのですが、そのたびに「うるさい!ほっといてくれ!」と怒鳴りました。

 

 

 

 

 

だが、A君はそうやって引きこもっているときも、周りの人間は自分のことをどう思っているのか気になっていました。

 

 

 

 

 

やがて、疑心暗鬼になり、「僕はもう友達ができない人間だ。なぜなら高校もまともに出ていないし、暗い人間だから人の中に入れば雰囲気を暗くしてしまう。

 

 

 

 

 

人を不幸にしてしまう人間だから、友達を作ってはいけないんだ」と思い込んでしまいました。

 

 

 

 

 

A君の家は地元でも名の通った家柄で、近所には親戚も多いです。以前は夜になると父親や母親といっしょに犬を連れて散歩に出ていたA君ですが、考えてみると、高校入試に失敗したあたりから、徐々に親戚や近所の目を気にしだすようになったと母親は振り返ります。

 

 

 

 

 

そして高校を中退してから急激にA君本来の姿が消えていったといいます。

 

 

 

 

 

朝も、家の前を登校する子どもの声が聞こえなくなるまで、部屋から出られないばかりか、その声を聞きたくないからと夏でも窓を閉めきっていました。

 

 

 

 

 

父親の存在も、A君にとっては大きかったようです。父親は声が大きく、それが子どもに押さえつけられているような錯覚を与えました。

 

 

 

 

 

そうしたプレッシャーからか、父親といっしょに食事ができず、父親の帰宅前に食べるようになりました。

 

 

 

 

 

父親が帰ってくると部屋にこもり、ときには大きなビニール袋を頭からかぶって、声が聞こえないようにしていました。

 

 

 

 

 

そのうちに、父親から受けるストレスを母親にぶつけるようになりました。

 

 

 

 

 

やがて、部屋にバリケードを作るようになりました。ただし、それは大げさなものではなく、マットレスをドアに立てかける程度のものでした。

 

 

 

 

 

つまり、そうすることによって精神的な壁を作ったわけです。

 

 

 

 

 

A君の姉(25歳)はある新劇の女優で、親戚や近所からいつもちやほやされていました。

 

 

 

 

 

親戚に囲まれ、周りの目ばかり気にしている彼は、姉の生き方がうらやましかったようです。

 

 

 

 

 

一歩、いつも気後れ気味なA君でした。

 

 

 

 

 

A君の引きこもりが深刻化したのは、姉に対する引け目もあったと思われます。

 

 

 

 

 

わたしがはじめてA君の部屋を訪ねたのは夏でした。窓を閉めきっているために、部屋の中はひどく暑かったです。

 

 

 

 

 

しかも、強い異臭が漂っていました。部屋にはほとんど物がありませんでした。

 

 

 

 

 

目についたのは、ゴミ箱の中に入っていた3本の金属バットと鉄アレイでした。

 

 

 

 

 

それにプロレスラーやボディビルダーなどのたくましい男のポスターがはられてありました。

 

 

 

 

 

外に出たとき、同世代に引け目を感じないように体力をつけ、「ただ無駄な時間を過ごしていたわけではない」と、自分の鍛えられた体で言い返したいのです。

 

 

 

 

 

これは、引きこもりの子どもの心理として共通したものです。

 

 

 

 

 

強さへの憧れは、父性性で、積極的に前に出るコミュニケーションを求めています。

 

 

 

 

 

また、「無駄に時間を過ごしているのではない」というメッセージもやはり父性性です。

 

 

 

 

 

わたしがA君を訪ねたそのときも、テレビは24時間つけっぱなしの状態で、ガーガーと騒々しい音が流れていました。

 

 

 

 

 

伸び放題の髪をした彼は、汗だくでした。六畳一間が彼の世界のすべてであることを、如実に物語っていました。

 

 

 

 

 

わたしは2階にいるA君に向かって出会いの言葉をかけました。しかし、返事はありませんでした。

 

 

 

 

 

30分くらい語りかけたでしょうか。少しずつ階段を昇りました。ドアが少し開いていました。

 

 

 

 

 

わたしは無言の了解と受け取り、マットレスの壁をそっと動かしました。

 

 

 

 

 

そしてA君を刺激しないように部屋に入り、彼が座っているソファーの端に腰掛け、しばらく話をしました。

 

 

 

 

 

もちろん、わたしの一方的な日常的な話でしかありませんでした。

 

 

 

 

 

わたしが帰った数日後、彼はそれまで閉めきっていた雨戸を少し開け、布団を干して掃除したそうです。

 

 

 

 

 

A君は汚れた部屋にわたしを迎えたにもかかわらず、ひと言も話さず悪いことをしたと、母親に語りながら布団を干したようです。

 

 

 

 

 

心が開くと閉めきっていたドアも開いてくるのでしょうか。窓を開けたり、掃除をしたり答えられる質問、他人行儀な言い方をして距離感をはかったりしました。

 

 

 

 

 

また、昼夜逆転を直そうとしだすのは、コミュニケーションを求める準備です。そのときは、そっと見守ることが大切です。

 

 

 

 

 

そのころ、子どものことが心配だった母親は、中学からずっと仲のよかった友達に頼み、何度となく電話をかけてもらっていました。

 

 

 

 

 

しかし、A君はけっして電話に出ようとはしませんでした。友達に現在の「惨めな自分」を見せられなかったようです。

 

 

 

 

 

電話に出れば必ず「今、何している?」と聞かれます。それが怖かったようです。

 

 

 

 

 

ところが、訪問後、A君の気持ちに少し変化が出てきた頃、たまたま電話のそばにいたA君は受話器をとってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

そしてその相手が、いつも電話をかけてくれていた中学時代の友人でした。

 

 

 

 

 

友達は黙って聞いていたA君に、「実は俺も高校を中退しちゃったよ。先生とケンカして、高校をやめたんだよ。おまえ、今、何してる?」と話しました。

 

 

 

 

 

それを聞き、A君は気持ちが急に楽になり、中退以来初めて友達と話し始めました。

 

 

 

 

 

気負わなくてすむコミュニケーションは、関係づくりのきっかけになりやすいのです。

 

 

 

 

 

二人は同じ境遇に息が合い、共鳴しあいました。そして、会う約束をしました。

 

 

 

 

 

友達はバイクの免許を取るために、自動車教習所に通っていました。A君も友達の誘いに自然に心が動き、いっしょに通うことにしました。

 

 

 

 

 

こうして、彼は引きこもりから旅立つことができました。

 

 

 

 

 

引きこもっていたときの深刻さが嘘のように、明るさを取り戻し友達を求めていくA君に、母親は待つことの大切さと同時に痛みをもつ仲間、さらには引っ張ってくれる優しさの必要性を感じたといいます。

 

 

 

 


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