親子の風景
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親子の風景

2019年04月07日(日)1:15 AM

会社一辺倒の父親が、ある日風邪をひいてダウンしました。一家の大黒柱がダウンしたのですから、家族で看病したといいます。

 

 

 

 

 

お父さんがいればこそ、という思いもありましたが、少女の思いは複雑でした。

 

 

 

 

 

病気になったときだけいるお父さん。家は病院じゃないんだよ。それでいいの・・・・・。

 

 

 

 

 

いつもは仕事仕事で家庭を犠牲にしてきたお父さんです。病気したときだけ家族の世話になるなんて、お母さんやわたしが病気して寝込んでも知らんぷりしてさっさと会社に行ってしまうのに・・・・・というわけです。

 

 

 

 

 

自分は一家の大黒柱、仕事があるから・・・・・そんな父親の心を知っているだけに、「病気したときだけ」家にいる父親の身勝手さに苛立ちを覚えるのでしょう。

 

 

 

 

 

「もう少し、家族のこともわかってよ」という気持ちでしょう。

 

 

 

 

 

毎日遅い時間に帰宅する父親を待っている家族の心情を、せめてこんなときくらいは、お父さん、感じてよ、という娘さんの気持ちはわたしにも理解できます。

 

 

 

 

 

待っていてくれるうちが花なのです。そして、家族に欠けていい人は一人もいないのです。みんなが揃って「家族」なんだと思います。

 

 

 

 

 

これはわたしの自戒でもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勉強できないのは、努力が足りないからだ。やればそれなりにできるものだ」と少女は父親から言われ続けたといいます。

 

 

 

 

 

でも努力しても、できないものはできない。分からないものは分からないんです。それを何度もお父さんに言ったけど、お父さんは「そんなことはない」と言うばかりで、ちっともわたしを理解しようとはしなかった。

 

 

 

 

 

少女の両親は、近所でも評判の真面目で実直な夫婦です。努力家として知られており、少女にとってはそうした環境も重荷に感じていたようです。

 

 

 

 

 

両親の「努力は必ず報われる」という信念は、「成績となって報われる」ということであって、成績が芳しくなかった少女は努力が足りないと親からレッテルを貼られてしまったのです。

 

 

 

 

 

逃げ場を失ってしまった少女は、やがて不登校になってしまいます。

 

 

 

 

 

それでも、自分の部屋で黙々と参考書や教科書を開いて「努力」を続けたのです。

 

 

 

 

 

意地になっていた。自分なりに努力していることを親にわかってほしかった。

 

 

 

 

 

と少女は言います。誰もが100点満点を取れるわけではありません。精一杯努力しても50点の人もいれば40点の人もいます。

 

 

 

 

 

点数の評価ではなくて、努力の評価をしてほしいのです。大人はそのことを理屈ではわかっていても、いざ、自分の子どもに対してはやはり点数で努力を評価してしまうものです。

 

 

 

 

 

言うまでもありませんが、最初から意欲のない子どもはいません。

 

 

 

 

 

それは努力しても分からない悔しさを誰も分かってくれないから、寂しくなり、やる気もなくしていったのです。

 

 

 

 

 

分からない体験を何度も自分に課すほど、人は強くないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、高校1年生の少女が泣きながら電話をかけてきました。「困ったね。どうしよう」とわたし・・・・。

 

 

 

 

 

お父さんは、全然わたしのことを分かってくれない「野蛮人」なのよ

 

 

 

 

 

と彼女は訴えます。父親も本気で言ったわけではないのでしょう。少女もそのことを知っているものの、どうしても言葉の行き違いから気まずい雰囲気になってしまうようでした。

 

 

 

 

 

「お前みたいな奴は、この家から出て行け!」

 

 

 

 

 

ああ、出て行くわよ。こんな家、もう絶対に帰ってこないからね。

 

 

 

 

 

「おい、どこへ行くつもりだ」

 

 

 

 

 

どこでもいいでしょう。わたしの勝手でしょう。出て行け、と言ったのはアンタでしょう。

 

 

 

 

 

「行き先ぐらい言って出ろ。親なんだから心配するだろう」

 

 

 

 

 

どちらも半分本気で言いながら、接点を見つけようとしているのです。

 

 

 

 

 

ただ、その場の言葉のやりとりから感情のもって行き場がなくなってしまっているだけなのです。

 

 

 

 

 

親が最後は折れるしかないのです。親が折れることで、子どもは「帰る家」を持つことができるのです。

 

 

 

 

 

至らない自分を丸ごと受けとめて条件つきなしで弱音や愚痴を聞いてくれる「帰る家」。人は帰る家があるからこそ外でがんばることができるのだと思います。

 

 

 

 

 

電話で彼女は最後にこう言いました。

 

 

 

 

 

「お前みたいな不良娘は、出て行け!この親不孝者」そんなことを言われたって、わたしは子どもなのよ。働くこともできない子どもに、出て行けるところなんてあるわけないじゃないの。お父さんからそんなことを言われてもわたし、困るの」

 

 

 

 

 

 

 

 

面接室に、背の高いかわいい女の子がやってきました。表面上は明るく振る舞っていますが、でも、どこか寂しげでした。

 

 

 

 

 

話を聞いているうちにポツリとつぶやきました。

 

 

 

 

 

わたしの義務教育期間は、屈辱の連続だったんです。学校でいじめられ、家にいると親から「お前は気が弱い」と言われ続けたわたし・・・・。わたしはどうすればよかったの、お父さん。

 

 

 

 

 

子どもがのびのびと育っていける場を提供しているはずの義務教育期間です。彼女には友だちの誰もが生き生きと輝いて見えたそうです。

 

 

 

 

 

でも、自分ひとりだけが保護された義務教育の輪からはじき飛ばされている気がしたといいます。

 

 

 

 

 

自分が太っていることで、動きがにぶいことで誰に迷惑をかけたの。そのハンディは全部自分で責任を取っているのに、臭いとまで言われた・・・・・。

 

 

 

 

 

この屈辱感を、「頼りにしていた」担任の先生に相談しました。でもまったく理解してもらえませんでした。

 

 

 

 

 

そして、父親にも相談しました。すると、返ってきた言葉は、「お前が気が弱いからそんなことを言われるんだ」というものでした。

 

 

 

 

 

軽く一蹴されてしまったのです。その心の痛みは、いじめで受けた傷よりも深いものだったと彼女は言います。

 

 

 

 

 

自分の切ない、惨めな気持ちを理解してもらえないことほどつらいものはないのです。

 

 

 



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