不登校によって生じる生活空間の矮小化と生活時間の乱れ
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不登校によって生じる生活空間の矮小化と生活時間の乱れ

2019年03月29日(金)3:49 PM

ある研究機関の調査では、不登校の状態について、生活時間の乱れを「よくあった」とした人は55%あり、「少しあった」人と合わせると、8割が生活時間帯の乱れを体験しています。

 

 

 

 

 

また、外出では「なかった」とした人が27%あり、「少しあった」の42%と合わせると、約7割が外出に消極的になっていると理解できます。

 

 

 

 

 

また、学校の友人とのつきあいが「なかった」人は41%。「少しあった」人を合わせると、8割弱が学校の友人とのつきあいにも消極的であったとしています。

 

 

 

 

 

このように、生活空間の矮小化と生活時間の乱れは、不登校では普通に見られる行動傾向です。

 

 

 

 

 

そこで、以前このブログで述べた「情動」面での悪化のプロセスを振り返ってみましょう。

 

 

 

 

 

不登校の最初の段階では、連日学校の不快な場面を繰り返し連想します。

 

 

 

 

 

そこで、学校に感じる不快感も強まっていくと述べました。

 

 

 

 

 

不快感が強くなっていけば、そこで感じる安堵感や安心感も強くなります。

 

 

 

 

 

不登校の日数がかさむほど、学校場面への不快感が増します。

 

 

 

 

 

そして、それに比例するかたちで、欠席で感じる安堵感も強くなっていきます。

 

 

 

 

 

一方、不快に感じる場面も、イメージのうえで広がりが生じることも述べました。

 

 

 

 

 

登校を考えている場面で、それまで不快に感じていない対象を思い浮かべることで、その対象に対しても不快に感じるようになっていくからです。

 

 

 

 

 

不快に感じる対象が広がると、不快に感じる場面も避けます。

 

 

 

 

 

そして、その場面を避けることでも、新たな対象に対して安心感、安堵感が生じます。

 

 

 

 

 

つまり、不快に感じる対象に広がりが出るにつれ、しだいに避ける場面や対象も広がっていきます。

 

 

 

 

 

その結果、外出を避け、行動範囲が狭くなり、生活空間が狭まっていきます。

 

 

 

 

 

生活空間の狭まりは、実は「自分自身をどのように考えるのか」という自己概念と密接に関連しています。

 

 

 

 

 

しかし、ここでは話を複雑にしないために、「認知」の部分には触れません。

 

 

 

 

 

登校にまつわることを考えているうちに、それまで普通に会っていた学校の友人や教師などにも不快に感じます。

 

 

 

 

 

あるいは、学習場面を嫌う子どもも出てきます。

 

 

 

 

 

そのために、教師の家庭訪問や電話を避け、友人と出会う可能性のある時間に外出を避けるようになります。

 

 

 

 

 

塾やお稽古事などの学習場面からも撤退を始め、近所への外出を嫌がる場合もあります。

 

 

 

 

 

生活空間が狭まる動きは、このようにして始まり広がっていきます。

 

 

 

 

 

生活空間の狭まりとともに、生活時間帯にも乱れが生じます。

 

 

 

 

 

不登校の初期段階での日内変動を以前に指摘しましたが、学校の登校場面を意識化するたびに不快に感じます。

 

 

 

 

 

そこで、登校時刻に意識があることを避けるようになります。

 

 

 

 

 

そのため、起床時刻が遅くなります。

 

 

 

 

 

また、家族と生活時間帯をずらすことで、不登校を責められることから我が身を守ろうとします。

 

 

 

 

 

一方、夜間は世間も寝静まっており、学校のことや周囲の人たちの思惑を気にしなくてすむ時間帯です。

 

 

 

 

 

このようなことから、就寝時間も遅くなりやすくなります。

 

 

 

 

 

生活空間の狭まりが生み出すもの

 

 

 

 

 

生活空間の狭まりは、早い段階から歯止めをかけたいものです。

 

 

 

 

 

この歯止めがないと、子どもの生活空間が縮小していきます。

 

 

 

 

 

学校の友人を避け、教師を避け、塾やお稽古事を避けることは、家族以外の人間関係を遮断することにつながっていくからです。

 

 

 

 

 

しかし、環境の側にも、子どもの生活空間を狭めさせてしまう事情もあります。

 

 

 

 

 

子ども、特に義務教育年齢の子どもが、昼間にいることが許されるのは、学校以外には家庭と病院しかないのです。

 

 

 

 

 

その時間に外出することは奇異であり、巡り合える友人もいません。

 

 

 

 

 

家族以外の人間関係が遮断されるのは、特に児童期の子どもでは避けたいところです。

 

 

 

 

 

児童期、特に小学校高学年になるまでは、子どもの社会性(ソーシャル・スキル)が仲間関係の中で急速に発達していく時期にあたります。

 

 

 

 

 

この期間に仲間と広くつきあう体験を持たない場合、社会性の発達上、相当の不利益を被ることになりかねません。

 

 

 

 

 

もちろん、思春期年齢以降でも、家族以外の人間関係が完全に遮断されることは好ましいことではありません。

 

 

 

 

 

この年齢段階では、児童期のように大勢で遊ぶ必要はありませんが、一人でもいいから親身に関わってくれる存在が必要な発達段階にいます。

 

 

 

 

 

思春期年齢以降は、自分自身を見つめる年齢段階でもあります。

 

 

 

 

 

そこで、不登校を契機に、子ども自身が自分の生き方を探る作業に入り、家族以外の誰とも関わらない期間を過ごす子どももいます。

 

 

 

 

 

自分自身を厳しく見つめなおすために、自分のなかにこもります。

 

 

 

 

 

そして、弓を引き絞るようにエネルギーをため込んで、一気に変化していきます。

 

 

 

 

 

しかし、そのような事例は、全体の中では決して多いわけではありません。

 

 

 

 

 

沈思黙考して自分を探るだけの思考力と、周囲から心理的な安定感を与えられなければ、思考は悪いところを堂々巡りします。

 

 

 

 

 

一人で沈思黙考する期間は、せいぜい半年程度で収めたいところです。

 

 

 

 

 

さもないと、本人を巡る状況のほうが変化していきます。

 

 

 

 

 

本人が自己の探索を終え、意を決して復帰したいと考えても、時間が経過するほど学校側の環境の変化は大きくなります。

 

 

 

 

 

家庭で孤立している期間が長いほど、本人を支える人材の数も減っていきやすいです。

 

 

 

 

 

そのために、復帰のハードルは以前よりも高くなっていきます。

 

 

 

 

 

また、自分自身を見つめる作業も、誰か密接に関わる人間がいるにこしたことはありません。

 

 

 

 

 

子どもがその作業を阻まず、自己吟味することに誰かが付き添えるなら、自己を見る作業は、効率的に、誤りなく進んでいくはずです。

 

 

 

 

 

自己を見つめるためには、自己を見るための鏡が必要になるからです。

 

 

 

 

 

他者の存在との比較の中で、自分が見えてくるからです。

 

 

 



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