いじめの昔と今
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いじめの昔と今

2019年03月26日(火)8:07 AM

現代は残念なことに、いじめという行為がメディアを騒がせることが珍しくない時代です。しかし、いじめというのは昔からありました。

 

 

 

 

 

それでは、なぜ昔は社会問題にならなかったのでしょうか。あるいは今のいじめは、昔とどう違うのかという疑問が湧いてきます。

 

 

 

 

 

日本でいじめ問題が大きな関心を集め、新聞や雑誌で広く報道され、研究や調査が相次いで公表されたのは一九八○年代前半のことです。

 

 

 

 

 

 

いじめがこれほどまでに人々の関心を集めたことは、それ以前にはありませんでした。

 

 

 

 

 

教育社会学者の滝充氏は、当時の論評や文献を通覧し、その特徴を整理、分析しています。

 

 

 

 

 

滝氏によれば、いじめは「新たな問題」として語られ、特徴を「陰湿化、長期化、集団化」に求める記述が多いと分析しています。

 

 

 

 

 

八○年代半ばのマスメディアでは、いじめに関連した自殺が相次いで報道されました。

 

 

 

 

 

いじめが子どもを死に追い詰めるほど深刻な被害を与えているとは、あまり知られていなかったため、社会に大きな衝撃を与えました。

 

 

 

 

 

また、八○年代のいじめをめぐる裁判事例では、いじめが自殺に結びつく可能性を学校や教育委員会が認識していたかどうかを争うケースが散見されます。

 

 

 

 

 

自殺の予見可能性が争点となること自体、いじめが深刻な被害を与える問題だという意識が、当時の教育現場に浸透していなかったことを示唆しています。

 

 

 

 

 

欧米においても、いじめが深刻な社会問題として人々の関心を集めるようになるのは、いじめに関わる自殺が発生し、マスコミがこれを大きく取り上げたときです。

 

 

 

 

 

八○年代の日本の論評や文献が描き出したように、昔と比べて現代のいじめが陰湿になったと明らかにする比較可能な時系列データはありません。

 

 

 

 

 

ただ、いじめが被害者を自殺へ追い詰める可能性があると、私たちの社会が初めて気づいたことは確かです。

 

 

 

 

 

いじめとは、本来、陰湿なものです。

 

 

 

 

 

さらに、長期化すればするほど被害はエスカレートし、陰湿さを深めていく性質があります。このことは、時代や社会に関係はありません。

 

 

 

 

 

それだけに、いじめによる心身への被害は、いつの時代であっても無視できるものではありません。

 

 

 

 

 

しかし、子どもたちの深刻な状況を前にして、どの時代でも、どの社会でも避けられない現象だと決めつけて、手をこまねいていたわけではありません。

 

 

 

 

 

いじめは大人社会の縮図といわれて久しいです。

 

 

 

 

 

いじめが初めて社会問題となってから、日本社会はいじめについて三度にわたる大きな波をくぐり抜けてきました。

 

 

 

 

 

そして今、私たちは、いじめる子といじめられる子、そして周りの子どもたちの背後に横たわる、現代日本社会という深みへと目を向けようしています。

 

 

 

 

 

結論を先取りしていえば、個人の心に歯止めを埋め込むだけでは限界があることに日本社会は気づき始めました。

 

 

 

 

 

日本社会の人間関係のあり方や、社会や集団との関わり方へと目を向け始めています。

 

 

 

 

 

この視線の転換は、日本社会を、いじめの止まりにくい国から止まりやすい国へと転換させていく道筋を求める試みでもあります。

 

 

 

 

 

日本における社会問題化

 

 

 

 

 

社会問題は、それぞれのキャリアをもっています。

 

 

 

 

 

いじめは、いじめなりの社会問題化の生成史があり、不登校は不登校固有の展開をします。

 

 

 

 

 

しかし、これらの展開にも一定のパターンが見られます。

 

 

 

 

 

問題の「掘り起こし」に始まり、しだいに人々の関心が高まる「浸透期」、そして社会ぐるみで取り組みがなされる「全社会的な問題」へと移行する流れです。

 

 

 

 

 

社会学の見方からすれば、すべての社会問題と呼ばれるものは、問題となる現象が社会に現れた当初から、そう見なされているわけではありません。

 

 

 

 

 

社会の中の誰かが、特定の事象を「困った状態」だと訴え、さまざまな立場の人々がやりとりをしながら社会的に構築されていくのが社会問題です。

 

 

 

 

 

社会問題の始まりは、一部の人々の「困った、善くない、許せない、放っておけない、病んでいる、尋常ではない」などという申し立てから始まります。

 

 

 

 

 

いじめの場合、日本で申し立てが始まったのは一九七○年代末から八○年代初めにかけてのことです。

 

 

 

 

 

『月間生徒指導』『児童心理』『少年補導』などの教育雑誌が特集を組み、これに呼応するように新聞やテレビが報道し始めたのがきっかけとなり、行政や教育関係者、保護者などの関心を集めるようになりました。

 

 

 

 

 

問題の「掘り起こし」が八○年代の初頭までとすれば、八○年代の半ばまでは問題の「浸透期」にあたります。

 

 

 

 

 

研究者や教育委員会から調査結果が公表され、被害の実態が明らかになりました。

 

 

 

 

 

保護者や教育委員会の関心も高まっていきました。

 

 

 

 

 

社会学で「道徳的起業家」「道徳的十字軍」といわれる人々が、危機を訴え、社会正義の確立を訴える動きが広がるのもこの時期です。

 

 

 

 

 

この一連の動きは、多くの人々の関心を動員するものの、他方では、「わが子も被害に遭うのではないか」という不安感を人々の間に募らせることになりました。

 

 

 

 

 

こうした不安感情をベースとして現れてくる「モラル・パニック」といわれる現象は、ときとして政策の方向さえ歪めかねません。

 

 

 

 

 

不安感情の昂揚は、いじめ自殺をきっかけとして、一九八四年から八六年にかけてピークに達しました。社会問題化の「完成期」です。

 

 

 

 

 

特に八五年には、全国各地でいじめ自殺が相次いで発生したことが報道されています。

 

 

 

 

 

教育学者の高徳忍氏が新聞報道の限界をわきまえつつも作成した年表によれば、小六女子一人、中一男子一人、女子一人、中二男子五人、女子二人、中三男子二人、女子一人、性別不記一人の計一四人が自殺とされています。

 

 

 

 

 

その翌年、この時期の代表的ないじめ事例としてしばしば引用される、「葬式ごっこ」による少年の自殺事件が発生しています。

 

 

 

 

 

マスメディアは、連日のように各地のいじめを報道しました。そして、学校や教育行政の対応が批判の俎上に乗せられました。

 

 

 

 

 

いじめ対応への不信感と不満感が重なることによって、人々の被害不安はいっそう高まっていきました。

 

 

 

 

 

こうした世論の動向のなかで、文部省(現文部科学省)は、一九八五年の六月に協力者会議を開いて緊急提言を公表し、十月には臨時教育審議会の会長が異例の緊急談話を発表しました。

 

 

 

 

 

さらに、翌年の審議会答申では一節を割いて、いじめ施策の基本方針を打ち出しています。

 

 

 

 

 

また、今日に至るまで毎年実施されている実態調査もこの年度から始まるなど、いじめ問題は国家の文教政策の課題として位置づけられるに至り、「全社会的な問題」へと移行することとなりました。

 

 

 

 

 

日本のこのような問題形成の歴史は、学校対応への不信感と過熱気味のマスコミ報道に反応した国民の被害感情を背景としています。

 

 

 

 

 

そのために、日本のいじめ問題の捉え方は、いきおい被害にウェイトを置き、対応策も被害の早期発見と被害者の相談体制の充実に重心が置かれました。

 

 

 

 

 

この点は、同じように社会問題化した欧米の国々とは異なる特色です。

 

 

 



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