子どもを深く信頼すること
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子どもを深く信頼すること

2018年11月08日(木)1:11 PM

子どもを深く信頼するということは、どういうことでしょうか。

 

 

 

 

この子は絶対に不登校なんかしない子だ、この子は絶対に非行に走ったりしない子だ、このように信頼することでしょうか。

 

 

 

 

そうではないと私は思います。もしそれが信頼であるならば、現に不登校や非行に陥っている子どもは、もはやそのような信頼の崩れた子どもでしかありません。

 

 

 

 

 

不登校や非行に陥っている子どもは、もはや信頼に値しないダメな子ということになります。本当は、そういう子どもこそ、深い信頼を必要としているのに・・・・・・・。

 

 

 

 

 

実際、親は子どもが不登校になったり非行に走ったりすると動揺します。子どもに裏切られたと思うこともあります。

 

 

 

 

 

子どもへの「信頼」をなくし、この子はダメになってしまったのではないか、このままますますダメになっていくのではないか、早くなんとか手をうたないと、と不安と焦りによって駆り立てられます。

 

 

 

 

 

「何かよい方法」を求めて、専門機関や相談室を訪ね歩きます。子どもがダメになったと思い、子どもを信頼できなくなっているうえ、自分も不安に溺れそうになっているゆえに、「何かよい方法」にすがろうとします。

 

 

 

 

 

たとえば、難しい問題を前にして自力で解く自信をなくした子どもが、問題集の裏に解答が載っていると思えば、落ち着かなくなってそれを見たがるようにです。

 

 

 

 

 

親は自分自身の苦しみに耐えるのに精一杯で、子どもの苦しみに目を向け、それを受けとめてやるどころではありません。

 

 

 

 

 

子どもを理解しようとするよりも、何かうまい方法によって子どもを操作し、問題を解決しようとする思いが先にたちます。

 

 

 

 

 

しかしやがて、そんなうまい方法はないことがわかります。調子の悪くなったテレビを直すようには、簡単にいかないことがわかります。

 

 

 

 

 

そうなると、親もやっと腹をすえます。そこまでたどり着くのに、大なり小なり紆余曲折を経ます。

 

 

 

 

 

幸いにして、まず親の苦しい気持ちを十分に耳を傾けて聞き、それを受けとめ、そのうえで共に考えていきましょうという姿勢をもった相談相手やカウンセラーに出会うことができた親は、心の重荷を軽くし、ひきつった自分の心をほぐすことができます。

 

 

 

 

 

そして自分の心で子どもを受けとめてやろうという、心の余裕をもつことができます。そういう親は異口同音にこう言います。

 

 

 

 

 

「私の気持ちを十分に聴いてもらえて、心が軽くなりました。心に余裕ができました。自分自身がそのことを体験してはじめて気がつきました。

 

 

 

 

 

私もまた同じことを子どもにしてやらないといけない、なのにこれまでの私は、子どもに自分の気持ちをぶつけるのに精一杯で、子どもの気持ちをわかってやろうとしていませんでした」と。

 

 

 

 

 

こうして、自分の心でしっかりと子どもを受けとめ、自分の頭で考えながら答えを見つけだしていこうとする親の自信と主体性がよみがえってきます。

 

 

 

 

 

深刻な子どもの問題で悩む親に対する援助で、一番大事なのはこのことです。いかに素晴らしい助言も、自信をなくした親にとっては重荷になることがあります。親を振り回すことがあります。そのことをよく心得ておきたいものです。

 

 

 

 

 

親が自信を回復し、自分の心で子どもをしっかり受け止めようというふうに変わると、子どもにもそれが跳ね返ります。

 

 

 

 

 

そのことだけで子どもが変わることもあります。いずれにしても、子どもは親の手ごたえを感じられるようになり、親への信頼を回復させていきます。

 

 

 

 

 

しかし、それも一直線に良い方向に進むわけではありません。子どもをしっかり受け止めてやろうと腹をくくっても、毎日顔を突き合わせているとイライラしたり、自信をなくしたり、やはり何か有効な手を打たないとダメではないかと不安がぶり返したりすることが何度もあります。

 

 

 

 

 

そのような心の動揺と闘いながら、親は子供を深く信頼することを試されます。それを支え励まし続けるのが相談相手やカウンセラーの役割です。

 

 

 

 

 

相談場面で、あるいはこうした親の間でよく出てくるのが、「子どもを見守ってやりなさい」「子どもを信頼して任せてやりなさい」「子どもを信頼して待ってやりなさい」という言葉です。

 

 

 

 

 

そういうことをよく言われるけれど、「ただ見守っているだけで本当に良くなるのだろうか」「ただ子どもに任せて待つだけでよいのだろうか」。親はしばしばそういう疑問を持ちます。

 

 

 

 

 

「子供を信頼する」というけれど、子どもの何をどのように信頼するのか、私は次のように考えています。

 

 

 

 

 

「見守る」ということは、何もしないことではありません。それは親の愛を子どもに伝える一つの行為です。

 

 

 

 

 

遊園地で遊んでいる幼いわが子を見守る母親は、子供が母親に手を振れば手を振ってこたえてやります。子供の膝にきて抱っこを求めれば、しっかりと抱いてやります。

 

 

 

 

 

決してほったらかしにして何もしないわけではありません。かといって子どもの求めぬ手出し、口出しをするわけでもありません。

 

 

 

 

 

それは、子どもに安心できる基地があることを伝え続ける行為です。

 

 

 

 

 

「信頼して待つ」ことは、何もしないで待つことではありません。ただ待っていれば、やがて子どもが自然に立ち直るという、空疎な根拠のない期待を抱いて待つことではありません。

 

 

 

 

 

それは、「信頼する」という、大変しんどい仕事をしながら待つことです。子どもの自己回復力を信頼し、それが発揮されるように援助しながら待つということです。

 

 

 

 

 

そのためには、子どもの中に自分を愛し信頼する心、他者を信頼する心をよみがえらせることです。

 

 

 

 

 

子どもへの深い愛と信頼が、それをよみがえらせます。その親の深い愛と信頼を、子どもに通じるように伝え続けることです。

 

 

 

 

 

それが「信頼して待つ」唯一の方法であると私は思います。その方法は、一般的に用意されているわけではありません。

 

 

 

 

 

この親が、この子に通じさせる独自の方法、それをそれぞれの家庭で見つけ出してほしいと思います。

 

 

 

 

 

子供の足を揉んでやることは、子どもの心を揉みほぐしてやることだと子どもの足を心を込めて揉んでやる親がいます。

 

 

 

 

 

少しでも子どもを温めてやりたいと、毎晩温かいご飯を作って家に寄りつかない子どもを待つ親もいます。

 

 

 

 

 

疲れた身体にムチうって、毎朝早く起きては返事があろうとなかろうと「おはよう」と声をかけ、ともに食事をして「行ってらっしゃい」と子どもを送り出してやる親もいます。

 

 

 

 

 

残業、残業で遅く帰宅しては、寝入った子どもの頭を「かわいい、かわいい」となでてやる親もいます。

 

 

 

 

 

それは、あたかも大きな氷の塊を自分の体温で溶かすような気の長い努力の過程です。

 

 

 

 

 

その努力を通じて親の深い愛と信頼が、子どもの心に注ぎ込まれるとき、子どもの中に自分を愛し信頼する心がよみがえります。

 

 

 

 

 

こんな自分であっても、自分は親から見捨てられていない、「自分が自分であって大丈夫なのだ」と自分を信頼し、他者を信頼する心、それがよみがえってきます。

 

 

 

 

 

それは人生の「浮き袋」のようなものです。その「浮き袋」を持てばこそ、少々の困難やいやなことがあろうと何とかやっていけるし、感情の荒波にのみ込まれて自分を見失う危機を乗り越えていけます。

 

 

 

 

 

ところが今、その「浮き袋」に空気が十分に入っていない子どもたちがいます。

 

 

 

 

 

大人たちは今、どれだけ子どもの心に共感の息吹きを吹き込んでやれているのでしょうか。「見て、見て、夕日がきれいだね」と言う子どもに、「夕日に感動しているひまがあったら、漢字の一つでも覚えなさい」と叱咤激励するような関係に陥ってしまっていないでしょうか。

 

 

 

 

 

そのような関係の中では、夕日の輝きは失せ、怖いまなざしで自分を脅かす他者が心の中に住むようになります。

 

 

 

 

 

こうして自己への信頼と他者への信頼はしぼんでいきます。

 

 

 

 

 

例えば、不登校の子どもたちは、「学校に行けない」ことによって「ダメな子」と見られがちです。

 

 

 

 

 

その子どもたちに何よりもまず与えてやりたいのは、自分を愛し信頼する心です。

 

 

 

 

 

不登校の子どもたちは、その育ちの過程で様々な弱点や未熟さを抱え込んでいる場合があります。それ故に、その弱さや未熟さを乗り越えるように迫り、援助していかなければならないこともあります。

 

 

 

 

 

しかし、その弱さや未熟さをまず問題にするならば、その子たちはますます自分を「ダメな子」と否定しなければならないところに追い込まれるでしょう。

 

 

 

 

 

まず大切なのは、その弱さも未熟さも、生きている彼或いは彼女の一部なのだと子どもの生をいとおしみ共感する心でしょう。

 

 

 

 

 

そのような心に包まれる時、彼らは自分を信頼し、愛する心を回復させることができるのだと思います。

 

 

 

 

 

親が子どもに与えうる最大の贈り物は、自分を愛し信頼する心なのだと思います。

 

 



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