見放さずに見守る
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見放さずに見守る

2018年11月06日(火)11:12 AM

中学一年生から学校に行かなくなったA子さんは、携帯で友達と連絡を取り合っては街に遊びに行きます。

 

 

 

 

 

心配するお母さんに、「自分でも考えているから今は黙って見守っていて。でも、見放さないでね」と言います。

 

 

 

 

 

「見捨てる」「見放す」ことと「黙って見守る」こと、その間の線引きは非常に難しいものです。

 

 

 

 

 

Eさんの長女は、小学校三年生の時に学校に行き渋って、朝になると涙を流すようになりました。

 

 

 

 

 

Eさんは学校は楽しい場所、行くのが当たり前だと思っていたので、初めは娘の手を引いて学校に連れて行きました。

 

 

 

 

 

けれども毎朝毎朝「今日も休むのかしら」と気をもみ、何とか学校に行かせようとしている自分に疲れてきました。

 

 

 

 

 

「もう学校はいい。長女は小さな子をあやすのが好きだし上手だし、自分よりずっといいお母さんになれる。そんな子が学校に行っていないというだけで、悲しい顔をしているのを見るのはつらい」、「家の外で起きることは、親にはどうしようもないことがある。だけど、何があってもお父さんとお母さんはあなたの味方だよって認めてあげることは親にもできる」と学校に行かせようという思いを外しました。

 

 

 

 

 

でも、長女を見放したわけではありません。「学校に行っていなくたって、家で楽しくしていたっていいんだよ」と伝えたくて、二人でお弁当を持ってピクニックにも出かけました。

 

 

 

 

 

不登校、ひきこもり、暴走族、お水のアルバイト、それを認めたくない親の価値観をいったん横に置き、今それをしている子供に寄り添うことが、まず親と子の信頼関係を築き直す第一歩になることが多いようです。

 

 

 

 

 

自分の価値観を横に置くというのは、簡単なことではありません。

 

 

 

 

 

暴走族に入れば本人も危険だし、人さまにも迷惑がかかる、それをやめさせたいというのはごくごく普通の願いです。

 

 

 

 

 

でも、「やめさせたい」と強く願えば願うほど、ますます子供が親の見えないところに行ってしまうことにもなります。

 

 

 

 

 

自分とは違う環境に生き、自分とは違う生き方をしている子供、そうせざるをえない子供を、親自身が血を吐く思いで受け止める、行為は否定したいけれど子供そのものは否定していないという気持ちを伝えること、それが子供を自分の思い通りにすることはあきらめても、見放さない、見守ることのようです。

 

 

 

 

 

Dさんは高校時代荒れに荒れ、暴力事件で 二度も逮捕されましたが、今では税理士を目指して会計事務所で働いています。

 

 

 

 

 

「『迷惑』という言葉では言い表せないくらい、つらく苦しい思いをたくさんさせてきたのに、両親はそれでも僕を見放しはしなかった。命懸けで守ってくれた。うれしかった」。

 

 



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活動内容
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 学習 支援、生活訓練
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・教育相談の実施
・各種資格取得支援