ひきこもりのスタートライン
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ひきこもりのスタートライン

2018年05月28日(月)10:00 AM

「先に進むこと」

 

 

 

 

 

ひきこもりには、プロセスがあります。何があってひきこもることになったのかわかりません。しかし、いったんこのひきこもりのプロセスに乗ってしまった以上は、以前の何事もなかった時に後戻りすることはできません。

 

 

 

 

 

このプロセスを、先に進めることが必要です。ただし、プロセスを飛び越して(はしょって)先に行くことはできません。急ぐのは禁物、決して急がないことです。

 

 

 

 

 

急いで無理がかかると、すぐに振り出しの状態に戻ってしまいます。今、プロセスのどのあたりにいるのかを知ったうえで、その時々に必要な時間をかけ、必要な取り組みを行なっていきます。そして、そのプロセスのどの時期にあっても大切なのが、小さなスタートラインを引く作業です。

 

 

 

 

 

「まずスタートラインから」

 

 

 

 

 

親の集まりなどで、「うちの子は、もう何でもできるはずなのに、あと一歩が出ない」「やってみてだめだったらだめでもいいのに、そう言ってもやらない」といった声を聞くことがあります。そう、あと一歩でスタートラインに立てるところまできています。

 

 

 

 

 

だから、「せめて短期のバイトぐらいやってみたらどう?」「いきなりバイトは無理でも、せめて自動車免許くらい取っておいたらどう?」などと言いたくなります。

 

 

 

 

 

<スタートラインは、すぐそこに見えているでしょう。だからあそこのスタートラインまで行って、早いとこスタートしちゃえばいいでしょう>というわけです。でも、そのスタートラインまでのあと一歩、すぐそこというのがとてつもなく遠いのです。

 

 

 

 

 

混乱から安定へ、そしてためらいというプロセスをたどり、いま動き出しのためにわいてきた最初の力を手に入れたばかりです。それだけでは、すぐそこに見える数歩先の<やったらできそうな>スタートラインの前にすら、とても行きつけないのです。

 

 

 

 

 

ですから、ひきこもりのスタートラインは、足元に引かなければなりません。「今のままがいい」と言って、今立っている所の足先からぐるっと取り巻くようにスタートラインを引くことから始めなければならないのです。

 

 

 

 

 

そうすれば、きっと一歩を踏み出すことができます。前後左右どちらにでも動き出しさえすれば、それが最初の一歩になります。ずっと向うのゴールテープを切ることばかりを考えると、いつまでたってもスタートを切ることができません。ゴールが近いと思えた時こそ、足元に引くスタートラインがいっそう大きな意味を持ってくるのです。

 

 

 

 

 

「専門家による治療」

 

 

 

 

 

精神科医の斉藤環氏はその著「社会的ひきこもり」(PHP新書)の中で、慢性化したひきこもりは専門家による治療なしでは立ち直ることはできず、またすべての「社会的ひきこもり」は本人の意向にかかわらず治療されるべきものであるとしています。

 

 

 

 

 

さらにまた、「健康な成人の義務が労働であるとするなら、病気にかかった成人の義務は治療努力をすること」であると述べています。自らこれを「治療主義」と呼び、これを変更する必要を感じたことはただの一度もないとも述べています。

 

 

 

 

 

つまり、「治療」があってのひきこもりの援助であり、ひきこもりのスタートラインはまず「治療」からということになります。おそらく「治療」という言葉のとらえ方によって、表現の仕方も大きく変わってくるのでしょう。

 

 

 

 

 

私はというと、治療という言葉をある程度限定的に用いています。病的な状態にあるのであれば、精神医療の関与(いわゆる「治療」)が優先されるのは当然ですが、生活維持が可能な状態にあって、本人の中での未処理の課題があるときには、心理療法のプランを検討することになります。

 

 

 

 

 

ここまで含めた範囲での援助を「治療」としています。実際には本人と出会っての治療のみならず、家族だけの相談の中でアドバイスすること、家族の集いをサポートすることなど多くのことが必要になります。

 

 

 

 

 

ですから、専門家による「関与(かかわり)」という意味合いで「治療」という言葉を幅広く用いるのであれば、かなりの部分が了解しうるものと思います。ともあれ、「治療」という言葉をどうとらえるにしても、ひきこもりの援助が「治療」から始められるべきかどうかは疑問です。

 

 

 

 

 

つまり、ひきこもりのプロセスを始めから終わりまで、常に専門家が管理することなどありえませんし、プロセス全体の中で専門家がかかわることのできる部分は限られています。

 

 

 

 

 

実際に、ひきこもりのプロセスの中で専門家がどう位置づけられているかを考えてみると、主として「安定期」「ためらい期」での一つの要素にすぎません。ひきこもりのプロセスは、専門家のかかわりよりももっと早くはじまり、もっと後まで続いていくのです。

 

 

 

 

 

「誰にも肩代わりできない勇気」

 

 

 

 

 

27歳の男性のAさんは、第三者の介在する必要性を感じていましたが、彼の場合、役に立った第三者は行きつけの古本屋の主人でした。私の知る元ひきこもりの本人たちも、専門家の関与なしに「一人でひきこもりから抜け出した」人がいます。

 

 

 

 

 

そして、「一人でひきこもりから抜け出したということは、精神科や支援団体に行っていないということ」「だから精神科や支援団体の人は知らないだけ」と言い、それらを「いろいろな選択肢の一つ」であるとしています。

 

 

 

 

 

ですから、本人、家族は無力であり、専門家の助けがない限りひきこもりのプロセスを進めることはできないということはありません。実際には専門家の関与がある場合でも、専門家の目の前では何も変わりません。

 

 

 

 

 

もし変わったように見えることがあっても、それは本物ではありません。変化はあつらえられた治療場面ではなく、本人と家族の生活場面で起きることなのです。でも、一つだけ思い返していただきたいことがあります。

 

 

 

 

 

新しい事態に直面し、混乱し、動揺し、そこで変化をもたらすための新しいことを行うには、膨大なエネルギーが必要です。それは、当事者にしかできないことではありますが、そのエネルギーを絞り出し、注ぎきるというのはとてつもなく困難な作業です。

 

 

 

 

 

私は、その時だけ支えがあったらいいと思います。専門家なんか使い捨てでかまわないから、いつでも専門家につき従ったり、崇め奉るようなことなどしなくていいから、必要な時に必要な援助を求めるといいと思います。

 

 

 

 

 

援助を求めるのは、一つの勇気です。本人、家族の仕事は、その勇気を持つことだけで十分です。その勇気だけは、専門家にも他の誰にも、決して肩代わりできないものなのですから。

 

 



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