社会的ひきこもりと非精神病性ひきこもり
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社会的ひきこもりと非精神病性ひきこもり

2018年05月07日(月)6:35 AM

ひきこもりは、精神医学の世界では「社会的ひきこもり」、あるいは「非精神病性ひきこもり」と呼ばれています。

 

 

 

 

 

このいずれの呼称も「ひきこもり」を端的に表現するものとして優れたものであると私は考えています。

 

 

 

 

 

すなわち、「社会的ひきこもり」は「社会からひきこもる」という意味であり、「非精神病性ひきこもり」は「精神病ではないひきこもり」という意味です。

 

 

 

 

 

ひきこもりは社会からひきこもっている状態ですが、ただ単にひきこもっているだけでは一般的な用語とはなりえません。

 

 

 

 

 

一個人が自宅にひきこもって、なにもしないでいるだけでは、それはただその人の生き方にすぎません。

 

 

 

 

 

ところが、現代社会においては、見過ごすことができないほどの数の若者たちがひきこもっており、そのことが異常な事態と考えられているのです。

 

 

 

 

 

もちろん、ひきこもる人々一人ひとりの生き方といってしまえばそれまでなのですが、その数が異常に多く、既存の概念や精神医学や心理学では説明ができないのです。

 

 

 

 

 

一方、社会現象としてひきこもりを考えた場合、一般的には「社会からひきこもっている若者たち」と考えられがちです。

 

 

 

 

 

そして、「ぶらぶらして定職にも就かない若者たち」と見なされて、夜中にコンビニでアルバイトしているフリーターや、高校を中退して音楽ばっかりやっているミュージシャンの卵たちさえもひきこもりと見なされることもあります。

 

 

 

 

 

だからこそ、昔、ニュース番組でコメンテーターが言ったように、「ひきこもりは、ぜいたくである」などという誤った意見が出てくるのだと思います。

 

 

 

 

 

実際、ひきこもりの人で明確に自分のやりたいことをはっきりと口にできる人はいません。

 

 

 

 

 

そのようなものがあれば当然、そうするためにひきこもっていられなくなるからです。

 

 

 

 

 

自分がどうすればいいのかわからないからこそひきこもっているのです。

 

 

 

 

 

だから、「どうして、外へ出て行かないんだ」という質問には、「どうして出られないかわからないから答えようがない」というのが、「ひきこもり」の人たちの回答なのです。

 

 

 

 

 

ただ、彼らにも焦りは非常にあり、ひきこもっている状態に安住できているわけではけっしてありません。

 

 

 

 

 

彼らなりに苦しんでいるのです。どうしようもなく、うまくいっていないのです。

 

 

 

 

 

ここから抜け出せるなら、一刻も早く抜け出したいと思っているのです。

 

 

 

 

 

狭義の「ひきこもり」

 

 

 

 

 

ここでは、「ひきこもり」について、狭い範囲での定義と広い範囲での定義を考え、私が現在、想定している「ひきこもり」を呈示していきたいと思います。

 

 

 

 

 

まず、典型的な狭義の「ひきこもり」のケースを示します。

 

 

 

 

 

A君は22歳の男性です。地方の三世代同居の家庭に生まれ、3人兄弟の長男として、将来的には家長としての役割を背負うべく、家庭にそれを積極的に請われることはなくても、暗黙の了解事項として育てられました。

 

 

 

 

 

A君はそのことに抵抗することもなく、地元では有名な県立の進学校に入学するまで、両親から見てもあまり手もかからず、長男にふさわしい人間に育っていると考えられていました。

 

 

 

 

 

高校卒業後、地方の国立大学に進学し、親もとを離れて初めて一人暮らしを始めました。

 

 

 

 

 

しかし、彼はサークルにも所属せず、授業にも出席せず、友人も作らず、下宿から一歩も出ないでひたすら本を読むという生活に浸るようになっていきました。

 

 

 

 

 

そして、そのまま大学には行かずに下宿にいましたが、大学から親のもとに出席日数が足りないため、進級できない旨の手紙が送られたことから、まったく学校へ行っていないことが判明しました。

 

 

 

 

 

ここで両親はA君と話し合うために、彼の下宿を訪れました。

 

 

 

 

 

そこで、A君は自分はこんな大学へは通うつもりはない、退学したいと自分の意思を伝えました。

 

 

 

 

 

両親はとりあえず大学のことは考えなくてもいいからと彼を自宅に連れ帰りました。

 

 

 

 

 

 

自宅で両親はA君に対して、「何を考えているんだ」「これからどうするんだ」と毎日のように質問しましたが、彼は「今はわからない」の一点張りで、両親はどうしていいかわからず、精神的におかしいところがあるかもしれないと考え、A君を連れてクリニックを受診しました。

 

 

 

 

 

私も同伴しましたが、初診時、母親は「この子がどうしたいのかわからない」とうろたえた様子で話し、父親は「母親が甘やかすからこうなったのか」と原因を求めていました。

 

 

 

 

 

A君はややふてくされた態度で、自分は何もおかしいところがないのに、どうして精神科につれてこられなければならないのかと不満気にしていました。

 

 

 

 

 

そして、大学を辞めたい理由としては、「自分がやりたいことはあの大学にはない」「大学を出ても何もいいことがない」と説明しました。

 

 

 

 

 

医師との面接のなかで、とりあえず今は何もしなくてもいいから、少しでも世界とつながっていくために、通院を続けていくことに同意しました。

 

 

 

 

 

その後も、「どうして自分はここにいるのかわからない」「何をしていいのかわからない」「生きていてもこの先いいことは何もない」と訴えました。

 

 

 

 

 

通院もとぎれがちで定期的に通院することは困難となっていました。

 

 

 

 

 

結局、大学も中退し、自宅にひきこもるようになりました。

 

 

 

 

 

まったく無気力というわけではなく、本屋や買い物にはときどき出かけていました。

 

 

 

 

 

何もしていないことに焦りはあって、母親に対して、「おまえは何もしてくれない」とあたったり、父親に将来のことを責めたてられてけんかをしたりすることもありました。

 

 

 

 

 

そのような状態が2年ほど続いた後で、「自分は小説家になる」と言って、小説を書き始め、クリニックにはまったく通院しなくなりました。

 

 

 

 

 

その後、1年後、小説は書けたものの、どこにも投稿しませんでした。

 

 

 

 

 

しかし、そのあとはクリニックへは定期的に通院するようになり、長続きはしないものの、短期的なコンビニのアルバイトはときおりするようになっています。

 

 

 

 

 

現在でも、「本当に自分がしたいことは何かわからない」と訴えていますが、強い厭世観や虚無感は訴えなくなっています。

 

 

 

 

 

現在に至るまで、幻覚や妄想などの統合失調症が疑われる症状の出現はまったくありません。

 

 

 

 

 

クリニックの医師からは診断として「回避性人格障害」と言われました。

 

 

 

 

 

ひきこもりはあくまでも状態像なので、ひきこもりという診断名はありません。

 

 

 

 

 

ひきこもりの診断名とされることが多い「人格障害」というものについて、少し解説を加えたいと思います。

 

 

 

 

 

人格障害とは、まさに人格の偏りあるいは歪みが、職業上あるいは日常生活においてトラブルの原因になっているものです。

 

 

 

 

 

人格障害はけっして精神病ではなく、人格の偏り、歪みであるということです。

 

 

 

 

 

A君のようなケースが、私の想定している典型的なひきこもりのケースに該当します。

 

 

 

 

 

どのひきこもりの書物にも書いてあることですが、ひきこもりは何かの精神疾患、たとえば統合失調症、うつ病、強迫性障害、パニック障害などを伴う症状ではないということが(狭義の)ひきこもりを鑑別するための第一の点にあげられます。

 

 

 

 

 

これらの病気は自閉傾向、意欲低下、ものごとへのとらわれ、強い不安によってひきこもりと同じような状態を示しますが、彼らの苦しみの根源は彼らがわずらっている心の病気によってもたらされているものであり、病気の治療が優先されるべきです。

 

 

 

 

 

したがって、狭義のひきこもりは心の病気によってもたらされることは原理的にはありえないのです。

 

 

 

 

 

次に考えられる点としては、ひきこもりの状態に彼らが苦しんでいることが必須であるということです。

 

 

 

 

 

さらに、彼らはひきこもっているときには、自分はどうして外界に出て行けないのか、自分は今何をしたらいいのかわからない、こうなった自分を変えていきたいがその方法は皆目わからない、というのが彼らの典型的なケースの本音なのです。

 

 

 

 

 

それだからこそ彼らは救いを求めており、一方でその方法がわからず苦しんでいるのです。

 

 

 

 

 

一見、彼らがひきこもりの世界に安住しているように見えたとしても、どこか違和感を彼らが感じているとすれば、あるいは私たちが彼らの自己世界への違和感を見い出すことができれば、私たちは彼らのためにひきこもりから抜け出す方法を指し示すことが責務ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

ひきこもりの期間については文献的には6ヶ月以上とするものが多いようです。

 

 

 

 

 

ひきこもりの状態に違和感を覚えるのには、少なくともこのぐらいの期間がいるのではないかという妥当な期間と考えられますが、特に期間を限定する必要はないと考えます。

 

 

 

 

 

ただ、1ヶ月程度の期間だと彼らの苦しみが生ずるとは考えにくいとは思います。

 

 

 

 

 

以上をまとめれば、狭義のひきこもりとは以下のようになると考えます。

 

 

 

 

 

①ある程度の期間(おおむね6ヶ月以上)自宅にひきこもっているが、何もしないわけではなく、自分にとって必要あるいは必要と思われることは最低限できること。

 

 

 

 

 

②ひきこもっていることに違和感を感じ、ひきこもりから抜け出したいと思っているが、その方法はわからず、自分でもどうしていいかわからなくなっていること。

 

 

 

 

 

③ひきこもりそのものが、精神疾患に伴う一つの症状ではないこと。

 

 

 

 

 

広義の「ひきこもり」

 

 

 

 

 

現在、「ひきこもり」という言葉は、その概念が流布する前に言葉だけが独り歩きをしている感があります。

 

 

 

 

 

そのためか、統合失調症の始まりであると推定される青年期の患者さんの両親が、「この子はひきこもりである」とおっしゃられて受診されることが、最近、私の知人が経営しているクリニックにおいてもよく見かけられるようになっているようです。

 

 

 

 

 

また、30代の患者さんが、自ら「ひきこもり」であると称して受診されることもあるようです。

 

 

 

 

 

確かに、彼らは自宅にひきこもっていることが多いと思われますし、状態としては「ひきこもり」かもしれません。

 

 

 

 

 

しかし、ひきこもりの状態をきたしているのは、彼らの心の病気であり、病気の治療が何よりも優先されるべきです。

 

 

 

 

 

特に統合失調症と診断されると、一生廃人のようになってしまうかもしれない不治の病と宣告されたという思いにとらわれる人が多いために、病気の診断から意識的にせよ無意識的にせよ、「ひきこもり」という現代病の一つに患者さんの家族あるいは本人が逃避していることが見られるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

「ひきこもり」は状態を指す言葉であり、医学的な診断名ではありません。

 

 

 

 

 

そのために統合失調症、うつ病、強迫性障害、パニック障害などの精神疾患の一つの病態でもあるため、私の考える狭義のひきこもりよりも広範な心の病気に基づく「ひきこもり」も、広義の「ひきこもり」に含まれるかもしれません。

 

 

 

 

 

また、明らかに自分のやりたいこと、たとえば、ミュージシャンになるとか、作家になるとかの将来的な目標があって、自宅で必要以外の対人関係から離れて、創作に打ち込んでいるとか、自分自身でしばらくの間は自宅で休養してから将来のことを考えようとしている人たちに対して、「ひきこもり」の人と決めつけるようなこともあるようです。

 

 

 

 

 

広義の「ひきこもり」は、まさに字義どおりにひきこもっている状態のみをもってして「ひきこもり」としています。

 

 

 

 

 

その状態は、心の病気でもたらされたものであっても、自らの意思でひきこもっていてもかまわないわけです。

 

 

 

 

 

ある程度の期間、社会的生活たとえばアルバイトを含めた就労や学校への通学などをせずに、家族以外との対人交流を限定しているときには、広義の「ひきこもり」とされます。

 

 

 

 

 

もちろん、心の病気による「ひきこもり」は病気の治療が主であり、自らの意思による「ひきこもり」は治療の必要もないでしょう。



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