ひきこもりの男性の思い
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ひきこもりの男性の思い

2018年05月01日(火)12:27 PM

あるひきこもりの青年が、小学校の高学年のころの授業を思い出してこう言いました。

 

 

 

 

 

「僕は一人称が守られていれば平気でしたが、二人称・三人称になると人の目が気になってしかたがありませんでした」。

 

 

 

 

 

人とからみ合った体験の乏しい子、自尊心の高い子などは、双方向(相補)的コミュニケーションの必要に迫られると、「どのように声をかけたら受け入れてもらえるか、なんと答えたらトラブルが避けられるか」と悩み、その間に関わるタイミングを逃して「不自然なぎこちない態度」になってしまうことがあります。

 

 

 

 

 

対人関係のなかで傷ついたり、癒されたりする体験のつみ重ねが、いかにコミュニケーションの上達に大きな影響を与えるか、あらためて痛感します。

 

 

 

 

 

「人は、わかりあうためにコミュニケーションをとる」という実感を、幼いころから一つひとつの生活の場面で培っていきたいものです。

 

 

 

 

 

ところで、中学に入学して幼なじみと別のクラスになったこの青年は、そのときの心境をこう語っています。

 

 

 

 

 

「中学で人間関係のわずらわしさに襲われた僕は、勉強という”安全地帯”に逃げこんだのです」。

 

 

 

 

 

父親の背中

 

 

 

 

 

関東自立就労支援センターに来談される父親たちがぼやく一言に、「子供は親の背を見て育つ、と言われていましたから、一生懸命働いて給料をわたして妻子に生活の心配をかけなければ、それでいいと思っていました」というパターン化された台詞があります。

 

 

 

 

 

でも、本当にそうなのでしょうか。

 

 

 

 

 

「親の背」は、現実社会を生きている父親の悲しみ、嘆き、苛立ち、痛み、そして喜び、ひたむきさといった感情が対人関係のなかで語られていてこそ、子供に生きる力や知恵を与える意味をもつものです。

 

 

 

 

そのためには自らの小心さ、恥ずかしさ、喜びを子供たちにさりげなく気負いなく語ってほしいと思います。

 

 

 

 

 

子供に弱音をはいてもらえる親になってこそ、コミュニケーションは限りなく広がっていくと思います。

 

 

 

 

 

家庭訪問でのできごと

 

 

 

 

 

何度も家庭訪問したあるひきこもりの少年から「なぜ、話さなければいけないのですか?」と問われたことがありました。

 

 

 

 

 

そのとき私は、「話してくれないと何を考えているのかわからないので不安であり、嫌われていて関係をつくる気がないのかなと思えてしまうから」と言いました。

 

 

 

 

 

すると彼は焦る私に、「ここに一緒にいるだけではそう思ってもらえないのですか」と問い返しました。

 

 

 

 

 

私は言葉につまりました。

 

 

 

 

 

まったくそのとおりなのです。

 

 

 

 

 

ただし私は、彼に対して冷めていく自分も感じたのです。

 

 

 

 

 

彼の立場だけで言えばそれは正しいのでしょうが、そこに関わろうと努力している私を察する気持ちがまったく見えないからです。

 

 

 

 

 

もちろん、相手のことまで考える余裕がないのかもしれませんが、このとき彼が一言、「一緒にいるだけで精一杯なんです。」と言ってくれたらまた関係は深められたように思います。

 

 

 

 

 

互いが向き合う人とつながりたいというメッセージを出し合い、また引き出せたらいいのだと思います。

 

 

 

 

 

孤独感と反抗的な態度

 

 

 

 

 

悔しさや悲しさに襲われると人は孤独感を抱き、人の心が恋しくなります。

 

 

 

 

 

いたらない自分を見守ってほしい、見つめてほしい、声をかけてほしいと一番心を寄せる人に「刺激的」なサインを出します。

 

 

 

 

 

特に表現力の乏しい幼児は態度で示します。

 

 

 

 

 

素直に「寂しい」と甘えられる子供は困ったときに人に助けを求める術を身につけているといえるでしょう。

 

 

 

 

 

でも、甘えることが「悪いこと」「心配をかけること」だと強く思っている子供ほどストレスの出し方が不自然になります。

 

 

 

 

 

それが周りから見ると「かわいくない」であったり「攻撃的」に感じたり、「冷めた感じ」であったりします。

 

 

 

 

 

その子供なりの刺激的サインが空振りを重ねるとチックのような症状になることもあります。

 

 

 

 

 

ひとつ大切なことがあります。

 

 

 

 

 

それは、心を寄せているからこそ反抗的な態度をしてくるということです。

 

 

 

 

 

拒否したり、当てにならないと思う人にはそれだけのエネルギーをかける気は起こりません。

 

 

 

 

 

だから反抗的な態度を向けてくる子供は、あきらめている子供よりも、まだ人と繋がりたいと願っているのだと思います。

 

 

 

 

 

自己肯定感と自己評価

 

 

 

 

自己肯定感がつみ重ねられないと自己評価が下がります。

 

 

 

 

 

自信がなくなるのです。

 

 

 

 

 

すると他人の目が気になり始めます。

 

 

 

 

 

特に「努力しても報われない」自分の弱点(急所)を誰かに見抜かれていないかと気になるのです。

 

 

 

 

 

ですから、見透かしているのではと思える人(多くは身近な親)に対して攻撃的(素直でない)態度に出ます。

 

 

 

 

 

でもその目から離れると今度は自分を責めてしまい、自己否定に入っていきます。

 

 

 

 

 

この揺れが激しい感情の起伏を生み出してしまいます。

 

 

 

 

 

甘えたくても、弱音をはきたくてもはけない苦しみを背負います。

 

 

 

 

 

人は励まされても、アドバイスを受けてもどうすることもできない「情けない自分」に何度も人生の中で出会います。

 

 

 

 

 

そんなとき励まされる前に、「泣き虫でもいいんだよ。がんばらなくてもいいんだよ」「出世できなくてもいいのよ、お父さん」とあきらめではなくて肯定してほしいのです。

 

 

 

 

 

人は否定されては生きていけません。肯定されてこそ生きる意欲が湧き出てきます。「いいんだ、この程度の自分でも」と・・・・・。

 

 

 

 

 

先に励ましてしまうのは、その苦しみを見ているのが親として、家族としてつらいからです。

 

 

 

 

 

親としてわが子への「無力感」を抱けば抱くほど励ましてしまいます。

 

 

 

 

 

ですからよく面接で親御さんは言います。「いっそ他人の子ならこうは言わなかった」と。

 

 

 

 

 

人生には「努力しても報われないとき」がたびたびあります。

 

 

 

 

 

そんなとき、肯定感と出会えるチャンスなのです。

 

 



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