不登校・ひきこもりの子供の自力と他力
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不登校・ひきこもりの子供の自力と他力

2018年04月14日(土)11:56 AM

不登校やひきこもり期間中に魅力的な相手に出会った場合、子供はその魅力的な相手に全面依存します。

 

 

 

 

 

それは傍目で見ているとわがままとか甘えに見えます。

 

 

 

 

 

しかし、子供は依存している相手に、精一杯の誠実さと努力で応じようとしています。

 

 

 

 

 

一方的な依存関係のようではあっても、心では、誠意をお返ししています。

 

 

 

 

 

いい意味での相互依存です。

 

 

 

 

 

不登校の子供が魅力的な相手になかなか巡り合えない理由は、不登校の子供たちの多くが、「人はもう信じられない」と思い込み、周りの人たちを批判的な目で見ているからです。

 

 

 

 

 

不登校の子供たちの理想通りの信頼に値する人間はなかなかいません。

 

 

 

 

 

どんなにいい人であっても、「そこそこいい人」でしかありえません。

 

 

 

 

 

しかし、不登校の子供にたちの多くは、「絶対に正しい人、絶対にいい人」を求める傾向があります。

 

 

 

 

 

現実の生活を送っている人たちの中では、「完璧で全能な人はいない」と理解し、そのうえで、「理想に近い誠実な人はいる」可能性を抱けると、子供は自分一人だけで頑張ることをやめます。

 

 

 

 

 

理想的な他人を求め、その相手との共同作業をやりたくなり、役割分担していくようになります。

 

 

 

 

 

それでも彼らの癖は簡単には修正できません。

 

 

 

 

 

例えば、「あのカウンセラーはいい人だ」と思い込むと、骨の髄まで徹底的に信頼しきってしまいます。

 

 

 

 

 

まるで神様仏様への信仰のように信じてしまいます。

 

 

 

 

 

人は信頼できないと思い込んでいた子供にとっては、他人で頼ることができる対象(心のつながり)ができたのは画期的な出来事です。

 

 

 

 

 

不登校やひきこもり期間中、「他人には絶対に頼れない。あてにはできないからだ」という状態であったのが、「あの人に頼ろう。あの人ならかかわっていて楽しくしてくれる」という希望が生れます。

 

 

 

 

 

それは「今を生きるいい機会」となります。

 

 

 

 

 

しばらくの間、子供はその人に張り付くような共依存的状態になります。

 

 

 

 

 

完全な他力依存です。

 

 

 

 

 

寝ても覚めてもその人のことばかりが話の中心、心の中心を占めます。

 

 

 

 

 

しかし、そのような経過の中で(信頼できる人の支えで)対人関係も広がる可能性が生まれます。

 

 

 

 

 

「あの人が支えてくれるから、他人とも会うことができる」のです。

 

 

 

 

 

宗教の他力本願だと、「神仏を求める自分の力も神仏からあたえられている」ことになり、自発性は否定されます。

 

 

 

 

 

が、子供は自分の力で求めているという自覚、つまり自力も自覚しています。

 

 

 

 

 

一時期 は宗教的な意識で固まっていたものが、人間社会の通常の生業としての相互依存に回復していきます。

 

 

 

 

 

何がつらかった?

 

 

 

 

 

不登校やひきこもりの人たちの多くは、支えになってくれる人であてにできる人がいなかったことがつらかったわけです。

 

 

 

 

 

そして、周囲の人たちから責められて、自分が悪者で、生きている価値もないような気がしていたこともつらかったのです。

 

 

 

 

 

「善人でいたい。他人からは良い人だと言われたい」、そう思う自分が、人を頼りにするのは罪だという絶望感も不安を強くしていたのです。

 

 

 

 

 

子供たちを批判したり責めたりする人は確かに多くいます。

 

 

 

 

 

彼らは宗教としての救済に似た願望をいだきます。

 

 

 

 

 

したがって、せっかく体験して習得したものまで捨て去る場合もあります。

 

 

 

 

 

世俗に未練を持たない修行僧と似ています。

 

 

 

 

 

そのようになった子供が、「世の中はまんざら捨てたものではない。結構すばらしい面もある」と思えるように支えていくのが大人の役割です。

 

 

 

 

 

親に依存しながら親を否定・拒否する

 

 

 

 

 

不登校やひきこもりの人たちの中には、「こんな家にいるのはいやだ」と言いながら、家から離れようとしなかったり、なかなか自立しようとしないように見える子供が多くいます。

 

 

 

 

 

退屈過ぎて、「お母さん、何かやろうよ」「それじゃあ、トランプしようか」「いやだ、そんなのつまらない」という子供も多くいるはずです。

 

 

 

 

 

さらに極端なケースだと、「あんな父親の世話にはなりたくない」と言いつつ、母親経由で、例えば「父親にギターを買う金を出すように言ってくれ」と頼む子供も多くいるはずです。

 

 

 

 

 

親としては、子供がもっと肯定的に依存してくれたら、気持ちもすっきりするのですが、否定や拒否絡みで依存してこられると、子供と付き合うのもいやになってしまいがちです。

 

 

 

 

 

子供の要求が(社会性が)心の中から出る理性では肯定的なのに、現実の表現では否定的に分離しています。

 

 

 

 

 

子供の理性と現実とは肯定的な方向へ向けては統合されていません。

 

 

 

 

 

心の構成が混乱を起こしているのです。

 

 

 

 

 

そのようになる背景には自己否定感があります。

 

 

 

 

 

加齢とともに「だめな自分」を意識する子供は多くなっていきます。

 

 

 

 

 

特に高校生では約73%の生徒は、何らかの自己否定感を抱いているという統計があります。

 

 

 

 

 

中学生では30%前後なのですが、高校生になると自己否定感をいだく子供が多くなり逆転します。

 

 

 

 

 

学校教育でも、家庭教育でも、地域でも子供たちは批判にさらされ、間違いや失敗を正すように要求され続けます。

 

 

 

 

 

良い自分についてほめられることは少ないのが現状です。学業成績だけは例外です。

 

 

 

 

 

ほめられるとしたらテストの成績が上昇した時くらいです。

 

 

 

 

 

それ以外の生活全般では、こまごまと注意をされる場合の方が多いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

子供たちの心の奥底には、このような状況から生まれる自己否定感が堆積しています。

 

 

 

 

 

心の深層部に堆積した自己否定感や拒否感は、不登校やひきこもりになっている子供が生活をしている相手である親子関係の行き違いなどで、外部へ表出されていきます。

 

 

 

 

 

それが依存的でありながら否定的で拒否的な状態を形成しているのです。



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