ひきこもりの社会恐怖と対人恐怖
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ひきこもりの社会恐怖と対人恐怖

2018年03月23日(金)9:48 PM

ひきこもりの人たちは自分が周囲からどのように思われているかが極端に気になり、視線を恐れたり、人と出会うことに恐怖を感じています。

 

 

 

 

 

自分はかつて「もしかしたら、この場にふさわしくない恥ずかしいことをしてしまうのではないか」という怖れを抱いたことがあったと言う人もいます。

 

 

 

 

 

「この子は幼い頃からもともと人見知りが激しかった」と言う親も多くいます。

 

 

 

 

 

一般的には、赤面や身体の震えなどが、自分の周囲の人たちにわかってしまうのではないかと心配するような発言が多く語られます。

 

 

 

 

 

赤面恐怖状態だったという人はけっこう多くいます。

 

 

 

 

 

緊張のあまり手が震えたり発汗したりで、とても気にしていた様子がうかがえます。汗に関するエピソードはかなりよく出てきます。

 

 

 

 

 

そのような数々の反応(症状といってもよいかもしれません)により自分は「病気だから外には出られない」と主張する人もいます。

 

 

 

 

 

いくつか病院を渡り歩き、医師からは「病気ではありません」と言われても納得しません。

 

 

 

 

 

納得するどころか、医師からは「心の問題です」と言われて強く反発する人も珍しくありません。

 

 

 

 

 

そして本人は「この病気は特別な病気だから治らない」と思い込んでしまいます。

 

 

 

 

 

外出しようとすると動悸がし、震えが起こり、頭の中が真っ白になると言います。

 

 

 

 

 

だから病院にも行けないし、カウンセリングも受けられないし、何もできないと主張します。

 

 

 

 

 

それにもかかわらず、母親には「何とかしろ!」と迫ります。

 

 

 

 

 

唯一、母親だけが依存の対象です。

 

 

 

 

 

父親に向かって「お前が何もしてくれなかったから、自分はこうなってしまった」という恨み言を言ったりもします。

 

 

 

 

 

「自分は父親の被害者だ。だから、母親だけを頼ってこれから生きていく。母親は父親と別れて自分と生活をするべきだ」という恐怖心の歪みを見せるひきこもりの人もいます。

 

 

 

 

 

父親には期待を裏切られたり、見捨てられたという思いを抱いている人もいます。

 

 

 

 

 

本人と父親の関係上、心に悪い感情が構成されています。

 

 

 

 

 

本人と父親との関係では快い思いは心に構成されにくく、後に、父親が善意でかかわろうとしてもうまくいかない場合が多々あります。

 

 

 

 

 

ひきこもりの人たちの中には、損害回避感情が特別強く、新奇性追及が低く、自己志向性の獲得段階で躓いてしまった人たちが多くいます。

 

 

 

 

 

自己志向性(自己指向性)とは、自分が将来に向けてやり遂げたいことで、自分づくりの延長線に見えてくる希望です。

 

 

 

 

 

たいがいは、自分にとっての理想的な人に影響されて、自己志向性を獲得していきます。

 

 

 

 

 

そのような理想化自己対象の影が薄かった生活を送っていた可能性があります。

 

 

 

 

 

「困ったときに助けてもらう相手としてあてにしていた父親はいつもいなかった」、「現実的な出来事で、迷いが生じて親に助けてもらいたくて相談したら、『お前の好きにしていい』と言われ、真剣に相手にしてもらえなかった」、「真剣に親の意見を聞きたくて相談しても『お前の好きなようにしなさい』と言われ、ほんとうに行き詰って困ってしまった」・・・・・・・。

 

 

 

 

 

あれかこれか迷っている人にとって、自由に自分で決めなさいということは、「自由の刑」を言い渡されることに等しいのです。

 

 

 

 

 

この刑の言い渡しを父親がやる場合がけっこうあります。

 

 

 

 

 

「父親は人の話を最後まで聞かないで『そんなことでは社会では通用しない』と切って捨てるような言い方をする」存在になっています。

 

 

 

 

 

それは、子供たちから見ると一種の脅しです。

 

 

 

 

 

ひきこもりの人たちの社会恐怖状態も対人恐怖状態も、安定した援助者が、必要な時にいなかったために行き詰まり、委縮し、恐怖を感じるようになっていったように思われます。

 

 

 

 

 

それまでにできてきた関係性や環境が変化しただけで、恐怖感を感じるほどに自己感が崩れやすくなっています。

 

 

 

 

 

人間は困っているときには助けてもらいたいものです。

 

 

 

 

 

自分で乗り越えられる程度の環境や関係の変化なら問題はありません。

 

 

 

 

 

大切にしたい自分自身の気持ちが乱れるほどの出来事が起こっているときには、確実に助けを必要とします。

 

 

 

 

 

誰かが本人の心の防衛を取り除くほどの影響を持ち、かかわり続けることが必要です。

 

 

 

 

 

他人は信用できないという心の防衛を取り除くことができる人は、本人には誰であっても「ものすごく良い人」で「絶対に信頼できる人」となれます。

 

 

 

 

 

そして、「今まで生きてきた中で、出会った最高の理想の相手」となります。

 

 

 

 

 

パーソナリティ障害とひきこもり

 

 

 

 

 

ひきこもりの人たちは、相手から拒絶された体験の繰り返しがあり、人間に対して警戒心が猛烈に強くなっています。

 

 

 

 

 

屈辱や侮辱を与えた相手に対しては、心底から恨みを抱き、根に持ちます。

 

 

 

 

 

少しでも、自分の心の屈折に触れられると相手を許しません。被害感が強くあります。相手の善意に対しても、猜疑心をいだきます。

 

 

 

 

 

細かい部分へのこだわりが強く、日常的な習慣などでもささいな変更も容認しません。

 

 

 

 

 

ある意味では極端な誠実さが仇になって、ひきこもっている場合があります。

 

 

 

 

 

社会的に認められている娯楽や快楽にも否定的な態度をとったりします。

 

 

 

 

 

自分が今まで築いてきた対人関係のほとんどから撤退してしまうほどに、何事かに熱中してしまう場合もあります。

 

 

 

 

 

この「何事」とは、仕事とかゲームとか音楽とかパソコンなどのことです。

 

 

 

 

 

喜怒哀楽の表情が乏しく、感情が喪失されているように見えます。外から見ると無表情に見えます。

 

 

 

 

 

何があっても表情がベニヤ板のように平板化しているのです。

 

 

 

 

 

他人からの称賛や社会的な評価に対しては無関心になります。性にもほとんど興味や関心を持ちません。社会的な義務や規範などにも無関心です。

 

 

 

 

 

極端に用心深く、注意深くなりすぎて日常生活が滞ってしまいます。

 

 

 

 

 

また、慢性的な空虚感があります。他者を非難する傾向が強く、社会参加しない理由を合理化(正当化)する傾向もよく見られます。

 

 

 

 

 

あるいは誰かに極端に依存したり、極端に回避します。社会に対しての不適格感もあります。

 

 

 

 

 

絶対の安全を強く求め過ぎ、日常生活に多くの制限や規制が生じています。「全か無か」の生活をするようになります。

 

 

 

 

 

一般的には、自己に降りかかるストレスについての自覚が薄れ、ストレスを受けるがままの生活に無関心でいた可能性があります。

 

 

 

 

 

その結果、構成されてきた人格のゆがみが露骨にあらわれてくる傾向がある人たちです。

 

 

 

 

 

断片化している自己感(心の機能のこと)の再構成が必要です。

 

 

 

 

 

かなり長期にわたるカウンセリングを必要としています。

 

 

 

 

 

解離的な状態が起こっている人たちでもあります。

 

 



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