子供をだめにする親
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子供をだめにする親

2018年03月01日(木)2:51 PM

人を援助するときの援助者のスタンスを比喩的に表した問いかけで、「飢えている人がいたら、魚を釣ってあげますか?それとも魚の釣り方を教えますか?」というのがあります。

 

 

 

 

 

飢えている人は、放っておくと飢え死にしてしまいます。援助者は何か行動を起こさなければなりません。

 

 

 

 

 

魚を釣ってあげるというのはヘルプです。ちょうど、生まれたばかりの赤ちゃんを世話する行為がこれにあたります。

 

 

 

 

 

自分一人では生きられない赤ちゃんは、まさにヘルプを必要とする存在です。

 

 

 

 

 

もちろん、飢えている人に対して魚を釣ってあげるのは親切で尊い行為です。

 

 

 

 

 

でも、だからといってずっと魚を釣り続けてあげたとしたらどうでしょう。

 

 

 

 

 

飢える人は、自分の飢えという問題を自分で解決することなく、ヘルプしてくれる人に頼って生きることになります。

 

 

 

 

 

そして、大きくなっても人に頼らなければ生きていけない無力な自分に、嫌悪感をいだくようになるのです。

 

 

 

 

 

親にずっとヘルプされ続けた子供も同じです。このように、本来、尊いはずの親の愛が、子供を無力な存在へと育ててしまうのです。

 

 

 

 

 

親は、子供に対してどんなヘルプをしがちでしょうか。

 

 

 

 

 

①子供がするべきことを逐一指示し、命令する。(一緒にいると、ほとんど親がしゃべっている)

 

 

 

 

 

②子供の要求を察し、無条件で何でも与える。(子供が求めなくても、物が手に入る)

 

 

 

 

 

③子供がどう感じるべきかを教える。(子供の痛みや悩みを受け入れず、説教する)

 

 

 

 

 

④子供は親の延長と考え、親が求める通りになるように期待する。(子供がどうしたいかは聞かない。聞いても尊重しない)

 

 

 

 

 

⑤子供の問題をすべて親が解決する。(子供がするべきことを親がかわってやる)

 

 

 

 

 

子供が幼いころはすべて親のコントロール下にあるので、これらのヘルプは問題となって表れてはきません。

 

 

 

 

 

ところが、年齢が上がるとともに、子供はどんどん社会に出て行きます。

 

 

 

 

 

その時、ずっと親の指示で動いてきた子は、指示がないとどう動いていいのか判断ができません。

 

 

 

 

 

また、ほしいものを親がすべて察して、求めなくても与えられてきた子は、自分の欲求を正しいやり方で伝えられません。

 

 

 

 

 

親に充分聞いてもらっていない子は、自分の気持ちをうまく伝えられません。

 

 

 

 

 

親にすべての問題を解決されてきた子は、問題に立ち向かう勇気を持ちません。

 

 

 

 

 

親のヘルプの中で育った子供は、自分でするべきさまざまな体験を親に先取りされています。

 

 

 

 

 

このため、体験に基づく学びが少なく、問題解決の経験が充分にないのです。

 

 

 

 

 

問題を自分で解決する体験の少ない子供にとって、この世は何とも生きにくい世界となるでしょう。

 

 

 

 

 

問題を解決できない子供にとっては、問題は逃げ出すしかない「障害」なのです。

 

 

 

 

 

では、魚の釣り方を教えてあげるのはどうでしょうか。援助者としては、魚を釣ってあげるほうが簡単です。

 

 

 

 

 

その技術をもたない人に教え、できるようになるのを待つのは非常に忍耐のいる仕事です。

 

 

 

 

 

釣り方を教え、釣れるようになるのを待てば、いずれ人は自立します。そして援助者を必要としなくなります。

 

 

 

 

 

子供を「できない」存在ととらえ、ヘルプし、子供の人生を支配したときは、親には長い間、子供の世話をしてあげるという「しなければならない」仕事があります。

 

 

 

 

 

ところが、自分で「できる」ようになるサポートをし、子供がどんどん自分でいろいろなことをやりはじめると、親はいずれ必要とされなくなります。

 

 

 

 

 

子供の自立をサポートできる親は、親自身が自立していて、子供から必要とされなくなることを恐れない人です。

 

 

 

 

 

子供の人生を支配し、そこに頼るのではなく、生きるべき自分の人生をもっている人です。

 

 

 

 

 

ここで、「自立」の意味をはっきりさせておきましょう。

 

 

 

 

 

自立とは、人を当てにしなくても自分の力で生きられることと、自分ではできないときに素直に人に援助を求める能力を意味します。

 

 

 

 

 

実は、何も知らないと思える生まれたての子供の中に、すでに自立して生きていくために必要なすべての知恵の芽が存在しています。

 

 

 

 

 

その芽は、親が邪魔さえしなければ、立派に育つように仕組まれているのです。

 

 

 

 

 

ですから、子供は皆やりたがりです。1歳半を過ぎると、何でも自分でやりたがるようになります。

 

 

 

 

 

うまく持てなくても、自分でスプーンを持ってご飯を食べたがる、上手に口に運べなくても、自分でコップをもってお茶を飲もうとする、親がやってあげようと手を出すと嫌がります。

 

 

 

 

 

子供は自分でやりたいのです。健康に生まれた赤ちゃんに、やる気のない子はいません。

 

 

 

 

 

一人一人の表現の仕方に差はあっても、子供の好奇心ややりたがりは、人が自立して生きてくうえで必要なことを学ぶために自然が与えた力なのです。

 

 

 

 

 

皆さん、一度は植物を育てたことがあるでしょう。

 

 

 

 

 

小学生のころ、朝顔の観察日記をつけました。種をまき、芽が出て、生長し、花をつけ、来年のための種をとるまでの観察をしました。

 

 

 

 

 

種に土をかけて、日当たりの良いところにおいて、水を与えるだけで朝顔は立派に育ちました。

 

 

 

 

 

朝顔が必要とするすべての情報は、種の中に宿っていたからです。私たちがしなければならなかったのは、環境を整えることだけでした。

 

 

 

 

 

人間も子供も同じだと思います。

 

 

 

 

 

子供は時間をかけて自分の知ってることを発見していきます。

 

 

 

 

 

自分の力で生きることを学べるように、親が影響を整えてあげれば、子供は自分の中にある知恵を芽生えさせることができるのです。

 

 

 

 

 

サポートは、「ああしなさい」「こうしなさい」と、逐一子供のするべきことを指示することではありません。

 

 

 

 

 

子供が自分で学び、発見できるよう、親が子供の邪魔をしないことです。

 

 

 

 

 

子供の人生を子供に任せていくことです。

 

 

 

 

 

ところで、なぜ親は子供のヘルプをするのでしょうか。

 

 

 

 

 

生まれたばかりの子供にとって、生きるために親にヘルプされることは重要です。

 

 

 

 

 

同時に、その行為はヘルプする側にも大きな充実感を与えます。

 

 

 

 

 

かわいい子供の面倒を見て、守り、できることを精いっぱいやってあげるのですから。

 

 

 

 

 

ここにヘルプする親にとっての落とし穴があります。

 

 

 

 

 

赤ちゃんの世話は大変ですが、そこには自分にしかできない、幼い命を守るという使命感が生まれます。

 

 

 

 

 

子供が親のヘルプを必要としなくなる時期がきても、「この子のために」と使命感に燃え、守り、世話をし、指示し、命令して親としての仕事をしているという充実感を得ることができるのです。

 

 

 

 

 

子供をヘルプし、子供を支配することで、子供の依存度を高め、親自身の存在の重要度を高めることができるのです。

 

 

 

 

 

人に必要とされるのは、とても気持ちのいいものです。それが子供の自由を奪っているなどとは思いもしません。

 

 

 

 

 

気づいていたとしても、すべて「子供のため」であり、子供の自立を邪魔しているという意識はないのです。

 

 

 

 

 

ヘルプは一見、とても親切な行為に見えます。ところがそれは、ときには、「できる」人を「できない」人とにとらえ、「やってあげている」自分を援助者として高い位置において、「できない」相手に親切を押し売りする傲慢があり方となるのです。

 

 

 

 

 

人には本当にヘルプを必要とする時があります。その行為が本人の能力をはるかに超えているとき、命や心が危険にさらされているとき、そんなとき人はヘルプされなければなりません。

 

 

 

 

 

それ以外はちょっと待ってまかせてあげれば、すべて自分でできるのです。

 

 

 

 

 

子供が自分でしようとすることやしたいことを尊重せず、親がヘルプすることは、親がどんなに「子供のためを思って」やっていることであれ、子供のためではありません。

 

 

 

 

 

それは子供をヘルプしている親自身のためです。親はヘルプしてあげている自分が好きなのです。

 

 

 

 

 

子供のために何かをやっているという感覚は、親が自分の責任を果たしているというニセの満足感にほかなりません。

 

 

 

 

 

親自身の人生で得られない充実感を、子供の面倒を見ることで補おうとしているのです。

 

 

 

 

 

ヘルプする親のヘルプの先にあるものは、子供の幸せではありません。

 

 

 

 

 

子供が何を望んでるかではなく、親が望んでいるものをかなえるためにヘルプをするのです。

 

 

 

 

 

自分が望んでいるものを得るために、子供に与えるのです。

 

 

 

 

 

ヘルプする親は、子供から自分で考え、管理し、選択し、成し遂げる喜びを奪っていることに気づいていません。

 

 

 

 

 

それらの喜びは、子供に属するべきものです。もし親が喜びを求めるなら、それは親自身の人生でつくらなければなりません。

 

 

 

 

 

子供の人生を利用してはならないのです。

 

 

 

 

 

子供に生きがいを求めることは、子供のいきいき輝く人生を犠牲にして、自分の充実感を得ることにほかなりません。

 

 

 

 

 

そのとき親が愛しているのは、子供ではなく親自身なのです。

 

 



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