生と死が見えにくい時代の子どもたち
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生と死が見えにくい時代の子どもたち

2017年12月31日(日)3:34 PM

死を想え、という言葉があります。この言葉は、現代人への警句としても重いと思います。

 

 

 

 

 

戦後の日本が喪失したもののひとつに、「日常の死」が見えなくなったことがあげられると思います。

 

 

 

 

 

テレビのニュースは連日、人間の痛ましい死を伝えていますが、わたしたちの日常からは死は姿を消して見えにくくなっています。

 

 

 

 

 

大人は、それまでの経験から死を想像することは可能ですが、子供は日常から死が遠ざけられています。

 

 

 

 

 

そこに、ITと情報化社会に踊らされる時代の子供たちの不幸があるといえるかもしれません。死に直面する機会が少ない時代です。

 

 

 

 

 

家庭の中で家族の一員が死ぬとか、カエルが死んだところを見るなどの疑似体験もあまりありません。死が見えない時代になっているのです。

 

 

 

 

 

大家族であれば、近親者の死などにかかわることも多いのでしょうが、核家族ではそういう機会も少ないです。

 

 

 

 

 

そして、不登校、ひきこもりの世界でも、この日常から遠ざけられた死が、子供たちの中でウイルスのように悪さをします。

 

 

 

 

 

日常から死が見えにくいというのは、生もまた見えにくいということです。生も死も見えにくい時代に誕生した子供たちは、山間の小さな町で少年時代を過ごしたわたしなど想像もつかないほど繊細な心の持ち主でもあるようです。

 

 

 

 

 

肉親の死に衝撃を受けて、不登校、ひきこもりの原因となるケースが最近多くなっているように感じます。その少女はおばあちゃん子だったのでしょう。

 

 

 

 

 

「祖母の死」がきっかけで拒食症になってしまいました。何も食べられません。それが原因で不登校、ひきこもりになってしまいました。

 

 

 

 

 

拒食症になった少女は一時、生命の危機にさらされるところまでいったようです。

 

 

 

 

 

ガリガリに痩せた少女が、母親とともに関東自立就労支援センターに相談にやってきたのは彼女が 十七歳の時でした。

 

 

 

 

 

「自分たちの力ではもうどうにもならずに、病院に長期入院させました」経済的に恵まれた、物質的には何不自由ない家庭です。

 

 

 

 

 

でも、少女の心は何とナイーブなのでしょうか。死が見えない時代は、思いやりと優しさを喪失した時代でもあります。

 

 

 

 

 

中学ではガリガリに痩せた体つきの少女をいたわるどころか、ハイエナのように弱者を襲ういじめが発生しました。被害者はもちろん彼女です。

 

 

 

 

 

不登校、ひきこもりの少女は、恐ろしくて学校に行けなくなり、私たちの存在を知って相談に来たのです。ガリガリの体を目の当たりにして、思わず私は、「もう心配ないよ」と抱きしめてあげたいとさえ思いました。

 

 

 

 

 

「自分のペースで、体調と相談しながら通ってくればいいんですから・・・・・・」面談の時、私は彼女のプレッシャーを取り除くように何度も何度も同じ話をしました。

 

 

 

 

 

少女も母親も安心したように私の話を熱心に聞いていました。

 

 

 

 

 

関東自立就労支援センターに通うようになってからも、その子はわたしに直接話をしたい、何か相談をしたいと折にふれて私のところに来ました。

 

 

 

 

 

その都度少しずつ元気を取り戻し、仲の良い友達もできました。

 

 

 

 

 

最初は、欠席しがちでしたが自分のペースで少しずつ少しずつ通ってくるようになりました。そして、人間関係に自信を持てるようになり、行事への積極的な参加などを経て心身の健康を取り戻していきました。

 

 

 

 

 

少女の笑顔と、成長の強いエネルギーが私をも勇気づけました。

 

 



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