不登校という現象を考える
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不登校という現象を考える

2017年12月24日(日)11:59 AM

不登校現象の基本的な問題は、外界=社会に積極的に働きかけ、環境に柔軟に適応するか環境を変えていくかする自我の機能が抑圧され衰弱する点にあります。

 

 

 

 

 

人間の主体的能動的活動性は、本来はほとんどの子供たちに備わっているものですが、この能力が抑えつけられ、消衰する過程です。

 

 

 

 

 

学校社会に適応し、良き評価を得ることが子供たちの最大、最高の課題として押しつけられる現実があります。

 

 

 

 

 

学校社会が豊かな生活を有し、子供たちにとって楽しく創造的な雰囲気を持つ場所であるならば、また子供たちのそれぞれの個性に即して柔軟な対応のできる場であるならば、それも認め得るかもしれません。

 

 

 

 

 

しかし学校は 1960年以来、偏差値教育と画一化した管理の場へと変質していきます。

 

 

 

 

 

さらに学校は家庭の中にまで入り込み、子供たちの自発的で積極的な活動、生活は封じ込まれ、あるいははく奪されていきました。

 

 

 

 

 

学校と親たちによるこの日常的な強要を前にして、子供たちは自己の積極的能動的活動性を自ら抑圧していきます。

 

 

 

 

 

過適応とも言えるくらいに最もまじめに、親や学校の求めるものを先取りした子供たちが不登校へと陥っていきました。

 

 

 

 

 

それは、本来の積極的能動的活動性をより強く抑制し、衰弱させることになります。

 

 

 

 

 

おそらく、その生活史において多くの子供は、その内的欲求と本音に基づいて積極的能動的に外界に働きかけることを何回も試みたでしょう。

 

 

 

 

 

しかしその都度外界はそれを抑圧し、子供の心に精神的外傷体験を蓄積したことでしょう。それは子供にとって、人への不信と猜疑心を募らせていくものとなります。

 

 

 

 

 

子供の魂、本来の関心、感動や喜びを抑圧することになるからです。

 

 

 

 

 

したがって、不登校現象は子供の立場から見れば、合理に従おうとする理性と自分らしくありたいという魂が求めることとの激しい矛盾の過程です。

 

 

 

 

 

多くの人々は、この合理に従い、再び登校できるようになることを「治療」と呼びました。

 

 

 

 

 

しかし私は、子供たちの魂の再生に力を注ぎました。皆さんはどちらを選ばれるでしょうか。

 

 

 

 

 

不登校現象を示した子供たちが、生き生きとした積極的活動性を回復した時、親たちは必ず次のように言います。

 

 

 

 

 

「この子のおかげで私たちは本当の夫婦になれた。この子とともに本当の家族を生きられるようになった」と。

 

 

 

 

 

子供の不登校現象は一見、子供にとっても、その家族にとっても痛ましいものですが、よくよく考えてみれば、その子にとって初めて家族との本音のぶつかり合い、本当の関係の形成の端緒となります。

 

 

 

 

 

閉じこもり、自責し、卑小念慮に明け暮れ、ときには死を思います。その過程に親たちが正面から向き合うとき、はじめてその家族にとって生き生きとした生活が始まります。

 

 

 

 

 

当初は苦しみを共にし、そして後には本当に明るくすがすがしい家族へと成長します。

 

 

 

 

 

私に言わせれば、子供の不登校と対峙し、これと格闘する過程はその家族が真に生きることそのものです。

 

 

 

 

 

願わくば、健常と呼ばれる子供を持つ家族も、不登校の子供を持つ家族の生きざまを先取りして、共死を覚悟して共生できる真の家族へと成長していただきたいと思います。

 

 

 

 

 

心の底から安心し、信じることのできる家族があってはじめて、子供はどこまでも自立への旅へと向かえるものなのです。

 

 



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