病める社会の中で~子供を守る引きこもり?~
ホーム > 病める社会の中で~子供を守る引きこもり?~

病める社会の中で~子供を守る引きこもり?~

2017年12月21日(木)1:32 PM

現代は多発するいじめや不登校、家庭内暴力、そしてその果ての自殺や殺人などに象徴されるように、私たちの想像以上に家族も社会も深く病んでいるように思われます。

 

 

 

 

 

幼い子供から老人までみな、どのように生き、そしてどのように死んでいったらよいのか、その答えを求めて苦悩しているようにも感じられます。

 

 

 

 

 

先日、この春幼稚園にあがった子供の親から印象的な話を聞きました。その3歳になる女の子は医学的な問題はないのですが、周期的なおう吐を繰り返していました。

 

 

 

 

 

経過は省略しますが、約半年の母子治療を経て彼女の症状は消失し、幼稚園にも適応したことから治療は終結しました。

 

 

 

 

 

その後、ある教育関連の会合でその母親は私に言いました。

 

 

 

 

 

「いま学校ではいじめが多く、自殺にまで子供たちが追い込まれています。主人とも話したのですが、私は、いじめられたこともあったし、いじめたこともありました。

 

 

 

 

 

ずっと後になって友達から、『あのときあなたのしたことに、私はすごく傷ついた。あれはいじめだった』とい言われ、びっくりしたんです。

 

 

 

 

 

私は自分のしたことで、相手がそんなふうに傷ついていたなんてその時には思いもしなかったのです。人と人との関係って難しいんだなあとつくづく思ったのです。

 

 

 

 

 

だから、もしもこの子が学校にあがって学校に行きたくないと言うようになったら、今は無理に行かせなくてもよいと主人と話し合っているんです。

 

 

 

 

 

学校なんか行かなくたっていい、大人になるまでずっと、家にいたっていいって思うんです」と。この母親の話はやや極端ではあります。

 

 

 

 

 

しかし同時にある種の新鮮さをもって私の心に響きました。実際のところ、子供が学校に行かず家に引きこもり始めると、ほとんどの親は真っ青になって、「何とか学校に戻さなければ」と焦り悩みます。

 

 

 

 

 

それは小学生や中学生といった義務教育の期間ばかりでなく、高校生の場合でも同様であるし、時には大学生の親までもが子どもが学校に行かなくなると「不登校」ととらえ、どうやって大学に戻すことができるかと、真剣なまなざしで相談室を訪れるのが現実です。

 

 

 

 

 

いずれの場合も、親が解決を急ごうとすればするほどに、子供はかえって動けなくなります。

 

 

 

 

 

結局のところ、親がわからないながらも子供の気持ちに寄り添い、その子供の心理的成長を側面から支えることができるようになると、やがて子供の心が動きだし、その結果、社会に戻って行く可能性が開けてきます。

 

 

 

 

 

「取り残された問題」

 

 

 

 

 

通常私たちにとって、「学校へ行く」ことは大前提であり、「学校へ行かないなんてとんでもない」ということが、暗々裏の了解事項となっています。

 

 

 

 

 

そのような価値観を、どうも私たち多くの日本人が共有し、共有させられています。

 

 

 

 

 

思春期の引きこもりの代表格である「不登校」の場合、特に子供が中学生や高校生であれば親は子供を何とか学校に行かせようと躍起になります。

 

 

 

 

 

しかし子供はそのままでは行くことができません。そうなると通常、家庭で親が子供に与える課題は、「学校へ行かないならば、ちゃんと朝起きなさい(つまり、きちんとした生活をしなさい」ということと、「家で勉強しなさい」の二つです。

 

 

 

 

 

ところがこれらの課題にも、子供はのることができません。それを引き起こしているメカニズムを親と子が共に理解し、調整していくことができれば子供の生活のリズムはおのずから整ってきます。

 

 

 

 

 

また第二の課題に関しては、多くの場合、子供は勉強が嫌で家に引きこもっているわけではありません。

 

 

 

 

 

おおもとになっている問題に、精神的なエネルギーのほとんどを吸い取られてしまっているために、勉強をしようにも、どうしても勉強に手をつけることができないのです。

 

 

 

 

 

勉強が嫌なだけなら話はもっと簡単でしょう。学校をやめて次のステップに進んでいけばよいのですから。しかしどう頑張ろうとしても、どの課題にも乗ることができません。

 

 

 

 

 

ここまで来ると、多くの親がいうセリフは「勉強しないなら、学校なんかやめちゃいなさい」、あるいは「学校に行くか働くか、どっちかにしなさい」となります。

 

 

 

 

 

しかしこれにもまた子供は乗ることができません。方向を決めるところまでいっていません。何も解決できていない、だから動けないのです。

 

 

 

 

 

親のほうとしては、何とか子供を理解しようと話し合いの場を何度も設け、ありとあらゆる方向から手を尽くして原因を探ろうとします。

 

 

 

 

 

が、たいていの場合、話し合いはほとんどはかどりません。原因が見つからないのならば、それならそれでもいい、せめて何とか引きこもりをやめさせ、駒を一手でも前に進ませようとします。

 

 

 

 

 

しかしやっぱり、子供はデンとして動きません。八方ふさがりの親と子がここにいます。そして最終的に親が語るセリフは、「あいつは結局はだらしがないんだ」「根性がない、情けない奴なんだ」となります。

 

 

 

 

 

本気でそう考えているわけでもないのでしょうが、そうとでも考えないと納得ができません。そう考えることで何とかわけがわかったような気になろうとします。が、もちろん、これで心が落ち着くわけではありません。

 

 

 

 

 

一方子供の方も、「いい加減にしなさい」と怒鳴られても、「頑張ってみろ」と励まされても、「家から出て行け」と脅されても、「こんなにお母さんを苦しめて」と泣かれてみても、動けるようになるわけではありません。

 

 

 

 

 

いったい自分が何にひっかかり、こんなことになっているのか自分自身でもわかりません。いくら話し合っても、結局は頭の上でのやり取りでしかありません。

 

 

 

 

 

あまりの親の意気込みに、思わず「やってみる」と言ってみたところで結局は何もできないし、やはり何も変わりません。

 

 

 

 

 

「不安に駆りたてられる要因」

 

 

 

 

 

お互いが自分と相手の気持ちをもてあまし、わからないこと、わかってもらえないこと、伝わらないこと、伝えられないことに情けなさ、憤り、悲しみなどの感情がまざり合い、どうにもならない苦しさだけが空回りする、そんな中に放り出された親と子がいま、私たちの周りにたくさんいます。

 

 

 

 

 

どうも話し合いの原点が食い違っているとしか考えようがありません。

 

 

 

 

 

親がこのように子供の引きこもりに対して焦り、何とかしなければと駆り立てられていく要因には、二つのことが関係しているように私は考えています。

 

 

 

 

 

一つは、私たちを縛っている学歴偏重主義です。知的なもののみに偏った価値を置き、学校を出ていないと明るい将来はない、豊かで幸せな明日はちゃんとした学校を卒業してることによってのみ約束されるという考えに、私たちみんながいまだにとらわれています。

 

 

 

 

 

これは一種の錯覚だと私は思うのですが、それが故に、わが子の引きこもりは親の理性を失わせるのに十分な心理的衝撃となります。

 

 

 

 

 

もう一つは、目に見えないものは信じることができず、目に見えることにしか頼ることができない今日の私たちの精神の貧しさです。

 

 

 

 

 

引きこもることはそこに立ちどまり、自分の心の中を覗き込み、惑い、悩み、考えることです。これは外目には「何もしていない」ようにしか見えません。

 

 

 

 

 

これこそ、全く目に見えない心の世界です。したがって、外から見ると無為に無駄に時間を浪費しているとしか受け止めることができません。

 

 

 

 

 

積極的に自分を押し出し、合理的・効率的に物事を要領よく進め、いかに素早く仕事を片づけるかということが評価の対象となる今日の日本の社会では、何やら「わけのわからないこと」に時間をたっぷりと使うことは評価の対象外、価値がないというよりももっと悪いのです。

 

 

 

 

 

このことは、親がそう考えてしまいがちであるということのみならず、ひきこもっている子供当人も同様なのです。

 

 

 

 

 

したがって彼ら自身が、自分のしている「とどまっている」ことを否定的にしかとらえることができません。これらの要因が、「引きこもり」という現象になにがしかの意味を見いだすことを難しくしているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

しかし先の 3歳の女の子の母親からは、もしも学校に行くことで自分の子供が壊されてしまうのならば、「学校には行かせなくてもよい」という覚悟が感じられます。

 

 

 

 

 

「学校には行くもの」「行かなければ大変なことになる」とみんなが思い込み、結局は自分たちをがんじがらめにしているこの大前提に対して、「否」と首をふれそうな親がここにいます。

 

 

 

 

 

「引きこもること」が、もしも子供を守ることにつながるのならば、それもまた一つのあってもよい生き方ではないかと考えられそうな親がいます。

 

 

 

 

 

もちろんそこには、新たな関係性の発達をめぐる問題が含まれています。したがってそのままでは、何も解決したことにはなりません。

 

 

 

 

 

しかし、おそらくは子供を守り育もうとする本能的な直感から出た母親のこの言葉は、現代を生きる子供たちが置かれている状況、そして彼らが肌で感じ取っている漠然とした不安や恐れ、窮屈さ、そして違和感といったものを見事に感知し、すくい取って私に示してくれたように思えました。

 



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援