不登校・ひきこもりと家族
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不登校・ひきこもりと家族

2017年12月21日(木)7:03 AM

たとえば、子供が不登校になったとします。家族はそのことで、激しく揺れ動き、時には家族崩壊の危機にさらされることもあります。

 

 

 

 

 

なぜ学校に行かないんだ、お前が学校に行けば問題はすべて解決するんだ、なぜなんだ・・・・・・と原因探しが始まりがちです。

 

 

 

 

 

問題は学校なのか、それとも子供自身なのか、親はぐいぐい問いつめます。でも問い詰めても子供は登校するわけではありません。

 

 

 

 

 

すると今度は、問題所在追及の矛先が「母親の育て方」にいったり、あるいは「父親の帰宅が遅かったから、父親不在で不登校になった」と”犯人”の詮索が家族に広がっていきます。

 

 

 

 

 

全員が検察官みたいになって、とにかく原因を突きつめ、責任の所在を明らかにしようとする雰囲気になります。

 

 

 

 

 

私たち家族は何か問題が起こると、誰か悪者を作りたがります。その方が気持ちがすっきりしてさっぱりするからです。

 

 

 

 

 

誰かに責任を背負わせるわけですから、そのほかの「容疑者」は、ほっと一安心というわけでしょうか。

 

 

 

 

 

でもそれでは、家族の心は落ち着かないばかりか互いに傷つけ合うばかりです。

 

 

 

 

 

もう犯人捜しはやめて、悩みを抱える人の負担を家族一人一人が背負い、本人の気持ちを軽くしてあげることを私は提案します。

 

 

 

 

 

一番苦しみもがいているのは、悩んでいる当事者の本人です。悩み分け合ってこその家族の絆です。絆の「半」は平等という意味です。

 

 

 

 

 

家族は揺るぎないように思えて意外ともろいものです。

 

 

 

 

 

コミュニケーション一つをとってみても油断すると、「カウンセリングでもしてもらわないと会話のできない家族」になってしまいます。

 

 

 

 

 

私は大げさではなく、「家族は綱渡り」だと思っています。

 

 

 

 

 

「家族じゃないか」という一言は、実に便利に使われます。でもそれは「両刃の剣」ではないかと思います。

 

 

 

 

 

時に、その一言で家族の誰かが抱えている苦悩や負担から逃げることができます。

 

 

 

 

 

「家族なんだから、言わなくてもわかるだろう」「あんただけじゃないのよ、苦労しているのは」というわけです。

 

 

 

 

 

でも相談室に来る子供たちの多くはこう言います。「家族だからこそ、いたわりの言葉を何よりも待っていた」と。

 

 

 

 

 

家族の中の会話は、たいていは「たわいのない」ものです。ところがその家族の「ささいなこと」に手間をかけなかったことが、どれだけ大きなツケとなってくることか、その重さはトラブルが起こってみて初めてわかります。

 

 

 

 

 

家族が崩壊していくのは、そうした「たわいのない」出来事からです。多くは思いやりの食い違いなのですが、それも何気ない声かけが日ごろからあったかどうかが回避の決め手になるのです。

 

 

 

 

 

ねぎらいの言葉をかけているでしょうか。人間関係というのは、こちらの感情が相手の感情になるものです。

 

 

 

 

 

こちらが怒った気持ちで接すれば、相手も怒った気持になります。ねぎらいの気持ちで接すれば、相手もねぎらいの気持ちを返してくれるものです。

 

 

 

 

 

にもかかわらず、家族同士だとなぜか感情をむき出しにしてしまいがちです。

 

 

 

 

 

親しき仲にも礼儀ありという言葉があります。気持ちをつつみ隠すことなくぶつかり合えるのも家族だからこそですが、そのためには日ごろから相手を思いやる「心の距離」が保たれていることが肝心だと思います。

 

 

 

 

 

「心の距離」とは、人間関係のことです。引きこもりや親を拒否している子供たちとあきらめることなく言葉をかけ、人間関係を維持していくことだと思います。

 

 

 

 

 

それは苦楽を共にする家族だからできることです。カウンセラーも教師も必要でしょうが、でも最も必要なのは、家族の人間関係だと思います。

 

 

 

 

 

引きこもりや親を拒絶している子供に人間関係を伝えるには、ともかくも「関わる」ことしかありません。

 

 

 

 

 

ぎこちなくても、いたわり、ねぎらいの言葉をかけながら関わることです。そうした親の関わる姿に、子供たちは人間関係のお手本を見ているのだと思います。

 

 

 

 

 

今が良ければすべての過去はよくなり、今が悪いとすべて悪くなるものです。

 

 

 

 

 

様々な嫌な出来事があったとしても、例えば「試験に合格した」となれば、「今までの嫌なことは、この日のためにあったんだ」とさらりと受け流すことができます。

 

 

 

 

 

でも反対に、今まで幸運続きだったけど、「試験が不合格だった」となれば、「あの時、うぬぼれることなくやっておけばよかったんだ」とか「厳しさが足りなかった」「あの人があんなことを言ったから、駄目になったんだ」という具合に、過去の出来事がことごとくマイナスに思えてしまいます。

 

 

 

 

 

反省もほどほどにしないと、いたずらにわが身をすることにさえなりかねないのです。

 

 

 

 

 

これは家族の人間関係でも同じです。過去も現在も、そして未来もひとつながりのものです。今がよくないからといって、過去の出来事をほじくり返して誰かに責任を負わせたり、将来を悲観したりするのはどんなものでしょうか。

 

 

 

 

 

将来はどうなるか、だれにもわかりません。大切なのは今を肯定し、受け入れることではないでしょうか。今を正直に見つめることだと思うのです。

 

 

 

 

 

そして今の自分に何ができるかを考えることが大切ではないでしょうか。ただそのとき気をつけることは、今をあまりにすっきりさっぱりしようとしないことです。

 

 

 

 

 

ひきこもっているから、悪い・・・・・・・・、親に反発ばかりしているから、あの子は自立できないんだ・・・・・・と早合点しないことです。決めつけないことです。

 

 

 

 

 

「ひょっとしたら、これは足元を固めていることなのかもしれない」「自分の意見をやっと言えたのかもしれない」といった具合に、幅を持たせて考えてほしいと思います。

 

 

 

 

 

こうした緩やかさを親が示すことで、悩んでいる子供は救われます。

 

 

 

 

 

「今ここで何をするのか」を常に自分自身に問いかけてみる日常と、「~に違いない」という絶対表現を控え「~かもしれない」という融通表現を多くし、決めつけない柔らかな人間関係を作りたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 



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