親を困らせる子供の気持ち
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親を困らせる子供の気持ち

2017年12月15日(金)11:36 AM

今年17歳になったA子さんは、中学一年生のころから不登校状態となり、そのため一時は家族との接触を避けて自室にこもりがちの生活を続けていました。

 

 

 

 

 

再び登校することはできませんでしたが、一応中学を卒業でき、そのころから近所なら買い物に出かけたり、家族とも日常的な話をかなりするようになってきました。

 

 

 

 

 

しかし、まだテレビやインターネットや音楽を聴いて時を過ごすということが多く、特に何かを目的にして暮らすというものではなかったようです。

 

 

 

 

 

そんなある日、予報で雨となっていましたが、翌日の外出に備え一心に洗車している父親に向かってA子さんは、「明日は雨が降るっていうのにばかみたい」といったのです。

 

 

 

 

 

母親によると、A子さんのこのような親を揶揄したような言い方は時々見られるのだということでした。

 

 

 

 

 

不登校の相談に乗っていると、このように極端に言えば言葉の暴力ともいえるような攻撃的な発言を両親に向ける子供と出会うことがよくあります。

 

 

 

 

 

そのような場合、両親は、学校に行くでもなく、働くでもなく、毎日何もせずぶらぶらしているのに、そのような口の利き方は態度が大きすぎるのではないかと注意したり叱ったりしたくなるようです。

 

 

 

 

 

けれどもたいていの場合、当の子供は両親の考えているのとは逆に両親に対して強い負い目を感じているものなのです。

 

 

 

 

 

まだ学籍があるうちはもちろんですが、中学を卒業になればなったで、進学することも就労することもできず、ただなすこともなく日々を家庭で送っている自分に対して、子供自身も決して良いことしてるとは思えないので、両親に対してもまた何事もないように学校に通っている兄弟に対しても、とても肩身の狭い思いをしているのです。

 

 

 

 

 

それだけに、いつも家族から自分の毎日の生活の仕方について非難されはしないかと気になっているので、家族の中で特に一家の中心的働き手である父親を、負い目から煙たく感じるため父親から何か言われるまえに先手を打って、いわば先制攻撃をかけて相手の口を封じてしまおうとするのです。

 

 

 

 

 

このような心理は、不登校の子供だけのものではなく、一般の子供にも大人にもあるものです。

 

 

 

 

 

例えば、浮気などのように夫が妻に後ろめたいことを外でしてくると、夫は帰宅したときに妻の機嫌をとるということもありますが、逆に、妻のすることにいろいろ文句をつけ、不機嫌な態度をとることがあるのと同じようなものです。

 

 

 

 

 

大人はえてして子供の心の動きは大人と別のものと考えがちですが、子供も人である限り、その心の動きは大人と基本的にはさして異なるものではありません。

 

 

 

 

 

A子さんのような態度を子供がとるときには、ただその表面の言動だけを見て問題にするのではなく、何か負い目を感じばつの悪い思いをしているのかもしれないと推察できる心のゆとりを大人は持ちたいものです。

 

 

 

 

 

親を困らせる子供の気持ち

 

 

 

 

 

先日、子供から高額な金品を要求されたり、無理難題を出されたり、暴力の対象にされたりしているご両親からの相談がありました。

 

 

 

 

 

そのような立場に置かれると、子供の保護者であるという思いは一方ではあっても、耐えがたい苦しさの渦中にあるので被害者意識ばかりが募り、そのような言動をとる子供の気持ちは見えにくくなってしまうものです。

 

 

 

 

 

けれども子供の示す言動は、一方的に対象化し、問題であるとしてすむものではなく、常に子供の置かれている状況の反映だと考えなくてはならないのです。

 

 

 

 

 

つまり、子供をめぐる社会的、心理的環境の影響であるということは否定できないからです。

 

 

 

 

 

人の精神症状や精神状態は、常に一方的であったり周囲と全く無関係に異常であったりするのではなく、周囲との相互関係の中でつくりだされ成立してくるものであると考えられます。

 

 

 

 

 

このような見方で大変困っておられるご両親は、一方的に被害者であるとはいえず、むしろ子供をそのような状態に仕向けている加害者であるかもしれないのです。

 

 

 

 

 

また、子供が両親を困らせるような言動をするのは、それによって両親の手をわずらわせ、放ってはおけない存在であるということを知らせるためであったり、また両親を苦しめることで子供自身がいま味わっている苦しさを知ってほしいためであるかもしれません。

 

 

 

 

 

とすると、子供は、自分の味わっている苦しみを両親が本当にわかってくれておらず、しかも自分が苦しみの中にあるということさえもわかっていないと思い、そうした両親に不満を感じているのかもしれません。

 

 

 

 

 

そうした子供の両親への不満は、大人も自分の子供時代に同じような苦悩や不満を味わったかもしれないのに、のどもと過ぎれば・・・・・・で、忘れてしまっているということでもあるのでしょう。

 

 

 

 

 

子供のころの思い出では広い部屋だと思っていたのが大人になって行ってみると狭い部屋だったというような経験があるでしょう。

 

 

 

 

 

子供時代より歳をとるほど時のたつのが早く感じられるということもあります。このように、大人と子供では、空間体験にしろ時間体験にしろ違う、ということがわかります。

 

 

 

 

 

大人としては、ちょっとお説教したつもりでも、子供にとっては心にぐさりとくる言葉で長々と叱られたことにもなりかねません。

 

 

 

 

 

大人は、自分では気づかないところで子供を困らせたり苦しめたりしておいて、そのつけが自分に迫ってくると「しかたのない子だ」と子供を責めたり、厄介者扱いしてはいないでしょうか。

 

 

 

 

 

ところで、特に父親が子供から回避や無視、攻撃の的にされることがよくあります。お父さんは外で忙しく働いていることが多く、子供との接触が少ないので子供をあまり理解していないため、ということもあるでしょうが、そればかりでもないようです。

 

 

 

 

 

不登校状態となった子供は、自分の状態を自分でも責めたり非難したりしているので、社会で社会のルールに従って仕事をしているお父さんは、子供にとっては社会の代表と感じられ、社会のルールに従えない自分とは距離のある人に見え、煙たく感じられるためでもあると思います。

 

 

 

 

 

もう一つの理由は、お父さんの方から作る距離のためで、それはまじめなお父さん方は、家庭にあって父親はこうあらねばならないといった一種の父親役を一生懸命演じようとするからだと思います。

 

 

 

 

 

お父さんは父親役を、お母さんは母親役を果たすべきものといった一種の建前のようなことが言われ、それがうまくできないと非難されるというところがあるので、他人から批判されないような両親になろうとして自分の本当の気持ちに反した親のスタイルを作っているというわけです。

 

 

 

 

 

子供が成長するうえでは確かに父親役としての父性性や母親役としての母性性は大切だと思いますが、父親だから父性性で、母親だから母性性で接しなくてはならないということではないと思います。

 

 

 

 

 

父親でも子供に接するとき、父性性が必要なことも母性性が必要なこともあるものです。父親は父性性、母親は母性性、ときめつけるような社会通念があるとしたら、それは男権社会の中でつくられた固定観念かもしれません。

 

 

 

 

 

不登校は学校不適応とされたりしていますが、これも、子供は学校へ行くものとの決めつけから来た考えで、やはり学校を絶対とする考え方から出たものです。

 

 

 

 

 

父親は父親らしく、といった決めつけと同様のことだと言えるでしょう。このような、人が一方的に作り出した観念で子供と接していては決して子供の本当の心には触れることはできず、子供を苦しめたり追いつめたりしてしまうものです。

 

 

 

 

 

上野動物園の前園長だった中川さんは、90%動物の側に立つと動物がわかってくると言っておられます。

 

 

 

 

 

動物にしろ子供にしろ相手を本当に理解しようと思うのなら、理屈や建前ではなく、心を白紙にしてその相手の側にたってみることが一番大切なことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 



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