長期のひきこもりの弊害
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長期のひきこもりの弊害

2017年12月13日(水)9:21 AM

一般に、子供のひきこもりが長期化すると、子供自身、社会との関係性を回復することがなかなか難しくなっていきます。

 

 

 

 

 

もちろんこの場合の長期とは、数カ月というような単位ではなく、一~二年でもなく、それ以上の何年間もというような大きな単位のことを指しています。

 

 

 

 

 

社会復帰が困難になるのは、他者との関係が日ごろの生活の中にないために、人とかかわることそれ自体が難しくなっているからです。

 

 

 

 

 

私たちは本来、人と話したり一緒にいたりすることによって、楽しいこともあるけれども誤解されたり、傷けられたりもします。

 

 

 

 

 

そして楽しかったりうれしかったり、あるいは悲しいことがあった時、それらの感情を分かち合います。

 

 

 

 

 

また、誤解されたとき、いやなことがあったときには傷つきます。しかしそのことを自分なりに考え、おかしいと思うことは相手と話し合うことによって、それを解決してゆくことができるという体験もします。

 

 

 

 

 

もちろん、わかりあえない、解決できない場合もあります。しかしひきこもりが長期化すると、このように人との関係の中でいろいろと学び体験をすることが、ほとんどといってよいほどありません。

 

 

 

 

 

そして関係の修復や改善という経験もまた、全くといってよいほど得ることができません。もともと人との関係に敏感で、傷つきやすい性格の人がそのままに成長していきますので、傷ついた場合に立ち直りにくいという性格がいっそう堅固なものとなってしまうのです。

 

 

 

 

 

このような場合、最初から傷つけられない関係を求めようとするのは無理からぬ事といってもよいでしょう。しかしそれは現実にはありえません。

 

 

 

 

 

そのために、人とかかわることを避けられない社会に戻ってゆくことが難しくなってしまうのです。

 

 

 

 

 

また、ひきこもりが長期化すると、人はどんどん追い込まれたような心境になっていきます。自分の将来に対しても、悲観的かつ絶望的な見通ししか立てられません。

 

 

 

 

 

部屋の外から笑い声などが聞えてこようものならば、自分だけが取り残された感じになり、自分ばかりがなぜ こんなに不幸なのかと人生を、運命を呪いたくもなるでしょう。

 

 

 

 

 

悲観的な考えはやがて被害感となり、精神的にいっそう自分を追いつめていきます。このような精神状態のな不安定さはやがて病的な不安に変質し、やがてはその人の人格をゆがめ、壊してゆくことにもなりかねません。

 

 

 

 

 

ひきこもりの長期化を防ぐには、それ以前の対応をされることが第一歩です。しかし、すでに長期化に入った子供の場合には、これまでのことはそれとして今から何ができるか、親として手助けできることは何なのかを考えることです。

 

 

 

 

 

どんな場合でも「手遅れ」ということはないはずです。少なくとも、私もそう信じて支援活動をしています。

 

 

 

 

 

私自身相当気をつけていても、相談に来られている方に気づかぬうちに押しつけをしてしまったり、理解しそびれたり、勘違いすることがしばしばおこります。

 

 

 

 

 

善意があっても間違うことはあるのです。自分自身でその時々に気づくこともたくさんあります。しかし相談に来られている方に、教えてもらって初めて分かることもまた多いのです。

 

 

 

 

 

相手がモヤモヤしていることは、たいてい私自身もまた胸におさまっていません。ですから、そのテーマについてじっくり話し合うことができれば何がどう行きちがったのかわかってきます。

 

 

 

 

 

相談所の方と一緒に模索していく中で、互いの理解が深まっていくのです。私はひきこもりやニートの支援活動は、こういう相互的関係の中での共同作業であると考えています。

 

 

 

 

 

しかしその一方で、相談に来られている方がその時に飲み込んでしまい、かなり時間が経過してから、いかに自分が支援者のかつての言動に傷つけられたかとせきを切ったようにたたきつけられると、「あんまりだなあ」と途方に暮れてしまう自分がいます。

 

 

 

 

 

あまりに一方的に被害的に受けとられたり、人でなしのように言われたりすると相手の方の困った状況をわかっているつもりでも自分の気持ちがまいってしまうのです。

 

 

 

 

 

一生懸命心をつかい、わかりたいと思っていることをわかってもらえないことに、支援者である私の方が情けなく、悲しく、めげてしまうのです。

 

 

 

 

 

私の気持ちをわかってもらえないという悔しさの余り、ぽろぽろ涙をこぼしたり、怒りの湯気が頭から吹きあげたり、落ち込んだりと情緒が上がったり下がったりすることはしょっちゅうあります。

 

 

 

 

 

しかし本当は、そんなことを言わざるを得なかった当人の方が、私以上にもっと苦しいに違いない・・・・・・。理性が戻れば、やはりそこに立ち戻ります。

 

 

 

 

 

そして改めて「わかってもらえない」ということがどれほど人にとって苦しい体験であるか、この体験を通して気づくのです。

 

 

 

 

 

ですから泣くだけ泣き、怒るだけ怒り、落ち込むだけ落ち込んだら次に私は何がそんな食い違いを引き起こしたかを明らかにしようと、わたしと相手との言語的・非言語的やりとりの両方ともを振り返り、できる限り詳細に思い起こし、見つめる作業に入っていきます。

 

 

 

 

 

そこにその人とのコミュニケーションのズレ、ひいてはその人の対人関係の障害をに解くカギがあると私は考えます。

 

 

 

 

 

そして、私のわからなかった分について冷静に相手の方と話し合いながら、一緒に問題を解いていきます。

 

 

 

 

 

ここで私がしているのは、簡単に分かった気になることでも、わかることでもありません。人の気持ちはそんなに容易にわかるものではないはずです。

 

 

 

 

 

分かった気にならず、わかったふうを装わず、わからないなりにわかろうとする気持ちを持ち続けることです。

 

 

 

 

 

行き違いが生じるたびに、この作業を何度も何度も繰り返します。私自身の経験ではこれを徹底的にやり抜いていくと、少しずつではありますが、「追いつめるー追い込まれる」という関係が緩んできます。

 

 

 

 

 

ため込んでは一気に爆発して怒鳴ることが、徐々にそのときその時々に苦情として比較的穏やかに言ってくれるようになります。

 

 

 

 

 

こうなればしめたものです。しかしそのためには、こちら(受け手)が『決してあきらめないこと』『繰り返しに耐え続けること』だと私は思っています。

 

 

 

 

 

ひきこもりの支援活動とは、基本的には困っている人とともに、押しつけをできる限り少なくしながら決して放り出すことなく、相手のペースに合わせて歩んでいこう、とするものだと私は考えています。

 

 

 

 

 

長期化した場合に、子供さんご本人が最初から面接場面に来てくれることはほとんどありません。

 

 

 

 

 

何年も親御さんとだけ会っていて、最後の最後にご本人とお目にかかったというような体験が私にはたくさんあります。

 

 

 

 

 

あるいはもっと長期化し、40歳を超えた方とお目にかかることも珍しくなくなってきています。

 

 

 

 

 

どのような場合でも、どこからでもスタートは可能なはずです。親御さんにも子供さんにも申し上げたいと思います。

 

 

 

 

 

『決してあきらめないでください』

 

 



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