ひきこもっている間、子供はどのような心理状態なのか
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ひきこもっている間、子供はどのような心理状態なのか

2017年12月11日(月)9:42 AM

ひと口にひきこもりといっても、時期ごとに子供自身にも子供を抱える親御さんの側にも、その心理的な状態に特徴があるように思います。

 

 

 

 

 

その時期とは、具体的にはまず、ひきこもる直前からひきこもりを始めるまでの時期があります。そして、ひきこもり始めた子供に対して、何とかひきこもりをやめさせて、現実の世界に引き戻そうとする親御さんのかかわりの時期があり、それらの努力がうまくいかずに(いった場合はそれでよいのですが)、ひきこもりという状態について家族間に何となく折り合いがついてくる時期がきます。

 

 

 

 

 

さらには、その状態が慢性化して、当人も家族もともにそのひきこもった状態から抜け出すことが難しくなり、長期化していく場合もあります。

 

 

 

 

 

もちろん、どのような理由でひきこもりに入ったかによって、子供自身の心理的な状態もそれ以降の心理的変容過程も異なってきます。

 

 

 

 

 

それぞれが固有の性格や個人史をもっているのですから、一人ひとりの心理状態が違うのは当然のことです。

 

 

 

 

 

さらには、始まりと同様に、いつ、どのようにしてひきこもりから巣立っていくかも 一様ではありません。

 

 

 

 

 

これはあまりにも当たり前のことです。それをわかったふうに一般化して書くというのは、ほとんど無謀かつ無神経なことです。

 

 

 

 

 

しかしその一方で、今この文章を読んでいらっしゃるのは、ひきこもりの子供を抱えた親御さんや先生方、あるいはそのような子供たちの心理的な援助に携わり、相当困っておられる方々ではないかと考えます。

 

 

 

 

 

ですので、ひきこもりに入った個々の子供たちの荒ぶる心の中をわずかばかりでも理解したり、手助けするアイデアやヒントの一つにでもなればと、全く違うケースも多いに違いないとわかりつつも、あえて先に示した時期ごとの心理的苦悩とその推移の過程を私自身が出会い、直接かかわって教えられた内容をもとに、推測したり想像したりしながら膨らませて描いてみることにしましょう。

 

 

 

 

 

はじける寸前の風船

 

 

 

 

 

私は、ひきこもりには極論すると本人が考えに考えた末に、比較的意図的・自覚的に始めるものと、だらだらと、あるいはなだれ込むように入る場合の二つがあるような気がしています。

 

 

 

 

 

そしてこの後者の、ほとんど意図的・意識的ではないひきこもりの方が多いのではないかと考えています。

 

 

 

 

 

しかしいずれの場合も、ひきこもる直前からひきこもり始めというのは、子供が『にっちもさっちもいかなくなった』状態になったといってよいと思います。

 

 

 

 

 

子供が何歳であれ、その理由がなんであるにせよ、「心が傷つき、このままでは自分が壊れてしまう」と感じた時、子供はひきこもりに入るように私は感じています。

 

 

 

 

 

それはまさに今、閉じこもる以外に自分を守る手立てがないという切迫した感覚です。その意味で、緊急事態宣言であり、子供からのSOSの発信なのです。

 

 

 

 

 

その時の心境はまさに『はじける寸前の風船』です。彼らの言葉で言うと、心の中はおもちゃ箱をひっくり返したようにごちゃごちゃ、あまりにいろんな考えや感情が入り乱れているためにかえって頭の中は真空状態、目はあっても何も見えない、耳もきこえない・・・・・・・。

 

 

 

 

 

ちょっとでも動いたら、バーンと風船が破裂して自分自身がばらばらに砕け散ってしまいそう、そんな感じです。

 

 

 

 

 

だから、気持ちを聞かれても、理由を聞かれても、当人自身何も答えられないのです。

 

 

 

 

 

どうしてそんなふうに例えるのかというと、心理療法に通いながら自分の問題を解決していった子供たちに、ずいぶん後でひきこもり当初のことを尋ねても、「自分でもなにがなんだかよくわからなかった。でも、とにかく動けなかった」と答えてくれることが多いからです。

 

 

 

 

 

この時期に親御さんや先生方が、子供になぜそんなことをするのかと理由を問うても、ほとんどの場合、返事が返ってこないか、あっても「わからない」としか言ってもらえないのは、本人自身がよくわからないでいるためと、風船を破裂させまいと身動きができない状態になっているためであると私は考えています。

 

 

 

 

 

ですので、このような問いは、聞くタイミングをよく考えて「たった一回だけ」にする方が、本人は助かるように思います。

 

 

 

 

 

自分で自分をもて余し

 

 

 

 

 

しかし、時がたつにつれてその緊迫した真空状態は情緒的な洪水にとってかわられます。それは、子供がひきこもり始めたことによって、破裂しそうな風船の内圧が一時的にではあっても下がり、緊急事態から脱し、ちょっと内側に目が向くようになったためといってよいのではないかと思います。

 

 

 

 

 

そうなると今度は、何が何だかよくわからないけれども、つらくてつらくて仕方がない、ふけどもふけども涙が止まらない、なぜこのようなことになってしまったのかという憤りの気持ちややりきれなさが一気に押し寄せてきます。

 

 

 

 

 

そして、誰々のせいでこうなったと人を恨んでみたり、反対にこのような状態に陥らざるを得なくなった自分自身に対する無念さや不満、情けなさやふがいなさの感情が入り交じり、そこに悲しみも加わり心の中は騒然、まさに荒れ狂う嵐の様相を呈してきます。

 

 

 

 

 

いき場のない、イライラした感情は、時に叫び声やうめき声、あるいはどなり散らしたりぶつぶつと言う独り言となって現れます。

 

 

 

 

 

子供がこの内なるいら立ちを親御さんに直接ぶつけてしまうと、親御さんは心身ともに傷を受けてしまいます。

 

 

 

 

 

クッションや縫いぐるみを放り投げたり、本やノートを引き裂いたり、壁を蹴破る、ガラスをたたき割る、といった物に当たる行動は、親を傷つけることを精いっぱい避けようとして生まれた代替行動であると私は考えています。

 

 

 

 

 

また親御さんに実際の暴力をふるってしまう場合もありますが、そんな時でも子供は必ず手加減しています。

 

 

 

 

 

子供たちは自分で自をもてあまし、情緒的な混乱状態に陥っていると考えられます。ですのでこの時期、子供はざわめき騒ぎまくる自分の感情を自分自身でなだめたりすかしたりするのに手いっぱいになり、どのようにしたらよいかという対策を立てたり、より良い方向に向けて努力していくという余力がまったくと言ってよいほどなくなっているのです。

 

 

 

 

 

感情の嵐に自分の理性がのっとられてしまった状態といってもよいかもしれません。子供たちはしばしばCDやラジオの音楽番組を最大限のボリュームにして何時間も流し続けます。

 

 

 

 

 

私はこのことには少なくとも二つの意味があるように感じています。一つには、親御さんに対して自分のこのどうしようもない苦しみをわかってほしいというメッセージであり、もう一つは、自分でも持て余している自分自身の気持ちをより大きなサウンドによってかき消してしまいたいという切なる心の動きなのではないかと思えるのです。

 

 

 

 

 

しかし、必ずしもそのような内的な戦いを外側にあらわす子供ばかりではありません。外側から見ると 1日中ボーッとしているだけのように見える子供もいます。

 

 

 

 

 

この場合には、いわゆる怠惰という場合もあるかもしれませんが、あまりにも辛い内的な苦闘に疲れ果てたり、それを避けるために一時的に無気力という覆いをまとうことでとりあえず時を過ごすという『仮の適応の姿』である場合が多いのではないかという印象を私は持っています。

 

 

 

 

 

ただ、どちらの場合も、子供たちは精神的に疲れきっています。眠っていても熟睡はできず、夢の中でも考え、起きていても心の中が揺さぶられ、気持ちの休まるときはほとんどないように私は思います。

 

 

 

 

 

抑うつと自信の喪失

 

 

 

 

 

さらに時が経過していくと、自分の気持ちをコントロールすることができず、身動きの取れない自分に対して子供たちは次第に抑うつ的な気持になっていきます。

 

 

 

 

 

自分に対する自己評価はいっそう低下し、「こんな自分なんか生きている価値がない」「いっそ死んでしまいたい」という気持ちが大きくなってきます。

 

 

 

 

 

自分自身のこれまでを振り返り、親御さんとのかかわりを見つめなおし始めた子供が、親御さんに向って、「生まれてこなければよかった」「どうして俺を産んだんだ」という言葉を発するのもこのようなときです。

 

 

 

 

 

自殺企図の危険が高くなります。抑うつ的な気持ちと、感情の洪水との間を振り子のように激しく揺れ動きながら、孤独感が深まり、何とかしなければという焦りの気持ちが空回りします。

 

 

 

 

 

そして自分だけの力ではどうにもこの事態を抜け出すことができないのです。

 

 

 

 

 

もっと年齢が高くなり、自分に対する理解が増えていくと、「できれば、こんなふうでない自分に生まれたかったけれども、実際には自分はこういう自分でしかなく、この自分を抱えてどうやって生きていったらよいか」と考え、ありのままの自分を受け入れることができるようになっていきます。

 

 

 

 

 

こうなると、死の危険からは距離が出てきます。しかしこれはまだ先のことです。

 

 

 

 

 

さて、ひきこもりの子供の各時期の心理状態と照らし合わせた親御さんの対応についてはここで一言で言えるほど単純なテーマではありません。

 

 

 

 

 

どの場合でも要点は、何よりも子供が親に助けを求めやすくさせてあげることです。そのためには、まず決してひきこもりそれ自体を責めたり、とがめないことです。

 

 

 

 

 

もしも子供がまだ心を開いてくれないときには、無理にこじあけようとするのではなく、そっとうしろで待機していることも必要です。

 

 

 

 

 

親が自分の気持ちを聞いてくれる、助けてくれるかもしれないと感じられると、次第に子供は親御さんに気持ちを開いてくるでしょう。

 

 

 

 

 

思春期に入った子供は、本当はもう親に頼りたくはないのです。自分の力で解決したいのです。でも情けないけど、助けてもらわなければこの状況を抜け出せない・・・・・・。

 

 

 

 

 

頼りたいけど頼りたくない、頼りたくないけど、頼らざるを得ない・・・・・、この心の中の葛藤を理解しつつ頼らせてあげてください。

 

 

 

 

 

また、子供に苦情を言わせてあげることも大切です。「あの時母さんはこうだったから」「あの時ああ言ったから」「お母さんは○○だから」など、子供はたくさんたくさん親に文句を言います。

 

 

 

 

 

この苦情に耳を傾けてください。聞いてくれるお母さんがそこにいてくれるから、はじめて文句が言えるのです。文句を言うことを通して、自分らしい生き方を模索しているのです。

 

 

 

 

 

また、この行為の中にはお母さんにも自分への理解を深め、変わってもらいたいという願いも込められているように感じます。

 

 

 

 

 

言われる親御さんは、いかにつらく苦しいかと思います。しかし、言わなければならない子供さんもまた苦しいのです。

 

 

 

 

 

できることならば、子供は本当は親御さんの心を傷つけたりしたくはないのですから。ですから、とにかく聞いてあげてください。受けとめてあげてください。

 

 

 

 

 

もしそれが一人では難しいようなら、私たち援助専門家の門をたたいてください。一緒にどう受けとめたらよいか考えていきましょう。

 

 

 

 

 

こじれてしまったケースを見ていくと、残念なことに、親御さんが子供のためによかれと思って一生懸命にされたことが、実際にはその子供の助けになるというよりも、先走りになったり押しつけになったりと逆の効果を生んでしまっている場合が多いように感じます。

 

 

 

 

 

そしてお互いに傷つき、疲れ果て、それ以上の傷つきを避けるために互いに無関心、無干渉になっていくように思います。

 

 

 

 

 

膨らむむなしさ

 

 

 

 

 

子供が親の助けを得ることに失敗すると、力のある子供の場合には何年かかけてそこから何とか自力で抜け出せることもありますが、多くの場合、それは難しく事態はさらに悪化していきます。

 

 

 

 

 

親がわかってくれない、自分を見放したのではという気持ちから、子供の心の中にはとり残され感、見捨てられ感が強くなり、いっそう気持ちに余裕がなくなっていきます。

 

 

 

 

 

そうなると、物事を悪いようにしか考えられなくなります。そのことから家庭内暴力的になっていく場合もありますし、虚脱感、虚無感の波に飲み込まれ、沈んでいく場合もあります。

 

 

 

 

 

心の和む時がなく、苦しさばかりが募る毎日の繰り返しの中で、子供の感性は徐々に、そして確実に鈍くなります。

 

 

 

 

 

あまりの辛さゆえに、人格が歪んできて心がカサカサになって何も感じなくなり、完全に閉じこもりの世界の 住人になっていきます。

 

 

 

 

 

残酷な事件が報道されても、同情するとか恐ろしいことだというような感情が動かなくなり、むしろより残虐な空想がイメージの中で発展してしまうと教えてくれた子供もいます。

 

 

 

 

 

こうなってくると、そこからの回復はなかなか大変です。そのころには人に対する猜疑心や不信感がますます強くなっていますので、いっそう助けを得られにくくなっています。

 

 

 

 

 

またむなしさの淵に沈んでいった子供たちは、すでに助けを得ることをあきらめてしまったかのようにも見えます。

 

 

 

 

 

しかし長期化した場合でも、何よりも親御さんが子供を何とか助けたいという気持ちを捨てないこと、あるいはその気持ちに再び立ち戻ることができれば、可能性のともしびは消えません。決してあきらめないことです。

 

 

 

 

 

自分で自分を見捨ててしまいそうになっている子供が、唯一、自分を見捨てないためには、自分を産み、育ててくれている一番の味方であるはずの親御さんが、自分を見捨てていないと感じられなければなりません。

 

 

 

 

 

それさえあれば、その親子は何とかその状態を抜け出せるのではないでしょうか。

 

 



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