引きこもる子供に共通する傾向
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引きこもる子供に共通する傾向

2017年12月09日(土)10:16 AM

単純に、どのような性格の子供が引きこもる傾向があるんということは言えません。置かれた状況がその子供にとって内的・外的に過酷であったり、あるいは本人の精神的な活動水準が低下していたりすれば、誰でも引きこもりに入る可能性はあります。

 

 

 

 

 

その意味で、「引きこもりイコールまずいこと・よくないこと」と決めつけることは間違っています。

 

 

 

 

 

しかし、いじめによる自殺がよく報道されていることに象徴されるように、より良い対人関係を形成し、かかわりの中でそれを修正したり修復していく力が脆弱になっている現代を生きている若者たちに見られる、引きこもりに入りやすい性格的な傾向というものはいくつかあげられるように思います。

 

 

 

 

 

傷つきやすさ・問い返せなさ

 

 

 

 

 

まず第一には、人の気持ちに敏感で、ちょっとしたことにも傷つきやすいという点があげられると思います。

 

 

 

 

 

学校や塾などで仲間外れにされたり、クラスメートなどからいじめにあい、その体験を重ねた結果、人とかかわることがいやになったり怖くなって引きこもりが起こるということは、悲しいことですが理解しやすいことです。

 

 

 

 

 

また、友達とのやり取りの中で、ちょっとした行き違いがある、例えば移動教室の際にグループの中で自分だけが何となく取り残されてしまったり、自分は人に頼まれれば断ったことがないのに自分が何かを頼むといつも断られたり、というような言葉に表してしまうと大したことではないように思える出来事でも、積もりに積もると心の負担になってきます。

 

 

 

 

 

小さな傷が癒しがたいほどに大きな心の傷になってしまうのです。

 

 

 

 

 

この場合、本人がそのような状況下で、「ああ、ひどい」と思ったことをそのまま素直に、「どうしてそんなことするの?私がどんな気持ちになったかわかっているの?」と相手に取り返し、自分の受けた傷つきを相手に伝えられると、そこに『対応する関係』が生まれます。

 

 

 

 

 

そうなるとその問題を相手と共有することができるでしょう。ですから、もしも自分が思いちがいをして受けとめていたとしたら、そこでその誤解を解くことができますし、相手が無自覚にしていた行為であれば改めてもらえる道が開けてくるかもしれません。

 

 

 

 

 

というのは、人はそれぞれ感性も育った環境も違うので、自分にとっては当たり前のようなことでも、他人にとっては全然思いもかけないことだったりすることは多いのです。

 

 

 

 

 

信じられないようでも、相手が全く気づかずにそうした態度や行動をとっている場合も結構あるのです。

 

 

 

 

 

また、もちろん相手がいじめや嫌がらせのつもりでやっているのだとしたら、そのことがはっきりするだけでもこのように問い返すことには意味があります。

 

 

 

 

 

ところが、引きこもりに入りやすい子供たちは、たいていの場合、相手に問い返してみることができないかできても不得意です。

 

 

 

 

 

いえ、もう少し言うならば、相手に問い返してみるというアイデアすら浮かんでこない、『対話する関係』を持ちにくいような子供たちです。

 

 

 

 

 

そして「相手は嫌がらせでやっているに違いない」「自分ばかりが我慢させられている」という思いばかりが一方的に強まり、どんどん被害者意識は深まっていきます。

 

 

 

 

 

しかし彼らは自分の内奥の傷つきを見事なまでに隠してしまうので、相手が気づくことはほとんどありません。そして、そういう対応が繰り返されるようになるのです。

 

 

 

 

 

このような悪循環によっておこる対人関係の問題はずいぶん多いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

しかしこの問題には、人々が自分のことをするのに忙しすぎて、お互いに相手の身になって考えることが難しくなっているという、今日的な人間関係の在り方も影響しているように思います。

 

 

 

 

 

また、人に『問い返す』ことができる対等の関係を持てるためには、まず自分が自分自身を受け入れることができるという自己存在に対する基本的な安心感が必要です。

 

 

 

 

 

その安定した土台があって初めて人は、他者をも受け入れることができ、自分もまた相手から受け止めてもらえるという相互的な関係を作ることができるようになるのです。

 

 

 

 

 

ですから人が相手に『苦情を言えない』のは、現在の自分に対して、「これでよい」と肯定的に考えることができない苦悩があるのではないかと私は考えています。

 

 

 

 

 

子供がある日突然親に向って、「これまで俺がどれだけ我慢してきたと思っているんだ!」とか、「おまえがあのとき○○したのは、わざと俺を無視したんだ」と過去のことをさかのぼって言葉や行為で責め始めることがあります。

 

 

 

 

 

あるいは、「いま俺が話している最中に、お前は目をそらした。俺の話を聞きたくない証拠だ」「その嫌味ったらしい言い方は何だ」など、親御さんの方では今までと同じようにしているだけなのに文句ばかり言われ、当惑し、途方に暮れるということがしばしばおこってきます。

 

 

 

 

 

 

これは、子供が突然見当違いの事を言い出して狂ってしまったということではなく、親御さん自身がそれまで全く気づいていなかった子供の受け止め方を、子供が語り始めたということなのです。

 

 

 

 

 

先に『苦情の言えなさ』という傾向をお話ししましたが、このようなことを突然言い始める子供は大抵、小さいころから優しく、聞き分けの良い子供です。

 

 

 

 

 

例えばお母さんが忙しくて、「お留守番しててね」と言われると、「ちょっと寂しいな」とか「一緒に行きたいな」と思っても、そう言うと親が困ることが分かるのでまだ幼く、駄々をこねたい年ごろにもかかわらず『良い子』を演じてしまうのです。

 

 

 

 

 

しかし実はこれは頑張ってやっている行為であり、本音は寂しいのです。

 

 

 

 

 

そういう子供は大抵、小さいころにウサギやハムスターや小鳥など、小動物を大切に育てたりおじいちゃんやおばあちゃんを大切にする気持ちの優しい、穏やかな子供たちでもあります。

 

 

 

 

 

でもその優しさがゆえに気持ちを抑えてしまい、自分を押し込めてしまうのです。

 

 

 

 

 

ところが本人たちはほとんど瞬間的・無自覚にこの『気持ち殺し』を行ってしまうので、他者にはこのからくりがなかなかわからないのです。

 

 

 

 

 

その意味で彼らは、生まれつき対話下手、『対話する関係』を育てていないといえるでしょう。

 

 

 

 

 

相手の気持ちを思いやりつつも、自分の気持をも大切にするという両立は、良い対人関係を育てるうえで欠かせないバランス感覚です。

 

 

 

 

 

しかしこれを育てることは、引きこもりに入るような子供たちにとっては特に難しく、一歩間違うと自分で自分を壊してしまうことになってしまうのです。

 

 

 

 

 

このように、自分の気持よりも相手の気持ちに合わせてしまうような子供は、結局、自分自身を大切にすることができません。

 

 

 

 

 

その結果、自分に対する肯定的な気持ちがなかなか育ちません。自分をよいものと思えない、自分を好きになれないのです。

 

 

 

 

 

彼らはまた、他者との関係の中で、人に言われたほめ言葉や肯定的な感情を率直に受けとめることができません。

 

 

 

 

 

それに対して、言った当人すら気づいていないような言葉の背後に秘められた拒否的・否定的感情や敵意を極めて敏感かつ的確にキャッチします。

 

 

 

 

 

良いメッセージは受け止められず、悪いメッセージにばかり感度が高いのです。その結果、ますます人との関係がゆがんでしまうのです。

 

 

 

 

 

自信のなさと高いプライド

 

 

 

 

 

さて思春期は、子供が抽象的な思考力を発達させることによって、次第に自分に対する理解や認識を増していく時期です。

 

 

 

 

 

そして、自分に対する理想像と実際の自分との間のギャップに気づき、両者の間を埋めるべく努力したりあるいはあきらめて方向を転換し、理想像を修正しつつ、自分づくりをしていくことが重要な発達課題となります。

 

 

 

 

 

しかし、生活上での実際の体験が圧倒的に不足している分、この時期の子供はどこか頭でっかちです。生まれてまだ10数年しかたっていないのですから、何でもできるはずがありません。

 

 

 

 

 

『できない』自分がいるのは当然のことです。しかし、引きこもりに入りやすい子供は、まずできる部分もあるのにその『できる自分』を認めることができません。

 

 

 

 

 

そして、『できない自分』の方も正しく受け止めることができません。というのも、もしそんなことをしたら、自分で自分の存在を丸ごと否定してしまうようで怖いのです。

 

 

 

 

 

長所も欠点も含めた、ありのままの自分を受け入れられず、間違っただめな自分像だけが膨らんでいきます。そして失敗をしたら 2度と立ち直れないような気がしてしまうのです。

 

 

 

 

 

人が生きていくうえで失敗は常につきものです。むしろ失敗を繰り返しながら、人は自分自身を育てていくと私は考えています。

 

 

 

 

 

しかし、自分という存在に対して、「このままでよい」「欠点もたくさんあるけれど、良いところもある」というような、ありのままの自分を受け入れられる気持ちがなければ、失敗から学んで自分育てをしてゆくことなどできるものではありません。

 

 

 

 

 

ですから一度でも失敗すると挫折し、そこから立ち直れなくなってしまいます。失敗が積み重なれば、その傾向はますます高くなります。

 

 

 

 

 

引きこもりに入りやすい子供は、あまりにきまじめな子供が多いという印象もあります。

 

 

 

 

 

出された宿題や予習・復習をきちんとやり終えないと翌日学校に行けない、音楽の試験があるとすると完全に暗譜できていないと行けない、ちょっとでも遅刻しそうな時間になると家を出られなくなるなど、まじめすぎるがゆえにかえって動けなくなるという子供たちがいます。

 

 

 

 

 

完璧癖と呼んでもよいかもしれません。このような場合、彼らが自分でそういう癖に気づいていても、それを自分でコントロールすることがなかなかできません。

 

 

 

 

 

自分の完璧癖にはまってしまうのです。そして「やらなければ、でもできない」という葛藤の中で、不安や焦りの空回りが生じ、精神的な疲労感が高まっていきます。

 

 

 

 

 

柔軟性が乏しく、不安を抱きやすい

 

 

 

 

 

 

これまでお話しした傾向とも関係しますが、柔軟に考える弾力性が乏しく、小さなこと、ささいなことにもこだわり不安になりやすいという傾向もあります。

 

 

 

 

 

例えば誰かにからかわれたこと、あるいは先生に叱られたことが気になってくよくよ考えて、そこから自由になることができないとか、ケースバイケースに考えられずに杓子定規にしか行動できないというようなことがあります。

 

 

 

 

 

第三者から見れば何でもないことでも、本人にとっては考えられないほどに重大なことなのです。

 

 

 

 

 

このような傾向をもっている人の場合、一度人との関係につまずくとなかなか思考を切り替えることができません。その結果、やはり引きこもりに入りやすいように思います。

 

 

 



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