引きこもりの契機
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引きこもりの契機

2017年12月08日(金)9:06 AM

思春期の子供が引きこもりを始める時というのは、不登校というあらわれを呈することがほとんどです。

 

 

 

 

 

それは、彼らの社会との関係の中で、「学校」の占める割合が圧倒的に大きいからです。

 

 

 

 

 

そして、学校での先生や友達との関係がうまくいかないということが多くの場合、そのきっかけとなっているようです。

 

 

 

 

 

しかし、その契機をより詳細に検討してみると、自分が引きこもるに至った理由を自分なりに比較的自覚できている場合と、自分自身でもどうしてだかよくわからないという2種類のタイプがあるような感触を私はもっています。

 

 

 

 

 

また年齢が低いと、自分でもよくわからない部分の方が多くなっているように思います。

 

 

 

 

 

引きこもった理由が自分でなんとなくわかっているというのは、たとえば学校で友達とうまくいかないことがあったとか、いじめられた、あるいは脅されたというように友達との関係において大なり小なりの出来事があったり、あるいは担任の先生と合わないということなどがあって、登校を渋るようになったということから始まるような場合です。

 

 

 

 

 

不登校になる子供たちの多くは、「学校に行きたい気持ちはたくさんあるし、行かなければいけないとも思っている。そんなことはわかっている。だけれども、どうしても朝になると行けない」という心理的葛藤の中で悶々としています。

 

 

 

 

 

理由が自分でなんとなくわかってひきこもっている場合には、このような心理的葛藤に加え、原因となっている対人関係の苦しみを抱えることになります。

 

 

 

 

 

クラブ活動や生徒会の活動などで、失敗したり挫折を体験して自尊心が傷つけられたり、あるいは自分で納得いかないようなときにも同様のことがいえます。

 

 

 

 

 

ただ最近私は、行かなければいけないという理解から一歩でて、むしろ積極的に学校に行くことを拒否する不登校、つまり学校へ行かないことを主体的に選んでいる子供たちも出てきているのではないかと感じています。

 

 

 

 

 

この場合には、心理的な葛藤もないわけではないでしょうが、それよりも、これから先をどのように歩んでいけばよいかというテーマの方が大きくなるように思います。

 

 

 

 

 

また一度、人前で自分の顔が真っ赤になり、恥ずかしい思いをしたことから、「またそうなるのではないか」と心配で、その不安にとらわれて動けなくなるという赤面恐怖症や、人の視線が気になって仕方がないという視線恐怖症、自分の身体から変なにおい、例えばオナラのようなにおいが出て、人に不快感を与えているのではないかというようなことが気になって人の中にいることが苦しくなる自己臭症、といった対人恐怖症的な症状をもった場合にも、その症状が引きこもりの契機になる場合があります。

 

 

 

 

 

このほかにも、繰り返し手を洗わなければ気が済まないという手洗い強迫や、同じことを何度も確認しないと気がすまず、そうしなければそこから動けない確認強迫というような強迫神経症と呼ばれている病気もあります。

 

 

 

 

 

あるいは、思春期に好発する統合失調症の発症により、引きこもる場合もあります。

 

 

 

 

 

クラブに熱中しすぎたとか、遊び過ぎて勉強に手が回らなかったというように、特に何か思いあたる要因が見当たらないのにそれまでよくできていた成績がガクンと落ちる場合には、このような神経症や精神病の発症という可能性が考えられます。

 

 

 

 

 

しかし、こういった精神的な病気を持つ子供が必ず引きこもに入るとは言えません。引きこもる場合もあり、引きこもらない場合もあります。

 

 

 

 

 

例えば対人恐怖症になった場合には、悩みを抱えて時々は休みながらも学校には行き、卒業していく子供の方が多いように思います。

 

 

 

 

 

一方強迫神経症を発症し、その症状があまりにも重い場合には学業どころか日常生活そのものが支障をきたしてくるので、引きこもるというよりもむしろ 中退や休学をして入院加療や外来通院治療を受けることが多くなるようです。

 

 

 

 

 

このような場合にも、子供は自分のその状態をそれなりに把握しています。

 

 

 

 

 

では、引きこもった理由について子供が自分自身でもよくわからない場合というのはどのようなことでしょうか。

 

 

 

 

 

これは、とくに誰かにいじめられたとか、誰かと喧嘩したというような特別な出来事があるわけではなく、さりとて全くないともいえない本人の表現を使うなら、「何が何だか分からないが、とにかく動けなくなってしまった」というようなフィーリングです。

 

 

 

 

 

そういう子供の話しを聞いていくと、こちらもまたどろどろっとしたものに足を取られ、そして何ともねとっとした気持ちの悪さのなかにどっぷりとはまっていくような感じになっていきます。

 

 

 

 

 

何とも名状しがたい居心地の悪さなのです。そしてこの「わけのわからなさ」の糸をプレイ・セラピーと呼ばれる遊びを通したかかわりや、絵画や箱庭を用いた心理治療あるいは言葉を用いた心理治療的面接(カウンセリング)などによって、子供や親御さんと一緒にたどっていくと、結局「自分とは何か」「自分はどのようにして生きていったらよいのか」という、自分自身の問い直しというテーマにたどり着くことがしばしばあります。

 

 

 

 

 

私たちの存在の原点は、養育者、特に養育の主体であるところのお母さんとの関係性にあります。

 

 

 

 

 

赤ちゃんの時代、いえ、より正しく言うならばおなかの中にいるときから、子供はお母さんと互いに影響を及ぼし合いながら育ちます。

 

 

 

 

 

それが後の対人関係の基盤を育てていきます。ですので「自分とは何か」と問い直そうとするときしばしば、自分の対人関係の原点であるところの親御さんとの関係にまで戻って、自分自身を見つめ直していかなければならなくなるのです。

 

 

 

 

 

子供たちは、「今、ここにいる自分」が何か自分らしくない、何かうまくいっていない感じがある、というような場合、自分づくり、自分への問い直しをするために、引きこもるということをするのではないかと私は感じています。

 

 

 

 

 

しかしこれは短絡的に、これまでの親子の関係が間違っていたとか、悪かったからそうなっているということではありません。

 

 

 

 

 

思春期とは今一度、自分とは何かと問い、次なる青年期に向けて自己を確立させようとしたり、これまでの自分を修復するための内的な動きが出てくる時期です。

 

 

 

 

 

しかしこのような精神内界の変化は、すべてを自分自身で自覚できていくということではなく、むしろわからないことの方が圧倒的に多いのです。

 

 

 

 

 

また、先にわけのわかる引きこもりとして書いた、先生や友達との関係のつまずきが契機となって引きこもったように見える子供たちも、結局、このような親御さんとの関係性の問い直し、あるいは育て直しというテーマへとつながっていくことが多いように思います。

 

 



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