社会現象としてのひきこもり
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社会現象としてのひきこもり

2017年12月07日(木)2:24 PM

子供が学校に行かずに、友達や先生など人とのかかわりを避けて、家族のものとしか関わらない、あるいは自分の部屋にこもって親や兄弟とも距離をとり、一緒に食事をしなくなったり居間にも出てこない、トイレに行くのにさえだれとも会わないようにする、このようにになった時、その子供は「ひきこもり」の状態になったと考えられます。

 

 

 

 

 

ひきこもる場所は、多くは自分の部屋ですが、そのほかに図書館や一人で遊べるゲームセンターなどの場合もあるようです。

 

 

 

 

 

思春期とは通常、子供たちが外の世界への興味や関心を広げ、友達とのかかわりや趣味の世界、あるいは自分の関心の深い勉強やスポーツに打ち込み、のめりこんでゆくことを通して自分自身を育て、さらに人とのかかわり方や社会との関係の在り方を学んでゆく時期です。

 

 

 

 

 

しかし同時にこの時期には、全く反対に、「自分とは何か」と自らに問いかけ、自分自身の内的な世界に深く入り込んでゆくことも起こります。

 

 

 

 

 

外側に向いていくエネルギーが内側に向くということです。このような時、その人は一時的に「ひきこもった」ように見えます。

 

 

 

 

 

私たち人間は基本的に、エネルギーを内側に向けたり外側に向けたりということを繰り返しながら、大人へと成長してゆきます。

 

 

 

 

 

ですから、引きこもるというのは、本来人間に備わったあり様で、それ自体を短絡的に病気だとかよくないことであるということは間違っていると思います。

 

 

 

 

 

しかし近年、中学生から高校生にかけて、いえ、より正確には幼稚園児や小学生という幼いころから、大学生、そして社会人に至るまで、幅広い年齢層の多くの人々が人とのかかわりによって傷つき、人とかかわることそれ自体に対して不安や緊張をいだきやすくなっています。

 

 

 

 

 

そしてその結果として、さらに傷つくことを怖れ、人とのかかわりを避ける「ひきこもり」が増えてきているように感じます。

 

 

 

 

 

そして、ひきこもりを続けていくと、いっそう人とかかわることが難しくなり、人とのつながりのなかで生きてゆくことができなくなっていくのです。

 

 

 

 

 

これは先に述べた、人の自然なあり様としての「ひきこもり」とは異なります。つまり、人との関係を求めながらもかかわることが恐く、それを拒まざるを得ないという点で葛藤的な状態に陥っているといえるのです。

 

 

 

 

 

つまり、そのまま人とかかわることを続けていくと、自分自身が壊れてしまうような危険を感じるから、自分を守るために一時的にその場から撤退するのです。

 

 

 

 

 

しかし人間とは本来、人とのかかわりを求める生き物です。自分一人、孤独の中で生きていくということはよほどそこに納得できる理由や意味でもない限り、苦しく辛くさみしいものです。

 

 

 

 

 

最初のうちは、外界から自分の身を守る工夫として、ひきこもることそれ自体が確かに功を奏します。

 

 

 

 

 

そしてひきこもっている間に、自分をひきこもりに追い込んだ問題に取り組み、それを解決していくことがこの時期における子供に課せられた仕事となります。

 

 

 

 

 

親や周囲の人、あるいは心の援助専門家たちが適切に対応し、時宜に応じて手助けしていくことが、その子供がこのような人生における難しい問題を解決していくために役立つかもしれません。

 

 

 

 

 

しかし、本人の問題だからと子供一人に任せて解決しないままに時だけがたっていくと、子供の中の「人とつながりたい、けれども人が怖い」という葛藤だけが雪だるま式に大きくなってゆき、今度は、ひきこもっていることそれ自体から抜け出すことができなくなっていく危険が生じます。

 

 

 

 

 

かつて自分を助けるために編み出した工夫が、今度は自分の社会適応を阻むものとなってしまうのです。

 

 

 

 

 

ひきこもりが何ヶ月という単位ではなく、何年にもわたって長期化することの恐ろしさはここにあると私は考えています。

 

 

 

 

 

現代社会には、長期的にひきこもり、社会や人とかかわる機会がほとんど得られないままに大人になり、関係の中で失敗してもそれを修復していくというような生の体験をしない(できない)ままに成長する、関係性の障害を持つ若者が多くなっています。

 

 

 

 

 

それはいまや、社会的な問題になってきているように思います。

 

 

 

 

 

その原因はさまざまにあげられるでしょう。どう改良しようとしてもいまだ道が開けてこない、管理化された詰め込み式の教育体制や、良い成績をとり、良い学校を出ることが良い将来を約束するというような錯覚にほとんどの人を陥らせている学歴偏重主義は今なお健在です。

 

 

 

 

 

合理的にかつ効率よく何かを学ぶことがよいことであり、効果がすぐに目に見えてこないものは信じられない、というような価値観と忙しさの中に私たちは置かれています。

 

 

 

 

 

ですから、特に何のためにするわけでもないからこそ、私たちの心を豊かにする情緒的な遊びやイメージの世界は私たちから遠ざけられています。

 

 

 

 

 

その結果、私たちの精神世界は枯渇し、優しさや思いやりの気持ちを持っている人の方がかえって損をし、生存競争に負けてしまうかのような砂漠化した社会がここにあります。

 

 

 

 

 

そして、そのような世界に基盤を置く人との関係の中でいじめや非行等の社会問題が頻発しています。

 

 

 

 

 

自分はいったい何のために生きているのか、何を大事にし、何を育むべきなのかという自分自身の在り方をめぐる問いかけが、思春期の子供たちの心の底深くに静かに漂っているように感じます。

 

 

 

 

 

そして、これらのすべてに対する子供の問いかけが、この社会現象としての「ひきこもり」の中に集約され、私たち大人に「これでいいのか」と詰め寄っているように私は感じています。

 

 

 



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