ケンカの絶えない家族と子供の不登校
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ケンカの絶えない家族と子供の不登校

2017年12月07日(木)11:37 AM

今年の夏休みが明けて間もないころ、あるお母さんが小学生の男の子を連れて関東自立就労支援センターの相談室を訪れました。

 

 

 

 

 

息子が最近、朝学校に行こうとすると、おなかが痛い、頭が痛いと言い出す。

 

 

 

 

 

なかなか学校に行こうとしない。無理やり行かせようとすると、とてもつらい顔をする。

 

 

 

 

 

仕方がないので休ませると、夕方ごろには元気に走り回っている。

 

 

 

 

 

元気なんだから、単なる怠けじゃないかと思って翌朝、しかりつけて行かせようとするが、やっぱり行けない。

 

 

 

 

 

とうとう全く学校に行かなくなった、

 

 

 

 

 

というのです。どうしてこうなっているのかと話を聞くと、確かに学校で友人関係の悩みがあるということがわかりました。

 

 

 

 

 

しかし、お母さんの話を聞いているうちに、その家自体が非常にストレスを抱えた家であると次第に分かってきたのです。

 

 

 

 

 

その家は、この男の子と妹、そしてお父さん、お母さんにおばあさん、おじいさん、ひいおじいさん、という4世代同居の家でした。

 

 

 

 

 

代々酒屋さんを営んでいたのですが、この家を一番仕切っているのがおばあさんでした。

 

 

 

 

 

おじいさんは、お婿さんとしてこの家に入っていたのですが、いつからか、昼間から酒を飲むようになり、ほとんど仕事をしなくなりました。

 

 

 

 

 

ひいおじいさん(おばあさんのお父さん)は、とてもシャキシャキとして仕事ができる人だったので、昼間から飲んだくれているおじいさんが許せず、事あるごとに馬鹿にしたり、けなしたりしていました。

 

 

 

 

 

それを聞いておじいさんは、余計にやけになって酒をあおるという悪循環が続いていました。

 

 

 

 

 

お酒を飲んでいるだけならまだしも、時には酒の勢いでおばあさんをどなりつけたり、暴力をふるうこともありました。

 

 

 

 

 

おばあさんも負けていない、ひいおじいさんも加勢する、そういうことで、この家は普段からけんかの絶えない家だったのです。

 

 

 

 

 

そのおばあさんが、おじいさんは当てにならないということで期待をかけたのがこの男の子のお父さん(おばあさんの長男)でした。

 

 

 

 

 

もともと勉強もできてまじめだったので後継ぎにと、ものすごい期待をかけていたのです。

 

 

 

 

 

その関係は、確かに親の愛情はかかっていたのでしょうが、一方で非常に支配的な関係でした。

 

 

 

 

 

ですから、思春期になってからは反抗期がひどく、おばあさんと激しくけんかが続くようになりました。

 

 

 

 

 

一応、家を継いだのですが、おばあさんとの関係は非常に険悪で、ののしり合うこともしょっちゅうでした。

 

 

 

 

 

そんな家に、お母さんが嫁いできたのです。いきなり目にしたものは、おじいさんが昼間から飲んだくれている、祖父母の間のけんかが絶えない、ひいおじいさんも割って入る、お父さんとおばあさんの間も最悪で、1日としてけんかのない日はない、そんな光景でした。

 

 

 

 

 

こんな家に1日中いたら、自分もおかしくなってしまうと家業の手伝いは放棄して子供が二人生まれると、間もなくほかの仕事に出るようになりました。

 

 

 

 

 

そんな家の中で育ったのが、この男の子と妹でした。いつけんかが起きるかわからない家のなかで、いつもびくびくしながら過ごしていました。

 

 

 

 

 

しかしそんな中でも、この男の子はお兄ちゃんとして家族のことを心配し、「このままだと、家がばらばらになってしまうんじゃないか」と気にして、おばあさんの手伝いをしたり、おじさんの御機嫌をうかがったり、毎日懸命に気を使って生活していたのです。

 

 

 

 

 

さらにお父さんが、おばあさんとけんかをするたびに、男の子に八つ当たりし、「お前がしっかりしていないから駄目なんだ」と言いつづけました。

 

 

 

 

 

男の子は、そのつらさをだれかに言いたくても、お母さんも帰りが遅いので言えない、そんな中で何年もの間、耐えていたのでした。

 

 

 

 

 

男の子も昼間は学校に行っていましたから、学校は学校でまたいろいろと気を使い、つらいこともあります。

 

 

 

 

 

せめて家に帰ったらほっとしたいのに、家は学校以上に大変な状況で、毎日毎日、戦々恐々としていました。これでは疲れきって、何らかの悪い症状が出てくるのも無理はありません。

 

 

 

 

 

しかし、この家でつらい思いをしているのは、実は、この男の子だけではなかったのです。

 

 

 

 

 

お父さんも、おばあさんからいつも嫌みを言われてつらい思いをしていました。

 

 

 

 

 

お母さんも、この家にいるのが苦痛でたまりませんでした。

 

 

 

 

 

おじいさんも、おばあさんやひいおじいさんから否定されて苦しい思いをしていました。

 

 

 

 

 

おばあさんも、おじさんがちっとも仕事をしてくれないと不満いっぱいで、疲れた体にむち打って頑張っていました。

 

 

 

 

 

ひいおじいさんも、酒びたりのおじさんに困り果てていました。

 

 

 

 

 

家族全員が実はつらい思いをして、毎日ひどいストレスを抱えて生活していたのです。

 

 

 

 

 

ところが事態は、意外なところから展開しました。お父さんの弟、おじさんがまず立ち上がったのです。おじさんは結婚して、別に家を構えていたのですが、男の子の現状を聞いて、心配して家にやってきました。

 

 

 

 

 

そして家族の前でこう言ったのです。

 

 

 

 

 

「おれは、この子の気持がよくわかる。おれは不登校にはならなかったけれど自分も同じような思いをして、この家で生活してきた。

 

 

 

 

 

あの時は何も言わなかったけど、早くこの家を出たいといつも思って生きてきた。こんなけんかばかりの家で、病気にならない方がおかしいよ」

 

 

 

 

 

今までの思いを一気に吐き出すようなおじさんの言葉に、おじいさん、おばあさんも胸を衝かれるものがありました。

 

 

 

 

 

さらにお母さんも、別の機会におばあさんに話をしました。

 

 

 

 

 

「とにかく、子供のためにも家じゅうけんかだらけの状況を何とかしてほしい。大変だと思うけど、まわりじゅうに怒りや愚痴をぶつけるのはやめてほしい」

 

 

 

 

 

身内の二人からそのように言われて、おばあさんも「自分も確かに言いたい放題言ってきた。ちょっと言い過ぎたかもしれない」と言って、それ以降周りの人にあまり怒りや愚痴をぶつけなくなりました。

 

 

 

 

 

そしてその話しをひいおじいさんにもして、ひいおじいさんもあまり言わなくなりました。

 

 

 

 

 

おじいさんは今まで、おばあさんやひいおじいさんからバカにされてよけい酒浸りになり、暴言暴力に走っていたのですがあまり言われなくなったことで穏やかな日が多くなりました。

 

 

 

 

 

お酒の量も減り、おばあさんとのけんかも少なくなりました。

 

 

 

 

 

夫婦の関係が落ち着いてきたので、おばあさんが息子(男の子のお父さん)に嫌みを言ったり、あれこれ要求したりすることも少なくなってきました。

 

 

 

 

 

さらにお母さんは、おばあさんに思い切ってもう一言、言ってみました。

 

 

 

 

 

「息子(男の子のお父さん)を頼りにするのはわかるけど、夫は夫で精いっぱいやっている。それなのに、いかにも何もやっていないみたいにこれも足らん、あれも足らんと言われると、腹が立つのも無理はない。

 

 

 

 

 

せめでやってもらったら、ありがとうの一言ぐらい言ってやってほしい」

 

 

 

 

 

おばあさんも思い当るところがあったので、息子(男の子のお父さん)にあまり文句を言わないようになり、「ありがとう」の言葉が出るようになりました。

 

 

 

 

 

お父さんも、おばあさんからねぎらいの言葉が出るので、今まで仕事を嫌々やっていたのが積極的に引き受けるようになりました。

 

 

 

 

 

親子の関係も次第に変わってきて、お父さんからもおばあさんにねぎらいの言葉が出るようになりました。

 

 

 

 

 

お父さんからここ何年来聞いたことのない言葉を聞いて、おばあさんも感激し、さらに今までは疲れていながらも意地で一人でやっていた仕事もお父さんがやってくれるようになり、体も楽になってきたのです。

 

 

 

 

 

そして、このお母さんも面接を続けるうちに色々とつらい思いを抱えて生きてきたことがわかりました。

 

 

 

 

 

このお母さんには、弟がいるのですが、弟は長男ということで両親に非常に大事にされました。自分は女ということで、明らかに差別され、あまり世話してもらえませんでした。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんはしっかりしている、何でもできて当たり前」弟は手がかかるからということで、両親は弟にばかり目を向けていました。

 

 

 

 

 

そこでこのお母さんは、表面的には手がかからない聞き分けのいい子に育ったのですが、心の中では、両親や弟に対して強い不満があったのです。

 

 

 

 

 

自分が我慢して育ってきているので、この男の子が生まれても「あなたは上の子なんだから、もっとしっかりしなさい」と接していました。

 

 

 

 

 

どこかで弟と自分の息子を重ね合わせて、余計に不満が募っていたのかもしれません。

 

 

 

 

 

知らず知らずのうちに、自分がされて嫌だったことそのままを子供にやっていた自分に気がついて、子供に対して少し優しく接することができるようになったのです。

 

 

 

 

 

こういうことで、この男の子は家で周りから八つ当たりされることがなくなり、また、自分が気を使って周囲の機嫌をとることもやらなくて済むようになりました。

 

 

 

 

 

自然に家で甘えられるようになり、安心して過ごせるようになりました。そうするうち、体の症状もなくなり、登校しぶりも少しずつ改善してきました。

 

 

 

 

 

以上、この男の子がおなかが痛い、頭が痛いという症状を出したことからはじまって、それが家族それぞれに波及してみんなが自分のストレスに気がつきました。

 

 

 

 

 

そして、そのストレスを生んでいる自分の間違った行動に気がついて変わっていきました。

 

 

 

 

 

それによって、子供だけでなく自分自身も楽になっていったのです。

 

 

 

 

 

もちろん、不登校や登校しぶりという症状が、すべて家庭が原因で起きるわけではありません。

 

 

 

 

 

いじめや友達や先生との人間関係など、様々なことがきっかけになりますが、この家の場合はこういういきさつがあったということです。

 

 

 

 

 

さて、この例では確かに学校に行き渋るというのは困った症状かもしれないけれども、そういう症状が、実は家族全員の苦しみを救い出すきっかけになっていきました。

 

 

 

 

 

お母さんは最後にこう言いました。

 

 

 

 

 

「本当にこの子のおかげです。この子がこういう症状を出してくれなかったら、私たちみんなこういうつらい状況にあるということに気づきませんでした」

 

 

 

 

 

これは、同じように問題を解決した家族のだれもが言われる言葉でもあります。

 

 

 

 

 

また、症状を出したのが子供だったから皆が変われたということもあります。子供のためという大義名分があったから、大人たちも意地を張らずに一致協力できたのかもしれません。

 

 

 

 

 

では、どうして家族がこのように変われたのでしょうか。

 

 

 

 

 

それは、皆が、この子の症状をこの子のわがままだとか甘えているとか我慢が足りないとか、この子のせいにしなかったからです。

 

 

 

 

 

そうではなく、この子がこういう症状を出すのは無理もない、それだけひどい環境だったんだ、だから周りが変わらなければと皆が動いたからです。

 

 

 

 

 

もし、すべてをこの子のせいにしていたら、この子も立ち直れなかったでしょうし、家族も苦しいままだったでしょう。

 

 

 

 

 

子供は、家族みんなの苦しみを癒す大きな力を持っています。子供の力が、家族を変えるのです。

 

 

 

 

 

そして、その力を引き出すかどうかはこのケースのように、子供の出してくる症状をみんなの問題として引き受けるかどうか にかかっていると言えます。

 

 



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