ひきこもりの子供の内面
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ひきこもりの子供の内面

2017年12月07日(木)10:39 AM

関東自立就労支援センターの相談室を訪れた中学生のころにひきこもり、社会に出る時期に戸惑った経験を持つ青年から、次のような話を聞いたことがあります。

 

 

 

 

 

「自分ははあのころ、もしひきこもっていなければもっとちゃんと勉強して、いい仕事につけたかもしれません。大学にも行けたかもしれません。

 

 

 

 

 

中学のころ、ある事件がきっかけで家に閉じこもった時には、いくら友人が訪ねてきてくれても会う気持ちになれませんでした。

 

 

 

 

 

それで結局友達をなくし、学校にも行きづらくなってしまいました。だから高校生になるにあたってとにかくモジモジしないで話をしよう、友達を作ろうと思ったんです。

 

 

 

 

 

何とかしなければ同じことが続くだけだと思ったので。それで家も出ました。自分の部屋にいると、どうしても苦しさ、つらさばかりが思い出され、気持ちを平静に保つことができなかったからです。

 

 

 

 

 

今から思うと、それもよかったのだと思います。もしあの時のままだったら、僕はひきこもりから抜け出すことはできなかったと思うんです。

 

 

 

 

 

本当に紙一重だったと思います。あの頃ぼくはひとりぼっちでした。いくら言っても、親はぼくの気持ちをわかってくれませんでした。

 

 

 

 

 

それが一番つらかったです。もしあのとき親がわかってくれたら、そしてあのころもっと勉強していたら違う人生になっていただろうと今まではそのことばかりにとらわれてきました。

 

 

 

 

 

あのままだったら僕は精神がおかしくなっていたかもしれません。でも、紙一重のところで自分を立て直せたし、支援センターにも来られたのだからそれはそれとして、これからを考えていこうと思えるようになってきています。

 

 

 

 

 

自分は自分なりの時間で生きていけばいいかと・・・・・・」

 

 

 

 

 

ひきこもりになった子供自身も、決してなりたくてそうなっているわけではありません。漠とした苦しみの渦に巻き込まれながら、何とか自分を立て直し考え方の軸を変えたい、そして駒を一手でも進めなければと考えていると思うのです。

 

 

 

 

 

しかし、どう変えたらよいのかわからない、だから外目には何もしていないようにしか見えない・・・・・・。

 

 

 

 

 

ジリジリと時間ばかりが過ぎ、いっそうそこから抜け出すことができにくくなってゆくのです。

 

 

 

 

 

彼らの訴えから、ひしひしと伝わってくる一つの共通した思いがあります。子供たちは結局、親御さんにわかってほしいのです。

 

 

 

 

 

自分がのみ込まれている巨大なひきこもりという渦から抜け出すためには、親子さんの理解という手助けが必要なのです。

 

 

 

 

 

地球上のほかの誰もわかってくれなくても、せめて自分を産み、育ててくれている親にだけは自分の気持ちをわかってほしい、もしわかってくれたら自分は何とかそこから抜け出し、生きていけそうな気がすると。

 

 

 

 

 

一方親子さんたちはこう言います。「私は体を動かしたり、頭を使うことはできるのです。何をしろと言ってくれれば簡単なのです。

 

 

 

 

 

ところが子供は気持ちをわかれと言うのです。これ以上何をしたら、どうしたら気持ちを分かることになるのかが、私にはほとほとわからないのです・・・・・・・」と。

 

 

 

 

 

この場合、親と子の間で問題になっているのは、『心をつかう』ということです。私たちは実際に直接目に見えることをしていないと、何もしていないようにしか思いにくい日常の中で生きています。

 

 

 

 

 

それがかえって、私たちの精神世界を貧しくし、『心をつかう』ことを難しくしているように思います。

 

 

 

 

 

もしも部屋の片隅でしくしく泣いている友達を見たら、その人はまず「なにか悲しいことがあったのではないか」と思うのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

そして次に、そっと近づいてハンカチやティッシュを差し出すなり、近くに座る、あるいは、もっと遠くから心配して見守り続けるなど何かしらの行動をとるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

あるいは私たちは、駅の階段などで人が転んだのを見たら、たとえそれが見知らぬ人であっても「大丈夫かな?」と思い、とっさに声をかけたりするのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

このように「どうしたのかな?」「何かあったのかな?」と心が動くのは、本来はとても自然なことです。しかし私たちはなぜか、その簡単なことができにくくなっているということはないでしょうか。

 

 

 

 

 

そしてそれは、親と子の関係でも同様です。言う言わないはともかくとして、雰囲気で子供の状態を察し、黙って心を添わせ、見守る代わりに、「何があったの、言ってごらんなさい」あるいは「結局のところ、どうしたいのか」あるいは「仕方ないだろう」さらには、「お前はそうやっていくしかないのではないか」と決めつけてしまうようなやり取りになってしまいます。

 

 

 

 

 

つまりすぐに問題を解決しようとしてしまうのです。心をつかうということは、外からは見えません。何もしていないようにしか映りません。

 

 

 

 

 

ですから人はそれを飛ばして、次々に「どうしたらいいのか」と具体的な対策を立て、目に見える形でどんどん先に進もうとします。

 

 

 

 

 

しかし人は動く前に、自分の気持ちをしっかりと受けとめてもらう、あるいは自分で受けとめていくことが絶対に必要なのです。

 

 

 

 

 

そしてそれがほとんどの場合、欠如しているように思えます。私たち支援者は、もちろん適切な助言をすることも求められていますが、何よりも相談に来られた方のために、精いっぱい心をつかい、より添おうとし、わからないなりにもできる限りわかろうとしたい、つまり心をつかうことを惜しまないでいたいと願っている者たちです。

 

 

 

 

 

ひきこもりの解決のためには、まず子供がひきこもっている状態それ自体を守り、待つ姿勢が必要です。

 

 

 

 

 

しかしそれは、ただいたずらに時を重ねればよいということではありません。

 

 

 

 

 

ひきこもっている間に子供自身が自分育てをし、ひきこもりを生じさせた問題の根を解決するのを心をつかって支え、助けることです。

 

 

 

 

 

それが、周囲の人々に求められている援助だと私は考えています。

 

 

 

 

 

ひきこもっている子供は、社会から行動として「ひいている」ために、こもっている家の中で心が「出よう」とします。

 

 

 

 

 

気持ちをわかってほしいという心が「お母さんなんかにはわからない」という言葉になり、言葉にならない思いが叫びやうめき声になり、親にあたる代わりに物にあたる行為となって現れます。

 

 

 

 

 

しかしそういうふうに自分の気持ちばかりを押し付けられると、受け手としての親御さんもまた、平静ではいられません。

 

 

 

 

 

親御さんのほうもまた、子供に親の気持ちを「わかってほしい」という気持ちが刺激され、うずいてくるのです。

 

 

 

 

 

わかってほしい親とわかってほしい子供・・・・・。ここでの両者は、引くに引けない関係に陥ります。互いが互いの思いを通そうとする限り、この綱引きに先は見えてきません。

 

 

 

 

 

ここで大事なのは、親御さんが先に一歩引くことです。子供の訴えにまず耳を傾けてみる・・・・・・、これができれば、子供の心が少しずつほぐれ、開かれてくるでしょう。

 

 

 

 

 

しかしこうなっても子供が親の気持ちを受け入れてくれるのには、まだまだ時が必要です。

 

 

 

 

 

何をいつ、どのようにすると手助けになり、どうすると妨げになるのかは実に微妙で一人ひとりの子供の状況に応じた個別の対応が必要になります。

 

 



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