家庭訪問の現場から~エリート一家とひきこもり~
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家庭訪問の現場から~エリート一家とひきこもり~

2017年12月06日(水)10:57 AM

「息子は部屋に ひきこもり、家族以外の誰とも会わず、外に出なくなってからもう5年になります。もはや親の力ではどうする事もできません。何とかならないものでしょうか」

 

 

 

 

 

関東自立就労支援センターのセミナーに参加した父親から相談を受けました

 

 

 

 

 

「わかりました。お伺いしましょうか」

 

 

 

 

 

「いえ、息子はだれとも会わないので、来ていただいても息子と会うことはないでしょう」

 

 

 

 

 

「会わなくても、部屋の外から声をかけるだけでもいいんです。あきらめないでください。明日の夜7時に行きます」

 

 

 

 

 

ちょうど夕食のころで、いちばん少年にとってもくつろいでいる時間を見計らっていきます。時間はこの時間より、遅くても早くてもよくありません。

 

 

 

 

 

午後7時、少年の家に出向くと母親が出迎えてくれました。玄関をあける音に少年は気がついたのか、すぐに自室に逃げ込んだといいます。

 

 

 

 

 

自宅は3LDKのマンションです。入るとすぐに玄関があり、廊下を右に歩くと台所から居間へとつながります。子供部屋は二つあり、目指す弟は窓際の部屋でした。

 

 

 

 

 

話を聞くと居間で家族と一緒にテレビを見たり、食事をとったりはするようです。でも、学校の先生や友達など外部の人間が来ると姿をかくしてしまうというのです。

 

 

 

 

 

少年は自室に入って、引きっぱなしの布団をかぶり誰が何と言おうとそこから出ようとしないようです。嵐が過ぎ去るのを静かにじっと待つかのように・・・・・・。

 

 

 

 

 

「こんばんは。私はお父さんの知り合いです。たまたまこの近くまで来たので寄らせてもらいました」少年の部屋に入り、布団をかぶっているかたわらに座って言いました。むろん、反応はありませんでした。

 

 

 

 

 

「今日来たから、お菓子とジュースだけど置いておくからね」無理をしないで声だけかけます。それも心をこめて声をかけます。声のトーンだけで子供は敏感に察します。

 

 

 

 

 

いい加減な人であるとか、自分を連れに来たとか、誰かに頼まれて来たのだろうとか・・・・・、繊細な感覚でそういういろんなことを感じとるのだと思います。

 

 

 

 

 

心の底から、「味方になるよ」「聞いてあげるよ」と一言二言声をかけて帰ります。その繰り返しが重要なのです。

 

 

 

 

 

4,5回目の訪問のとき、彼が私のささやかなプレゼントを抱きかかえるようにして食べていたという母親の話しを聞いて「ジーン」と胸に響きました。

 

 

 

 

 

「この子とは間もなく心が通じ合える」私は嬉し確信を持ちました。こういった夜間訪問を十回ほど重ねました。その間、一度たりとも、彼の顔どころか声さえ聞いたことはありませんでした。

 

 

 

 

 

ただ、彼の耳には私の声は届いているはずです。このおじさんは、自分の敵か味方か、声なきい闇の中で息をひそめ、全身を耳にして私の声を聞いていることは間違いないのです。

 

 

 

 

 

ここで作戦を変更することにしました。「明日は7時ちょうどに行きますので、お母さん、私が呼び鈴を鳴らさなくてすむように、カギを開けておいてください。私はそのまま入って居間までいき、彼の顔を見たいんです」

 

 

 

 

 

打ち合わせ通り、私は玄関からそっと忍びこんで居間に姿を現しました。「こんばんは!」私を見る彼の恐怖と驚愕に満ちた顔、走り去る少年の後ろ姿、私ははじめて少年の顔を見ました。

 

 

 

 

 

そして彼もまた、今まで何回も部屋の前に来てジュースとお菓子を置いていった声の主である男の顔を見ることになりました。

 

 

 

 

 

自室に逃げ込んだ彼は、その後顔も見せず声を発することもありませんでした。いつものように、お菓子とジュースを廊下に置きました。

 

 

 

 

 

彼は今日はびっくりしたことでしょう。数えて15回目の夜間訪問の出来事でした。私はいつものように少年の部屋に入りました。

 

 

 

 

 

カーテンは閉め切られ、布団は敷きっぱなしでした。ゲームのソフト類が部屋中に散乱していました。

 

 

 

 

 

不登校やひきこもりの子供の場合、ゲーム機が置いてあるからゲームが好きとは限りません。ひきこもりの時間は果てしなく長く、部屋にいる間、何かで時間を費やさないと気がおかしくなってしまいます。

 

 

 

 

 

何もしないでいる自分に耐えられないのです。でも、何をしたらいいのかわかりません。一人の時間帯を埋めるために、ひきこもるエネルギーと同じ力でゲームにのめり込むのです。

 

 

 

 

 

少年はというと、布団に潜り込んでいました。「今日も来たよ」私は布団の上から少年に声をかけました。今までもいろいろと話しかけましたが一切返事は返ってきません。

 

 

 

 

 

「今日もお菓子を持って来たから置いていくよ」帰ろうとする私に、彼が震えるような声で布団の中からつぶやきました。

 

 

 

 

 

「あ・り・が・と・う」初めて聞く少年の声でした。私はうれしくて思わず涙があふれてきました。

 

 

 

 

 

三日後も、私はいつものようにいきなり居間に姿を現しました。居間で大好きなサッカーを見ていた彼は、私の姿に気がつくと一瞬いつものように逃げだして自分の部屋に消えました。

 

 

 

 

 

テレビを見るとワールドカップのサッカーを映していました。サッカーの大好きな少年にとって楽しみにしていた至福の時だったにちがいありません。

 

 

 

 

 

私が来たことで、サッカーを見ることができなくなったとしたら、私は何て悪いことをしたのだろう、そう考えた私は彼の部屋へ行き、その旨を伝えました。

 

 

 

 

 

「今日はすぐに帰るから、そのままテレビを見ていてね」私の小さな気遣いが彼に届いたのでしょうか。次に少年の家を訪れたとき、彼はやはり同じように居間でテレビを見ていました。

 

 

 

 

 

私の顔を見ても、彼は逃げずに座ったままテレビを見ていました。私たちは並んで一緒にテレビを見ました。

 

 

 

 

 

少年の心が私を受け入れてくれたことがよくわかりました。母親のいれてくれた紅茶を飲みながら楽しい時間となりました。

 

 

 

 

 

「僕、本当は学校に行きたいんです」少年が高校のことを初めて口にしたのは、三月の終わりごろでした。ほかの高校は、すでに入試が終わっていました。

 

 

 

 

 

私は彼に通信制高校についての情報をいろいろ話しました。

 

 

 

 

 

少年の父親はエリートの高級官僚で、兄は慶応大学に通う秀才です。そして専業主婦の母親がいます。経済的にも満たされている家庭の構図が浮かび上がります。

 

 

 

 

 

小学生のころ、サッカークラブに所属し、勉強もスポーツも非常に優秀でした。模範的な優等生でした。兄のように自分も一流大学を目指したい、家族の思いもあり、有名私立中学に入るための有名進学塾に通っていました。

 

 

 

 

 

ここまでは挫折を知らずにまっしぐらにきた道のりでしたが、ある時、少年の心に疑念が芽生えました。どんなに頑張ってよい成績をとっても、常に答案には、「もう少し頑張れ!」の文字が踊っていました。

 

 

 

 

 

両親も、「頑張れ、頑張れ」と本人を励まし続けました。自分と同じようにエリートの道を進むことが、子供にとって何よりの幸せだと信じる父は、息子に何度もしつこくたたみかけました。

 

 

 

 

 

「お前ならもっとできるはずだ。私の子供なんだから」もうこれ以上はがんばれない。どうしてもがんばれない。過度のプレッシャーに押しつぶされる形で少年はついに限界に達してしまいました。

 

 

 

 

 

そしてそのまま一気に不登校からひきこもりの状態に突入したのでした。長きにわたるひきこもり生活で、少年のプライドはズタズタでした。

 

 

 

 

 

勉強もできて、サッカーもうまかった少年がひきこもりになる、自分のことをみんなが噂しているだろう、みんな自分のことをあざ笑っているに違いない、被害妄想的な心情が幾重にも少年の心を縛りつけているようでした。

 

 

 

 

 

少年のひきこもりの原因を考えてみます。彼には父親と兄の存在があまりにも大きすぎたようです。エリートとして生きる人生こそが最大の幸せだと信じて疑わない父と兄、成績優秀な家族、彼自身もまた優秀でした。

 

 

 

 

 

同じような道を歩もうと本人も家族も思い、彼ならできると信じていました。親の論理に子供は振り回されてしまいます。

 

 

 

 

 

子供にしてみれば、親孝行のつもりで、親の希望に向かって一生懸命勉強します。言われるがままに努力することが一番いいことだと思って必死になります。

 

 

 

 

 

子供にはそれぞれ自分のしたいこと、進みたい道があります。学校がどうとか、知識を増やす、学力を高めるとかが人生の最終目標でもはありません。

 

 

 

 

 

子供たちがいかに人間らしく、楽しく元気に生きていくかを考えることが親の愛情であり役目だと私は思います。

 

 

 

 

 

また、それぞれに生まれもっての性格のもろさ、弱さというものがあるのもまた人間というものの個性であり、素晴らしさなのです。

 

 

 

 

 

文学や芸術を持ち出すまでもありません。性格のもろさ、弱さは大きな可能性とエネルギーを秘めた魅力の一つなのです。

 

 

 

 

 

ひきこもりという「危険信号」を受けて初めて、父親は息子に与えていたプレッシャーの大きさに気がついたのでした。

 

 

 

 

 

このエリート一家の親と家族は、息子がひきこもりになったときに何をしたのでしょうか。まずはどの親もやるように、ありとあらゆる情報を集め、片っ端からそれを試してみるという方法をとりました。

 

 

 

 

 

ですがあらゆる手を尽くしても、わが子には通用しないことがわかりました。

 

 

 

 

 

「この子はもう駄目だろう。私がこんなに努力してもこの子は全く変わろうとしない。もう、だめなんじゃないでしょうか」

 

 

 

 

 

父親のあきらめの感情や挫折感は、敏感に子供に伝わります。「おれは親から見捨てられたんだ」秀才の兄は、弟の弱さが理解できません。

 

 

 

 

 

自分が成功者だと思っている兄の目には、弟は挫折した敗北者にしか見えませんでした。そして、父親もまた子供の心だけは読めませんでした。

 

 

 

 

 

母親はどうだったのでしょうか。母親は家族の中で唯一、本人の救いでした。母親はあくまでやさしく少年を見守り、受け入れました。

 

 

 

 

 

でも、だれよりも息子のことを理解していた母親さえも、絶望感を抱かせるほどこの少年はかたくなになっていました。

 

 

 

 

 

しかし母親が専業主婦だったことがここでは幸いしました。少年と二人だけの時間を濃密に過ごすことができたからです。

 

 

 

 

 

だから家族が本人を理解することができるようになり、私を含めて協力態勢ができ、本人に信頼感や安心感が生まれたのでしょう。

 

 

 

 

 

現在、少年は通信制高校の三年生で徐々にひきこもりの状態から立ち直りつつあります。

 

 

 

 

 

そして、親のためではなく、本当に自分らしい人生を歩むために次のステップをどうするかを真剣に考えはじめています。

 

 

 

 

 

人生には、勝利者もなければ敗北者もありません。あるのは、自分の人生を自分らしくどう生きるかだけなのです。

 

 



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