母親不信とひきこもり~ある高校生のケース~
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母親不信とひきこもり~ある高校生のケース~

2017年12月04日(月)11:30 AM

ある日、関東自立就労支援センターに一人の母親がやってきました。

 

 

 

 

 

「夫とは離婚しました。高校1年の息子を持つ母親です。息子は体格はいいのに、ずっと不登校で現在は引きこもりを続けています。

 

 

 

 

 

最近、私への暴力が一層ひどくなり、もはや私だけの力ではどうする事もできません。今後どのようにしていったらいいのでしょうか」

 

 

 

 

 

私は最近多いこうしたケースをいくつか頭に想い浮べながら母親に言いました。

 

 

 

 

 

「詳しい状況を教えてください」母親は、息子の生い立ちから自分の離婚、仕事の状況や子供に対する対応の仕方など、こと細かく話してくれました。

 

 

 

 

 

「フー」とため息を漏らし、なにか気持が楽になったような顔を見せました。

 

 

 

 

 

「お子さんは、母親を信頼できない状態で、大変寂しがっているのではないでしょうか。もしよかったら、私が家庭訪問にうかがいますが・・・・・」

 

 

 

 

 

この母親は、50代のどちらかといえば派手な印象の母親です。大きな会社に勤め、役職にもついています。いわゆる子供ばかりにかかわっている母親ではなく、仕事をきちんと持って子供もきちんと育てていくといった感じの女性です。

 

 

 

 

 

しかしとても忙しそうで、母親として子供にちゃんとかかわってこれたのかなという第一印象を持ちました。

 

 

 

 

 

息子の自分に対する暴力に困っているといいます。息子は何かにつけて、母親に無理難題を言います。母親がきいてくれないと怒りをぶちまけます。

 

 

 

 

 

物を投げ、暴力をふるいます。母親は恐怖を感じ、いくつかの相談機関も回ったようです。

 

 

 

 

 

「あまり子供にかかわらずに、見守ることが大事ですよ」何度かそんなアドバイスを受けたようですが、あまり子供にかかわらずに見守ることが頭では理解できるものの、実際には目の前で暴れる息子にどう接したらよいのか具体的なアドバイスはもらえなかったようです。

 

 

 

 

 

それに、見守るといっても実際に仕事を抱えて生活をしている母親に、両立は不可能ではないかとも思ったようです。母親の心配をよそに、息子の暴力はどんどんエスカレートしていきます。

 

 

 

 

 

マンションの部屋中の家財道具を倒し、タンスをひっくり返す、物を放り投げる、そんなことは日常茶飯事でした。

 

 

 

 

 

「もう限界だ。このままでは殺されてしまうかもしれない。それにこの子は、私がいると逆に駄目なのかもしれない」そんな厳しい状況になって、相談機関にまた足を運びました。

 

 

 

 

 

「子供は淋しがっています。できるだけ子供と接点を持って愛情の確認に応じてやることが大事ですよ。子供は親には危害を加えようとはしません」といわれても、女親としては、その恐怖心から自分を引き離すことはできないと感じていました。

 

 

 

 

 

だれにも、この死に対する恐怖心は理解してもらえないとも考えました。そう考えた母親は、身の回りの物をまとめて部屋を出て、近くにアパートを借りました。

 

 

 

 

 

それでも、わが子を見捨てた訳ではもちろんありません。初めのころは、仕事の合間に朝夕の食事を作りに行きました。本人が寝ている間に、そっと入って料理を作り、置いておきました。

 

 

 

 

 

母親が来ていることは、おそらく物音で気が付いているのでしょう。彼が起きて来て、母親と顔を合わせればまた怒鳴りながら暴力をふるうようになりました。

 

 

 

 

 

ある夜、息子の暴力に耐えきれず母親ははだしで外に逃げ出しました。「いったいどうしたんですか。何かあったんですか」狼狽しきった母親の姿を見て管理人が驚いて呼びとめました。

 

 

 

 

 

思わず母親は息子の家庭内暴力を告白しました。管理人から大家さんに話が伝わりました。「部屋を壊しているのではないか」心配して大家さんが部屋を見に来ることになってしまいました。

 

 

 

 

 

「部屋があまりにひどい状態であるならば、大事に至らないうちに対応した方がいい」マンションのほかの住人たちはひそかに相談し合っていました。

 

 

 

 

 

母親としてはむしろ、他人が入ってくれるなら、少しは何かが変わるかもしれないと期待する気持ちもありました。

 

 

 

 

 

しかし、マンションの大家さんたちが管理人も含めて皆で部屋に入っていったことが、さらに彼の気持を荒立ててしまいました。

 

 

 

 

 

「出て行け!」息子は鬼のような形相で叫びました。警察も何度かきました。母親が呼んだり、近所の人が呼んだり・・・・・、でも事件を起こしているわけではないので警察も逮捕するわけにはいきません。

 

 

 

 

 

派出所に連れていかれて、警察官から事情を聴かれるだけで終わりました。大家さんからは、殺人事件でも起こされたら困る、新聞沙汰にでもなったら、次の人に借りてもらえなくなる、だから他に移ってもらえないだろうかと半ば強引に迫られました。

 

 

 

 

 

母親は困惑しました。またどこか新しいところへ移っても、同じような状態が繰り返されるだけだ、でもこうなってしまっては出ていくしかないのか・・・・・。

 

 

 

 

 

絶望と途方に暮れる中で、母親は関東自立就労支援センターにやってきたのでした。

 

 

 

 

 

夜の七時、母親に案内されたのは都内の住宅街にある高級マンションでした。3DKの部屋に息子は一人で住んでいるといいます。

 

 

 

 

 

母親には詳しい状況を聞いたり、言いたいこともありましたが、ここはひとまず私が彼に会う方が先だと思いました。

 

 

 

 

 

母親にはマンションの外で待ってもらうことにしました。今、彼は母親とはいい状態ではありません。それに、母親がきていることを知ると、彼は私を拒否するでしょう。

 

 

 

 

 

少し離れた場所にいてもらい、万一、私に何かあったときには来てもらえるように持ってもらうことにしました。

 

 

 

 

 

私は一人で入っていくことにしました。母親から部屋のかぎを借りて、部屋に入りました。電気は消えていて、中は真っ暗でした。

 

 

 

 

 

靴やゴミ。ゲームのソフトや新聞紙などがあちこちに散乱し、足の踏み場もありませんでした。長いこと掃除をしていないため、埃と生ごみの何とも言えない匂いに満ちていました。

 

 

 

 

 

彼がいるなら、人の気配に当然気づいているでしょう。いつものように母親が夕食を持ってきたのだとも思っているのでしょうか。

 

 

 

 

 

「こんばんは」・・・・・・返事はありません。突然の男の声に驚いているのでしょうか。あるいは、聞えなかったのでしょうか。

 

 

 

 

 

「こんばんは」玄関を上がり、奥に進みます。部屋の中は廃墟のように荒れていて、足の踏み場がありません。

 

 

 

 

 

食器棚の中身はすべて床にぶちまけられ、引き出しの中身も散乱していました。突然、瓦礫のような物の山の向うに、すっと彼の姿が見えました。

 

 

 

 

 

突っ立ったまま、いぶかしそうにこちらを見ています。私は再び声をかけました。

 

 

 

 

 

「今、お母さんが夕食を作って来るからね。私はお母さんの紹介を受けてここに来ました」彼はおそらく、いったい誰が来たんだと警戒しているのでしょう。

 

 

 

 

 

もっとも私の方は、いつも初対面で勝手に踏み込んでいくことが多いので、相手が驚いているのは見慣れた光景ではあります。

 

 

 

 

 

彼は、髪の毛は思ったよりも整っていました。ジーパンにトレーナー姿でした。私はパジャマを着て、ボサボサ頭で寝ている少年を想像していたので、意外に感じました。

 

 

 

 

 

この子は今日はずっと寝ていたのではないなと思いました。寝てばかりいる日もあるでしょうが、本当にひきこもっている状態とは少し様子が違います。

 

 

 

 

 

「ちょっと座って話をしようよ」私は訪問の必須アイテムである、煎餅とジュースを彼に手渡しました。そして、かろうじて原形をとどめているソファーにゆっくりと座りました。

 

 

 

 

 

彼は私が何を言っても、「ん」とか「あ」とか言うだけで、言葉を発しません。これでは会話にはなりません。でも当然なのです。いきなり入って来た人間と話なんかできるわけがありません。

 

 

 

 

 

彼の様子を見ていて、あまり長居しない方がいいと判断しました。今日はひとまず顔見せだけでいい、私の顔を覚えてもらえればそれでいいと思いました。

 

 

 

 

 

「私はいろんな子供たちと話をするのが好きで、よく話をしたり相談を受けているのでもし何かできることがあったら、あなたの話を全部聞くからいつでも連絡してほしい」と言いました。

 

 

 

 

 

彼は他人に今の自分の状況を見られるのが恥ずかしいと感じているはずなので、散乱している部屋のことには一切触れないようにしました。

 

 

 

 

 

「また、時々会いに来てもいいかな」「んー」と彼はうなって、決して否定はしませんでした。彼自身、ひきこもりの自分と格闘しているのです。

 

 

 

 

 

「じゃあね。突然お邪魔して申し訳なかったね」私は声をかけながら、玄関のドアを静かに閉めました。私は作戦として、常に「絶対に無理をしない」ことを信条としていました。

 

 

 

 

 

子供に会って、私の顔を見てもらい、一言二言会話ができればもうその日は大成功なのです。そして、子供があっけにとられているうちに立ち去ります。

 

 

 

 

 

「あの人、何しに来たんだろう」子供に考える時間を与えます。私は部屋の外で待ってもらっている母親の元に戻りました。母親は私の顔を見て安堵したような表情を浮べました。

 

 

 

 

 

この日、母親は彼の夕食にハンバーガーにポタージュスープのセットを買っていました。

 

 

 

 

 

「お母さん、いつもどうやって彼に食事を持って行っているんですか?」息子が怖いので、家で作ってきた料理やまたは買ってきた食事をトレーに乗せて、ドアを開けて黙って玄関に置いてくるだけだといいます。

 

 

 

 

 

メモや手紙の類も一切添えません。「お母さん、それではあまりにも子供がかわいそうですよ。それでは子供は収容所に入れられているようなものですよ。自分の母親に対して信頼がなくなっていくのは当たり前ですよ」思わず私は母親にまくし立てていました。

 

 

 

 

 

ただ、食事を与えるだけの行為がどれほどひどい残酷なものであるかを、この母親は理解していませんでした。「そんなの、あまりにもひどいじゃないですか」

 

 

 

 

 

母親は私が「ひどい」という意味を理解しかねていました。私は、母と子の間で全くコミュニケーションがとれていない状態を言っていたのです。

 

 

 

 

 

それまでは、全く会話のできない断絶状態でした。彼は母親のそういう態度に怒り心頭に達して暴れていました。

 

 

 

 

 

その彼の気持ち、どうして暴力をふるうのかを母親は理解していませんでした。理解できないから、恐れるのです。

 

 

 

 

 

「何かあったら言ってください」などのメモや手紙を書いて添えることがどれほど重要か、それがないともはや愛情の通った親子とは言えません。

 

 

 

 

 

「そりゃあ、暴力をふるったり家財道具を倒したりしたかもしれません。お母さんは忙しく仕事をされていて、ご飯を作って持っていくのは本当に大変だと思うけれど、玄関に黙っておくのは愛情が感じられないといわれても仕方ないことです。

 

 

 

 

 

絶対によくないと思います。少なくとも明日からは『おはよう、お母さんご飯もってきたよ』と声をかけてあげてください。そして必ずメモや手紙を添えてください。

 

 

 

 

 

『野菜もきちんと食べてね。もし、何か必要なものがあったらお母さん買ってくるから、遠慮なく何でも言ってちょうだい』そんな一言を書いてあげるだけで、彼がどれほどうれしいか。まず、それをやってみてください。

 

 

 

 

 

そして、それを毎日繰り返してください」私は母親にそう頼んで、状況も逐次、電話で知らせてもらうようにお願いをしました。

 

 

 

 

 

「何か食べたいものやほしいものがあったらメモに書いてください」母親は早速、次の日から息子に手紙をつけて食事を差し入れました。

 

 

 

 

 

はじめのうちは全く返事はありませんでした。ところが、しだいに変化があらわれはじめました。四日後、食べ終わった食器がのったトレーに一通のメモがありました。

 

 

 

 

 

「電池が欲しい(単3)」

 

 

 

 

 

「手紙がついてたんです・・・・・・」母親は弾んだ声で、私に電話をかけてきました。たった一言ではありますが、コミュニケーションが取れたということは、母と子にとってものすごい進歩でした。

 

 

 

 

 

「それは、本当に良かったですね」私は母親を励ましました。「じゃあ、早速、電池を付けてあげてください。これからは、今日あったこととか少しずつ手紙に書いて添えてあげてください」次第に彼からの買い物の注文が増えていくようになりました。

 

 

 

 

 

しばらくして、前回と同じように夕食前の時間、私は母親に外で待ってもらい一人で彼の部屋を訪ねました。「また来たよ」

 

 

 

 

 

パジャマ姿で、寝起きのような彼は驚いていましたが、前回ほどこわばった表情ではなく、どことなくうっすらと笑みを浮かべていました。

 

 

 

 

 

母親に手紙を書かせたのは、この男の人なんだな・・・・・・、彼は気がついていたにちがいありません。見た感じでもそうでしたが、何かに感づいたニヤッという笑みを浮かべたとき、頭のいい子だと私は感じました。

 

 

 

 

 

彼は私のことをどんなふうに感じていたのでしょうか。とにかく管理人や警察官の類ではないなと感じているのは彼の笑みからも見てとれました。

 

 

 

 

 

つまり彼にとって「敵」ではないと。「この前は急に来て悪かったね。今日はジュースでも飲みながら一緒に話をしようと思って来たんだよ」

 

 

 

 

 

しかし、彼はいっしょに会話をするどころではないという感じで逃げ腰でした。今の自分の状況に引け目を感じているのです。

 

 

 

 

 

乱暴な部屋の様子や、割れたガラス、床に転がった電化製品・・・・・、そんな中に自分が埋もれているということを、外の人間に知られたくない、そして、この人物は自分と母親の状況を知っているのだから、自分をまともな人間だと思ってはくれないだろう、精神がおかしいと思っているのではないか・・・・・・・。

 

 

 

 

 

私が座っても、彼は座ろうとはしませんでした。目線が相手よりも上にあると、にらみ合いのような緊張感が生まれてしまいます。

 

 

 

 

 

座るという行為は、「私は君に敵意はないよ」というメッセージなのです。だから、私はどんな状態の部屋であっても、「悪いけどちょっと座らせてもらうよ」と言って自分から座るようにしています。

 

 

 

 

 

「今、あなたは何年生?」

 

 

 

 

 

「高校1年」彼は低い声でつぶやきました。横を向いて目線を合わせないで話します。

 

 

 

 

 

「そうか、ずいぶん背が高いから驚いたよ」

 

 

 

 

 

「ん、ああ・・・・・・」

 

 

 

 

 

返事の時にずっと横を向いているので、嫌がっているなとは思いました。でも、返事をしてくれるから、多少なりともどこかでつながっていたいんだなとも感じました。

 

 

 

 

 

その微妙な感覚を理解しないといけないと自分に言い聞かせました。

 

 

 

 

 

「お母さんが作ってくれてるご飯、ちゃんと食べてるよね。食べないと体に良くないからね」「ん・・・・・・・」

 

 

 

 

 

照れたような、すねたような返事を返してきます。彼は、私のことを信頼できる人間かどうかを探っているのです。

 

 

 

 

 

そして、この人は何のために来ているのかと目的を探っているのです。それを直接聞くわけにはいきません。相談する相手もいません。そういう猜疑心があるから、なかなか本音を言えません。

 

 

 

 

 

私は、相手に敵意を抱かせない顔というか、こわもての顔ではないのでその点では得をしているかなと思っています。彼にも、敵ではないみたいだなという感じを植え付けているようでした。

 

 

 

 

 

ところで、私は不登校や引きこもりの子供たちと接するとき、「外に出て買いたいものとかない?今度買ってきてあげるよ」など、精一杯の笑顔で友達感覚の言葉で話しかけるように心がけています。

 

 

 

 

 

そして、「もうちょっと話ができれば」というくらいで引きあげるのがコツだと思っています。時間にしてせいぜい 5分から10分くらいの出会いを大切にします。

 

 

 

 

 

子供自身、あまり長居をされると「何を聞かれるのだろう」と気が気ではないのです。自分の弱みを悟られるのがいやなのです。だから、彼らに負担を感じさせない短い時間で帰ります。

 

 

 

 

 

私は母親に、再びアドバイスをしました。「今度は、『あなたは何が食べたいの、ほしいものはないの』という手紙も付けてあげるように」彼が好きな食べ物を書いてくるまでは、しばらく時間がかかりました。

 

 

 

 

 

音楽を聴くために電池がほしいとか、テープがいるとかは書いてきますが、自分の好きなものを書いてしまうと親に迎合することになります。

 

 

 

 

 

「おれは悪くないんだ」反発心と抵抗、プライドもあります。それを乗り越えるには、時間がかかるのです。

 

 

 

 

 

生きるために食べ物だけは与えてきた母、自分を囚人のように扱ってきた母。「おれを人間として扱っていない。愛情をひとかけらも持っていないんだ」母親不信は根強いものがありました。

 

 

 

 

 

母親は、体の大きな息子が暴力をふるうという行動だけを見て怖がっていました。母親の頭の中には、昔起った金属バット殺害事件などの家庭内暴力の恐怖が渦巻いています。

 

 

 

 

 

しかし実際は、不登校や引きこもりの子供というのは、親に深刻な危害を加えるようなことはあまりありません。子供は愛情に飢えています。

 

 

 

 

 

だから、その愛情の源である親を「絶つ」ようなことをすることはまずありません。

 

 

 

 

 

親の気を引きたい、愛情の確認がしたい、自分の苦しみに気づいてほしい、暴力はそんなサインであり、苛立ちであるのです。

 

 

 

 

 

子供というのは、とにかく母親がいかに自分のことを見てくれているのか、自分に愛情をもって接してくれているかという 一点だけを見ています。

 

 

 

 

 

こんな状況になって大好きな母親にすごく迷惑をかけているという自責の念もあります。こんな自分を助けることができるのは母親だけなのに、その母親が逃げてしまったら自分はどうしたらいいのか・・・・・・。

 

 

 

 

 

少年の心にできた、「母親不信」という大きな固まりは、時間をかけないとなかなか溶かすことはできません。

 

 

 

 

 

「でも、お母さん、このままでいるのが一番よくないんです。少しずつやっていきましょう」私は母親にそう語りかけました。

 

 

 

 

 

そもそも、この少年はどうして引きこもりの生活に入ってしまったのでしょうか。彼はもともと成績優秀な子供でした。

 

 

 

 

 

小学校から進学塾に通い、名門の私立中学を受験して合格しました。ですが中学時代、何らかの挫折を経験します。心が痛んでいたころと時を同じくして両親が離婚します。

 

 

 

 

 

それが、子供の心を閉ざした最初の原因ではなかったのでしょうか。さらに、中学に入学したものの、授業の厳しい中学であり、いわゆる「燃え尽き症候群」に陥ってしまいます。

 

 

 

 

 

最初のころは、引きこもりではなくて不登校でした。

 

 

 

 

 

「学校に行きたくない」中学一年生の時、そう訴える息子にキャリアウーマンの母親は何もしてやれませんでした。

 

 

 

 

 

息子がどう言おうと、母親は仕事に行かなくてはいけません。自分のことを母親は全く理解してくれていない、少年は怒りがたまっていきました。

 

 

 

 

 

「こんなお母さんだから、お父さんに離婚されるんだ。お父さんの気持ちがぼくにはよくわかる」息子の言葉が母親の胸ぐらを掴みました。

 

 

 

 

 

私は母親に、新しいステップを提案しました。

 

 

 

 

「食事を持って行くときに、様子を見ながら部屋にはいってみてください。声をかけられるような状態なら、声をかけてみてください。絶対に息子さんはあなたに対して暴力をふるいませんから。

 

 

 

 

 

今まで息子さんが、あなたに物を投げたとしても、それはあなたに当たらないようにしているはずです。

 

 

 

 

 

自分の愛する母親に暴力をふるって、けがをしたり死ぬようなことを望む子供がいるでしょうか。頭のいい彼が、そんなことをするはずがありません。

 

 

 

 

 

あなたが逃げてしまうことが一番彼を傷つけています。だから絶対に逃げないでください」

 

 

 

 

 

母親は真正面から息子と向かい合う時期を迎えていました。引き続き、私は少年のもとへ家庭訪問を続けていました。

 

 

 

 

 

家具はほとんど倒されて、壊し終わっていたので、それ以上部屋が荒らされることはありませんでした。

 

 

 

 

 

彼が話しやすいもの、好きなことを何か見つけなくてはと思い、周りを見回しました。部屋にラジカセがあり、彼はカセットテープや CDを聴いているようでした。

 

 

 

 

 

音楽に興味を持っているのだなと思いました。「音楽が好きなんだね」「ん・・・・・・」「うちのセンターで尾崎豊が好きな人がいてね。この前フイルムコンサートやったんだよ」

 

 

 

 

 

すると、彼も尾崎豊は好きだと言います。これで、「尾崎豊」という共通言語ができました。どうして尾崎豊のことが好きなのか、その魅力について語り合いました。

 

 

 

 

 

「尾崎は、自分の心を代弁している・・・・・・」彼なりの言葉で話してくれました。彼は、自分の切ない気持ちを誰かにわかってもらいたい、そして、彼が一番分かってほしいのは母親なのです。

 

 

 

 

 

その日、今度は母親と一緒に彼のもとを訪問することにしました。

 

 

 

 

 

「お母さんはあなたのことが心配で仕方がないんだよ。あなたのことが好きで本当に愛してるんだけど、やはり女性だから、体格も大きいあなたが物を投げたりするとおびえてしまうんだよ。

 

 

 

 

 

あなたが生活するためにも、お母さんは働かなくてはならない、お母さんも一生懸命にやってるんだよ。だから、お母さんのことも少し理解してあげてほしいな。

 

 

 

 

 

そのためにも、あなたがお母さんに何か言いたいことがあったらちゃんと言うべきだよ。そうしないと、相手には伝わらないからね。まして、お母さんは女性だ。

 

 

 

 

 

男と女の違いはいっぱいあるんだからなおさらだよ。手紙でもいいから、少しずつ書いてみてごらんよ」私の言葉を、彼は静かに聞いていました。

 

 

 

 

 

彼と私はいろいろな話ができるようになっていきました。彼なりに母親の気持ちもわかってきたようでした。

 

 

 

 

 

「そろそろ家に帰って、一緒に住むようにしてみたらどうでしょうか」私は母親に言いました。

 

 

 

 

 

「荒れてしまった部屋も直して、新しい生活を始めてみたらどうでしょうか」ついに母親は家に戻り、息子と一緒に暮らし始めました。

 

 

 

 

 

彼もまた、だんだん外にも出ることができるようになりました。自分でコンビニに行って、買い物をするようになりました。

 

 

 

 

 

数日後、今度は昼間私が訪問すると、部屋は一変していました。あれほど荒れていた部屋が夢だったようにきれいに片づけられていました。

 

 

 

 

 

カーテンは開かれて、明るい日差しが母と子を包み込んでいました。その後、彼は希望する公立高校受験して合格しました。

 

 

 

 

 

「1年遅れでも頑張る」といって通い続け、少年は来春、高校を卒業します。

 

 



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