親殺しは自分殺し
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親殺しは自分殺し

 

「ゆっくり話してください。ゆっくり」 

 

 

 

 

千葉地方裁判所の小さな法廷に、弁護士の声が何度も響きました。

 

 

 

 

 

被告席に立つ青年A君は、そのたびにうなずき陳述を続けました。

 

 

 

 

 

語り尽くせない思いがこみ上げてくるのを抑えられないのが手に取るように分かります。

 

 

 

 

 

減刑を願う弁護士は、必死にA君に冷静さを求め、二人の苦悩が空きが目立つ傍聴席に座るわたしの胸にも重く届いてきます。

 

 

 

 

 

A君は24歳です。数年前の4月、中学校教員の父親を殺害しました。

 

 

 

 

 

そして自らも死に場所を求めてさまよっているところを逮捕されました。

 

 

 

 

 

彼は「手記」として書いた遺書に殺害直後の思いをこう綴っています。

 

 

 

 

 

「わたしはたった一人で、誰にも頼らず孤独に耐えて戦ってきました。何ら恥じる気持ちはありません。

 

 

 

 

 

ただ心残りなのは、この若さで自ら命を絶たなければならないことです。

 

 

 

 

 

人並みの人生のさまざまな可能性、展開を想像すると、悔しさがこみ上げてきます」

 

 

 

 

 

独善的とも思えますが、誰にも弱音を聞いてもらえず、特に二人三脚で受験競争に立ち向かってきた父親にさえ、つらい気持ちを受けとめてもらえなかったA君です。

 

 

 

 

 

それが彼を殺人にまで追いつめる結果になりました。

 

 

 

 

 

法廷で父親と同年輩であろう裁判長を終始正視し、語り続ける彼の後ろ姿を見つめていると「誰にも遠慮することなく、言いたいことを思いきり吐き出させてあげたい」と叫びたい思いにわたしは駆られました。

 

 

 

 

 

一人っ子だったA君は、実直で厳しい両親の元で育ちました。

 

 

 

 

 

「国語の教員だった父親は、言葉遣いのしつけも厳しく、冗談ひとつ言わない人だった」ようです。

 

 

 

 

 

父親は学習塾を忌み嫌い、その代わりか彼は小学校4年のころから習い事に追い回されました。

 

 

 

 

 

5年生のとき、大学の付属小学校に編入しました。内向的な彼は「卒業までの2年間、心理的には常に孤独で、毎日毎日が人間関係の格闘だった」といいます。

 

 

 

 

 

そのまま付属中学校に進みましたが、体が小さかったこともあっていじめられました。

 

 

 

 

 

彼は「負けてたまるか」と勉学に打ち込み、学年で五指に入る成績を維持していました。

 

 

 

 

 

そして、全国屈指の名門公立高校に合格しました。

 

 

 

 

 

「東大合格」を目標に勉強一筋の彼は、部活や遊びに熱中する級友たちの姿に戸惑いつつも”帰宅部”を選び、さらに自分自身のテンションを高めていきました。

 

 

 

 

 

しかし、「パンク寸前」の高三の二学期、成績が下がり始めると文化祭や体育祭に打ち込む級友をねたみました。

 

 

 

 

 

それが終わると今度は受験に追い込みをかける彼らを見て、A君は「トータルな高校生活とはこういうものか」と初めて気づき、愕然としたといいます。

 

 

 

 

 

東大受験に失敗し、父親に助けを求めようとしましたが「聞き捨てならない父親の言葉」で打ち消されてしまいました。

 

 

 

 

 

「父親にも責任があるのに・・・・・・」そんな思いが憎しみに変わり、しだいに増幅していきました。

 

 

 

 

 

長い陳述を終えたA君は閉廷間際につぶやきました。

 

 

 

 

 

「こんなに人と話をしたことはなかった・・・・・・・・・・」

 

 

 

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