引きこもり~家に火をつけようとする少年~
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引きこもり~家に火をつけようとする少年~

本人が望んで引きこもっているわけじゃない

 

 

 

 

 

少年はヒステリックに叫びながら、床を指差しました。

 

 

 

 

 

「ほら、そこがまだ汚れてる。ちゃんと磨けよ!」

 

 

 

 

 

母親は、言われたところを文句も言わず、黙々と磨きました。

 

 

 

 

 

「壁も汚れてる!早くきれいに拭けよ!」

 

 

 

 

 

少年が今度は壁を指すと、やはり母親は黙って一生懸命に壁を拭きました。

 

 

 

 

 

いつからか、これが毎朝の日課になっていました。朝、少年は起きると、すぐに母親に家中の壁や床を磨かせるのでした。

 

 

 

 

 

「家の中がこんなに汚れていると耐えられない!」少年は、母親が掃除を終えるまでは、けっしてそばを離れようとはしませんでした。

 

 

 

 

 

しかし彼が、自分自身で床磨きをすることは一度もありませんでした。

 

 

 

 

 

「自分の手が汚れるから」というのがその理由でした。彼は典型的な極度の「潔癖症」です。

 

 

 

 

 

心の「こだわり」が潔癖症の症状となってしまったのです。

 

 

 

 

 

父親、母親への不信感、反抗心がわずかな「不潔」をも許せないというかたちで現れているのです。

 

 

 

 

 

父親、母親に対する「こだわり」が「不潔」になり、いくら訴えても「きれいにならない」のです。

 

 

 

 

 

納得できる親子の感情的な交流が得られないのです。

 

 

 

 

 

その心の苛立ちが目に見えるかたちで「清潔」を求めていきます。

 

 

 

 

 

そして、それがエスカレートしたのがこの状況なのです。

 

 

 

 

 

ですが、いくら拭いても自分の気持ちが両親に受け入れられない限り、すっきりとした気分にはなれません。

 

 

 

 

 

「心の汚れ」はとることができないのです。

 

 

 

 

 

 

この19歳の少年は、昔からこうだったわけではありません。

 

 

 

 

 

彼がやたらと汚れを気にするようになったのは、家に閉じこもり、外出することなく、人との接触を避けだしてしばらくしてからのことでした。

 

 

 

 

 

自分が掃除を終わらせるまでは、その少年が落ち着かないことを知っている母親は、黙って少年の言うとおりに家中を掃除しました。

 

 

 

 

 

しかし、少年の「潔癖症」はどんどんエスカレートしていき、何度も何度も同じところを母親に掃除させるようになりました。

 

 

 

 

 

日を追うごとに少年は強迫的となり、神経質にチェックを繰り返し、掃除の時間も長くなっていきました。

 

 

 

 

 

そのために、母親の精神的苦痛も日ごとに増大していきました。

 

 

 

 

 

エスカレートしていく少年の要求に耐えられなくなった両親は、以前から少年と関わりを持っていたわたしのもとへ、再び相談にやってきました。

 

 

 

 

 

それ以後、わたしは仕事が終わり食事を済ませると、たびたび彼の部屋を訪れました。

 

 

 

 

 

そのとき、わたしは趣味、恋愛、そして家族のことなどを少年といろいろと話をするようにしました。

 

 

 

 

 

少年が語る両親についての「指摘」(こだわり)はうなずけるところもあり、彼の言い分を理解しようとするわたしとの間に、いつの間にか信頼関係ができていきました。

 

 

 

 

 

知り合う人も少なかったこともあり、少年が唯一まともに口をきこうとしたのはわたしだけでした。

 

 

 

 

 

だからこそ、わたしは徹底的に少年の心の味方になることに努力しました。

 

 

 

 

 

親身になって少年の話を聞くことで、エスカレートする行動を癒せるかもしれない、とわたしは思っていました。

 

 

 

 

 

実際、少年の病的とも思える行動も少し落ちついてきたようでした。

 

 

 

 

 

ところがある日、とんでもないことが起きてしまいました。

 

 

 

 

 

少年は家の中に灯油を大量にまき、火をつけようとしたのです。

 

 

 

 

 

間一髪で気づいた両親が、あわてて少年を取り押さえました。

 

 

 

 

 

「おまえたちは何もわかっていない。すべては汚れている。もう何をしても駄目だ。すべてを燃やすしかないんだ!」

 

 

 

 

 

少年はそう叫びました。両親からその事実を聞かされ、どうしたらよいか相談されました。

 

 

 

 

 

わたしもどうしたらよいものか悩み続けました。

 

 

 

 

 

少年はその後も、ガスコンロで何かが書かれている紙を焼いたりするなどしていました。

 

 

 

 

 

両親は少年の特異な行動に、気の休まるときは一瞬たりともありませんでした。

 

 

 

 

 

少年の燃やしていたもの、燃やしたかったものはいったい何だったのでしょうか。

 

 

 

 

 

そしてそのたびに、わたしの携帯電話に救援を求める電話が鳴りました。

 

 

 

 

 

そして、ある時父親が言いました。「このままでは、あの子ひとりのために家族全員がダメになってしまいます」

 

 

 

 

 

両親は、少年の妹までがこの問題に巻き込まれてしまうことを恐れていました。

 

 

 

 

 

「病院に連れて行こうと思うのですが・・・・」

 

 

 

 

 

この混乱ぶりでは、父親の言うとおりその選択しかないとわたしも思っていました。

 

 

 

 

 

家が火事になって、家族から死人や重傷者が出てからは遅すぎると思ったのです。

 

 

 

 

 

今は親子がお互いに距離をおいて、冷静に見つめなおす時間が必要だと思いました。

 

 

 

 

 

翌日、少年に入院を勧めましたが当然のように断られました。ですが、家族は「生き地獄」の状況を抱えていました。

 

 

 

 

 

わたしは両親の意思を確認し、「嫌だ!」と言う少年を病院に連れて行こうと両親とともに強引に車に乗せようとしました。

 

 

 

 

 

すると、「だましたな!」と、少年はすごい力で父親や母親の首にしがみついて抵抗しました。

 

 

 

 

 

わたしは少年との信頼の絆を自ら断ってしまったことに後悔を感じていました。

 

 

 

 

 

しかし、少年がいつ家に火をつけてもおかしくない状況でしたので、やむを得ない行動でした。

 

 

 

 

 

「信じてくれ。君のためなんだ!」わたしは震えるように叫びました。

 

 

 

 

 

このままでは、この家族は少年とともに不幸な選択をしかねない、という危機感がわたしを焦らせました。

 

 

 

 

 

少年は顔を歪めながら、必死に戸にしがみつきました。彼のその姿を見て、しだいに母親の様子が変わってきました。

 

 

 

 

 

最初はいっしょになって子供を車に乗せようとしていたのに、「・・・・・息子がかわいそうです。やっぱりもう一度、がんばってみます」

 

 

 

 

 

と言い出すと、押し出していた母親の力が抜け、反対に子供を抱き寄せました。

 

 

 

 

 

そして子供を家の中に戻そうとし始めました。

 

 

 

 

 

このまま子供を家に残すととんでもないことが起こってしまいそうで、今度はわたしが必死に母親を説得することになりました。

 

 

 

 

 

わたしは、家族を残して離れた後の「家庭内暴力」の子供たちとの苦い経験が思い起こされ、不安のみが募りました。

 

 

 

 

 

そして、少年の心の変化に気づきませんでした。

 

 

 

 

 

「病院に行こう。行くしかないんだ」と言っていた父親も、母親に懇願されて力を抜きました。

 

 

 

 

 

こうなると、わたしも手を離さざるを得ませんでした。少年は母親を振り払うと、二階の自分の部屋に飛び込んでいきました。

 

 

 

 

 

わたしは愚かにも高ぶった彼の気持ちを落ち着かせようと、あとを追って部屋に入りました。

 

 

 

 

 

もちろん、少年との信頼関係を維持することへの不安もあったからです。

 

 

 

 

 

少年の部屋の床には新聞紙が敷き詰められ、ジュースの空き缶、カップラーメン、タバコが散乱していました。

 

 

 

 

 

そのせいか部屋には異臭がたちこめていました。親にはあれほど清潔を要求しながら、考えられないほど汚れきっていました。

 

 

 

 

 

少年の本心は、心の汚れ(こだわり)を取り去りたかったのです。

 

 

 

 

 

わたしは少年との関係をなんとか取り戻そうと対話を求めましたが、すでに少年にとってわたしは裏切り者でしかありませんでした。

 

 

 

 

 

もう相談できる相手ではなくなっていました。少年はすごむような目をして、わたしに部屋から出て行くように、声を荒げました。

 

 

 

 

 

少年との数ヶ月の出会いが、わたしの脳裏を駈けていきました。

 

 

 

 

 

わたしは少年の部屋から静かに出るしかありませんでした。

 

 

 

 

 

息苦しさのなかであえぐ子供たち

 

 

 

 

 

以上の話は、かつて不登校から3年間、外出することもなく家にずっといて、だんだんと人を拒絶しだし、外に出たり人と会うのが不安だといっては、両親に辛く当たり、「引きこもり」生活を続けていた少年の話です。

 

 

 

 

 

この家族とは何回か山を乗り越えてきた相談だったこともあり、いつの間にかわたし自身が親の心情になってしまって、少年の「こだわり」に疲れてしまったようにも思えます。

 

 

 

 

 

わたしは親子の間に入って、「とりとめのない人間」になってしまうたびに、このシーンを思い出し、「子供の味方になる」ことを肝に銘じています。

 

 

 

 

 

少年はその直後から眠り続け、自ら治療を受け、両親との間にあった心の「しこり」、そして「こだわり」もとれていきました。

 

 

 

 

 

引きこもる子供や若者たちが社会に出て安心して自分らしく生活していくには、わたしたち大人、親、周りの家族はどのように寄り添ったらいいのでしょうか。

 

 

 

 

 

わたしは、まず引きこもりの姿から目をそらすことなく、なぜ、多くの子供たちが引きこもらざるを得ないのかを、わが身に引き寄せて考えてみたいのです。

 

 

 

 

 

わたしはこれまで多くの子供、若者、家族と出会ってきましたが、先にあげた話もけっして特別なものではありません。

 

 

 

 

 

結局、問題の解決を本人のみに迫り続けた結果、八方ふさがりの状況に追い込まれ、少年がとらざるを得なかったのがあの行動でした。

 

 

 

 

 

それは心理的に追い詰められ、引きこもる子供たちならば誰でもとる可能性があります。

 

 

 

 

 

また、そうした手段を選択しなければ生きられないほど息苦しい境遇の中に、現代の若者たちは置かれているのです。

 

 

 

 

 

わたしはあえて、引きこもりとは現代社会が生み出した現象のひとつであり、病理性を持っていると言いたいです。

 

 

 

 

 

引きこもりは学校に行きたくない、職場に行きたくないなど、その心理状態にもよりますが、疲れた、不安だ、緊張した、恐ろしい、怖い、といった感情を持ちながら人間関係を拒絶することをきっかけに始まるように思います。

 

 

 

 

 

とにかく当初は、社会的刺激から自己防衛、自己保存を得ることで、内面的葛藤の安全を保っているようです。

 

 

 

 

 

だから安心して、人とコミュニケーションを重ねられるまで、引きこもりの生活を保障してあげることも必要です。

 

 

 

 

 

とはいえ、その長期化とともに人と「触れ合えない」という苦悩を、抱え込むことが少なくないのです。

 

 

 

 

 

わたしは「引きこもり」へ温かい眼差しを注ぐ一方で、追いつめられて「コミュニケーション不足」へと進む彼らの心理を見過ごしてはいけないと思います。

 

 

 

 

 

たとえば、子供が全身で呻吟する「こだわり」は、その「救出」への究極の心の叫びかもしれません。

 

 

 

 

 

「こだわる」ほどに深く子供の心を傷つけたのが人であれば、その心を癒すのもやはり人でしかありえません。

 

 

 

 

 

 

 

 

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