家庭の中の孤独
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家庭の中の孤独

 

小学校4年生のA君が、不登校の傾向が出始めて関東自立就労支援センターの相談室にやってきました。 

 

 

 

 

連れ添った母親は品の良い顔立ちをしていますが、表情に豊かさがありません。A君の表情も同様に乏しいです。

 

 

 

 

 

A君はそれまで母子関係で情緒的に放置されていたことに対する恨み、不信感を強く抱いていて、現状ではかろうじて自分を保っているものの、かなり危うい孤独な状況にありました。

 

 

 

 

 

しかし、母親は子どもを情緒的に放置していることに自分では気づいていません。母親はこう訴えます。

 

 

 

 

 

「この子と、親子3人で山登りもしたしスキーもして、わたしたちはよい家庭だと思ってきました。この子は勉強もよくしてくれて、何一つ手のかからないよい子でした。いったい、どこに間違いがあったのでしょうか」

 

 

 

 

 

外見的には、誰が見ても優しい両親によい子の典型的なよい家庭でありますが、子どもは孤独でした。自分が求めてやまないものを母親は与えてくれないのです。

 

 

 

 

 

喜びも悲しみも、よいことも悪いこともひっくるめて、まるごとわが子を包み込んで慈しみ、受け入れてくれる愛情を母親は与えてくれないのです。

 

 

 

 

 

よい母親だけを演じるのを前にして、A君はよい子を演じるしかありませんでした。

 

 

 

 

 

「わたしは精一杯努力してきました。これ以上、どうしたらいいのでしょうか」そうあなたは努力しました。努力すればするほど、あなたの息子は遠ざかってしまいました。

 

 

 

 

 

彼が求めているのは、あなたにゆったりと抱いてもらって心底から甘えることであって、あなたの教育的努力ではなかったのです。

 

 

 

 

 

だから、あなたが努力すればするほど、あなたの息子は遠ざかってしまうのです。彼はどうしていいかわからずに、あなたが求めるよい子を演じるほかなかったのです。

 

 

 

 

 

だから、よい子を演じてご褒美をもらっても、彼はちっともうれしくないのです。彼は子どもとして、いっさい見返りを求めない、無条件の母の愛を求め続けているのです。

 

 

 

 

 

彼はそれが与えられないことに絶望し、恨みと不信を募らせています。

 

 

 

 

 

「お母さん、A君は孤独なんですよ。そして、この子を救えるのは、お母さん、あなたの無償の愛しかないんですよ」

 

 

 

 

 

理屈抜きの無償の愛を実感してくれるだろうかと疑いながら、わたしはA君の母親に訴えました。

 

 

 

 

 

A君の母親は、自らが描いている家庭像にばかり気をとられて、A君の側に立つ発想がまったくありませんでした。

 

 

 

 

 

 

そこにA君の孤独、母親への愛情飢餓、恨み、不信が生じて不登校につながりました。

 

 

 

 

 

子どもの不登校に遭遇した母親に共通しているのは、その多くが自己中心的であるという点です。

 

 

 

 

 

わたし自身の経験が重なるにつれて、その確信はいよいよ強まっています。

 

 

 

 

 

わが子が不登校に陥ると、最初は戸惑い、驚きます。また、なぜ学校に行かないのかと嘆きます。

 

 

 

 

 

他の子のように学校に行ってくれないのが悲しい、つらいという気持ちを強く持ちます。

 

 

 

 

 

いくら説得しても行ってくれません。朝起きたら、今日は行ってくれるかと期待しますが、やはり行ってくれません。

 

 

 

 

 

登校しない子どもを恨みの眼つきで見ます。父親は、子育ては母親の責任だと責めます。祖父や祖母までなじります。

 

 

 

 

立つ瀬がない母親はいよいよ恨みの眼つきで子どもを見ては泣きます。だいたい半年ぐらいは毎日が泣きの涙です。

 

 

 

 

 

でも、子どものために泣いているのかというと、ほとんどの場合、自分のために泣いているのです。

 

 

 

 

 

不登校は依然として続き、状況は悪くなるばかりです。半年間、泣いて暮らすと涙が枯れます。涙がかれたころ、母親はやっと気づくのです。

 

 

 

 

 

いちばん辛いのは子どもだ、登校したくても行けないで悩み苦しんでいる子どもがいちばんつらいのだ、もう学校に行こうが行くまいが、どうでもよい、わが子が今日一日、明るく楽しく生きてくれたらそれでいい、そう思うようになります。

 

 

 

 

 

母親の原点に戻るのです。母親の原点は、わが子の誕生の瞬間にさかのぼります。神様、仏様、この子を恵んでくださってありがとうございます。

 

 

 

 

 

わたしはこの子の喜びを自分の喜びとし、この子の痛みを自分の痛みとしてこの子を慈しみます。このように思ったはずです。

 

 

 

 

 

ところが、子どもが幼稚園、小学校と進むにつれて、いつしか、「しっかりお勉強、がんばりなさいよ」というのが口癖のようになります。

 

 

 

 

 

母親の頭の中には、子どもが一流の中学、高校を突破して一流大学を卒業し、一流企業に進むという理想像が出来上がります。

 

 

 

 

 

その理想を実現するのが母親の夢となり、喜びとなります。「しっかりお勉強、がんばりなさいよ」は「お母さんの喜びをあなたの喜びにしなさいよ」を意味します。

 

 

 

 

 

この言葉に、子どもはたじたじとなります。そうか、自分の喜びや本音を抑えてお母さんの喜びをわが喜びにしなければならないな・・・・・・。

 

 

 

 

 

子どもはプレッシャーを感じ、やがて押しつぶされてしまいます。そうして子どもはよい子を演じるようになります。

 

 

 

 

 

しかし、半年たち、涙が枯れて母親が原点に戻ると、不登校をするわが子の本質的な問題に気づきます。

 

 

 

 

 

大事なのは学校に行けるか行けないかの問題ではない・・・。この子らしく人生を生きられる子に育たなかったことなのだと。

 

 

 

 

 

その事実を踏まえて、これからどうしたらよいかと母親は考え始めます。しかし、問題を解決するためには母親の力だけではたりません。

 

 

 

 

 

父親の協力も必要なのです。当初はうるさがって逃げ腰だった父親を説得して問題を直視させるには、平均してさらに3年かかります。

 

 

 

 

 

両親がそろってわが子の不登校の本当の理由に立ち向かえるようになるのに、ざっと3年半もかかるのが現実なのです。

 

 

 

 

 

この間、ずっと子どもは苦しみ続けるのです。少しでも早く子どもの苦しみを取り除いてやるには、まず母親の意識改革が必要です。

 

 

 

 

 

しかし、母親の意識改革と口で言うのは簡単ですが、今まで保ち続けた人生観、価値観を根底からくつがえすのは、現実にはなまやさしいことではありません。

 

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関東自立就労支援センター
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活動内容
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・教育相談の実施
・各種資格取得支援