他人の介入を受け入れられないひきこもり
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他人の介入を受け入れられないひきこもり

ひきこもりの状態にある人は、強い葛藤を日々感じていることが多いのですが、こうした葛藤は、さまざまな精神症状につながりやすいことは周知の事実です。

 

 

 

 

まず、こうした症状から悪循環が生じます。対人恐怖や強迫症状、被害念慮などは、いっそう社会参加への壁を厚くします。

 

 

 

 

しかも、こうした症状のほとんどは、社会参加ないし治療によってでなければ改善しません。

 

 

 

 

次第に悪化する症状を抱えながら、いっそう深くひきこもらざるをえないところに、ひきこもりの問題の最初の不幸があります。

 

 

 

 

また、自分がひきこもり状態にあるという事実は、それだけで心の傷になります。身体的にも、昼夜逆転などで不眠がちとなり、このことがいっそう、逆転に拍車をかけます。

 

 

 

 

この点でひきこもり状態は嗜癖と似ています。嗜癖においてもまた、さまざまな悪循環が一つのシステマティックな作動として、病理を悪化させてしまうからです。

 

 

 

 

たとえば、アルコール依存症の患者は、飲酒についての罪悪感がきわめて強いです。そして、罪悪感が強いにもかかわらず、より正確には強いがゆえに、飲酒行動の泥沼化が起こってしまいます。

 

 

 

 

「星の王子様」に出てくる、酒飲みの星の話を思い出してみましょう。なぜ酒を飲むのかと王子に問われて、酒飲みは「恥ずかしいから飲むのだ」と答えます。

 

 

 

 

何がそんなに恥ずかしいのかという質問への答えはこうでした。「酒を飲むのが恥ずかしいんだよ」このように病的な行動が新たな葛藤につながり、それがさらに当の行動をいっそう強化してしまうという過程こそが、嗜癖行動の特徴です。

 

 

 

 

そしてまた、ひきこもり状態にも、そのような悪循環の構図が見て取れます。つまり、ひきこもりという「負の行動」がいっそう自己嫌悪を深め、それがさらにひきこもり状態につながっていくような循環です。

 

 

 

 

こうした悪循環を止めるのが、通常であれば家族や他人との関わりなのです。

 

 

 

 

現代ではアルコール依存症などの嗜癖患者が、自分の力だけで立ち直ろうとする努力は、ほとんど無意味とされています。

 

 

 

 

それは「自分は靴紐を引っ張って自分の体を持ち上げようとする」努力にたとえられます。

 

 

 

 

嗜癖患者の治療には、家族の指導と自助グループへの参加という組み合わせが、もっとも一般的なコースになりつつあります。

 

 

 

 

つまり、家族や他人との関わりです。悪循環の源が自分自身にあるのなら、他人の介入を受け入れつつ「治療」を進めることが、どうしても必要です。

 

 

 

 

この「常識」は、ひきこもりの事例の治療にもあてはめることができます。PP_yamanotesenshibuya_TP_V

 

 

 

 

彼らがひきこもり状態を抜け出せないのは、まず第一に、こうした「他人からの介入」を何よりも嫌うためでもあります。

 

 

 

 

逆に言えば、他人との関わりを受け入れる決意を十分にかためた場合は、ほぼ例外なく社会復帰が可能になります。

 

 

 

 

この臨床的事実からも、この問題が個人病理の視点からだけでは到底対応しきれないことがわかります。

 

 

 

 

つまり、発端となった個人病理にはさまざまなものがあっても、それが心因性の問題である限り、ひとたび長期のひきこもり状態を経ることによって、きわめて似通った状態や経過をめぐるにいたるということです。

 

 

 

 

このような状況下で、いつまでも最初の症状や診断名にこだわり続けるのは上策とはいえません。

 

 

 

 

むしろ、システムとしてのひきこもりという現象に注目し、そこに焦点を当てた指導なり治療なりが必要とされます。

 

 

 

 

子どものパラサイトと親の責任

 

 

 

 

親の役割で大切なことは、子どもを一人の社会人として育て上げることです。

 

 

 

 

具体的にはどんな仕事に導いてやるかです。最近は、その自覚が足りない親(特に父親)が増えているような気がします。

 

 

 

 

これは30歳になる一人の男性の話です。首都圏の中流サラリーマン家庭で育った彼は、いまだ親がかりの生活を続けています。

 

 

 

 

父親は、大企業勤務のビジネス戦士型の人で、まもなく定年を迎えますが、長男である息子のことにほとんど口を挟んだことがありません。

 

 

 

 

彼は、大学受験に失敗し就職しましたが、高卒の不利を悟って専門学校へ入学しました。

 

 

 

 

しかし長続きせずに、以後はフリーターを自称し、ずっと親に頼る生活を続けています。

 

 

 

 

時々アルバイトをして小遣いを稼いでいますが、車は親に買ってもらっています。また、ガールフレンドもいます。

 

 

 

 

こんな息子に親が何の文句も言わないのは、今のところ非行が一切ないからです。

 

 

 

 

最近は男女共、このような精神的にも経済的にも自立できないパラサイト人間が増えてきています。

 

 

 

 

不登校も引きこもりも、パラサイトの延長として始まっているといっても過言ではありません。

 

 

 

 

なぜ、こうした子どもが出てくるのでしょうか。教育技術の研究に取り組んでいるわたしの友人の調査によりますと、「親の権威の失墜が大きい」ということだそうです。

 

 

 

 

中学といえば、一人の人間としての自我が形成される時期ですが、そのときに家庭内に「自分にとって怖い対象がいない」というのですから、抑制がきかなくなって当然かもしれません。

 

 

 

 

これは明らかに親の責任です。経済的な問題があって、学校へ行きたくても行けない子どもが世界には大勢います。

 

 

 

 

食べるものにも事欠く子どもたちも大勢います。

 

 

 

 

子どもを甘やかせるのは、親の愛情のようで、実は子どもをダメにしているといってもよいでしょう。

 

 

 

 

週刊誌を読んでいたら、作家の小檜山博さんのエッセイが載っていました。

 

 

 

 

小檜山さんは中学生のとき、ある事情があって親許を離れ親戚の家の世話になっていました。

 

 

 

 

内気だった小檜山さんは、ご飯のときにおかわりが言い出せなくて、いつもお腹をすかせていたようです。

 

 

 

 

ある夜、あまりの空腹に耐えかねて、30キロ以上離れた実家へ歩いて帰ったそうです。

 

 

 

 

夜中に実家に着いて玄関を入ると、お母さんが出てきました。

 

 

 

 

「お腹がすいて・・・・」小檜山少年がそう言うと母親は「裏口へ回れ」と言いました。

 

 

 

 

裏口へ行くと、母親は小檜山少年をボコボコ殴ったそうです。

 

 

 

 

「お腹がすいたくらいで帰ってくるな。おまえがいなくなったことを知ったら、あの家の人たちに心配をかけるだろう。

 

 

 

 

そんなこともわからないのか!」

 

 

 

 

その後で、どんぶり飯に味噌汁をかけたものを食べさせてくれたそうです。

 

 

 

 

ただし、家の中には入れてくれず立ったまま・・・・なんとたくましいお母さんなのでしょうか。

 

 

 

 

本当はこのお母さんだって息子と暮らしたかっただろうと思います。

 

 

 

 

今の親だって、これくらいの見識は持つべきだと思います。

 

 

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