人間関係からひきこもる若者たち
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人間関係からひきこもる若者たち

不登校・高校中退からの「カウンセリング・ショッピング」に疲れ果て、「20歳になれば、なんとか目処も立つのでは」と待ったが、まったくらちが明かず、有料面談でも受けてみようと訪ねてきた悩みを抱える親子がたくさんいます。

 

 

 

 

 

わたしの20年に及ぶ相談活動のほとんどは、いまだ「髭の生えた不登校児」として、新たに就職に怯える20歳を迎えた若者たちとの出会いであり、彼らのつぶやきに驚き続けてきた日々でした。

 

 

 

 

 

若者たちの訴えは、幼児期・児童期への悔しさ、切なさであり、それはそのまま戦後日本社会が形成してきた人間関係づくりや文化を問うものでした。

 

 

 

 

 

さらに若者たちの声を聞くことは、そのまま「大学卒業・就職拒否(ニート)」「若者の無就労」「個室化人間」のなぞを解き明かすことでもありました。

 

 

 

 

 

不登校・高校中退の「その後」の若者たちの将来が明るい展望に満ちているなら、この問題を取り上げる必要はありません。

 

 

 

 

 

ですが、厳しい現実と日々向き合っている家族や若者たちと接していると、あらためてその実態を伝えておかないではいられません。

 

 

 

 

 

現在、彼らの多くは、不登校、高校中退、いじめ、就職拒否をきっかけにして、他人との関わりを拒絶し、人間関係から「ひきこもり」続けています。

 

 

 

 

 

ある子は、自室に閉じこもり、もう家族とさえ何年も対話せず、自閉的な生活を余儀なくされ、30歳代にさしかかっています。

 

 

 

 

 

また、外出もするし会話も普通にできますが、ワンウェイコミュニケーションで日常を過ごしている子どももいます。

 

 

 

 

 

双方向のやり取りを重ねるコミュニケーションに自信がないためにすくんでいます。

 

 

 

 

 

その実数は、ひきこもっているだけに明らかではありませんが、これまでのテレビ、ネット、新聞等での反響の大きさからみても、相当数になると思われます。

 

 

 

 

 

長期化は、次なる仲間集団(学校・職場)の場に旅立ちきれず、社会さらには家族から、孤立の選択をしていきます。

 

 

 

 

 

とくに20歳を迎えると、同世代からの「置き去り感」、社会や親からの「見捨てられ感」が増幅し、わずらわしい人間関係を避け、将来への不安と緊張の日々を送る状態が起きてきます。

 

 

 

 

 

今もっとも深刻さを抱えているのは「団塊の世代」のジュニアたちです。「ひきこもり」に身を置く若者たちは、昭和40年以降に誕生していることが特徴的です。

 

 

 

 

 

それはそのまま不登校とひきこもりの増加とも重なります。

 

 

 

 

 

彼らが背負っている本質的な悩みは、仲間集団における人間関係の取り結び方です。

 

 

 

 

 

その共通するものは、人間関係を学校や会社等で強制されると「つらい、わからない、信じられない」と訴えることであり、それゆえに、心に鍵をかけてしまうことです。

 

 

 

 

 

そして、心の奥底からわたしに呻吟するひと言が「人と触れ合いたいのに、触れ合えない」という叫びなのです。

 

 

 

 

 

わたしはこうした葛藤する心のありようを「ひきこもり」と呼んでいます。

 

 

 

 

 

「仲間集団の中で、どうやってふるまったらいいのかわからない」のです。

 

 

 

 

 

人間関係がわからない

 

 

 

 

 

「僕は、14歳で止まったままの状態です。生きている証がないまま、20歳を迎え、まるで死に行く人を見向きもせずに通り過ぎていくようです」

 

 

 

 

 

中2で不登校になったA君は、実直な父親と何事にも遠慮がちな母親のもとで育ちました。

 

 

 

 

 

無風状態の家庭は周りから「穏やかで、さすがご両親が先生だから」と言われてきました。

 

 

 

 

 

「よくできる先生の子」も、中学に入学すると「普通の子」になりました。

 

 

 

 

 

成績は思うように伸びず、そうした悩みを隠そうとする行動が、クラスの仲間に不自然さを印象づけていきました。

 

 

 

 

 

いつも声をかけてくれた級友も、しだいに「他人行儀」になり、自分を仲間として認めてくれるグループは、どこにもありませんでした。

 

 

 

 

 

中2になるとA君は、「教室の片隅でいつも『お客様』になっていた」と言います。

 

 

 

 

 

内心、人間関係を取り結ぼうとしても、父親の「自分の気持ちに素直になれ。それが個性的な人間になることだ」というこの教えが頭から離れませんでした。

 

 

 

 

 

正直に自分の気持ちを言っていたら、友達は一人もいなくなっていました。

 

 

 

 

 

友達と意見が違っても、けっして譲りませんでした。それが個性であり、自分らしさだと信じていました。

 

 

 

 

 

夏休みになりましたが、帰宅部のA君に声をかけてくれる友達はいませんでした。

 

 

 

 

 

二学期を迎え、学校へ行くと体がしびれ、帰宅すると治まるので学校を休みました。

 

 

 

 

 

両親は、初めこそ心配し、慌てましたが、「おまえが主体的に選び、納得したことだ」と言って、不登校を認めてくれました。

 

 

 

 

 

そして、そのまま形式卒業しました。「一日は長く、一年は短かった」と感じました。

 

 

 

 

 

18歳のとき、中学時代の友達と駅の駐輪場で偶然に会い、「おまえ、いま何してる?」と言われ、A君は狼狽しました。

 

 

 

 

 

中学卒業後、3年間の自分を証明するものがなかったのです。

 

 

 

 

 

そして20歳の成人式に集うと、中学時代の級友は大学などで学生生活を謳歌していました。

 

 

 

 

 

その夜、受容的だった父親がいきなり豹変しました。

 

 

 

 

 

「いつまでブラブラしているんだ!」と言うと、ゲームのスイッチを切ってしまいました。

 

 

 

 

 

その後、いろいろあり、相談に来られた両親はやつれていました。

 

 

 

 

 

A君は父親ともう数ヶ月、まったく口をきいていないといいます。

 

 

 

 

 

人間関係におびえ、年を重ねるごとに人と会ったり、外出することにひどく疲れだし、いつの間にかいつも在宅し、ひきこもり続けるA君のような若者がたくさん存在しています。

 

 

 

 

 

「平和な家庭」に育ったA君は、「もめ合い、譲り合い、助け合い、いろいろゴチャゴチャと生活した」体験が記憶になかったようです。

 

 

 

 

 

建て前優先で、本音のぶつかりあいがない家庭だと気づいたのは中1のころでした。

 

 

 

 

 

そしてA君自身、中学生活の複雑な人間関係のなかで、「対立」する場面を非常に恐れました。

 

 

 

 

 

それは「ケンカして仲直り」していく友達関係に自信がなく、人間関係のゆがみを修復していく希望も描けず、つらかったからなのです。

 

 

 

 

 

いつの間にか成績が伸びず、クラスでの存在感も希薄になると、人間関係の「もろさ」を意識し、口論や争いごとの起こりそうな「仲間の輪」から逃避していきました。

 

 

 

 

 

一方、父親が口癖にしていた「個性尊重、主体的選択」は、皮肉にも自分の正しさをどこまでも主張するA君を「理屈っぽいやつ」と、友達に呼ばせる結果になってしまいました。

 

 

 

 

 

A君は、「個性」にこだわればこだわるほど「孤性」になっていきました。

 

 

 

 

 

不登校になったことで、意に反して高校進学を拒絶したA君は、年毎に同世代と群れていた帰属の場を見失っていきました。

 

 

 

 

 

「個性的な生き方」を声高に叫んでも、思ったほど楽ではなかったようです。

 

 

 

 

 

友達の高校卒業、大学進学、そして「学校」から「職場」に、周りも含めて意識が変わる20歳を迎え、A君は同世代からの「ズレ」と「無駄(無駄に過ごしてきたと思える時間、具体的な存在証明がないこと)」の置き去り感に、あえいでいたのです。

 

 

 

 

 

A君はその後、フリースペースを足場にし、通信制高校に進みました。

 

 

 

 

 

月2回のスクーリングを通して、「いつでもスタッフから声をかけてもらえる、受け身の環境が保証されたフリースペース」から、自らも積極的にコミュニケーションをとっていかなければならない「日常生活」に戻っていきました。

 

 

 

 

 

「僕みたいな人間もいたんですね」と、通信制高校の身分証明書が入った手帳をお守りのように手にしていたA君の姿が、今もわたしの脳裏に浮かんできます。

 

 

 

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