不登校事例~「本人の自主性に任せ、ひたすら待つ」で良い時、悪い時~
ホーム > 不登校事例~「本人の自主性に任せ、ひたすら待つ」で良い時、悪い時~

不登校事例~「本人の自主性に任せ、ひたすら待つ」で良い時、悪い時~

 

小学校2年生のA子さんは、5月の連休明けから腹痛や体のだるさを訴えて学校を休み始めました。 

 

 

 

 

最初は連休疲れによる風邪くらいに考えていたのですが、一日登校してはまた体の不調を訴えて二、三日休むというパターンを繰り返し、6月からは朝起きられず連続して登校できなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

心配したお母さんがある相談機関に相談に行ったところ、「本人の自主性にまかせ、ひたすら待つように」と言われました。

 

 

 

 

 

父親もその意見に賛成であったため、お母さんとしては「これでいいのかなあ」と思いながらもA子さんを残して出勤していました。

 

 

 

 

 

A子さんは昼間ひとりになりますが、母親が学校のことを言わなくなって以来、体の不調を訴えることもなくマンガを読んだり、DVDを見たりして元気に過ごしています。

 

 

 

 

 

しかし、学校に行く気配はまったくなく、2年生が終わってしまいました。

 

 

 

 

 

「ほんとうにこのままでいいのだろうか」と心配した母親が学校に相談したところ、関東自立就労支援センターを紹介されて来所しました。

 

 

 

 

 

「本人の自主性にまかせ、ひたすら待つ」という姿勢は、カウンセリングの基本だとわたしも思います。

 

 

 

 

 

しかし、それは思春期以降の子ども、それも主に高校生に対するものです。小学校低学年の子どもに対して、高校生と同じ方針でのぞむのは無謀だと思います。

 

 

 

 

 

というのは、ものごとを判断する能力は高校生と小学校低学年とでは比較にならないほど違いがあるからです。

 

 

 

 

 

高校生の場合、「本人の自主性にまかせて」というのが妥当な指導の場合があると思います。しかし、小学校低学年の子どもに、「自分のことは自分で判断しなさい」というのは無理な要求です。

 

 

 

 

 

日本の多くの相談機関では、「本人の自主性にまかせ、ひたすら待つように」、「本人を全面的に受け入れて、望むことはなんでもかなえるように」、「学校のことは、本人の前ではいっさい言わないように」という指導を子どもの年齢や状況などに関係なく、誰にでもする傾向が強いように思います。

 

 

 

 

 

しかし、それはあまりにも画一的で、硬い考えではないでしょうか。

 

 

 

 

 

同じ不登校といっても、子どもの年齢や抱えている問題の質、状況の変化等に見合って関わり方を柔軟に変えるべきです。

 

 

 

 

 

そして、個人に見合った多彩な支援が必要だとわたしは考えています。

 

 

 

 

 

思春期からの再出発

 

 

 

 

 

先日、相談の電話があって父親から状況を聞きますと、早朝の5時ころに寝ていた父親が息子にバットで殴られ、家を飛び出してきたという内容でした。

 

 

 

 

 

しばらく経ってから家をのぞくと、玄関に息子が立っていて中に入れない、その後も立ち続けていて様子が尋常ではないのでどうしようもないとのことでした。

 

 

 

 

 

父親の話では、この青年は中学2年生から不登校の傾向が現れ、高校を1年で中退しています。その後、アメリカに留学していましたが、1年も経たたないうちにホームステイ先から引き取ってほしいという連絡があり、母親がアメリカまで行って連れ戻してきたようです。

 

 

 

 

 

そして、その後ずっと家でぶらぶらしていたとのことです。父親は「精神病院に息子を入院させたい」と言います。

 

 

 

 

 

「お父さんは息子さんのどこが異常だと思いますか」というわたしの質問に対して、父親が述べていることからは精神病を疑う事実はどこにも見当たりませんでした。

 

 

 

 

 

そして、父親はその他の質問に対しても、「知りません。わかりません。母親に任せていたので・・・・・」と答えるばかりで、息子のことについてはほとんど知らないことがわかりました。

 

 

 

 

 

父親は、本人が中学2年生で不登校の傾向が現れて以来、ほとんどかかわることはなく母親に任せきりで、仕事に逃げていたようです。

 

 

 

 

 

母親は「息子は病気ではない」の一点張りで、この間どこにも相談に行ったことがないといいます。

 

 

 

 

 

今回の事態についても、母親は精神病院へ入れることに反対しており、夫婦の会話はずっとない状態が続いているといいます。

 

 

 

 

 

入院が必要な場合は、きわめて限られた場合です。この息子さんの場合には、今すぐ入院したほうがよいとは考えられませんでした。

 

 

 

 

 

このケースはひとつの典型例です。それも親の対応が悪かったほうの典型例です。

 

 

 

 

 

思春期での息子の不登校というエピソードを契機に、これまでの子育てを見直して父親が母親とともに子どもと正面から向かい合うべきところを、父親は仕事に逃げてしまい、家庭には寄りつきませんでした。

 

 

 

 

 

一方、母親は子どもの不登校の原因を学校や友達関係など外部にばかり求め、子ども自身や夫婦の問題を正面からとらえようとはしませんでした。

 

 

 

 

 

子どもが思春期を越えて巣立っていったとき、母親が「空き巣症候群」といわれる精神的不調に陥る場合があります。

 

 

 

 

 

「空き巣症候群」というのは、鳥の雛が巣立つように子どもが家庭から巣立っていったとき、母親が今までの生きがいを失うことによって生じる精神的不調のことです。

 

 

 

 

 

これは、子育てだけを生きがいにしてきた母親によく起こります。

 

 

 

 

 

この母親の場合、子どもが巣立っていって自分の手の届かないところに行ってしまうよりも、乳幼児期の子育て時期の生活が再現されたような母子二人だけの生活が、ある意味では生きがいのある生活になっていたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

被害をこうむったのは、もちろん子どもです。

 

 

 

 

 

本来、不登校というエピソードを通してこれまでの心の育ちの不十分さを修復すべきところを、両親の不適切な対応によって無為に時を過ごしてしまいました。

 

 

 

 

 

その怒りを子どもが父親にぶつけたのだと思います。

 

 

 

 

 

このケースのように、思春期での子どもの心の訴えに親が真剣にこたえなかった場合には、子どもの人生には取り返しのつかない重荷をさらに背負わせることになります。

 

 

 

 

 

乳幼児期から少年・少女期までの子育ては、親が環境を設定して子どもを育てます。これに対して、思春期は今までの育ちで不十分なところを親の枠を超えて子ども自身が自分で修復していく時期です。

 

 

 

 

 

学校に行けないとか反社会的な行動を起こすなどのエピソードを通して、自分の力で乗り越えていくのです。

 

 

 

 

 

思春期に何か問題が起こったからといって、「この子の人生はもう取り返しがつかない」などと考える必要はありません。

 

 

 

 

 

大人になってからトラブルを起こすよりは、中学生や高校生の間に問題が顕在化したほうがよっぽどいいと思います。

 

 

 

 

 

子どもが症状を出すという形でもう一度子育ての不十分なところを修復しようとするとき、親の役割は決定的に重要です。

 

 

 

 

 

思春期になり、問題が顕在化したとき、親が病院かどこかに全面的に依頼して治してもらおうと期待するとおおいに期待はずれになります。

 

 

 

 

 

学校や支援機関(病院や相談機関など)にはそれぞれ役割はありますが、やはり親が子育ての中心です。

 

 

 

 

 

支援機関や学校は助言者であり、補助的な役割しか果たせません。

 

 

 

 

 

親が描いてきた理想の子ども像や将来のプランを一度ご破算にして、親が腰を据えて子どもと向かい合うことが大切です。

 

 

 

 

 

そのような親の姿勢がないかぎり、子どもは立ち直れません。

 

 

 

 

 

思春期は、子どもと親がひとりひとりの人間として再び向き合わなければならない「子育ての新たな局面」です。

 

 

 

 

 

そして、思春期は大人になるための最後の調整時期なのです。

 

 

メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-439-4355
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援