不登校・登校拒否について
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不登校・登校拒否について

 

不登校・登校拒否という言葉を聞いたことがないという人は、いないくらい世の中に浸透したこの不登校・登校拒否という言葉ですが、実際にそれがどのような状態のものなのかを正確にはつかんでいないとか、その状態にある子どもには会った事がないという人が大多数だと思います。

 

 

 

 

とにかく精神科医がかかわっていることだから、ただ事ではない状態に違いないし、そういう状態になる子どもだから特別な子どもに相違ない、という偏見をもたれているようです。

 

 

 

 

しかし、不登校・登校拒否の子どもに会った人が思わず「普通の子どもと変わりありませんね」と言うように、彼らはまさしく「普通の子ども」なのです。

 

 

 

 

不登校・登校拒否の子どもこそ、子どものなかでも特に普通の子どもなのですが、そのきわめて普通の子どもの普通の行動が普通に見られないところに、普通でない時代の普通でない社会の状況があるのだ、と言えます。

 

 

 

ところが一方では、登校拒否という言い方は、その文字のとおり解釈すれば、「登校を拒否する」のだから、子どもが学校に行くのを拒めば何でもかんでも登校拒否ではないか、と簡単に考えてしまう向きもあります。

 

 

 

 

「あの授業はおもしろくないから登校拒否してしまった」と学校を休んだ場合、言葉としてはそれで間違ってはいないのですが、それはここでいう状態像の表現としての登校拒否とは意味が違います。

 

 

 

不登校・登校拒否はたしかに学校に通わなくなる状態ではありますが、ただそれだけではありません。自宅から出なくなり学校の先生や友達が来てもあまり会いたがらないという状態から、部屋にひきこもって家族とさえも絶対に顔を合わせないほどの状態までいろいろですが、まず、ほとんどの場合が家にひきこもってしまいます。

 

 

 

それに、イライラと不機嫌になってちょっとしたことでも腹を立てたり興奮して物を投げたり家族に暴力をふるったりもするので、このような場合は家庭内暴力と呼ばれたりします。時には、手首を切る、ビルから飛び降りるなどして自殺を図ることさえあります。

 

 

 

 

不登校・登校拒否のはじまりは突然のこともありますが、たいていは腹痛や頭痛といったからだの不調を理由に、朝、なかなか起きられなくなること多いです。

 

 

 

 

毎日高い熱が続いたり、足腰が立たなくなって歩くこともできない状態になることもあります。便意や尿意が頻繁になる場合もあります。といって精密検査を受けても身体的にはどこにも異常はみつかりません。つまり、心理的にそうなるからです。

 

 

 

 

手など汚れていないのに何度も繰り返し洗い続けたり、お風呂に何時間も入っていたりします。何をやるにも手順を決めて、そのとおりにできないと何回でもやり直すという場合もあります。こうしたしぐさや行動は強迫性障害というのですが、不登校・登校拒否状態にある子どもたちによく見られる症状です。

 

 

 

こう書いてきますと、不登校・登校拒否はやはり普通ではないのではないか、といわれそうです。不登校・登校拒否状態が長引くと、昼の生活と夜の生活が逆転してくることも多いです。昼間は床に就いていて夕方になると起き出してきます。そして夜通し起きています。

 

 

 

たとえ昼間起きていることがあっても。テレビや漫画、雑誌、DVD、パソコン、スマホなどで遊んだりして時間を過ごしているので、いかにもブラブラ、ゴロゴロ怠けて生活しているように見えます。そうしますと、不登校・登校拒否は怠け病だなどともいわれてしまいます。

 

 

 

 

不登校・登校拒否は、以前、学校恐怖症といわれていました。およそ50年前、子どもが学校をサボる、いわゆる怠学について研究していた米国の学者が、怠けて学校に行かないのとは違う不登校があることに気がつきました。それから10年ほどしてシカゴのジョンソンという精神科医がその状態を、心理的原因で生じてくるもので、とくに母親との関係が重要だと考え、学校恐怖症という名で呼んだのです。

 

 

 

 

そこでこの学校恐怖症は、同じく学校に通わない状態でも、さぼって学校に行かない怠学とは区別して考えなければならないもの、として位置づけられました。

 

 

 

 

また、従来から知られているさまざまな精神病などからでも、学校に行くことができなくなることはあります。たとえば、うつ病になると気が沈み込み憂鬱になり、考えがまとまらず何事をするのもおっくうになって学校に行けなくなるし、統合失調症の場合でも誰かに狙われているような妄想や幻覚をもつと、それが恐ろしくて外に出られず、学校にも行けなくなることがあります。けれどもその場合は、精神病がもともとあって、その症状の結果として学校にも行けないのであるから、その場合は、不登校・登校拒否のなかに入れて考えてはいけないのです。

 

 

 

 

もちろん、体の病気の時も欠席するでしょうし、何か不都合なことをしたという理由で学校側から一時登校を停止されることもありますが、そういった場合も、不登校・登校拒否とは言いません。

 

 

 

 

そこで、不登校・登校拒否というのは、非行などの際に見られる怠学や、はじめに心や体に病気があってその結果として登校できない場合、そして学校から登校停止を言いわたされたり、家庭の経済的事情で学校にいかれない場合などを除いた、しかも心理的原因で起きてるものを指すのです。

 

 

 

 

不登校・登校拒否が怠学によるものでも精神的な病気によるものでもないとすれば、無気力で怠けた生活をしているようだったり神経症的な症状が現れてきたりするのは、なぜなのかと疑問に思うかもしれません。しかし、それらは学校に行けなくなった結果起きてくると考えられるのです。

 

 

 

つまり、不登校・登校拒否は、学校に行けないという状態と、それが原因となって二次的に引き起こされてくる症状や状態との重ね合わさったものなのです。

 

 

 

 

不登校・登校拒否は、まず学校にいかれないという状態が始まる「一時反応」と、そのために起こってくる症状や状態の「二次反応」との分けて考える必要があります。この二次反応には、従来から知られているさまざまな神経症も含まれているのですが、それも結果として二次的に起きてくるものです。

 

 

 

 

何しろ今、子どもはみな学校に行っていて、行くのが当たり前、としか考えられていない時代だけに、学校に行かれなくなると、仲間はずれになる、学習も遅れて取り返しがつかなくなる、進級や卒業ができなくなる、義務教育だから義務を果たせなくて悪いのでは、などと思って、子どもは引け目や負い目を持つのです。

 

 

 

 

子ども自身はなんとか学校に行こうと努力するのですが、それでも行けないからこそ悩んでいるのに、両親や学校の先生は、そこへさらに「なぜ、学校に行かないのか」とか「来なくてはいけない」と、強く催促しておいうちをかけます。これでは、怠けようと思って行かないのではないのだから、行かなくてはいけないという義務感と、行こうとしても行かれない状態との板ばさみから、悩みは増大するばかりです。追い詰められれば当然反応が起きてくる。それが二次反応です。

 

 

 

 

皆が通っている学校に行かれないのが恥ずかしい、悪いことをしているような気持ちにもなる。そこで人に会わないように家に閉じこもってしまうし、強い引け目や負い目をもっているので家族にも合わせる顔がない気持ちにもなります。

 

 

 

 

 

自宅に家族と一緒に住んでいながら8年近くもまったく両親と顔を合わせなかった子どもや、自分の部屋に閉じこもること2年間、自分の排泄物とともに暮らしていた中学生もいます。

 

 

 

 

学校に行くことができない自分が意気地なしで情けなくなり、自暴自棄になって暴れだしたりします。品物や、家族の中でも年下の兄弟や祖母のような弱い者に当たったりします。

 

 

 

 

 

本当は自分ではどうしようもない状態を解決する手助けを両親にしてもらいたいのですが、両親は、「学校は行くべきだ」「行かなくてはいけない」「行くのが当然だ」と、建前ばかり押し付けて少しも自分の悩みをわかってくれないので、頼りにしたい気持ちの反動として、その両親にも暴力を振るうようにもなるのです。

 

 

 

 

いくらあがいてももがいても、皆と同じようには学校へ行かれそうもなく、だんだん仲間たちから置いていかれる自分を引け目や負い目から責めているうちに、自分がダメ人間だと思えてくると自分自身がいやになり、強い自己嫌悪に陥ってしまいます。

 

 

 

 

しだいに気持ちが落ち込んで、やがて「こんなダメ人間なんて生きていないほうがいいんだ」と思えてくると、自殺を図ったりします。

 

 

 

 

不登校・登校拒否状態の子どもの多くが「死んでしまいたい」と言います。母親に「なぜ、俺なんか生んだんだ」と、くってかかる子どももいます。自分の存在する価値を否定してしまうからです。

 

 

 

 

不登校・登校拒否に陥った子どもが神経症状態になるのも悩むからです。皆と同じではない自分が不完全な人間に見えてきてなんとか完全な人間になりたいという気持ちがあると、強迫症状が現れてきます。

 

 

 

 

不登校・登校拒否状態のなりはじめに訴える頭痛や腹痛、体の気だるさや吐き気、体の痛み。38~39度にも及ぶ発熱などの症状は、身体的な疾患と間違われて精密検査をされます。どこにも異常はないのですが、症状は続きます。

 

 

 

 

ある中学3年の不登校の子どもは、中学を無事卒業できたとわかったとたん、それまで続いていた39度の熱が一気に平熱に下がってしまいました。

 

 

 

 

頭痛や腹痛など体についての訴えは、行くに行かれない自分の状態を周囲のものに納得してもらうための単なる訴えであることもあるが、いきずまって自分で自分を責めるので、無意識のうちに自分は病気なんだから行かれなくてもしかたがないんだ、と自分自身にいいきかせようとする心の働きから、本当に頭痛や腹痛などの体の不調が起きたり足腰が立たなくなったり熱が出てきてしまうのです。外に出ようとすると、蕁麻疹が出る子どももいます。

 

 

 

 

このようにして不登校・登校拒否は、二段階の過程を経てさまざまな症状や状態を形づくるのですが、それは学校に行こうにも行けないという第一段階の状態が現れること(一時反応)からです。では、なぜそうしたことが起こるのでしょうか。そこに不登校・登校拒否という状態の核心があると考えてよいかもしれません。

 

 

 

 

不登校・登校拒否の中核ともいえる学校に行かれなくなるという状態は、なぜ生じてくるのでしょうか。当の子どもは、何とか行かなくては、と思っているのに、いざ行こうとすると、不安が生じてくるのです。

 

 

 

 

自分の意思に反して、自分の意図する行動に無意識のうちにブレーキがかかってしまうというわけです。子どもが登校できなくなるこの状態については、従来から親子関係説が優位でした。つまり、皆が行っている学校に行けない(あるいは行かない)のは、その子どもがわがままだったり意気地なしだからであり、そのような子どもに育ったのは両親が過保護で甘やかしたからだ、という考え方です。

 

 

 

 

学校に行かれないのは親にも子にも問題があるというこのような決めつけには、「不登校・登校拒否はいけないこと」という見方が根底にあるからであり、そこには、「学校はどんなことがあっても行かねばならないところ」という学校を中心にした子育てについての考え方が潜んでいるからです。

 

 

 

 

「今は何事につけ学歴が第一という時代ですから学校が重要なんだ」というのはわかりますが、「学校に行くのは義務なんだ」という考え方もまだ根強いからでしょう。敗戦前の義務教育は、子どもが学校に通うのが義務でした。

 

 

 

 

けれども現行の義務教育の建前は、子どもに通う義務があるのではなく、子どもが参加できる学校を用意し、それに就学させる義務があるというもので、子どもの成長・発達する権利を保障するために、親や社会に課せられた義務だと考えるべきでしょう。

 

 

 

 

とすると、必ずしも子どもが喜んでは参加できないような学校状況の下で、登校できないことを一方的に問題にするのは本末転倒でしょう。

 

 

 

 

それにもかかわらず、受験や将来の社会生活に欠くことができない知識だからといって、子どもの興味や関心を無視して一方的、強制的に詰め込もうとすれば、いくら子どもでも無条件に受け入れられはしません。

 

 

 

 

そのうえ、生活指導と称して、行き過ぎとしか言いようのないやり方で、子どもの心身を束縛してもいます。子どもにとってたとえそれに従うことが義務だとしても、我慢には限界があります。義務でないとしたら、いくら生きるうえで重要なことだといっても、一方的にただ強制すればすむというものでもありません。

 

 

 

 

たとえば、人は食事をしなければ生きられないと言っても、ひどくまずい料理や、汚れた食物でもよいというものではありません。少しでもおいしく楽しい食事をしようとしても当然です。

 

 

 

 

学校教育が、そして学校という場への参加が、子どもにとって本当に大切であると思うのなら、相手の気持ちを無視し束縛して無理やり押し付けるのではなく、子どもの気持ちや意思をもっと尊重して束縛や強制などしなくても、子どものほうから喜び楽しんで積極的に参加できるような学校を用意する努力をするべきではないのでしょうか。学校教育の現状には、そうした姿勢がきわめて乏しいです。その結果、学校が子どもにとってストレスになっているのです。

 

 

 

 

現在、学校を中心にして生じている子どもについてのさまざまな社会問題は、すべて学校教育のストレスからにほかなりません。学校教育の現状への不満や不信を直接学校場面に向けて表現すれば、校内暴力となり、大人社会に向ければいわゆる非行といわれる行動となるし、ストレスのはけ口を仲間同士に向ければいじめになります。ストレスに疲れ果ていきることに絶望すれば自殺もします。

 

 

 

 

学校教育の現状についていこうとすれば、何事も我慢し自分を殺してしまうほかなく、これでは主体性を失ってロボットになるしかない危機的状況にさらされることになります。そうした状況から自分を守ろうとすれば、学校に行くことを避けるしかなくなります。

 

 

 

 

不登校・登校拒否は、腐敗した食べ物を気づかずに食べてしまったときに起こる嘔吐や下痢のようなものです。体に有害なものが取り入れられれば、生体は自分で意識的にそれを排除しようとしなくても、本能的に無意識のうちに排除反応が起きてくるものです。嘔吐や下痢によって有害物を対外へ出してしまうのです。

 

 

 

 

嘔吐や下痢はふだんには起こらない異常な現象ではありますが、固体の生命を守るという点では健全な反応なのです。不登校・登校拒否という現象も、学校ストレスから本能的に自己を防衛しようとして起こってくる無意識的な回避反応であって、これもまた主体的で健全な反応だと言えるのです。

 

 

 

 

「不登校(登校拒否)ができた人がうらやましい」「わたしには不登校(登校拒否)も許されなかった」「どうして高校を退学できなかったのだろう、それが悔しい」などと言う人がいます。

 

 

 

 

不登校・登校拒否というのは、子どもがその置かれた環境の中で、意識的にか無意識的にかにかかわらず、何かから自分を守り、成長する道筋を探そうとするものです。

 

 

 

 

多くの場合、自分の意思による選択ではなく、むしろ学校に行きたいと願いながら、それとは逆に、結果として学校に行けないという状態に追い込まれます。

 

 

 

 

それは意識下の作用を経た条件反射のように思えます。不登校・登校拒否がそういうものならば、「わたしには不登校(登校拒否)も許されなかった」というのは、どういうことなのでしょうか。

 

 

 

 

学校へは行けない、行きたくない、行かないほうがいい、行けば苦しくなる、体調不良になる・・・・・それがわかっていながら、「ともかく学校には行っていた」ことになります。

 

 

 

 

論理としては、「それは程度が軽い」か「意思の力が強く、その苦境を意思で乗り越えた」ということになります。

 

 

 

 

数年前まで、わたしはこのように理解していました。しかし、必ずしもそうではない事情がわかりました。家庭における専制支配の極地とでもいうべき背景の存在です。

 

 

 

 

「見捨てる」ということばを小さなころから親に言われ続けてきた人がいます。親が子どもに「見捨てる」という言葉を使うとき、わたしはそこに現実的に切迫した内容があるとは思っていませんでした。

 

 

 

 

なかば冗談であり、いわば親がうまい説得方法を見つけることができないので、とっさに一時的に言うだけのものと考えてきたのです。

 

 

 

 

子どもから「じゃあ、見捨ててよ」とか「見捨てられてもいいもん」という言葉を返されたら、逆に親が立ち往生してしまう構図さえ思い浮かべてしまいます。

 

 

 

 

しかし、このような例ばかりではなかったのです。子どもにたいして親から「見捨てる」という言葉が小さなころから繰り返し使われていると、冗談や一時的なことというレベルではなくなります。

 

 

 

 

「おまえなんか、うちの子じゃない」という怒りの感情をぶつけるような発言だけでなく、「お兄ちゃんはよくできるいい子なのに、おまえは・・・・」とか「何をやらせても本当にだめな子ね」という、ふともらすようなつぶやきも、子どもには「見捨てる」言葉と受け止められます。

 

 

 

自分の意思にそぐわないときに親からこの「見捨てる」ような言葉が使われると、それは、子どもにとって二者択一で迫ってくるものになります。

 

 

 

 

見捨てられるかもしれないという恐怖のなかでは、親の指示に従わざるをえないのです。親からの「見捨てる」ような言葉は、強制的、絶対的に子どもを親の指示に仕向ける手段になっているのです。

 

 

 

 

子どもに何かを勧めるときに、その理由を説明し、納得のもとに仕向けるというのであればいいのですが、それもなく「見捨てる」ような言葉が出されると、子どもには恐怖心が出てきます。

 

 

 

 

これが「見捨てられ恐怖」です。子どもは本心を押し殺し、親に見捨てられないためにはどうするか、という判断のもとで自分の行動を決めるようになっていきます。

 

 

 

 

この脈絡のなかで、「わたしには不登校(登校拒否)さえも許されなかった」という言葉を聞くと、前に書いた「それは程度が軽い」とか「意思の力が強く・・・・」という理解ではすまなくなります。

 

 

 

 

それが頻繁に繰り返されるとすれば、これは虐待の一種といってもいいのではないでしょうか。「見捨てられ恐怖」に陥った人は、この「見捨てられ」を回避しようとする言動を先行しやすくなります。

 

 

 

 

それは無意識のうちに、身についたようにそうなっていきます。その自然な現れ方の一つが依存です。「見捨てられ恐怖」は、不登校やひきこもりへの対応現場では依存状態の反対面としてみられています。

 

 

 

 

対応者のなかには、「見捨てられ恐怖」を持っているのは依存的だからであり、依存をなくすことで自立に向かうのだという捕らえ方をしている人もいます。

 

 

 

 

「見捨てられ恐怖」をその依存性から派生したものととられているために、「見捨てられ恐怖」は依存の影に隠れ、見過ごされがちです。

 

 

 

 

しかし、本質的には、「見捨てられ恐怖」から依存性が表れてきている、とみるべきでしょう。たとえ、依存が改善されるとしても、「見捨てられ恐怖」を持ち続けているならば、それはべつの言動、たとえば暴力などのかたちで現れます。

 

 

 

 

「見捨てられ恐怖」の強い人とは、いわば虐待かそれに近い攻撃を受け、心を深く傷つけられた人です。ですから、対応の順序としても、依存よりも「見捨てられ恐怖」から始めなくてはならないと、わたしは考えています。

 

 

 

 

こう考えると、依存を必ずしも自立への足かせとみることはできません。依存することによって、「見捨てられ恐怖」から抜け出そうとしているのだととらえ、依存を周囲のサポート役が受け入れることが必要になってきます。

 

 

 

 

このような依存状態、それによる言動を基本的に受け止め、支えられるのは第一義的には家族であると思います。父母、とくに母親への依存は、「甘え」や「まとわりつき」として表れます。

 

 

 

 

子どもから親に求める長時間の接触、そばにいてほしいという心身からにじみ出る懇願、子ども返りとして表れます。

 

 

 

 

それにつきあうことはとてもたいへんなことです。しかし、親が依存を受け止め支えようという気持ちになれば、子どもにとっては環境条件の改善になります。

 

 

 

 

父母がこのように思い至ったとき、わたしは、「精神的・肉体的に耐えられる限界まで」「社会生活上支障のない極限まで、子どもに付き合ってほしい」と話します。

 

 

 

 

もちろん間断なく一緒にいるということではありませんが、ある程度、断続的に子どもとともに過ごすことになるでしょう。

 

 

 

 

わたしはそれも親の愛情表現のしかただろうと思います。母親が一人で対応するには相当なエネルギーと粘りを必要とします。

 

 

 

 

ですからできれば、父親もそれに加わり、母親を支えてほしいと思います。しかし、これにも限度はあります。限度はあっても父母がこのように対応できれば、子どもは依存飢餓を満たし、子ども時代に恵まれなかった愛情を感じることができ、「見捨てられ恐怖」から脱却することができます。

 

 

 

 

子ども時代とは同じではありませんが、それを相応に補っていけるように思います。父母にこのような受け入れ環境を期待できない場合、当事者はより困難な道を進むしかなくなります。

 

 

 

 

あいかわらず父母からの「見捨てる」言動が続いている人もいるでしょう。比較的程度は軽くても、「理解される」にはまだまだ遠いという人もいるでしょう。

 

 

 

 

いずれの場合であっても、「自分で自分を育てる」ための努力と工夫を、当事者それぞれのペースで重ねていくことになります。

 

 

 

 

このようなとき、当事者の力になるのは信頼できる人の存在です。カウンセラーがそのような信頼関係をもてる人であれば、自分で自分を育てる面が少し楽になるでしょう。

 

 

 

 

自分で自分を認める、肯定する、受け止める要素が作られていくことになります。それは親子関係のなかに育つ愛情の、擬似的再現に近づくことかもしれません。

 

 

 

 

1992年、わたしは、不登校・登校拒否の情報ネットワーク誌を企画しました。その創刊の言葉のなかに、「心配・悲観のあまり、父が子どものいのちを奪い、自らも命を絶つという悲劇も、今年になって起きています」と書きました。

 

 

 

 

子どもの不登校により、親と子どもが同時に死に至る事件は、この一件だけでなく、それまでもときどき生じていました。

 

 

 

 

それだけではありません。親が子どもを殺害する事件もありました。こどもが親を殺害する事件もありました。それらの全部が全部、子どもの不登校に関係したものだったのではりませんが、その割合は相当に高いものであったと推測しています。

 

 

 

 

不登校ではなくても、これらの事件の背景にはそれと共通する家族間の状況があった考えています。不登校をきっかけとする親と子どもの死、親の子ども殺害、子どもの親殺害が生まれる状況、とくに家庭(家庭内)状況とは何なのか。

 

 

 

 

それは、子どもの置かれている状況から見ようとすると明確になってきます。ある子どもが親から殺害され、ある子どもは親を殺害しなくてはならない状況に追い込まれたと考えると、子どもの位置が見えてきます。

 

 

 

 

殺害されてはいないものの死におびえている子どもも多いに違いありません。また、親を殺害するには至らないけれども、その気持ちの衝動を抑えるのに苦しんでいる子どもも少なからずいるでしょう。

 

 

 

 

子どもの追い込まれている状況を図式化すれば、「見捨てられ恐怖→暴力恐怖→生命恐怖」という順番になります。

 

 

 

 

それぞれが実際の恐怖の場に置かれれば、心が受ける打撃、衝撃は相当に強く、深い傷を残す可能性があります。これらをひとまとめにして、「死につながる虐待恐怖」といってもいいでしょう。

 

 

 

 

しかし、この図式の順序は、子どもを「外側から見た」ものであって、子どもの内側では逆なのではないでしょうか。

 

 

 

 

子どものなかには、まず生命恐怖(命をなくすかもしれないという恐怖)があって、その子どもの感じ方、意識のしかたがさまざまな姿になって表れる、と考えられるのです。

 

 

 

 

ある子どもは「見捨てられ恐怖」が表面化し、親にすがりつくなどの依存的表現を示します。ある子どもは体罰的な「暴力恐怖」を感じ、親のそばから逃げ出そうとしたり、直前で立ちすくんでしまう姿をとります。

 

 

 

 

 

別のある子どもは、パニック状態になったり、無茶無茶に親にぶつかったり、反抗して暴力を振るったりという形で表れます。

 

 

 

 

余談ですが、「存在恐怖」というものもあります。いま自分が存在している感覚がなくなるという恐怖で、存在できなくなるかもしれないという生命恐怖とは少し違います。

 

 

 

 

生命恐怖というのは、生命をなくすかもしれない恐怖であり、いま自分の存在感がかんじられないという恐怖ではありません。

 

 

 

 

存在恐怖と生命恐怖の違いを実感を持って話してくれた人の言葉です。これらはさまざまな形の虐待を受けた子どもが、さまざまな形で反応している姿です。

 

 

 

 

法的な意味での虐待とはいえないまでも、子どもの目線において拘束・束縛された反応のしかたなのです。

 

 

 

 

このような状況に置かれた子どもは、この恐怖にどのように対処するのでしょうか。子どもといっても幼児から少年期、二十歳前後の青年期の人がいます。

 

 

 

 

二十歳を超えたところでも、事態が進行中の人も少なからずいるとわたしは推測しています。

 

 

 

 

「死につながる虐待恐怖」を感じた子どもは、この事態にどう対処すればいいのでしょうか。相手は親であり、子どもが小さい時はこの環境から離れることはきわめて困難です。

 

 

 

 

そこではたしかに親による虐待が生じ、親はそれをしつけと称しています。子どもが小さいとき、これに対処する方法をわたしは提示することができません。

 

 

 

 

いま社会全体で、直接的には児童相談所が窓口になって対応している事態には、このような背景があります。

 

 

 

 

厚生労働省が年に一回、学校に関する全国調査をおこなっています。

 

 

 

 

その統計によりますと、不登校状態になる児童・生徒が毎年10万人以上います。

 

 

 

 

ひきこもりについては全国調査がおこなわれていないため、人数はわかりません。

 

 

 

 

しかし、研究者の間では、推定で数十万~百数十万人になるといわれています。

 

 

 

 

不登校・ひきこもりの問題に悩んでいる人が、推計で100万人以上いることになります。

 

 

 

公的機関に問い合わせる人も増えています。平成14年の時点で、年間1万件を超えたという統計があります。

 

 

 

 

ひきこもり・不登校の主な問題行為(複数回答)

厚生労働省「社会的ひきこもり」に関する相談・援助状況実態調査報告(ガイドライン公開版)より

 

 

 

 

昼夜逆転     41.1%

 

家族への拒否   21.4%

 

脅迫的な行為   17.9%

 

家庭内暴力(本人から親)  17.6%

 

家族への支配的な言動    15.7%

 

器物損壊    15.1%

 

被害的な言動  14.5%

 

食行動異常   7.6%

 

インターネット・電話の過度な使用  5.8%

 

自殺企図   3.2%

 

 

 

 

ひきこもりのうち、不登校経験の有無

小学校・中学校いずれかで経験あり    33.5%

 

小学校・中学校・高校・大学のいずれかで経験あり  61.4%

 

 

 

 

ひきこもりの人の性別

ひきこもりの人の性別は、男性が76.4%で、女性が22.9%です。(0.6%が回答不明)

 

 

 

 

 

無理やり学校に行かせようとしない

 

 

 

 

不登校・登校拒否は、子どもの意識的・意図的怠学ではなく、行くに行かれないので登校できないことへの引け目や負い目によって子ども自身が自己嫌悪・自己否定に陥り、さまざまな状態や症状を引き起こします。

 

 

 

 

したがって、引け目や負い目を強めてしまうような処置や処遇は、子どもを一層窮地に追い込むことになり、問題の本質的解決にはなりません。

 

 

 

 

脅したり、暴力的に圧力をかければ登校はするので、登校にこだわる周囲の大人たちには満足でも、当の子どもたちの心の傷は拡大します。これは、一方が浮気をしたため、仲たがいして別居した夫婦を、そのまままた一緒に住まわせれば万事が解決する、と考えるのと同じことなのです。

 

 

 

 

それでは子どもの主体性ある人としての訴えをひっ寒させ、子どもを精神的に追い込み、二次的な症状や状態を強め、自我を萎縮させてしまうばかりなのです。

 

 

 

 

学校教育が、本当に子どもの側に立ち、その個としての主体性を成長・発達させるためのものであろうとするのなら、精神的に萎縮させる処置をしては、その目的に反するのではないでしょうか。また、学校教育の荒廃から生じた結果といえる現象に、それをただ表面的に除去しようとするような処置で対応することは、学校教育の再生になんら役にたたないばかりか、むしろ問題を温存させることにもつながることをあらためて考えてみる必要があります。

 

 

 

 

学校へのこだわりから抜け出す

 

 

 

 
 次に、学校は行くものだ、と子どもは散々それまでの間に教え込まれているので、たとえ周囲が学校に行かせる刺激を与えなくても強いこだわりを持ち続け、きちんと学校に参加して教科をマスターし、学歴を得なければ人ではないとでもいうような考えにとりつかれているものです。

 

 

 

 

それは何も不登校・登校拒否の状態に陥った子どもばかりではなく、一般の子どもたちも、そしてほとんどの大人たちまでもがそう信じこまされているのがこの社会の現状です。PAK85_pennigiru20140312233042500_TP_V1

 

 

 

 

だからこそ、不登校・登校拒否に陥った子どもにとっては、学校はこだわらないわけにはいかない重大事なのです。そして、そのこだわりのために、引け目や負い目から抜け出すことがいつまでもできなくなるのです。

 

 

 

 

中学生時代に、不登校・登校拒否となったことにいつまでもこだわっていて、20歳を過ぎても30歳を過ぎてもそれが現在必ずしも彼らの社会生活に直接障害になるとは限らないのですが、主体的な個として生きる自信がもてず、自宅に引きこもったまま、不安と苦悩の日々を延々と送っているという例もまれではありません。

 

 

 

 

子どもに学校への強いこだわりを持たせないためにも、学校を神聖化したり、重要視したりしないことと、不登校・登校拒否という現象を異常視したり問題にしたりしないことも肝要です。

 

 

 

 

一生学校生活をしているわけではなく、学校は人生の一プロセス、生きるうえでのひとつの手段でしかありません。それは食事をするとき、ハシを使うかフォークにするかスプーンを手にするか、ということでしかありません。ハシもフォークもスプーンもなければ手づかみで食事をしてもいいのです。その際、大切なのは食事をすることなのですから。まして汚れたハシや毒物のついたスプーンしかなければ用いないほうがよいと考えるべきです。

 

 

 

 

不登校・登校拒否をマイナス視しない

 

 

 

 

学校教育の現状を見るとき、たしかに制度としての学歴は保障されても、それ以外、実質的な心の成長は果たして期待できるのでしょうか。自我の成長が妨げられ、個としての存在さえも危機にさらされる状況であるとすれば、その場から身を避けて当然です。

 

 

 

 

社会が学校教育を必要として、それを子どもに強いるという状況の下でも、子どもがひとりの人間であるということが守られなくてはなりません。だから、不登校・登校拒否は決してマイナスに評価すべきことではありません。

 

 

 

 

大多数の子どもたちが、過熱化する受験体制の下で、足元も見えなくなり、自分で考え自分の意思決定によらないで、皆と同じく右へならえして、将来に目的も人生に目標もないまま学歴獲得のキュウキュウとしています。

 

 

 

 

不登校・登校拒否に陥るような子どもは、心のどこかでその問題性を感知して学校教育状況に不満、不信、不安を抱いているからこそ、登校できなくなるのだから、その感性はマイナスどころか、むしろプラスに評価してよいといえるのです。

 

 

 

 

 

不登校・登校拒否への対応として述べた、学校に行かせようとしないこと、学校へのこだわりから抜け出すこと、不登校・登校拒否をマイナスに見ないこと、の3点のなかでも、不登校・登校拒否をマイナスに見ないということはとくに重要です。

 

 

 

 

不登校・登校拒否に陥った子どもの再登校率は意外に高いですし、その他の社会生活も表面上は、順調なことが多いです。けれどもその内面をのぞいてみたとき、なお心の奥底に「自分は不登校・登校拒否という恥ずかしい状態になってしまったのだ」という引け目を背負っている場合が少なくありません。

 

 

 

 

そして、その劣等感から、人生で出会う些細な出来事で生活の根底が揺り動かされ、再び不登校・登校拒否時代のような閉じこもりの生活に引き戻されてしまう例もまれではありません。だからこそ、不登校・登校拒否をマイナスに見てはいけないのです。

 

 

 

 

子育てとは、子どもをただ学校へいかせていればよいものではないし、学校教育が人の心を育てることを忘れ、ただ知識や学歴を与えるだけでいいわけはありません。

 

 

 

 

教育の場面がそのような状況となれば、子どもたちがそれを拒否することで自分の身を守ろうとしても当然であり、むしろそうした状態を生み出す主体性こそ重要なのです。

 

 

 

 

不登校・登校拒否という現象は、ゆがんだ教育に対する子どもの、社会に向けての訴えだと考えれば、それに応える大人自身の教育観、子育て観の見直しが求められているのだといえるでしょう。

 

 

 

年齢によって回復するまでの道のりが違う

 

 

 

 

小中学校の不登校のなかには、比較的改善が早い場合もあります。クラス替えや進級、入学の時期などで人間関係に変化があると、それをきっかけに立ち直れるケースもあります。

 

 

 

 


年齢が低いと家族や先生からの言葉にそれほど反抗しないため、回復が早いといえます。

 

 

 

 

しかし、高校生ぐらいから上の年齢になると、学校や先生からの働きかけが少なくなります。

 

 

 

 

家族もどうやって対処したらいいのかがわからなくなったりするので、長期的なひきこもり、不登校になってしまう可能性があるのです。

 

 

 

 

年長になるほど、長期化したひきこもりへの支援は難しくなるので、専門家への相談をおこなって対応する必要があります。

 

 

 

 

周囲の人が悪化を防ぐように接し、生活や考え方を少しずつ変えていくための生活改善に取り組みましょう。

 

 

 

 

登校を強要しないで、待つ姿勢を見せる

 

 

 

 

本人が意欲を持てなくて悩んでいるときには、励ましたり登校・出勤をすすめたりせず、しばらく待ちましょう。

 

 

 

 

行きたくないところに無理に行かせようとしても、よい結果は出ません。

 

 

 

 

といっても、ただ待ち続けても時間が無為に過ぎていくだけです。

 

 

 

 

基本的には本人がやる気を出すのを待ちつつ、話しかけることも忘れないでください。

 

 

 

 

学校や職場など、本人が嫌がっている対象について、よい面と悪い面を具体的に挙げながら、話し合いましょう。

 

 

 

 

学校・職場に通う意義を見直します。よい面が理解できれば、意欲が戻ってきます。

 

 

 

 

突飛な目標でも否定しないで聞く

 

 

 

 

不登校・ひきこもりの子どもは、将来についてなにも考えていないと思われがちですが、そんなことはありません。

 

 

 

 

本人なりに夢や目標を持っています。学校に通わず、アルバイトもしたことがない日々が続くと、家族や教師は本人の将来設計に不満を持ち、批判しがちです。

 

 

 

 

しかし、表面上はなにもやっていないようにみえても、本人は心の中で自分なりの夢を思い描いています。

 

 

 

 

社会経験が少ないため、非現実的な夢を持つ人が多いのですが、本人にとっては大事な目標です。

 

 

 

 

突飛な話だといってすぐに否定しないで、まず希望を聞いてください。

 

 

 

 

そして、希望通りの未来を実現することが難しくても、それに少しでも近づけるように、サポートをしましょう。

 

 

 

 

子どもは、努力するための手助けを求めています。

 

 

 

 

本人なりの将来像を描いている

 

 

 

 

行動を起こさないといって、夢がないとなじってはいけません。子どもは自分なりに夢や希望をもち、将来像を描いています。

 

 

 

 

実現不可能なことを考えている場合も多々ありますが、本人は本気です。

 

 

 

 

不登校・ひきこもりの心理

 

 

 

 

○大学からまじめに

今がよくないだけで、大学に入ればまじめに通えると信じている。

 

 

 

 

そのため、大学受験をする気はある。

 

 

 

 

○趣味を仕事に

ゲームやマンがなど、好きなことを仕事にしようと思い、それ以外の勉強は意味がないと考えている。

 

 

 

 

○アルバイトをするつもり

なにかアルバイトをしようと思っている。しかし、よい仕事が見つからず、不本意な気持ちでいる。

 

 

 

 

意見・批判に反発しやすい

目標を持ってはいるのですが、それを人に批判されると、感情的に反発します。

 

 

 

 

本人には実現が難しいという自覚がないため、批判をされるのは心外なのです。

 

 

 

 

その気持ちを理解して、応援してくれる人を求めています。

 

 

 

 

不登校・いじめ・ひきこもりの実例

 

 

 

 

○27歳 男性のケース

小学校5年のときに、サッカークラブに所属していたが、そこでいじめにあいクラブを辞め、同時に学校にも行かなくなる。

 

小学校を不登校のまま卒業し、中学校に入学したが、一日も登校せずに卒業。高校は受験することなく、通信制の高校にも行くことはなかった。

 

昼夜逆転の生活やゲーム三昧の日々を送り、家族以外の人との交流をすることなく(当然一度も働くことなく)何もしないまま年齢を重ね、家庭内暴力をきっかけに当センターに両親が相談に訪れる。

 

現在、当センターの家庭訪問を月に2回受けている。

 

 

○34歳 男性のケース

小学校の頃から休みがちだったが、なんとか卒業した。中学校では部活は1年で退部したが、卒業まで通学した。地元の進学校の高校に入学し、部活はやらなかったが普通に通い、卒業する。

 

一般受験で現役で大学に進学したが、1年次に中退する。友達はいなかった。

 

大学中退後、数回アルバイトを経験した。その後地元を離れ、パソコンの組立工場で派遣社員として働く。約9年働いた後、実家に戻るが約5年何もしていない。対人関係が極端に苦手で家族ともほとんど話をしないし、友人もいない。

 

アルバイトや派遣で貯めた預金でたまに外出しているが、就職活動はまったくしていない。

 

 

○38歳 男性のケース

高校卒業まで特に問題なく生活していた。高校卒業後、大学進学を目指し予備校に通うが数ヶ月で行かなくなる。

 

自宅で受験勉強をして大学に入学し、4年で卒業した。大学在学中から就職活動はせず、卒業後実家に帰った。

 

実家は自営業だがつぐ気はなく、アルバイトをいくつかやった後、うつ気味になり自宅にひきこもるようになる。

 

現在も精神的に波があり、調子が良いときと悪いときがあって仕事をすることができない。

 

 

○25歳 女性のケース

小学校・中学校時代は友達は少なかったがなんとか学校に通っていた。高校2年のとき、学校になじめず中退。学校ではいじめはなかったが、友達はできなかった。以後家に引きこもり、ゲームばかりの日々を送る。

 

20歳のときに、電気関係の工場やパン工場で働くが、いずれも2日で辞める。

 

23歳のときに一人暮らしをしたが、孤独に耐えられずに1年で実家に戻る。

 

24歳のときにうつ病になり、現在も通院中。

 

 

21歳  男性のケース

小学校5年生のときにクラスでいじめにあいそれ以来小学校を卒業するまで不登校になる。

 

中学校は入学式のみ登校し、卒業まで不登校だった。この頃、両親が離婚。母親と2人で生活することになる。

 

20歳のときに通信制の高校に入学したが、1ヶ月もたずにやる気を失って退学した。

 

21歳のときに、母親と一緒に関東自立就労支援センターに相談に訪れ、以後、家庭訪問の支援を受けている。

 

 

○40歳  女性のケース

 大学を卒業するまでは優等生だったが、就職先で仕事についていけず、欝気味になり、29歳で退職する。PAK86_sanshinekaraskytree1145500_TP_V1

 

退職後は、コンビ二に深夜行くくらいでほとんど外出しない生活を5年くらい送る。

 

家族の勧めで精神科に行くが、自分の判断で途中でやめてしまう。精神科医にはうつ病と診断される。

 

以後ずっと家から出ない生活を送り、たまにヒステリーを起こして家族にやつあたりしている。

 

 

44歳  男性のケース

 2浪して、都内の中堅私立大学に入学した。大学在学中に就職活動を熱心に行ったが、就職氷河期の影響もあって就職できないまま卒業する。

 

卒業後はアルバイトをいくつかがんばったが、将来に希望を持てず、長くは続けることができなかった。

 

30歳を過ぎ、いろいろ考え事をしているうちに悲観的になってうつ病になる。

 

通院しながら仕事を探すが、精神が不安定でなかなか仕事が見つからない。

 

現在は、関東自立就労支援センターの個別相談を月に1度受けながら、将来を模索している。TSU86_hunnwari500_TP_V1

 

 

17歳  男性のケース

 小学生のときにいじめにあうが中学受験に合格し、中高一貫教育の私立中学に入学した。

 

中学1年のときは、特に問題はなかったが、中2でいじめにあい不登校になる。

 

以後、卒業まで中学校には通わなかった。

 

高校入学後も不登校が続き、1年の夏休み明けに退学する。いじめによる人間不信が原因だった。

 

それから現在まで家にひきこもり、家族以外の人とは誰にも会わない生活を送っている。いじめによる人間不信と対人恐怖をなかなか克服できないでいる。

 

現在関東自立就労支援センターの家庭訪問を月に2回受けている。

 

 

29歳  女性のケース

短大卒業までは特に問題はなく、卒業後就職した。

 

3年で退職し、しばらく何もしない生活を送っていた。

 

両親との折り合いが悪かったため、一人暮らしを始めた。

 

アルバイトをいくつかしたが、どれも長続きしなかった。

 

実家に戻ったが、精神状態が悪化し、医者にうつ病といわれる。

 

しばらく2週間に1度のペースで通院していたが、医者を信用できなくなり、通院しなくなる。母親が、代わりに病院に行って薬をもらうようになる。

 

どんどん状態が悪化し、外出することができなくなる。

 

入院を検討しているが勇気がでないのと、恐怖感でなかなか実行できないでいる。

 

 

19歳  男性のケース

小学校時代に学校に違和感を感じ、卒業まで不登校だった。中学入学後は、夏休みまでは登校したが、夏休み終了後から再び不登校になる。結局、卒業するまで不登校のまま中学生活を終える。

 

通信制の高校に入学したが、1ヶ月持たずに中退する。

 

おさない頃から両親と折り合いが悪く、この頃から母親に暴力をふるい出す。父親は何も言わずに見ているだけだった。

 

暴力がエスカレートしてきて両親では手に負えなくなり当センターに相談に来る。

 

現在は関東自立就労支援センターの共同生活寮に入寮し、通信制の高校に通っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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