一人立ちできない子の父性の獲得
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一人立ちできない子の父性の獲得

首都圏のある小都市に住む24歳のA君は現在、フリーターをしています。 

 

 

 

 

内向的でおとなしい性格です。高校を中退しており、友達と呼べる人はいないといいます。

 

 

 

 

 

両親は共稼ぎです。父親(50歳)は、工場に併設された研究所に勤めるエンジニアをしていて短気な性格です。

 

 

 

 

 

子どもと触れ合うのは苦手で、口数は少ないほうです。帰宅時間は遅いです。

 

 

 

 

 

母親(51歳)は、近くの工場でパートとして働いています。

 

 

 

 

 

A君は小さい頃から母親の言うことは何でもよく聞き、非常に可愛がられ、甘えん坊でもありました。

 

 

 

 

 

A君は小さい頃から髪の毛の色が薄く、しかも赤くてまるで脱色しているかのようでした。

 

 

 

 

 

それを理由に、小学生の頃から「外人」とからかわれることが多かったようです。

 

 

 

 

 

そして、何かあるとすぐ母親の後ろに隠れることが当たり前のようになっていました。

 

 

 

 

 

口数が少なく何でも言うことを聞く子どもを、母親は自分の「ペット」のようにして育ててきました。

 

 

 

 

 

母子密着型の典型で、友達と遊んでいてもいつも「一人でいられる場所」を探していたようです。

 

 

 

 

 

妹の性格は兄とまったく反対で、明るく、友達が多いです。

 

 

 

 

 

A君の学校の成績はあまりよくありませんでした。それでも定時制高校に通いながら、昼間は整備工の仕事をしていました。

 

 

 

 

 

でも会社をすぐに辞め、定時制高校も中退してしまいました。

 

 

 

 

 

それは高1の冬のことでした。会社を辞めた理由は、屋外で働くことが多く、寒いということと、汚れるばかりで給料も安く、そして何より「職場で履く安全靴が重い」ということでした。

 

 

 

 

 

その後、4年間にわたって定職に就かず、さまざまなアルバイトをしました。

 

 

 

 

 

警備員、コンビニエンスストアの店員、ビルの清掃となるべく一人でできる仕事を選びました。

 

 

 

 

 

ですが、どのアルバイトも長続きせず、すぐに辞めては次を探すというパターンを繰り返しました。

 

 

 

 

 

仕事の期間は一週間から長くても10日くらいでした。20もの職場を転々としました。

 

 

 

 

 

辞める理由のほとんどが、「人間関係に悩んで」でした。

 

 

 

 

 

ある日、コンビニエンスストアにアルバイトの面接に行きましたが、不採用になりました。

 

 

 

 

 

悩んだ彼は、両親に相談しました。両親は長髪が原因だと指摘し、A君は髪を切りました。

 

 

 

 

 

このときから、A君の様子がおかしくなりました。コンビ二エンスストアに不採用になったのも、人間関係がうまくいかなかったのも、すべては髪の毛のせいだと思ったのです。

 

 

 

 

 

こんな薄く赤い髪の毛では、みっともなくて表に出られないと思い込んでしまいました。

 

 

 

 

 

そして、母親に対して、「こんな自分を産んだ責任を取れ!」となじると気まずくなり、部屋に引きこもりました。

 

 

 

 

 

このとき「おまえが悪いんだ!」とはじめて母親を、「おまえ」呼ばわりしました。

 

 

 

 

 

いままでは「お母さん」としか言ったことのない子どもでした。

 

 

 

 

 

「お母さん」が突然「おまえ」になると、どの母親も驚いてしまいます。

 

 

 

 

 

なぜなら、攻撃性をそこに見るからです。そして、あの素直でやさしかったA君が、母親の前から消えていきました。

 

 

 

 

 

部屋の中に閉じこもった彼は、机でバリケードを作ると、誰も部屋の中に入れないようにしました。

 

 

 

 

 

そして、自室から出ると、家の中のものを壊し始めました。

 

 

 

 

 

今までおとなしくてやさしかった子が、急変したことに不安になった母親は、「家庭内暴力」ということで警察を呼びました。

 

 

 

 

 

しかし、傷害事件を起こしていない以上、警察は何もできず、A君を諭すとそのまま帰ってしまいました。

 

 

 

 

 

A君は、母親が警察に通報したことで余計に興奮してしまいました。

 

 

 

 

 

「おまえら、この家から出て行け!俺をこんな人間にしたのはおまえたちだ!」と両親と妹を家から追い出し、鍵をしめて玄関に小さな家財でバリケードを築きました。

 

 

 

 

 

追い出されてしまった家族は、車の中で何日か過ごしました。しかし、A君は家の中には妹は入れても両親は拒絶しました。

 

 

 

 

 

それからしばらくして、両親と妹は近くにアパートを借りて移り住みました。

 

 

 

 

 

母親は、A君と仲の良かった従兄に相談しました。その結果、とにかく従兄がA君に会いに行くことになりました。

 

 

 

 

 

ですが、A君は従兄も家の中に入れようとせず、この試みは失敗しました。

 

 

 

 

 

子どもが引きこもって心の中を話してくれないと、親しかった友人とかいっしょに育った従兄弟などに話し相手をお願いする親がよくいます。

 

 

 

 

 

ところが、親しかっただけに引きこもる子は「いまの惨めな自分を見せるのはつらい」と拒絶してしまう場合も多いです。

 

 

 

 

 

その意味で心情的な「利害関係」のある人の訪問を受けるのは、引きこもっている当事者にとっては、非常につらいものがあります。

 

 

 

 

 

考えてみれば、そう思う気持ちこそ自然なのだと思います。

 

 

 

 

 

このとき、A君は従兄に、「俺の人生は終わった。もう死にたい。母親を恨んでいるんだ。母親を呼んできてくれ。話があるんだ」と哀願するように言いました。

 

 

 

 

 

母親が父親と妹を連れて、恐る恐る行くと、A君は玄関のバリケードの一角を崩し、母親だけを家の中に入れました。

 

 

 

 

 

「俺がこんなにまで情けなくなったのは、おまえのせいだ。一生俺の面倒を見ろ!そして俺の奴隷になれ!俺といっしょに苦しめ!」と言い、母親を監禁しました。

 

 

 

 

 

父親は母親のことが心配になり、再び警察を呼んでいっしょに家の中に入りました。

 

 

 

 

 

事態は前回と同じでした。警察がいる間はA君もおとなしかったのですが、内輪の問題でもあり、そのうちに警察は帰ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

警察がいなくなると、A君は小柄な父親にすごんだ目を向けました。父親は「なんだ、その目つきは」とA君を睨みました。

 

 

 

 

 

するとA君は、手に持っていたテレビゲームのコントローラーをサイドボードに投げつけガラスを割りました。

 

 

 

 

 

父親が「やめろ!」と大きな声で言うと、A君は次に湯のみ茶碗を投げつけました。

 

 

 

 

 

父親は、自分がいれば母親も危ないと思い、家からあえて逃げました。

 

 

 

 

 

母親を「奴隷」にしたA君は、「俺は一生反抗し続けるぞ!」と言いました。

 

 

 

 

 

また、母親が何か気に入らないことを言うたびに「ぶっ殺す!」と怒鳴りました。

 

 

 

 

 

そのうちに、A君に気になる行動が目立ち始めました。

 

 

 

 

 

手を洗うときはお湯で5分ぐらい洗い続けたり、お風呂などに抜け落ちている自分の髪の毛を拾っては、箱の中に保存するといった具合です。

 

 

 

 

 

従兄がその後、来なくなったことに対しても、「俺をおかしい人間だと思っている」と、疑心暗鬼になっていました。

 

 

 

 

 

A君が一度外出したときがありましたが、そのとき、近所の人に話しかけられました。

 

 

 

 

 

「あら、A君、大きくなったわねえ。大学に通っているの?」A君はすぐ家に帰り、再び荒れました。

 

 

 

 

 

そして母親に当たり散らしました。「あいつらは、俺が大学生じゃないとわかっていて、わざとあんなことを言ったんだ。それもこれもみんなおまえのせいだ!」

 

 

 

 

 

相談を受けたわたしは、この子にとって今いちばん身近な存在は誰かと考えました。

 

 

 

 

 

性格は違っても、やっぱり兄妹というのは心が許せる面があります。妹とは4歳離れていますが、小さい頃からいっしょに遊んでいたし、仲もよかったようです。

 

 

 

 

 

そこでまずわたしは、身近な存在である妹をそばにやり、積極的に関わらせてみてはどうかと考えました。

 

 

 

 

 

その後、A君は妹を呼んでは、話に「飽きる」までつき合わせていました。そんな中で、妹を通して両親のことを客観的に見て取れるようになっていきました。

 

 

 

 

 

現在、A君は両親といっしょに暮らし始めていますが、口はいっさいきかず、唯一のつながりは妹だけです。

 

 

 

 

 

A君は何か不安があるたびに母親の後ろに隠れ、助けてもらって生きてきました。

 

 

 

 

 

そんな母親がいつの間にか「遠い影になってしまっていた」とA君は言います。

 

 

 

 

 

何回となく交わされた電話での相談を得て、わたしは家庭訪問する機会を得ることができました。

 

 

 

 

 

バリケードのはずされた玄関のすぐ横にある茶の間に、A君は丁寧に案内してくれました。

 

 

 

 

 

そして、熱いお茶を出しすすめながら、「小さい頃からいつでも必ず母親が助けてくれた。

 

 

 

 

 

それなのになぜ突然救ってくれなくなったのか、僕にはわからなかった」と言いました。

 

 

 

 

 

わたしには、この苦しみの言葉が忘れられません。

 

 

 

 

 

過度の母子密着の歴史がそう感じさせたのでしょう。精神的に一人立ちできない状況を与えられ、突然絶望の渦中で自立を求められたのだと思います。

 

 

 

 

 

今まさにA君は不安な状態であり、母親の庇護を求めるしか方法を知らないのです。

 

 

 

 

 

現在のA君に大人になることを要求しても、そのトレーニングをしてきていないのですから無理なのです。

 

 

 

 

 

母親が、子どもを精神的にたくましく独り立ちさせることを考えないで、いきなりある程度の年齢がきたから、または反抗したからといって子離れしようとしたことがA君に「見捨てられ不安」を起こさせたのでしょう。

 

 

 

 

 

親離れをいくらしよう、させようとしても、その子どもを受けとめてくれる受け皿としての仲間や大人がいなければできません。

 

 

 

 

 

逆にそれができていれば、親離れを考えなくても子どもは自然に旅立っていきます。

 

 

 

 

 

母親は子どもを突き放したいと言います。でもA君は、「俺は独り立ちできない人間に育てられた。

 

 

 

 

 

親を見限ってアパート生活をしようと思っても、料理も洗濯も近所づき合いもできない。

 

 

 

 

 

母親はいつも俺の越えるべきハードルを先取りしてきた。こんな俺が社会人なんかになれるわけがない。

 

 

 

 

 

だから、一生、母親に世話をさせるんだ。俺は何でも母親の言うとおりにやってきた。

 

 

 

 

 

やってきた結果がこうなんだ。それをいまさら捨てるなんてひどいじゃないか」と言っています。

 

 

 

 

 

わたしは母親に今こそ「おまえはわたしの子だ」と、しっかりと抱きしめてほしいと願っています。

 

 

 

 

 

母親への暴力は、「こんな自分をいちばん理解してほしいのはお母さんなんだ。わかってくれ」という心の叫びを言葉の代わりに表現しているように思うのです。

 

 

 

 

 

家庭内暴力を過ぎると、不安を訴えて幼児化していきます。

 

 

 

 

 

そのひとつの形が母親を「奴隷化」することなのかもしれません。

 

 

 

 

 

そして母親の子宮に戻り、十分守られていることを確認して、再び外に目を向け年齢相応の状態に成熟していけるのです。

 

 

 

 

 

だからこそ暴力といってもはじめから肉体的に危害を加えることはありません。

 

 

 

 

 

何かを投げつけたりしますが、それはみんな壁に向けて投げつけたりして的を外しています。

 

 

 

 

 

自分の大切な親を傷つけるはずがありません。ただそのときに逆にこちらが騒いだりすると、格好がつかなくなったり、また「このわからずや」との思いで本当に向かってくることもあります。

 

 

 

 

 

最初の家庭内暴力のときこそ、抱きしめてひと言、「おまえはわたしの子だ」と言葉をかけて安心させてあげてほしいと思います。

 

 

 

 

 

わたしは「思いには思いで応えてほしい」と、お母さんとの面接で今も繰り返し言っています。

 

 

 

 

 

そして、子宮に戻って安心したら「生き直し」を始めるのです。

 

 

 

 

 

このときこそ、父性モデルとして父親に子育てのリードをしてほしいのです。

 

 

 

 

 

自分なりの生きる枠組みを、青年期の若者は父性の獲得に賭けています。

 

 

 

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