ひきこもり脱出のための対応
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ひきこもり脱出のための対応

 

ひきこもり状態が長期化しますと、ひきこもり状態に陥っている本人はもちろん、家族も苦悩の日々を過ごすことになります。

 

 

 

 

ひきこもり状態自体は、特別なことではなく、誰もがなり得るような、ありふれた状態といえます。

 

 

 

 

ですから、、病気として考えるなら、かなり軽い部類に属しています。

 

 

 

 

だからこそ、環境調整くらいで立ち直ってしまうケースが時おりみられます。

 

 

 

 

その意味では、マニュアル的な対応であっても、相当程度の改善が見込めます。

 

 

 

 

何よりこのような手順でことをすすめるほうが効率もよく、変化も確実なものになりやすいのです。

 

 

 

 

専門家に、美談や魔法を期待する親もいますが、それは少し無理があります。

 

 

 

 

改善とは、その理由と過程が見えているときに、もっとも望ましい形で起こるものです。

 

 

 

 

ただし、そのためには、親も他人任せではなく、自ら当事者としてかかわらなければなりません。

 

 

 

 

対応のうえでまずわたしたちが目指すのは、家族が抱いている常識をいったん覆すことです。

 

 

 

 

ひきこもりとはこうであろうという先入観や「常識」的判断を、いったんご破算にするのです。

 

 

 

 

ですからわたしたちはけっこう逆説的なことをいいます。たとえば、「安心してひきこもれる環境を作って欲しい」みたいなことです。

 

 

 

 

これは、家族それぞれが持っている常識や文化みたいなものが、ひきこもっている当事者を苦しめていることが多いからです。

 

 

 

 

ですから、まずはじめにしっかりと覚悟を決めてもらいます。そのために「まず親が変わらなくては話になりませんよ」

 

 

 

 

「今までの常識は捨ててもらうこともありますよ」

 

 

 

 

「時間もそれなりにかかりますよ」

 

 

 

 

といったことを、最初に説明します。

 

 

 

 

とりわけ、まず変える必要があるのは、「上からの視線」です。

 

 

 

 

多くの親は、子どもの前では間違ってはいけないと思い込んでいます。

 

 

 

 

だから、間違いをなかなか認めようとしません。親の威厳に関わる、わが子になめられる、などの考え方が背景にあるのでしょう。

 

 

 

 

しかし、無理に体面を取り繕う姿勢そのものが、本人からバカにされ軽蔑されてしまうこともあります。

 

 

 

 

それでなくとも、いったんそういう保身に走ると、間違いを認めることがますます難しくなるという悪循環が生じやすいのです。

 

 

 

 

思春期以降は、親というのは軽蔑され、踏み台にされ、バカにされることで乗り越えられる存在です。

 

 

 

 

むしろ思い切って、体面をかなぐり捨ててみることです。そのうえで、できるだけ本人と近い立場で、共感に基づいて試行錯誤を試みていく姿勢が必要になるのです。

 

 

 

 

親も間違いを犯す存在であるということ、同時に間違いを改める柔軟性もあるということをきちんとアピールすることが大切です。

 

 

 

 

もしそれができれば、ひきこもりの本人との関係ははるかに進展するか、少なくとも進展しやすいものになるでしょう。

 

 

 

 

子どもの成長過程というのは、親との関係性において、「安心」を基盤とした自立の試みの繰り返し、ということです。

 

 

 

 

最初にあるのは、包み込まれるような母子一体の空間です。しかし、いつまでもその空間にとどまることはできません。

 

 

 

 

母親による保護を前提として、少しずつ自立へ向けた働きかけがなされていきます。

 

 

 

 

まずは本人との信頼関係を作るなかで、安心できる環境を整え、そのうえで少しずつ、受け入れ可能な範囲で自立への働きかけを試みます。

 

 

 

 

個別相談においてはこのような環境調整、ならぬ関係調整をめざして、対応の工夫が続けられます。

 

 

 

 

そういう試行錯誤を繰り返すなかで、次第に正解の方向が見えてきます。

 

 

 

 

この、試行錯誤という姿勢を忘れない限りは、大きく間違うことは避けられるでしょう。

 

 

 

 

子どもを自分たちの「所有物」と思わない

 

 

 

 

この国では、親は子どもを自分の持ち物と思っている。子どもにすれば、心を他(親)に支配されていることになる・・・。

 

 

 

 

エルウィン・リンゲル著「オーストリアの心理」という本には、こんなことが書いてあります。

 

 

 

 

これを読んだときに思い出したのが、ヒトラーの生い立ちでした。

 

 

 

 

ヒトラーはオーストリアの生まれです。下級役人だった彼の父親はすごい暴君でした。

 

 

 

 

「画家になりたい」という息子の希望を無視し、自分と同じ役人になることを強要しました。

 

 

 

 

言うことを聞かないと、棒で何十回も殴りました。妻にも同じように暴力を振るっていたそうです。

 

 

 

 

このような父親の姿を見て育つ子どもの心はゆがんで当然でしょう。

 

 

 

 

ごく初期の幼児教育の段階では「動物をしつけるように子どもをしつける」ことが望まれますが、物心がついてからは子供自身に考える余地を与えることが必要になってきます。

 

 

 

 

そうでないと、自立心が養われません。子どもを「持ち物」と思うのは、ヒトラーの父親のように、子どもにひどい扱いをする場合に限りません。

 

 

 

 

過保護な親の中にも、子どもを所有物化している例が多く見られます。

 

 

 

 

親は「子どものために良かれ」と思ってすることですが、いくら善意であっても所有物化してしまうと、どうしても管理型の親になってしまいます。

 

 

 

 

管理型の親とは、外から「ああだ、こうだ」と子どもをコントロールするタイプの親のことです。

 

 

 

 

子どもはまだ未熟な存在ですから、コントロールをまったくしないわけにはいきません。

 

 

 

 

でも、子どもを所有物化している親は、意識的であれ無意識的であれ、コントロールが一方的でしかも過剰になってしまうのです。

 

 

 

 

コントロールが強すぎると、自分で考え、判断し、行動する自主性が損なわれてしまいます。

 

 

 

 

ですが人間には本来的に自立心があり、また何者にも束縛されないで自由に生きたいという気持ちがあります。

 

 

 

 

その気持ちは早ければ小学校中学年くらいから芽生えてきます。

 

 

 

 

その気持ちと親のコントロールとはぶつかり合います。

 

 

 

 

それまで親のいうことを素直に聞いてきた子どもが急に聞かなくなるのは、自立心が出てきたことの証です。

 

 

 

 

しかし、親のコントロール過剰の下で育ってくると、それがうまく表現できない場合も出てきます。

 

 

 

 

そういう子が親への抵抗心として、不登校や引きこもりという行動に出ることも少なくありません。

 

 

 

 

学校や交友関係あるいは家庭にこれといった要因が見当たらないのに、子どもが不登校や引きこもりになったら、「自分たちのコントロールが過剰なのではないか」と疑ってみる必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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