ひきこもり・不登校事例~中学生の女子のケース~
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ひきこもり・不登校事例~中学生の女子のケース~

ひきこもりや不登校に関連する面談を行っていると、その人の背景、環境、生活状況、性格などが皆一人ひとり異なっていることがよくわかります。

 

 

 

 

 

たとえ同じひきこもりや不登校であっても、状態は一人ひとり異なり、その人が大事に守っているところも、問題となる部分も異なります。

 

 

 

 

 

したがって、面談において同じ方法は通用するとは限らず、その人の状態やタイミング、コミット具合を見ながら巡り合わせを待つといったことが大切なのだと相談者に日々教えていただいています。

 

 

 

 

 

しかし、それだけではなく、自分自身の中から湧き出てくる気持ちにも目を向け、能動的に動く必要も重要であると考えています。

 

 

 

 

 

ここでは、私の経験の中から事例を通して体験したことについて綴ってみたいと思います。

 

 

 

 

 

私がここで報告するのは、数年前に経験した事例です。相談者は、医療に繋がっていたことから、月一度の通院には何とか出かけられましたが、病院以外の外出は難しく、毎日、自室で過ごしていました。

 

 

 

 

 

学校では、担任の先生が家庭訪問に訪れてくれることもありましたが、本人が訪問を望まなかったため、担任は家庭訪問を遠慮していました。

 

 

 

 

 

ここでは中学生の事例を取り上げます。この事例をひきこもりと見るか不登校と見るかは意見がわかれると思いますが、第三者の介入がなければ社会的ひきこもりにそのまま移行した可能性が高く、早期対応の一例としても検討する意味があると思います。

 

 

 

 

 

一 事例

 

 

 

 

 

中学二年生の女子(以下、A子さん)です。小学五年より、学校でのいじめをきっかけにリストカットを行うようになり、小学六年の修学旅行後から学校へ行けなくなりました。

 

 

 

 

 

両親が登校を促すとリストカットを頻繁に行いました。自殺企図を行ったことから病院へ搬送され、薬物療法を受けていました。

 

 

 

 

 

学校では優等生でしたが、友人は少ないようです。家族は両親と年齢の離れた姉がいますが、姉は他県で就職しています。

 

 

 

 

 

両親は幼少期より中学卒業まで児童養護施設で育ちました。両親ともに病気がちであり、定職に就けておらず、生活保護を受給していました。

 

 

 

 

 

A子さんは当センターに相談したい希望はありましたが一人では外出できず、初回面接は両親が何とか連れてきました。

 

 

 

 

 

しかし、両親は病気がちなので来所が困難であると申し出があったため、当面、電話面談を行うことにしました。

 

 

 

 

 

電話は月に二回ほどで曜日と時間帯を定め、時間は一○~二○分くらい、その日の体調に合わせていくことをA子さんとの話し合いで取り決めました。

 

 

 

 

 

二 経過

 

 

 

 

 

初回面談では敬語を使い、落ち着いた様子で丁寧な話し方をするので、子どもらしさはなく、中学一年生に見えませんでした。

 

 

 

 

 

A子さんは「よろしくお願いします」と頭を下げながら礼儀正しくあいさつをしました。

 

 

 

 

 

そして、自殺企図の内容を自ら話し始めました。

 

 

 

 

 

「死んでも皆に迷惑をかけるだけだと思い、もう止めました。そのときに比べれば今はだいぶ落ち着いています」と言いました。

 

 

 

 

 

A子さんの話の内容から両親は知的に遅れがあるように思われました。A子さんは両親について、「両親は施設で育っているからすごく苦労しています。私も両親の病気が悪化した時、児童養護施設に少しいたことがありますが、もうあそこには行きたくありません」と強い口調で言いました。

 

 

 

 

 

来所についてA子さんは、「あまり頻繁に来れないから月一回くらい来たい」と言いました。

 

 

 

 

 

両親は病気がちであるのと生活苦も重なり、来所は難しいと言うので次回以降は電話面談を行いました。

 

 

 

 

 

第二回の電話面談では、「落ち着いています。家では音楽を聴いたり、勉強したり、テレビを見たりしています」と言い、夢を報告してくれ、「学校のみんなにいじめられる夢を見ました。現実味がありそうな夢でした。楽しい夢はめったに見ません。

 

 

 

 

 

夢をみない日と怖い夢をみる日という感じです。学校の皆には陰で何か言われます。ヒソヒソ言われます。夢の中で学校の先生からも相手にしてもらえないので不安になっていました。

 

 

 

 

 

起きた時は、不安に駆られます。夢でよかったと思いました。皆が自分のことをどう思ってるのかなと思って不安になります」

 

 

 

 

 

私が「学校以外でもお父さんとか、お母さんとかに対しても?」と聞くと、「あります。自分がどう思われるかっていう不安が・・・・・・」と答えました。

 

 

 

 

 

第三回の電話面談ではハキハキとした声で前回よりも元気な様子でした。

 

 

 

 

 

「最近は自分でご飯を作ったり、洗濯したりできるようになりました。でも、お父さんの体調が悪いです。ご飯を食べたくないと言っています。来年の校内夏期留学に応募したいから英語を勉強しようと思います。夢は罪悪感から来るものを補ったり、心を整理するんですね。本に書いてありました」と言いました。

 

 

 

 

 

第四回の面談では、「お母さんが入院しました。ご飯は三食自炊して食べています。おかずは冷凍ものです。朝は早く目覚めてしまい、今日は五時半に起きました。四時半に起きることもあります」と言いました。

 

 

 

 

 

行政や地域では、A子さんは児童養護施設に入るのが妥当だという意見が多かったのですが、A子さんはそれを頑なに拒みました。

 

 

 

 

 

A子さん自身、施設での生活を経験しており、両親も施設で育っているので、両親も何とか施設を使いたくないという意向でした。

 

 

 

 

 

第五回目の面談です。この頃、母親が退院することになりました。

 

 

 

 

 

「学校とか公の場は好きではありません。雰囲気がちょっと合わないというか・・・・・・・。学校も今どうなっているかは想像もつかないけど学校の雰囲気は悪くはありません。

 

 

 

 

 

家では一日五教科勉強しています。今日は数学をやりました」電話の最中に、「ハー」、「聞こえ難い」などと言うので長く話さないほうがいいと判断し、一○分程度で終えました。

 

 

 

 

 

電話の雰囲気でイライラした感じがあり、疲れている様子にも受け取れたので、あまり突っ込んで話さず、何かあれば連絡してもらうことを伝えておきました。

 

 

 

 

 

第六回目の面談です。この頃、父親が入院することになりました。

 

 

 

 

 

「お母さんがお金がないから、私を殺して一緒に死にたいと言ったので警察を呼びました。お母さんは薬を飲んだら落ち着きました。

 

 

 

 

 

疲れたけど、今は大丈夫です。学校は気持ちがどうしても向きません。家のほうがいいです。高校へは行きたいけれど、家のことを考えると働いたほうがいいのかとも思います。

 

 

 

 

 

校内で選ばれる夏季語学研修へ行きたいです」

 

 

 

 

 

語学研修への気持ちの強さを感じたので、そういうふうに考えているのなら、少し登校することを視野に入れるのもいいかもしれないと伝えました。

 

 

 

 

 

「学校っていいもんですか、今って行ってもいいんですか?」などと話すので、「行ってみてしんどかったら休んだらいいし、午前か午後だけ少し行くのでもいいと思う、週一日でも。自分のペースを考えてみて、もしそういう形でも行きたいと思うなら学校に話すことも可能だよ」と伝えました。

 

 

 

 

 

第七回の面談です。とうとう母親も入院して母方の親戚に預けられ、二週間して父親が退院したため帰宅しました。

 

 

 

 

 

「叔父さんの家に二週間いましたが、とてもストレスがたまりました。イライラしています。何事にも反発するような感じです。環境が変わったからでしょうか。

 

 

 

 

 

昨日は十時くらいに寝ても、いつまでも眠れませんでした。疲れました。お父さんが電話を代わってほしいと言っています」と言い、父親と話をしました。

 

 

 

 

 

「いろいろあって精神的に疲れましたが、仕事を始める予定です。A子はだいぶよくなってきているように見えます。学校へ行こうかな、と話すようになったので、その旨を医師に伝えて相談してこようと思います」。

 

 

 

 

 

父親は施設での暮らしについて話し、「自分は中学しか卒業していないから、A子にどうさせてやったらいいかわかりません。A子に決めさせます。

 

 

 

 

 

A子の意思に任せます。A子は人の役に立つことをやりたいと言っています。自分も若い頃、父親が工員をしていましたので、やらないかって言われましたが、その頃父親に反発していて親の気持ちがわかりませんでしたが、大人になって結婚してからわかるようになりました」と話しました。

 

 

 

 

 

第八回目の面談です。「調子はまあまあですがストレスがたまります。お母さんも退院したので夫婦で喧嘩していると、ストレスがたまって耐え切れなくなって私も喧嘩になります。

 

 

 

 

 

お父さんがいろいろ言ってくるので嫌です。ちょっとしたことでもきつく言ってきます。イライラしてきてつい反応してしまいます。そうじゃないよって。言葉はもっときついけど、そんな感じです。

 

 

 

 

 

誰が見ても私だけが悪いわけじゃないのに、私は関係ないと言ってもいろいろ言ってきたりします。」

 

 

 

 

 

私が「ストレスをどうやって軽減しているの?」と聞くと、「音楽を聴いたりしてリラックスしたりしています。ストレス解消にお父さんに何か言い返したりもします。

 

 

 

 

 

お父さんの言ったことに反応すると、今度はお父さんがストレスをためてしまって身体を悪くしてしまいます。だから、耐え切れなくなった時に言うようにしています。この間、病院でお父さんと喧嘩して結果的に大喧嘩になりました。

 

 

 

 

 

口をきかずに数日過ごしました。病院の帰り道もお父さんとは何も話しませんでした。でも、その後自然にお父さんと話すようになりました」。

 

 

 

 

 

「お父さんが、学校へ行くことを病院の先生に相談するって言っていたけど、喧嘩はそのことと関係あるの?」と聞くと、「まあ、学校へは行こうと思っています。今日、担任の先生が家に来てくれました」。

 

 

 

 

 

学校は毎日行かなくても、時々少しの時間行くのでもいいと思うことを伝えると、担任の先生からも同じようなことを言われたといいます。

 

 

 

 

 

「今、夜は眠れています。お父さんは無駄なものをよく買うので、それはよく考えてほしいと思います。心配するなって言うけれど、やっぱり心配です。節約してほしいです。

 

 

 

 

 

最近、お父さんとお母さんと私の三人でよく散歩をしています」。

 

 

 

 

 

第九回目の面談です。「調子はままあ、一応いいです。家族と打ち解けることがなかなかできません。両親は仲が良いです。

 

 

 

 

 

私はお母さんとは仲が良いけれど、お父さんとはしっくりいかなくて、反抗期だってよく言われます。お父さんとは無視したり、喧嘩したりしていてイライラを溜めていてちょっとしんどいです。

 

 

 

 

 

 

もう少ししたら学校に行こうと思っているけれど、いざ行こうとしたときにどうなるかわからないので心配です。

 

 

 

 

 

たぶん、学校へ行くのが近づいてきたときに行こうという気になるか、ドヨンってなるかどうかなって思います。

 

 

 

 

 

いろいろな問題が起きた時とか、いろんな人と喧嘩になった時とかにどうなるかなと思って・・・・・。私、集団行動がすごく苦手なので」

 

 

 

 

 

「ドヨンてどんな感じ?」「気持ちが発散できない感じです」

 

 

 

 

 

「振り返ってみるとどう?」「五年生の時から不安が大きかったけど、あの頃は考え方が単純でした。今がいちばんしんどくて、今のほうが不安が大きいです。将来の不安、お金とか精神的な面とか」

 

 

 

 

 

「今、しんどいのはどんな時?」「お父さんが学校へ行け行けって言うことです。すごいプレッシャーになります。私のことを思っているから言うと言っているけど、私も行こうと思ってるって言います。何でそんなに言うのかなと思います。

 

 

 

 

 

あまり何回も言われると、すごく嫌な気分になります。心の中では何でそんなこと言うのかなって思っているけど、文句は私からはあまり言わないようにしています」

 

 

 

 

 

「お父さんからは何回も学校へ行くように言われているみたいだけれど、お母さんはどうかな?」「お母さんはあまり言いません。お父さんは私と二人の時に言います。こっちに来なさいって呼ばれます。真剣な話をする時はいつもそうです。学校へ行くべきだって何回も行け行け言います」

 

 

 

 

 

「お父さんにそういうふうに言われてどうしてる?」「お父さんのことは放っておきます。お父さんとはほとんど会話していません。話しかけたりしないし・・・・・・。今が一番しんどいです。不安が大きいです」

 

 

 

 

 

父親が電話を代わってほしいと言い、父親と話をしました。「女房は明るくて調子がいいです。今度、病院で学校のことを聞いてきます。学校へ行くことは、本人に任せてもいいでしょうか」と聞かれたので、A子さんはいろいろなことを自分でよく考えているので本人に任せればよいこと、登校についてお父さんから言わないでもらいたいことを伝えました。

 

 

 

 

 

父親は、「そうですか。それがよくわからなくて・・・・・・」と言いました。

 

 

 

 

 

学校へ行くことなどについてA子さんも不安がっていますが、両親とも不安が高く、両親がどのように対応したらよいのかわからず、心配になってしまいA子さんに学校に行くように言っていたことが窺えました。

 

 

 

 

 

第十回目の面談です。約束の時間に電話をしましたが、通じなかったため、時間を少し置いてもう一度かけてみると繋がりました。

 

 

 

 

 

電話での様子は元気がなく、寝起きのような声なので、「どうしたの?」と聞くと、「疲れてしまいました。調子はまあまあですが、身体が痒くなる時がときどきあって、ちょっと掻くと痕も残って赤くなってしまいます。

 

 

 

 

 

前は蕁麻疹みたいになっていたけれど、今は赤くなって掻くとひどくなります。体中真っ赤です。塗るような薬がありません。

 

 

 

 

 

朝起きると咽喉も痛くて三○分くらいすると治ります。最近、よく眠れません。昨夜は、八時に布団に入っても十二時まで眠れませんでした。

 

 

 

 

 

お父さんは仕事に行くことになりましたが、心の準備ができていないからと結局行くことができませんでした。

 

 

 

 

 

でも、お父さんも頑張っているから、私も頑張ろうと思います。登校日が近づいてくることを考えるとプレッシャーになって、実際に登校日が来た時がすごく不安です」と語りました。

 

 

 

 

 

このことから、登校日近辺に家庭訪問をして、家庭状況やA子さんに合わせて対応したいと考えました。

 

 

 

 

 

第十一回目に家庭訪問を行いました。訪問は一時間程度か、それより短い時間が妥当であろうと考えていました。

 

 

 

 

 

父親は、「医者がA子に学校へ行くようにと強く言ったため、A子は学校へ行くくらいならリストカットしてやると言い出したので、もう学校へは行かせないことにしました」と言ったので、両親とA子さんと別々で話をすることを提案しました。

 

 

 

 

 

A子さんの部屋で対面すると、A子さんは、「医者から強い口調で学校へ行くように言われた」と話し、それが強いプレッシャーとなり、「もう学校へは行けない」に繋がっていると感じられました。

 

 

 

 

 

「学校での勉強が嫌」と言うので、好きで勉強している子は少なく、皆好きではないけれどそれなりにやっていること、本当に好きで興味のある勉強ができるのは大学かな、と話すとA子さんは、興味のある数冊の本を持って来て見せてくれました。

 

 

 

 

 

A子さんの部屋には、賞状が数多く飾られており、彼女が多彩な才能の持ち主であることがわかりました。いろいろな話をしているうちに時間になって終了しました。

 

 

 

 

 

A子さんは落ち着いた様子でした。家族が集まり、学校は週一回、月一回でもいいこと、朝起きて行けそうな日があったら行けばよいと思われることを伝えると、A子さんも両親も納得していました。

 

 

 

 

 

登校が可能になるかもしれないことを考慮し、今後は手紙を送ることにしました。

 

 

 

 

 

A子さんの好きな分野について調べておくと約束したので、文通ではA子さんの好きそうなものを手紙に同封していますが、返事は一週間後くらいに毎回届けられ、その際、A子さんも好きなものを同封してくれています。

 

 

 

 

 

返信は届いてから一、二週間をおくようにしてから届けるようにしており、現在、A子さんは毎日登校し、精一杯学校生活を送っています。

 

 

 

 

 

三 事例を通して見えてくるもの

 

 

 

 

 

A子さんの家族において印象的だったのは、施設での暮らしを経験していることでした。

 

 

 

 

 

もちろん、病状の悪さ、不安定さが生活状況における大きな要素であることは言うまでもありませんが、それ以前の問題として両親が施設で育ち、親の愛情を十分授けてもらうことなく、社会の強い風当たりを受けて、からみ合った複雑な思いを抱きながらここまできたということです。

 

 

 

 

 

両親は自分たちが両親に十分愛されて育ったと感じられず、辛い思いをしてきたことから、何としてでもA子さんには施設での暮らしをさせたくないという強い思いがありました。

 

 

 

 

 

しかし、両親とも病気になり、どうにもならなくなった時、A子さんは施設入所を余儀なくされました。

 

 

 

 

 

A子さんは、そのような経験を経てきており、厳しい現実を味わってきました。地域や行政の施設入所もやむなしという雰囲気のなかで、本人や両親の思いをいかに汲み取り、その尊厳を守れるかが問われることになります。

 

 

 

 

 

周囲を取り巻く状況の中で、私が一貫して感じていたのは地域や行政の対応の現実でした。

 

 

 

 

 

生活保護を受けており、次から次へと問題を起こす家庭であるので、この家庭さえなければといった視点が強くなってしまい、そうなるとどんどん歯車がかみ合わなくなって孤立状況となっていました。

 

 

 

 

 

地域で温かく見守ってくれるようなところが、もう少しあればと思ってしまったことも事実ですが、この家庭の背景を知れば、地域の背景を知れば地域の感情も理解できる部分もあり、私は両者の葛藤の中に立たされることになりました。

 

 

 

 

 

クライエントの思いや両親の思い、家族の背景、地域や行政といった家族を取り巻く周囲の状況などの現実が見えてくると、実際にどこまでの支援ならば可能か、どの辺りが限界かといったことが自然と見えてきます。

 

 

 

 

 

ひきこもりの背景には種々の要因が複雑に絡み合っていて、その基底には人間不信のようなものがあるように思われます。

 

 

 

 

 

直接の支援にのぞむ場合は、クライエントに対して誠実に対応しようと努めるのは当然だとしても、そのような状況下では誰でもひきこもりになってしまう可能性があるかもしれないという、クライエントと同じ視点に立った、寄り添おうという姿勢が必要なのではないかと考えています。

 

 

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