ひきこもり・ニート・不登校を蝕む思考
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ひきこもり・ニート・不登校を蝕む思考

自己否定

 

 

自己否定は、多くのひきこもりやニート・スネップ・不登校の子どもに見られるきわめて損な思考パターンです。

 

 

 

 

どんなに優れた長所をもっていても、自分を否定的に見ています。それが思い込みだということにまったく気づかず、本当のことだと固く信じています。

 

 

 

 

それは多くの場合、周囲からいつも否定的なことを言われることによって、刷り込まれてしまった間違った信念によるものです。

 

 

 

 

自己否定を抱いている人では、そこからさらに否定的な思考が広がっていきます。

 

 

 

 

自分は無価値なので、誰からも愛されない、誰も自分なんか助けてくれない、自分がいても迷惑をかけるだけだ、このように思い込むことによって、結果的に行動が萎縮し、実際に否定的な結果しか生み出せず、自己否定を裏付けることになってしまいます。

 

 

 

 

それが、思い込みだということに気づくことが第一です。

 

 

 

 

完璧主義

 

 

 

 

完璧主義も、ひきこもりやニートによく見られる不幸な思考パターンです。それが生存にとって不利なものだということに、あまり気づいていません。

 

 

 

 

完璧主義は、自己否定や自己肯定感の不足を補うために、身につけてきたものであることが多いです。

 

 

 

 

また、養育者が、無条件の愛情を与えるよりも条件付の愛情しか与えないことによって、完璧でなければ自分は愛してもらえない、認めてもらえないという思考がはぐくまれてしまっているケースにもよく出会います。

 

 

 

 

完璧に物事をこなせている間はいいですが、やるべきことが増えてついにパンクしてしまうと、完璧でない自分は無価値な存在になってしまい、もはや自分を支えることができなくなってしまいます。

 

 

 

 

完璧主義は、しばしば「すべき」思考とも結びついています。自分がすべきだと思っていることを、すべてそのとおりにしないと気がすまないのです。

 

 

 

 

また完璧主義は、白か黒か、全か無かで物事を考えてしまう二分法的思考とも縁が深いです。

 

 

 

 

物事をすべてよいかすべて悪いか、どちらかであると考えてしまうのです。しかし、この思考もまた人間を不幸にする思考法です。

 

 

 

 

すべてよいものなど、この世に存在しないからです。つまり、どんなものも、すべて悪いものになってしまうのです。

 

 

 

 

自己無力感と依存的思考

 

 

 

 

不安が強く、自立できていない人が陥りがちな思考パターンが依存的思考です。

 

 

 

 

その根底には、自分は無力であるという誤った思い込みと、すぐに人に頼ってしまうくせがあります。

 

 

 

 

自分には現実に対処する力がないので、人に頼らなければ生きていけないとか、大事なことは自分で決めるより人に決めてもらったほうがいいと思い込んでいるのです。

 

 

 

 

こうした依存的思考は、長年、過保護な養育者に頼り続けたり、横暴な養育者に支配され、自己決定の機会を奪われた結果です。

 

 

 

 

過保護も支配も、主体性を損なうという意味で、同じ結果をもたらします。

 

 

 

 

実際には、自分ひとりではできないというのは思い込みに過ぎず、実際にやってみれば自分でなんとかなるし、訓練を積むことによって自己決定力や自立能力も高まります。

 

 

 

 

依存的思考には、さまざまなバリエーションがあります。そのひとつは、運命論的思考です。

 

 

 

 

どうせ自分の運命は決められているので、自分にはどうすることもできないと思い込むことで、自分が責任を引き受け、主体的に判断し行動することを放棄してしまいます。

 

 

 

 

すぐに占いにたよったりするのも、依存的な思考の現われだといえます。逆に言えば、占いに頼っている限り、人は幸福にはなれません。

 

 

 

 

自分の力で幸福になろうと決意し、そのために知恵と力を使い始めるとき、運命は変わり始めます。

 

 

 

 

幸福幻想と呼ばれる思考パターンも、主体的努力を放棄したという点で、依存的思考のひとつと言えます。

 

 

 

 

幸福幻想とは、努力しなくても自分にいつか幸福が訪れて、自分は幸せになれると夢見ることです。

 

 

 

 

そのために必要な努力をするわけでもなく、ただ白馬に乗った王子様がおとぎ話のように現れるのを待っているのです。

 

 

 

 

残念ながら、そんな魅力に欠ける人の前に王子様が現れることはないでしょう。

 

 

 

 

過度な一般化と過剰反応

 

 

 

 

一つか二つのことから全部がそうだと思ってしまったり、一つ悪いことがあると全部悪いことだとみなしてしまう過度な一般化も、適応を妨げ、不幸を生む認知パターンです。

 

 

 

 

うまくいかないことが一回か二回続いただけで、もう永久によいことなど起こらないように思ってあきらめ、絶望してしまう破局視や、よいことはみずに、悪いことだけみてしまう選択的抽出も、一連のものだと言えます。

 

 

 

 

逆に過度に理想化したり、信用しすぎてしまう場合もあります。人は心の余裕をなくしているときは、過度な一般化に陥りやすいです。

 

 

 

 

傷ついているときは、すべてが敵に思えますし、救いを求めているときは、詐欺師も救世主に思えます。

 

 

 

 

過度な一般化のくせを辞め、事実を客観的にみられるようになるだけで適応が容易になり、日々の生活が楽になります。

 

 

 

 

そんなふうに変化すると、どれだけ自分が事実を捻じ曲げて物事を見ていたかに気づくようになります。

 

 

 

 

混同思考(自分と他者/事実と感情の混同)

 

 

 

 

自分と他者の境目を自我境界といいますが、その境目がしっかり確立されていない場合、自分と他者の立場を混同したり、事実と自分の気持ちを混同したりしやすくなります。

 

 

 

 

そうした未成熟な人格構造は、幼い子どもでは普通に見られますが、成人してもそうした構造が残っているのです。

 

 

 

 

親が支配的な場合も、過保護すぎる場合も、親と子との人格の境目があいまいになりやすく、こうした問題が生じやすいのです。

 

 

 

 

これは、子どもの安心感を守りつつ、主体性を尊重するかかわり方をしてこなかった結果です。

 

 

 

 

ただし、精神障害や心の理論が未発達な発達障害をともなう場合には、障害によってそうしたことが起きやすくなります。

 

 

 

 

頻度が高く、典型的な認知パターンとしては、自分に関係のないことまで自分が原因だと思ってしまう自己関係づけ、自分に原因があることまで周囲のせいだと感じてしまう投影的責任転嫁、悪意がないことまで悪意を持ったことのように感じてしまう被害的認知、自分の感情的な印象で物事を結論づけてしまう感情的論法があります。

 

 

 

 

ここにあげた以外にも、さまざまな認知の偏りというものを人は抱えています。それを自覚して過度にならないように修正することで適応が改善し、暮らしやすくなり、チャンスも開けてくるのです。

 

 

 

 

ここでは、適応が抑圧した葛藤や欲望によって妨げられていること、優越したいという願望と受け入れられたいという願望がうまく折り合えないと不適応を起こしやすいこと、人とのつながりかたをしらずしらずに決めている要因が幼いころの体験に影響されていること、自分の行き方に意味を見出せるかどうかによっても適応が左右されること、さらには、物事を受け止める際の偏りによっても適応が妨げられ、それを修正することでいきやすくなることを見てきました。

 

 

 

 

これらは突き詰めていくと、じぶんと他者や世の中との折り合いをつけることだといえるでしょう。

 

 

 

 

うまく折り合いをつけることがよい適応につながる一方で、折り合いのつけ方に無理があったり、本質をはずしていたり、偏ったりすると、さまざまな不具合が生じやすくなるということです。

 

 

 

 

うまく折り合いをつけるためには、自分が何を欲しているのかを良く知る必要があります。

 

 

 

 

同時に、相手や周囲が何を求めているかということについても、よく知る必要があります。

 

 

 

 

また、自分の折り合いのつけ方の偏りを認識して、それを成功率の高いものに変えていくことも大事だといえます。

 

 

 

 

自分に対して優しくなる

 

 

 

 

ひきこもりやニートの人は、ちゃんとしたことができなくなっていることについて、自分を責めます。

 

 

 

 

自分を責めるほど、つらく、苦しくなります。すると「こんな状態になったのは親のせい」と、両親に非難を向けることがとても多くなります。

 

 

 

 

このように「親のせい」にして自己非難を転化することがありますが、その奥には常に自分を責めるつらさを抱えています。

 

 

 

 

自分を責め続けると、落ち込み萎縮します。自分をいじめているような状態ですから、自分に対して冷たい態度になります。

 

 

 

 

「自分は最低だ」「自分なんか大嫌い」と、自分に向かって平然と言い放ちます。

 

 

 

 

自分に冷たい人間は、他人に暖かく接することができません。そして、他人に冷たい人は、よい人間関係は築けません。

 

 

 

 

自分に冷たくしていると、自己否定感もどんどん強まります。ですから、自分を責めることはマイナスの結果しか生みません。

 

 

 

 

少しずつでも自分を責めることを減らし、自分に対して暖かくなると、プラスの結果が生まれます。

 

 

 

 

そうしてプラスの体験を重ね、その大切さの理解を深めることです。自分の行動や考えを反省することはかまいませんが、責めないようにすることが、とても大事なことです。

 

 

 

 

その際、「自分を責めないようにしなければならない」とがんばりすぎないことにも注意してください。

 

 

 

 

「自分を責めないようにする」大切さは、ひきこもりの人の親にも共通します。

 

 

 

 

挫折してひきこもっている子どもを見ていると、親も挫折感を持ち、暗くなり、不安や恐怖を募らせます。

 

 

 

 

子どもから親非難があれば、なおさらかもしれません。いずれにしても、否定的な感情は否定的な思考を強めますから、「育て方が悪かったのか、子どもへの対応が悪かったのか」と、自分を責め、自分を否定したい気持ちにもなります。

 

 

 

 

しかし、自分を責めても何にもなりません。親が自分を責めて、自分に冷たくなれば、本人に暖かく接することはできません。

 

 

 

 

とりあえず心がけてほしいのは、自分を責めることを減らし、自分に冷たくしないことです。

 

 

 

 

親が自分にも愛を注ぐ心境になり、自分に暖かくなると、子どもに対しても暖かくなってきます。

 

 

 

 

ひきこもりを脱出するには、最終的には本人が自分に暖かくなることが必要ですが、そのためには親の暖かい協力は重要です。

 

 

 

 

親の暖かい協力があれば、本人が自分に暖かくなることを体験的に学ぶことができます。

 

 

 

 

ひきこもりとプラス思考

 

 

 

 

「プラス思考で考える」とは、よく言われることです。でも実際、ひきこもっている子どもを見て、とてもプラス思考で考えることなどできないというのが本音ではないでしょうか。

 

 

 

 

「プラス思考」というと、明るく前向きなイメージを持って、そんな心境ではないよとなってしまうのではないでしょうか。

 

 

 

 

ですから、ここではわたしが考えるプラス思考について書いていきます。まず人間は本来マイナス思考が中心です。

 

 

 

 

そしてそれはけっして悪いことではありません。不安があってできないのではないかと思うから、努力して何とか打破しようとするのです。

 

 

 

 

将来の不安があるから、貯金をしたり保険に入ったりするはずです。何も不安がないならそのようなものは最初から必要ありません。

 

 

 

 

だからまず一般的に言われているようなプラス思考に変えなければいけないと考えるのを止めてください。

 

 

 

 

マイナス思考を持っていて、そこに別の考え方を足していくのがプラス思考だと考えてください。

 

 

 

 

つまり、自分が今まで考えたことがない方法を考えたり、今までやってきたことと逆のことをやってみることをプラス思考と考えてください。

 

 

 

 

失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、親がやってきたことと逆のことをしてうまくいったケースがたくさんあるということも事実です。

 

 

 

 

ゲームばかりやっている子どもがいたら、普通はゲームをやめさせる方向で考えると思います。

 

 

 

 

そして、ゲームを制限したり、取り上げたりします。逆に目いっぱいやらせることは考えないでしょう。

 

 

 

 

わたしはそういう子どもにひきこもり自立支援センターの共同生活寮で、目いっぱいゲームをさせたことがあります。

 

 

 

 

最初のうちは喜び勇んで一日中ゲームをしていました。しかし、1ヶ月ほどゲーム三昧の生活をさせたらぱたりとやめてしまいました。

 

 

 

 

子どもにゲームを目いっぱいさせることで、この人は自分の好きなことをさせてくれる人なんだなあと感じたかどうかわかりませんが、以前よりもよく話しができるようになりました。

 

 

 

 

好きなものでもずっとやっていれば行き詰ってきます。そこに別のものを提供してあげたということです。

 

 

 

 

この例は極端かもしれませんが、つまり逆のことをやってうまくいった例です。やり方だけではなく考え方も重要です。

 

 

 

 

相談に来る親御さんには、「飲酒、喫煙、深夜徘徊、ゲーム、昼夜逆転」こういったものを直すにはどうしたらいいかと質問してくる人もいます。

 

 

 

 

ひきこもりの子どもであれば、外に出す、学校に行かせる、就職させるなどでしょうか。

 

 

 

 

両方とも同じことで、悪いものを正すという考え方です。もちろん間違ってはいません。

 

 

 

 

ただ悪いものを正すときには注意する、強制するといった手段になりがちで、聞く耳を持っていない子どもにはなかなかうまくいきません。

 

 

 

 

ですから、いったんその考えを捨ててください。良いものを伸ばす、新しいものを足すという考え方をしてください。

 

 

 

 

そうすると子どもの良いところを探そうと努力するようにもなります。良いところを伸ばすということは、手段としてはほめるという行為が多くなるはずです。

 

 

 

 

人間は相手が自分のことを嫌っているということには非常に敏感です。特にひきこもりの子どもはこういうことには鋭敏です。

 

 

 

 

だから、友だちが自分のことをよく思っていないとか親にいらない子だと思われているといったことをよく口にするのです。

 

 

 

 

相手に好意をもってもらおうと思ったら、自分がまず相手を好きになることが必要です。

 

 

 

 

それには良いところを探すことが一番いい手段だとわたしは考えています。悪いところを正そうとすれば悪いところばかりが目に付き、結果相手にいい感情をもてなくなります。

 

 

 

 

そうなったときは相手も同じように思っているのです。新しいことを足すといっても、そう簡単には思いつかないこともあるでしょう。

 

 

 

 

そういうときは、自分自身が新しいことをはじめてみるのもひとつの方法です。行ったことのないところに行ってみることもいいでしょう。

 

 

 

 

わたしは子どもたちをつれてよく研修旅行に行きます。それは知らないこと、新しいことに触れることによって幅が広がるからです。

 

 

 

 

何か言ったりしなくても、見せることだけでも大きな効果があるからです。子どもだけでなく、親にも同じことが言えます。

 

 

 

 

いつも同じ環境で考えていても、新しい考えなどなかなか浮かんできません。ぐるぐる頭のなかで同じことが回っているだけになってしまいます。

 

 

 

 

そういうときは、環境を変えてみることが前に進む手助けになるものです。あとは他人に相談することです。

 

 

 

 

これが一番早く別の考え方を取り入れる方法であることはまちがいありません。こういうことはすべて環境を変えることであるといえます。

 

 

 

 

環境というのは、場所だけではなく、考え方、人、食べるものすべてが含まれます。

 

 

 

 

他人に相談したことがなければ、相談に行ってみることも環境を変えるということになります。

 

 

 

 

気持ちが前向きになることもあるでしょうし、知らなかった情報が手に入ることもあります。

 

 

 

 

わたしはこうやって環境を変えることを「プラス思考」と呼んでいるのです。わたしの言う環境が変わらなければ、子どもが変化することはありません。

 

 

 

 

ですから、さまざまな「環境」を変化させる勇気を持って行動してください。そうすれば、子どもは必ず変わっていきます。

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