ひきこもりの本音
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ひきこもりの本音

ここでは、わたしや関東自立就労支援センターのスタッフが実際に子どもたちから聞いたひきこもりの本音について、さまざまな年齢層の話を交えて書いていきますので参考にしてください。

 

 

 

 

親にとっては耳の痛い話もあるかもしれませんが、後々触れていくひきこもりの子どもと付き合うために子どもの目線を知ることは大いに役立つので、よく理解してもらいたいと思います。

 

 

 

 

わたしは普段から子どもたちと生活するなかで、子どもたちの本音を聞く機会がたくさんあります。

 

 

 

 

食事や運動をしているとき、勉強をおしえているとき、一緒にゲームをしているときなど過ごす時間が長ければ長いほどさまざまな話を聞くことができるのです。

 

 

 

 

もちろん「今日は調子はどう?」とか「よく眠れた?」などといった何でもない話をする時間が大半で、深刻な話や指導のこと、「なぜ、ひきこもりになったのか」などといった話はそのうちの1割にも満たないかもしれません。

 

 

 

 

しかし、本音を聞きだすためにはその1割以外のところが大事で、これがコミュニケーションであり、信頼関係を築き上げることになります。

 

 

 

 

これから紹介する子どもたちの本音を聞いて、ひきこもりの子どもたちがどう感じ、何を考えているのか、またどうしたいと思っているのかを理解してください。

 

 

 

 

そして親が考えていることと何が違うのかを見つけ出してください。それはひきこもりの問題を解決するうえで、大事な一歩になると思います。

 

 

 

 

〇 聡君(仮名)のケース  「18歳・ひきこもり期間1年」

 

 

 

 

聡君は18歳で、学校に行っていれば高校3年生です。ひきこもり期間は1年ほどでした。

 

 

 

 

中学のときから不登校になり、高校には進学したものの、すぐに行かなくなってしまいました。

 

 

 

 

その後は家にひきこもるようになったということです。

 

 

 

 

「どうしてひきこもりになったのか?」

 

 

 

 

「中学のときは学校が遠くて、行くのがめんどくさかったです。中2のときに学校をさぼって家でゲームやパソコンをしていてそっちのほうが学校に行くよりも楽しくて、それがきっかけでだんだん行かなくなりました」

 

 

 

 

ー学校に行くように親から言われなかったのか?

 

 

 

 

「もちろん言われました。でも親は仕事に行ってしまうのでそれをうまくかわせば後は行かなくてもすむんで、何とか逃げたり、行くふりをしたりしていました。

 

 

 

 

高校に行くのには中3の成績が一番関係あるって聞いたので、中2はまあ行かなくてもいいかなっていうのもありました。

 

 

 

 

でも行かないといけないって気持ちはありました。3年になったら、家での生活に慣れきっていたので足が向かないし、行ったら何を言われるんだろうって考えると、どんどん行きづらくなっていきました。

 

 

 

 

3年の2学期になって父親がキレて、行かないなら出ていけ、施設に入れるぞと脅されて、強制的に連れて行かれましたけど・・・。

 

 

 

 

何とか高校にも入れましたが、結果は中学と同じでした。だんだん行ったり行かなかったりになってしまい、行かなくなってくると学校に行ったら何を言われるんだろうということが気になって余計、行けなくなりました。

 

 

 

 

中学も高校も同じような感じです。もうだんだん疲れてしまっていっそ行かないって決めてしまったほうが楽なんじゃないかって考えるようになりました。

 

 

 

 

それで高校もまったく行かなくなってひきこもるようになりました。もうそのころには、親に何を言われても無視して口を聞きませんでした。」

 

 

 

 

「ひきこもっていたときはどう考えていたのか?」

 

 

 

 

「行かないって決めたけど、学校に行かないと将来困るのはわかっていたんで、すごくプレッシャーを感じていました。

 

 

 

 

でも学校を休むと今度行ったときに何を言われるんだろうということのほうが怖くて、行かないといけないというのと行けないという気持ちでいつも板ばさみにあっていました」

 

 

 

 

「学校に行かない間は何をしていたの?」

 

 

 

 

「ネットゲームをしたり、アニメを見たりしていたんで、完全に昼夜逆転していました。

 

 

 

 

朝方寝てそれこそ12時間くらい平気で寝ていました。起きている時間はほとんどパソコンの前から離れませんでした。

 

 

 

 

食事もお腹がすいたら食べる感じで一日一食ぐらいしか食べていませんでした。テレビの放送を見て曜日がわかるぐらいになっていて、曜日も時間の感覚もあまりなかったですし、気にもしていませんでした」

 

 

 

 

「親に対してはどう思っていた?」

 

 

 

 

「父親にはいつも何かで1番になれといわれていました。でもがんばってもなれないです。

 

 

 

 

すると、なるまでがんばれって言われます。もう逃げたくて逃げたくて、実際逃げたりもしましたが、そうすると叩かれて、正直今でも憎んでいます。

 

 

 

 

結局自分の思い通りにさせたい、ならないと叩くみたいな感じで強制されてばかりですから。

 

 

 

 

母親に対しては別に文句はないです。言われても無視しておけばいいですし。ただ自分のことで両親がけんかになっているときは母親には悪いなと思っていました」

 

 

 

 

「社会や友人に対してはどう思っていた?」

 

 

 

 

「社会はとても難しいものというイメージです。自分じゃできないという気持ちです。

 

 

 

 

勉強も資格も必要で、自分は何も持っていません。学校にほとんど行っていないので友だちはいません。

 

 

 

 

自分から避けていたので。だから特別思っていることもないのですが、しいて言うなら自分とは違うという感じです」

 

 

 

 

「ゲームやネットなどについてどう考えているの?」

 

 

 

 

「楽しいです。時間を忘れて没頭できるし、よけないことを考えなくて済むし。でも他にもっと楽しいことがあればやってみたい気持ちもあります。

 

 

 

 

でもたぶん自分にはできないと思います」

 

 

 

 

「自分は社会のどの位置にいると思う?」

 

 

 

 

「自分は社会にはいないです。だって学校行ってないし、仕事もしてないから」

 

 

 

 

高志君(仮名)のケース  「25歳・ひきこもり期間3年」

 

 

 

 

高志君は25歳で、大学を卒業した後就職して2年ほど勤めたということですが、身体の不調を訴えて自主退社しました。

 

 

 

 

その後、再就職に失敗し、その後2年間ひきこもるようになったそうです。

 

 

 

 

「どうしてひきこもりになったのか?」

 

 

 

 

「つらかったです。身体的にも精神的にもかなり追い込まれていました。職場には先輩ばかりで、仕事はできるのが当たり前のように言われていつも叱られてばかりでした。

 

 

 

 

そんな仕事の愚痴を話したりする相手もいなかったので、誰にも相談できずずっときてしまいました。

 

 

 

 

最初の会社を辞めたあとも就職活動をして再就職しましたが、結局力が残っていませんでした。

 

 

 

 

前よりますます精神的に追い込まれて心療内科にもかかりました。でも結局自分をわかってくれという気持ちがどんどん大きくなるばかりで何も解決しませんでした。

 

 

 

 

そのうち自分は他人とは違うんだと思うようになり、社会には自分の居場所はないと考えるようになってしまいました」

 

 

 

 

「ひきこもっているとき何を考えていたのか?」

 

 

 

 

「働かなければいけないと強く思っていました。でも実際には身体もつらいし、やる気も起きないし、どうしたらいいのかわかりませんでした」

 

 

 

 

「ひきこもっている間、何をしていたのか?」

 

 

 

 

「ネット、ゲーム、アニメがほとんどです。最初は外に出てドライブしたりしていましたが、ひとりでするにも限界がありました。

 

 

 

 

そのうち気力がなくなってしまい、家で何も考えずにゲームをしていたりすることが多くなっていきました」

 

 

 

 

「そのとき、親に対してはどう思っていたのか?」

 

 

 

 

「僕は親に言われたとおりにずっとしてきました。というか表向きそうしていました。

 

 

 

 

正直自分というものがなくて、強く言われたりするとやりたいことがあってもあきらめてしまう、というか自己主張できない、反発できないんです。

 

 

 

 

3年は我慢しろとかえらい人も言ってたとか社会的に正しいことを言われているのはわかっているんですが、心のなかには反発心はありました。

 

 

 

 

俺の気持ちをわかってくれよ、もう限界なんだよっていつも思っていました。話をすればそういうことを言われるのはわかっていたので、途中からは完全に耳を閉ざしていました。

 

 

 

 

そうでもしないと、自分が切れてしまうのではないかって怖かったので」

 

 

 

 

「友人や社会に対してどう思っていたのか?」

 

 

 

 

「自分は理解されない、みんなとは違うと思っていました。普通の会話をしていてもほとんど自分は合わせている感じで、そういうのが重なってくると自分はずれていると感じました。

 

 

 

 

仕事はやらなくちゃいけない感でやっているだけでした。本当はやりたいことがありましたが、無理だ、こっちのほうがいいという周りの意見に押し込まれてしまい、心の中でいつも違和感を持っている状態でした。

 

 

 

 

本当はがんこで気難しいところがあるのですが、その部分をいつも自分で抑え込んでしまうので、ストレスがたまっていく一方でした」

 

 

 

 

「ゲームやネットはどうして興味を持ったのか?」

 

 

 

 

「僕は小さいころからコンピューターのなかでものが動いていることにとても興味がありました。

 

 

 

 

機会が好きでしたので、別に何か特別な理由があるわけではないですが、自然と興味を持っていきました。

 

 

 

 

ひきこもってからは、自分の好きなことだけできて最初は楽しかったです。時間がたつにつれて、でもそれが単なる時間つぶしなんじゃないかと感じるようになりました。

 

 

 

 

でもそういうことも考えないようにやり続けていたんだと思います」

 

 

 

 

「社会からどのくらいの距離に自分を感じていたのか?」

 

 

 

 

「僕は社会から少し距離のあるところにいる感じでした現実社会にも空想の社会にもどちらにも興味があるという感じです。

 

 

 

 

現実の社会から逃避したいのですがいつも現実の世界がそばにあって、空想の世界にも完全に入り込めない、自分そのままの感じですね」

 

 

 

 

翔太君(仮名)のケース  30歳・ひきこもり期間4年

 

 

 

 

翔太君は30歳で、ひきこもり期間は4年になります。高校を卒業し、大学にも進学しましたが、大学は中退し、それからアルバイトやカウンセリングの勉強に通ったりもしましたが、4年ほど前からはほとんど家から出なくなりました。

 

 

 

 

「なぜ、ひきこもりになったのか?」

 

 

 

 

「高校3年までは普通に学校に行って、部活をやっていて、結構部活もがんばってやっていました。

 

 

 

 

でも3年の最後の大会で失敗してしまって。なんか終わったなーって、一気に冷めてしまいました。

 

 

 

 

それから1ヶ月ほど学校を休みました。浪人して一応大学に入りましたが、1ヶ月くらいしかまともにいけませんでした。

 

 

 

 

惰性でなんとなく大学に入たようなものなので、もう浪人した時点であきらめていました。

 

 

 

 

大学に入っても周りは楽しそうにしていましたが、自分はなんとなく違うなって感じていました。

 

 

 

 

大学を辞めた後もアルバイトしたり、友人と会ったりカウンセリングの勉強をしに行ったりしていましたが、いずれも気持ちが前向きになったわけではなく、大学を辞めたときよりも気持ち的には沈んでいた気がします。

 

 

 

 

そんな気持ちだったので、しだいにそういったことにも足が向かなくなってきて、結果的に家から出ないというかたちになっていきました」

 

 

 

 

「ひきこもっているとき何を考えていたのか?」

 

 

 

 

「はじめは将来のことが心配でした。でも1年くらい経つとそういうことも考えなくなりました。

 

 

 

 

結局自分は周りの人とは違うんだろうな、自分ひとりしかいないっていう感じになりました。

 

 

 

 

周りから自分がどういうふうに思われているのかばかり気になっていて、そういうところからも逃げたかったので、携帯電話の電源も切って、誰とも連絡をとらなくなりました。」

 

 

 

 

「ひきこもっている間は何をしていたのか?」

 

 

 

 

「ネットゲーム、マンガ、アニメとそれこそ部屋にいてできることは起きている間ずっとやっていました。

 

 

 

 

昼夜逆転し、ゲームをしているときは24時間やって、寝るときも24時間眠るなんてことも頻繁にありました。

 

 

 

 

親と会いたくなかったので、なるべく親が仕事に行く時間と帰ってくる時間は寝ているようにしていました」

 

 

 

 

「親に対してはどう思っていたのか?」

 

 

 

 

「勉強しろ、大学に入って安定した職に就くのが幸せだ、と言われ続けてきて、塾にも行かされて、本当はもっと遊びたかったといつも思っていました。

 

 

 

 

部活の最後のときも、部活が終わったから次は勉強だなということを言われて、いったい何なんだよ、今ここで言うかって。

 

 

 

 

まったく理解していないなと思いました。先のこと考えているのか?今どうなんだ?このままでいいのか?って聞いて、結論は働きなさいとしか言わない。

 

 

 

 

昔から逃げているって言われて、おまえががんばらないからといわれて。できる状態じゃないのがわからないのか、言われてきたことをやってきた結果じゃないかって思っていました。

 

 

 

 

だから、親とは話さないって決めたんです」

 

 

 

 

「友人や社会に対してどう思っていたのか?」

 

 

 

 

「携帯電話の電源を切ってしばらくは、誰の声も聞きたくないっていう気持ちでした。

 

 

 

 

働いている、学校に行っている人に言ってもわかるわけないと思っていました。劣等感の塊になっていて、周りと比べると自分がだめだということが明確になるから、とにかく距離をおきたいと思いました。

 

 

 

 

もともと人との付き合いがうまくできないですし、表面的にだけ人と付き合っていた感じなので、こうなっても相談できる友人はいませんでした。

 

 

 

 

わいわい騒いだりするのも得意じゃありませんし、一人でいるほうが楽だっていうのももともと性格的にありました。

 

 

 

 

あとは自分が性格的に些細なことで人と比べるということも影響していると思います。

 

 

 

 

人からよく思われていないんだろうなと、被害妄想みたいになることもよくありました。

 

 

 

 

なるべく明るくと気を遣っていたつもりなのですが、逆にそれが人に気を遣わせていたみたいで余計うまく付き合えませんでした。

 

 

 

 

自分は友人や社会の人と比べて普通なのか、人と違うのかという感情から、次第に自分は理解されない、みんなとは違うと決め付けるようになりました。

 

 

 

 

誰もそんなこと言っているわけではないのですが、自分で勝手に決め付けていました」

 

 

 

 

「ゲームやネットについて」

 

 

 

 

「自分の場合は子どものときからゲームやテレビなんかは厳しく制限されていたので、もともとすごくやってみたい気持ちは強かったです。

 

 

 

 

だから好きなようにできる状況になったときよけい楽しく感じました。それがはまった原因だと思います。

 

 

 

 

ひきこもるようになると、ゲームやネットに没頭しているときは他のことを考えないですむっていうことはもちろんあります。

 

 

 

 

自分ができない世界に入り込むのは楽しくて正直に言うと、現実逃避です。自分ができない世界を求めていくので、自分の場合は自然と強いフィクション性のあるものを求めました。

 

 

 

 

逆に現実に近いものに興味が持てませんでした。あこがれというか、その世界観に惹かれたというか、反社会的というのとは違うと思いますが、現実には起こりえないもののほうに興味が持てました。

 

 

 

 

社会からはいちばん離れているような空想的なものばかりやっていました」

 

 

 

 

「社会からどのくらいの距離にいると感じていたか?」

 

 

 

 

「自分の場合は本当にすごく離れたところから社会を見ていた感覚があります。

 

 

 

 

だから普通とは違うと感じていたし、周りの人にも違うと思われているのではといつも気になっていました」

 

 

 

 

雄介君(仮名)のケース  40歳・ひきこもり期間8年

 

 

 

 

雄介君は40歳で、ひきこもり期間は8年になります。高校卒業後、専門学校を経て就職しました。

 

 

 

 

30過ぎまで職業を変えながら自分なりにがんばって働いてきました。しかし、派遣社員として仕事をしていたため契約が切れて、その後契約が更新されず失業しました。

 

 

 

 

再就職がうまくいかずにひきこもるようになったということです。

 

 

 

 

「どうしてひきこもりになったのか?」

 

 

 

 

「中学のときから不登校でした。学校の先生と折り合いがつかず、クラスメイトともけんかばかりしていました。

 

 

 

 

自分は納得できないとすぐ口に出してしまうので、人間関係がうまくいかなかったのだろうと思っています。

 

 

 

 

人に気を遣いすぎるところもあったのかと思います。一から十まで全部やらないと気がすまないから、周りからは最後はあいつにやらせとけばいいやってなってました。

 

 

 

 

結局キャンプなんかに行っても自分でやりすぎてしまって、その後疲れて寝込むようなこともよくありました。

 

 

 

 

こんな性格だから職場での人間関係がうまくいかず、派遣を切られたんだと思います。

 

 

 

 

再就職もうまくいかず、プライベートもうまくいかない、もうどうでもいいやって、やる気がなくなってしまいました。

 

 

 

 

それで外に出なくなっていきました」

 

 

 

 

「ひきこもっていたときは何を考えていたのか」

 

 

 

 

「いつも将来に対する不安はありました。最初は社会復帰したいとおもっていました。

 

 

 

 

それがだんだんもうだめだ、死にたいと思うようになっていきました。3、4年たったときからはもう社会復帰のことなどまったく考えなくなりました。

 

 

 

 

もう無理だとあきらめていました。それからは今の生活をどうやって維持していくかということを考えていました。

 

 

 

 

「ひきこもって何をしていたのか

 

 

 

「ネットゲームをずっとしていました。僕の場合、とにかく生きていくことが仕事です。

 

 

 

 

膨大な時間をひきこもって生きていこうと思ったら、ゲームをやり続けるぐらいしか選択肢がありませんでした。

 

 

 

 

ゲームが楽しいということもありましたし、他のことを考えなくてもいいというのもありますが、一番の目的は時間つぶしです」

 

 

 

 

「親のことをどう思っていたのか?」

 

 

 

 

「子どものときに強制されたことしか覚えていません。もちろん反発もしましたが、それで親が変わることはありませんでした。

 

 

 

 

僕が家庭内暴力を起こしたのは、口で言ってわからないから仕方がないと思っていました。

 

 

 

 

こうなった今、自分はいらない子どもだと思われているのはわかっています。でも僕自身は家族の一員になりたいと思っています。

 

 

 

 

親は僕が普通にしていればこんなことにはならないといいますが、親も変わらないと家族がひとつになれないと思います。

 

 

 

 

でも今までいろいろやってみても何も変わらないので、どうせだめだという気持ちが強いです。

 

 

 

 

いつも話は平行線で、最終的には言い合いになって終わるだけです」

 

 

 

 

「友人や社会にたいしてどう思っているか?」

 

 

 

 

「僕が友人と呼んでいるものは、ネットでつながっている人たちだけです。あったこともないので友人と呼べるのか微妙ですが、親とばかり話していると気が狂いそうになるので、僕にとっては誰かとつながっているということは大事なことです。

 

 

 

 

社会は本当に厳しいところです。努力は報われるといわれてきましたが、僕はそうはなりませんでした。

 

 

 

 

派遣なんて使い捨てで、体力的にも精神的にもぼろぼろになるまで働かされて、それで捨てられるっておかしな話ですよね」

 

 

 

 

「ゲーム、ネットなどについてはどう考えている?」

 

 

 

 

「ネットゲームは社会と同じです。知らない人同士がやるから礼儀とかも大事です。

 

 

 

 

でもめちゃくちゃな人もいて、荒らすだけ荒らして、はい、さようならって人も多いです。

 

 

 

 

ネットゲーム自体がいけないのではなくて、それをやるユーザーの意識の問題だと思っています」

 

 

 

 

「自分は社会のどの位置にいると思うか?」

 

 

 

 

「自分のいるところがそれぞれ社会だと思っています。だからそういう意味では社会にいるし、一般的な意味では社会にはいないのだと思います」

 

 

 

 

4人の子どもたちの言葉を聞いて、どう感じたでしょうか?もちろんひきこもりの原因は千差万別で、この4人の言葉だけからすべての原因を紐解くことはできません。

 

 

 

 

しかしながら、この4人の言葉からだけでもひきこもりのこどもたちに共通する感情、また年齢による感情の変化、ひきこもりの年数による考え方の変化というものがはっきりと表れています。

 

 

 

 

ここにはその共通する感情、年齢やひきこもりの年数による変化についてわたしの経験を加えてまとめていきますので、ひきこもりについて理解を深めてください。

 

 

 

 

この4人に限ったことではありませんが、ひきこもりと不登校というのは密接に関わっています。

 

 

 

 

ひきこもり自立支援センターに相談に来るひきこもりの子どもたちは、大部分が小、中、高、大学のうちいずれかで不登校を経験しているという事実があります。

 

 

 

 

ではみなさんは不登校をどういうものだと考えているでしょうか?長期にわたって学校に行かないことだと考えている方が多いのではないかと思います。

 

 

 

 

しかしわたしに言わせれば、1日、2日でも「学校をさぼる」ことは立派な不登校です。

 

 

 

 

「たかが1日、2日休んだくらいで」と思われるかもしれませんが、そういった考えで親が何もしなかったために、完全に不登校になったり、後にひきこもりになったりするケースがたくさんあるのです。

 

 

 

 

不登校というのは、何も突然やってくるものではありません。必ず前兆があります。

 

 

 

 

それは「学校に行きたくない」という言葉です。その言葉を聞いたとき、親が軽く流してしまって単純に「行きなさい」とだけ命令して、「なんで行きたくないのか」という問題をおろそかにしてしまうことはとても危険なことなのです。

 

 

 

 

「勉強がいやなのか、朝起きるのがつらいのか、それともいじめられているのか」など何らかの原因があるのです。

 

 

 

 

それを放置してしまうということは、結果的に子どもとのコミュニケーションにも影響が出てきてしまいます。

 

 

 

 

本来であれば、「学校に行きたくない」という言葉の兆候が出たときに子どもとよく話をして、親が原因を把握しておくべきです。

 

 

 

 

普段からそういったコミュニケーションがとれている親子であれば、子どもは親を信頼すべき相談相手として認識します。

 

 

 

 

しかし、「行きなさい」と命令だけしているような親子関係だと、問題が大きくなっても子どもは親に相談できず、結局自分ひとりで抱え込んでしまうことなります。

 

 

 

 

そうなると、親は「子どもが何を考えているのかわからない」、子どもからしたら「親に相談しても仕方がない」というようにまったくコミュニケーションがとれない親子になってしまうのです。

 

 

 

 

不登校がひきこもりと密接に関係しているというのは、何もひきこもり自立支援センターに相談に来るひきこもりの子どもたちが不登校を経験しているという事実からだけではありません。

 

 

 

 

これには明確な理由があります。学校というところは勉強をする場であると同時に、将来仕事をして自立する練習をする場です。

 

 

 

 

後者のなかでも特に集団のなかでうまくやっていく方法を身につけるということが非常に大事になってきます。

 

 

 

 

それが不登校になってしまうと、集団のなかでコミュニケーションをとっていくことがなくなってしまうので、将来仮に社会に入っていったとしても大きな苦労を強いられることになります。

 

 

 

 

ですから不登校を経験すると仕事をするようになってから、集団のなかでのコミュニケーションがうまくいかずにひきこもりになるのは当然といえます。

 

 

 

 

前述した4人にも共通することなのですが、ひきこもりの子どもたちはみな一様に「親から強制させられた」ということを訴えます。

 

 

 

 

逆に親に話を聞くと、「強制した」という感覚はないといいます。この感覚の違いはどこからくるのでしょう?

 

 

 

 

健一君(仮名)のケース  31歳・ひきこもり期間7年

 

 

 

 

31歳の健一君はひきこもってから7年になります。子どものときから親が熱心にいろいろなところに連れて行ってくれたそうです。

 

 

 

 

それこそ国内だけでなく、海外にも何度か行ったそうで、他人から見ると比較的恵まれたうらやましさがあるような環境で育っています。

 

 

 

 

親からしてみたら、親子での楽しい旅行です。しかし、そのときのことを健一君に聞いてみると「無理やり連れて行かれた」と答えます。

 

 

 

 

健一君によく話を聞いてみると、次のように言いました。「父親が全部勝手に決めてしまう。スケジュールとかも全部決めて、もっとみたいものがあっても時間だからと次に行かされ、ゆっくりしようとすると叱られるんです。

 

 

 

 

父親は性格的にせっかちなのか、どんどん先に行こうとするのですが、僕は比較的ゆっくりと時間を過ごしたいタイプなんです。

 

 

 

 

父親が行きたいところに家族がつき合わされている感じで、ぜんぜん自分がやりたいことができませんでした」

 

 

 

 

健一君は、父親が行きたいところを連れまわされている感じで、旅行自体が嫌いになったとも言っていました。

 

 

 

 

健一君の父親からすれば、いろいろなところに連れて行って親子のコミュニケーションをとってきたと考えていますし、健一君からしてみたら強制的に連れて行かれたと感じているのです。

 

 

 

 

「叱られるから言われたとおりにするしかなかったです。他のことも全部そんな感じで、高校受験や大学受験も受ける学校を決めたのも父親でした」

 

 

 

 

健一君は大学を卒業するとき、自分が何をやりたいのか、どうしたいのかわからず、そのまま時間が経過していって、今の状態になったといいます。

 

 

 

 

わたしは健一君の話を聞いて、今の状態になるのも仕方ないと感じました。「強制」されてきたと感じている子どもは「言われたとおり」やってきています。

 

 

 

 

少なくとも当人は「言われたとおりにやってきた」という感覚を持っています。逆に「自主性」や「創造力」は欠如しています。

 

 

 

 

決断力がなく、自分のことも自分できめられないというふうに育ってしまっています。

 

 

 

 

だからこういう子どもは一緒に食事に行くとメニューで食べたいものを自分で選ぶことですごく時間がかかってしまいます。

 

 

 

 

ましてや自分が何をしたいのか、何をしたらいいのかという問題に答えを出すことはとても困難なことになるのは当然のことです。

 

 

 

 

法律で決まっているような「善悪の判断」や、「礼儀」「挨拶」「感謝」「反省」を教えることは「しつけ」です。

 

 

 

 

しかし、本人がどうしたいのかということを無視して、親の考え通りにいかせようとすることは「強制」です。

 

 

 

 

その違いをよく把握していない子どもの「自主性」を大きく損なう結果になってしまいます。

 

 

 

 

もちろん親がそういった方向で進ませたほうが本人のためになると考えているからこそ、本人にさせようとしていることはわかります。

 

 

 

 

であれば、「なぜその方向で進むことが良いのか」ということを十分に納得させた上で、進ませるべきです。

 

 

 

 

不登校とひきこもりの関係のなかでも話したように、ただ行きなさいというのは強制です。

 

 

 

 

それよりも「行きたくないのはなぜか」ということを真剣に話し合うことが大事だということと同じです。

 

 

 

 

わたしがひきこもりの子どもたちが何を考えているのか、どうしたいのかを把握することが大事だと言っているのは、この「なぜ」の部分なのです。

 

 

 

 

「なぜ」を省略して強制していくことがいちばん問題で、してはいけないことなのです。

 

 

 

 

自分が社会からどのくらいの位置にいるかという質問がありましたが、社会のなかにいると答えた子どもがいませんでした。

 

 

 

 

ひきこもりの子どもたちは皆一様に「社会にいない」という感覚を持っています。もちろん学校にも会社にも行っておらず、社会に属していないのですから、社会にいないという感覚を持つのは当然のことです。

 

 

 

 

では彼らが学校や会社に行っていたときはどうだったのでしょうか?質問した子どもたちもそうですが、学校や会社に行っていたときも自分は他人とは違うと感じていました。

 

 

 

 

彼らに聞くと、学校や会社に行っていたときも、現在ひきこもっているときもほとんど変わらず、「社会にいるんだ」という感覚は持っていなかったといいます。

 

 

 

 

彼らはそれだけ自分が他人とは違って輪のなかに溶け込めていないという孤独感を味わっているということです。

 

 

 

 

表面的には友達もいて、周りから見るとごく普通に見える子どもが、実は内面的には孤独感を強く持っていることはわたしにとっても衝撃でした。

 

 

 

 

この原因は親の愛情不足にあります。たとえばレストランで子どもが親と一緒にいるのに走り回ったりして叱られているのを見たことはないでしょうか。

 

 

 

 

こういった場合、ほとんど親は大人同士で話をしていて、子どもの話を聞いていません。

 

 

 

 

子どもはすることがなくて、走りまわってしまっているのです。子どもは親に話を聞いてもらいたい、自分のほうを見てほしいから、走り回るという行為によって自分に注目を集めようとするのです。

 

 

 

 

この子どもの感情からくる行為を、ただしかるということでおさえつければ、子どもは親に不満を持つようになります。

 

 

 

 

本来子どもをつれてどこかに行こうと思ったら、子どもを中心に考えなければいけません。

 

 

 

 

子どものはなしを聞いてあげ、子どもが親の愛情を感じていれば走り回ったりすることはありません。

 

 

 

 

こういった愛情不足が重なって成長すると、子どもは孤独感を持ちます。また、親に対して信頼しないようになってしまいます。

 

 

 

 

すると他人と接するときも、自分は理解してもらえないと思ってしまい、自分から距離を置こうとするのです。

 

 

 

 

自分が距離を置けば、当然周りは離れていきます。すると、余計に孤独感を感じるのです。

 

 

 

 

理解してもらえないという感覚は、積極性や自主性も奪ってしまいます。誰からも理解してもらえないから自分から物事をすることをためらうようになります。

 

 

 

 

すると、他人に言われたことに合わせておけばいいと考えるようになり、いわゆる「指示待ち人間」のできあがりです。

 

 

 

 

これは学校教育の失点だという人もいるでしょうが、わたしに言わせれば親の愛情不足の産物です。

 

 

 

 

だからこそ、子どもたちに孤独感を感じさせてはいけないのです。何もしょっちゅう一緒にいてべたべたしたほうがいいといっているわけではありません。

 

 

 

 

子どもが望んだときに親ができるだけ精一杯の愛情を注いであげることが必要なのです。

 

 

 

 

けっして親の時間があるときに相手にしてあげるのではなく、「子どもが必要としているとき」というのが大事なのです。

 

 

 

 

わたしは子どもたちと一緒に生活し、一緒に同じものを食べて、目標に向かって精一杯応援してあげ、一緒に楽しいんで一緒に悲しむように努めています。

 

 

 

 

それによって彼らの孤独感を少しでも取り除いてあげたいのです。それが家族というものではないでしょうか。

 

 

 

 

先の4人の話からもわかるように、将来に対する不安はみな一様に持っています。

 

 

 

 

しかし、年齢が上がったり、ひきこもりの年数が長くなると将来に対する不安の意味合いが変わっていきます。

 

 

 

 

今までたくさんのひきこもりの子どもたちと話してきて、同じひきこもりの子どもたちでも将来に対する考え方に大きく差があることがわかっています。

 

 

 

 

それはたいていの場合、次のような経過をたどります。まずは、自分がこれから社会に所属できるだろうこという不安を抱く段階です。

 

 

 

 

これは年齢にもよりますが、学校に行けるだろうか、就職できるだろうかという不安です。

 

 

 

 

次に、どうでもいいと考える段階です。この時期になりますと、社会に所属することを半分あきらめている状態になっています。

 

 

 

 

次は社会に所属することを完全にあきらめた段階です。こうなると死にたいといった感情も沸き起こってきます。

 

 

 

 

もしくは今の状態をどうやって維持しようかと考えるようになります。言い換えれば、働かないでいかにして生きていくかということです。

 

 

 

 

初期の第一段階で社会に所属できるだろうかという不安がある状態では、逆に言えば、社会に所属したいという希望も反面は持っていて、やる気もまったくないという状態ではありません。

 

 

 

 

社会に所属できるという希望と所属するためのスキルを身につけることができれば社会復帰は可能ということになります。

 

 

 

 

第二段階でも同様のことが言えます。どうでもいいと思っている状態ではやる気を取り戻し、社会に希望を持たせることは初期の段階に比べ難しいことは確かですが、まだ社会に所属することを完全にあきらめたわけではないので可能性はあるのです。

 

 

 

 

当然のことながらいちばん難しいのは第三段階にまでいたってしまった場合です。

 

 

 

 

この段階にいたるには、不登校や仕事での失敗、人間関係がうまくいかないなど、さまざまなつらい体験や失敗を経ているか、長いひきこもり生活のなかで自分ひとりで考えてこのような結論にいたっています。

 

 

 

 

ですから年齢もたいてい30代を超えるケースが多いものです。こうなりますと、希望のある話でも、自分にはできないとすべてマイナスに捉えてしまい、やる気を生むことが難しくなっています。

 

 

 

 

自分は他人と違うんだという気持ちも強く、なかなか他人の意見にも耳を貸しません。

 

 

 

 

このようなケースを改善するためには、本人ひとりの力では難しく、一緒に同じ道を歩く人間の存在が大きくクローズアップされてきます。

 

 

 

 

それには本人と強い信頼関係を作り、本人と一緒に動いてあげて、成功体験を少しでも多く積み重ねていくことをしていかなければなりません。

 

 

 

 

そこで本人のマイナスな考え方を少しでもプラスの方向に持っていくのです。この段階になるとかなり時間がかかることは容易に理解できるでしょう。

 

 

 

 

だからこそわたしは言っているのです。ひきこもりの子どもたちが将来に対して不安を持っているうちに対応することが大事です、と。

 

 

 

ひきこもりの子どもたちと話をしていると「友だちがいません」という言葉をよく耳にします。

 

 

 

 

よく思われていないのではないかという気持ちが常にあるので、それならば友だちと付き合わなければそういった思いをすることもないと考えてしまうのです。

 

 

 

 

しかしよく話を聞いてみると、一般的に友だちと呼ぶ相手がいないかといえばそうでもないのです。

 

 

 

 

しかし、彼らは友人がいないと感じています。それは彼らが自分から友だちを遠ざけてしまっているということです。

 

 

 

 

友だちがいなくなっていったのではなく、自分から友だちをなくしていったのです。

 

 

 

 

これには彼らの共通した感情からくるものがあります。それは自分は友だちからよく思われていないと感じていることです。

 

 

 

 

ひきこもり自立支援センターに来る子どもたちの大半は、別段性格的に変わっているということはありません。

 

 

 

 

むしろ控えめで気配りもできるので、他人からいやな感情を持って見られることは少ないのではないかと思います。

 

 

 

 

ただ消極的で、感情を表すのがあまりうまくないということはあります。しかし、これだけの理由で友だちから極端に嫌われるようなことはないはずです。

 

 

 

 

しかし彼らは自分はよく思われていないと感じてしまっています。これには恥をかきたくないという感情に大きく関係しています。

 

 

 

 

恥をかきたくないから、やったことがないことにチャレンジすることを極端に怖がるのです。

 

 

 

 

これはマニュアル的な現代の教育と親の教育からきています。物事はやる前から結果がでていることはそうありません。

 

 

 

 

しかし、こうやればこうなるという方法と結果ばかり追求した教育をされていると、失敗してもいいからとにかくやってみようという気持ちが育たないのです。

 

 

 

 

そういう意味では、子どもをいろいろなことにチャレンジさせ、失敗から学ばせるということは大事なことなのです。

 

 

 

 

これは親に教育にも同じことが言えます。大事な子どもだから失敗しないように失敗しないようにと育てます。

 

 

 

 

子どもははじめは好奇心を持っていろいろやってみようとするのですが、それを止めてしまい、それはやっちゃだめ、こうしなさいという親の意向どおりにしようとします。

 

 

 

 

こうやって失敗を過度に恐れる子どもに育っていってしまいます。話にある4人が「強制された記憶しかない」と言っていることは、ここにも現れているのです。

 

 

 

 

これは失敗したくないからチャレンジしないということと同じことです。友達がいないから相談相手がいない、彼らはそう考えています。

 

 

 

 

普通に考えれば親がいるじゃないかとなるのですが、それは彼らの頭の中にはありません。

 

 

 

 

彼らにとって親はもっとも相談できない相手になってしまっているからです。彼らは強制されて、言われたとおりにやってきたという感覚を持っています。

 

 

 

 

また、言われたとおりにやってきた結果うまくいっていないと感じています。もっと言えば、「こうなったのは親のせいだ」とまで思っているといっても言い過ぎではありません。

 

 

 

 

そんな彼らが親に相談することがないのは当然です。そうなると、友だちにも親にも相談できない、どうすることもできない、もっといくとどうでもいいといった絶望感に変わっていきます。

 

 

 

 

しかし彼らの本音は「相談する相手がほしい」であることは覚えておいてください。

 

 

 

 

どんなに暴言を吐いても、家庭内暴力をしていようとも、彼らの本音は別のところにあるのです。

 

 

 

 

それは自分の話を聞いてほしい、自分を理解してほしいという魂の叫びなのです。

 

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