ひきこもりの少年の家庭訪問事例
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ひきこもりの少年の家庭訪問事例

 

 

関東自立就労支援センターの相談室に一組のご夫婦が見られました。話を聞くと、息子が部屋に閉じこもったまま出てこないといいます。

 

 

 

 

 

「小学校、中学校を通じて、本当にやさしくていつも笑顔で誰からも好かれるとてもいい子だったが、中学1年になると突然人間が変ってしまった。豹変してしまった」と夫婦は口をそろえます。

 

 

 

 

 

何が原因なのか、少年は 中1の夏から2年間、自宅でひきこもり状態にあるといいます。

 

 

 

 

 

少年の父親は、山の手で病院を経営しています。家族構成は、両親、商社勤務の姉、私立の有名女子校に通う 2歳違いの次女との 5人家族です。

 

 

 

 

 

父親は名門の大学の出身で、母親は優しい笑顔を絶やさず誰からも愛されそうな人柄に見えます。

 

 

 

 

 

はた目にもうらやむようなこの家族に今、何が起こっているのでしょうか。「とにかくお子さんにお会いしましょう」私は夜間訪問を決めました。

 

 

 

 

 

翌日の夜7時、夕食を終えてから訪ねる約束をしました。夜間訪問にあたっては、あらかじめ本人がどんな食べ物が好きかを家族に聞いておくのが私のやり方でした。

 

 

 

 

 

本人が好きだというポテトチップスとジュースを手に少年の家をたずねました。

 

 

 

 

 

「本当に、よく来ていただきました」居間に通してもらい、母親とあいさつを交わしました。「本人はどこですか?」階段を上がった左側の部屋にいるといいます。

 

 

 

 

 

一呼吸おいて、父親の知り合いという設定で少年の部屋のドアををコンコンとノックしました。返事はありませんでした。

 

 

 

 

 

「開けるよ」何度か声を出しても応答がないので、できるだけ親しみを込めた声を出しながら勝手に引き戸を開けました。

 

 

 

 

 

六畳と思われる部屋の窓側にベッドが置かれ、その手前に最新のパソコンとプリンターがデスクに置かれていました。少年はキーボードを操作している最中でした。

 

 

 

 

 

無機質というネーミングがぴったりの無表情な顔をしていました。

 

 

 

 

 

部屋にはテレビもなく、ひたすらパソコンと向き合っていました。パソコンを背にして、戸棚と本棚が置かれてありましたが、驚いたことにベッドやそれらの家具のすき間というすき間はティッシュと本とノート類が散乱して足の踏み場もない状態でした。

 

 

 

 

 

「この人は一体誰なんだろう?」突然、引き戸を開けて現れた私を少年は恐怖心と、「何がどうなっているんだろう?」というような混乱した目で見ました。

 

 

 

 

 

「こんばんは。最近お父さんと知り合いになったんで、寄らしてもらいました。君がお部屋にいるというんでどうしても話をしたくて来たんだけれど、入ってもいいかな?」少年は怪訝そうな顔をしました。

 

 

 

 

 

「ちょっと入るよ」承諾もしないが拒否もしなかったのでそのまま入りました。「突然でごめんね」戸を閉めます。散乱するティッシュのあいだを縫って、何とか足の置き場を探しながらようやくベッドの上に座りました。

 

 

 

 

 

「何なの、それ。すごいね。それにしてもいいパソコンだね」相手に考える隙を与えずに、突然パソコンの質問に入ります。相手の警戒心よりも早く、こちらのペースにもっていきます。

 

 

 

 

 

それがひきこもりの少年と接触する経験から学んだ私のやり方です。少年はパソコンで新車の情報をリサーチしていました。「なにこれ、新しく出る車なの?」

 

 

 

 

 

私がどういう職業で、何者なのか。そんなことはいっさい言わないでただ話題をパソコンの話にもっていきました。少年は思わず口を開きました。

 

 

 

 

 

「いや、これは新しい車ではなくてモデルチェンジされた車です。一部改良された車なんです」語尾は聞こえませんでしたが、口ごもるように少年は言葉を発しました。

 

 

 

 

 

何しろひきこもりで、家の中には誰一人彼の話し相手はいません。自分が今、興味を持っていることについて聞かれれば、心の奥で誰かに自分のことをわかってほしいと願っている少年なら、つい、聞かれるままに自分の方から話してしまいます。

 

 

 

 

 

そんなわけで、数分前までは顔も見たこともない男を気がつけば部屋への侵入を許し、自分が最も関心のあるテーマについて説明までしているのです。

 

 

 

 

 

「あっ、すごいな。俺、何も知らなかったのにそういうこともわかるんだ」私は大げさに言葉をつづけました。一瞬、少年の顔の緊張が緩みました。それを見逃さずにたたみこみました。

 

 

 

 

 

「もっと違うところもちょっと見せてよ!」話の流れで、やむなく少年はパソコンで別の部分をリサーチして私に見せました。

 

 

 

 

 

ぶっきらぼうにただ見せているだけですが、明らかに少年は嬉しそうでした。私は少年の心をくすぐる反応を示します。

 

 

 

 

 

「そうか、これはそうなってるんだ。知らなかったな。じゃあ、ほかの車もわかるの?」少年は無言のうちに素早くキーボードを操作しました。そして私に提示して見せました。

 

 

 

 

 

「俺の車はね、こういう名前なんだ」私は自分の車の名前と車種を告げました。「それはすごくいい車です」ロボットが発するような声で少年は言いました。

 

 

 

 

 

「知ってるの?」「それは、日本でいいと言われている車の一つです」

 

 

 

 

 

「へエー、そうなんだ。どこがいいんだろうね」「エンジンはこういうものでできていて、こうなって、つまり世界で一番いいと言われているベンツと同じ仕様になっています。ただ、ベンツと違うのは対安全性で、それはベンツと同じ仕様にはしているけれど、わずかにベンツよりも落ちるところです・・・・・・・」

 

 

 

 

 

なんて私の車について、よくもこんなに知ってるものだなあと感心するほど多くの言葉で説明してくれました。

 

 

 

 

 

「ああ、そうなんだ。じゃあいい車に乗っててよかったよ」

 

 

 

 

 

「いい車です・・・・・・」

 

 

 

 

 

「そうか、じゃあ、車のことならあなたに全部聞けばいいかな・・・・・」と言いながらあちこちに目をやると、棚にゲームのソフトが並んでいます。

 

 

 

 

 

その中の車のゲームに目がいきました。「それもやるの?」「うん」彼はすぐに車のゲームに換えてくれました。

 

 

 

 

 

「おもしろそうじゃない。ちょっとやってみせてよ」彼は少しエキサイトしているように見えました。

 

 

 

 

 

「わあ、面白そうじゃない。俺にもちょっとやらせてよ」

 

 

 

 

 

彼は席を譲ってくれて、私にゲームをやらせてくれました。私が失敗して車をひっくり返すのを見て、彼をちらりと笑顔を見せました。

 

 

 

 

 

「また、今度来たいんだけどいい?」「いいよ」

 

 

 

 

 

そして、「たまたまその辺で買ってきたんだけど」と言って、ジュースとポテトチップスを置いて帰りました。30分程度の少年との初めての出会いでした。

 

 

 

 

 

不登校、ひきこもりの少年との接触は、「短期間」が鉄則です。「あの人は誰?何しに来たんだろう?」私がいなくなったドアの向うで、きょとんとした彼の顔を想像しました。

 

 

 

 

 

内心、安堵しました。彼にしてみれば訳がわかりません。最初の時は、あえてそういうことを向こうに考えさせるようなやり方を私はすることがあります。

 

 

 

 

 

二十数年間にわたって、不登校やひきこもりの子供たちと接してきた私が、経験則として無意識のうちに学んだテクニックであり、戦略でもあります。

 

 

 

 

 

初回の出合いはこれで一応の成果を見ました。外に出ると、火照った体が夜気に気持ち良かったです。少しだけ、少年の心に触れることのできた喜びがわき起こりました。

 

 

 

 

 

「相手はひきこもりの子供でしょ。なかには暴力的な子供だっているだろうし、凶器だって持っているかもしれない。何の約束もなく、見たことも会ったこともない子供の部屋にいきなり押し入って行くなんて、無謀と違いますか?

 

 

 

 

 

第一、怖くないんですか?何かあったらどうするつもりですか?」しばしばされる質問です。「怖くないのか」と聞かれれば、私は、「全然怖くない」と答えます。

 

 

 

 

 

私が訪ねる子供たちは全員がひきこもりなどののっぴきならない状況にある子供たちです。ですが、私という人間はどういう状況の子供であれ、子供が大好きなのです。

 

 

 

 

 

この少年のように、それまで全く会ったこともない子供でも、家族からの依頼があって時間が許す限り、日本全国どこへでも喜んで行かせていただきたいと思います。

 

 

 

 

 

ひきこもりの子供がどれほど荒れている状況であろうが、私は平気です。無防備で、ニコッと笑ってひきこもりの子どもの部屋に入っていきます。

 

 

 

 

 

不登校やひきこもりの子供たちと出会うことは「仕事」でもありますが、同時に私の生きがいでもあります。子は親を、親は子を選ぶことはできません。

 

 

 

 

 

家族という逃れられない現実があります。でも、逃れられないということは、向かい合うことができるということでもあります。

 

 

 

 

 

家族が逃げずに向かい合うとき、新しく誕生するものがあります。新しく生まれ変わる家族の姿、それを私は見届けたいのだと思います。

 

 

 

 

 

答えは家族にある

 

 

 

 

 

少年の家族は 三階建てのビルに住んでいました。一階は、父親が経営する病院になっています。私は最初の訪問で、看護士や事務員などの職員と家族との間に漂う緊張感を感じ取っていました。

 

 

 

 

 

親であるから当然でもありますが、子供のプライバシーを守るために細かい神経が配られていました。もちろんそのこと自体は決して悪いことではありません。

 

 

 

 

 

子供が何か「問題行動」を起こした際、職員に知られたくないという感情も理解できます。この両親もまた、少年のひきこもりを密閉するという方法をとってました。

 

 

 

 

 

家族が周囲に対して子供の現実を密閉することは、当事者である少年が自分の殻(自室)にひきこもるのに加え、さらに殻を作るという二重のひきこもり状態を作ることを意味します。

 

 

 

 

 

敏感な職員には、同じビル内にある院長宅で起こっていることくらい一目瞭然です。でも、無関心を装っています。院長は職員に家庭の中に入ることを許していません。

 

 

 

 

 

職員には知られたくないというのが本音なのでしょう。そういう父親の微妙な心の動きが事態をより複雑にしていました。

 

 

 

 

 

あらゆる面で家族は繊細で、よけいとも思えるほど少年に神経を使っていました。少年の家族は皆、優秀だといいます。はたから見たら模範的ともいえる家庭です。

 

 

 

 

 

そんな家庭の希望の象徴でもある少年がなぜ今、不登校、ひきこもり状態に陥っているのでしょうか。私には徐々にわかってくるものがありました。

 

 

 

 

 

不登校、ひきこもりに関する限り、密閉は事態の解決をより困難にします。知られたくない状況ほど、実は新しい光を入れる必要があります。

 

 

 

 

 

すべてをオープンにすることで、家族を危機的状況から守るという高等な戦術もあります。私の目には、この少年はわがままし放題というか、自分のわがままをすべて親にぶつけているという感じがしました。

 

 

 

 

 

親もまた、なす術もなく、息子の行為をすべて受け入れていました。密閉という方法を選んだとき、当然そうなることは予想されていました。

 

 

 

 

 

「でもほかにどんな方法があったのでしょうか」2度目の訪問の時、母親は私にうめくように言いました。少年はいま、家族の誰とも話をしません。

 

 

 

 

 

居間にも出てきません。少年に食事を作って出しても一切、口をつけようとしません。「どうしてこんなに食べないのか。このままでは生命を落とすのではないか・・・・・・」皆が寝静まった頃、少年は一人、冷蔵庫の中からチーズやソーセージを食べて済ませてしまいます。

 

 

 

 

 

時には、深刻な状況になるくらい、食べない状態が続きました。家庭内暴力も激しく、物を投げつけたり、ドアを開けて外にすべてのものを放り出したりしました。

 

 

 

 

 

それまで唯一、心を通い合わせていた姉二人にも暴力をふるうようになりました。はた目には、何不自由ない平穏な家庭です。ですが、一枚めくれば家庭は崩壊寸前、親としては我慢の限界に達していました。

 

 

 

 

 

「もう、いっそのこと殺してしまおう」父親は息子の姿を見て、そんなことを何回考えたかわからないというぎりぎりの段階にありました。

 

 

 

 

 

その父親も胃潰瘍で入院を余儀なくされました。

 

 

 

 

 

無機質な少年

 

 

 

 

 

「先日、私が訪問して帰った後、どうでしたか?」訪問時に、必ず親に前回の様子を聞くことにしています。どんなふうに彼が反応していたか、どんなふうに心が動いたか、それについて親はどんな対応をしたか・・・・・。

 

 

 

 

 

「特に何も変わっていません。親に対する姿勢とか態度は・・・・・・」わたしは安堵しました。訪問はひとまず成功したようです。

 

 

 

 

 

私の訪問が気に入らなかったら怒ったでしょう。物を投げ捨てるとか、反抗して、「何であんなやつを俺のところに寄こしたんだ!」なんていう態度を示したでしょう。

 

 

 

 

 

あるいは彼の場合、自分で自分を守るという意味では、引き戸につっかえ棒をしてしまうかもしれません。絶対に外から開かないように。

 

 

 

 

 

そうすれば、私が部屋に入ることは不可能です。ましてや、私のような外部の見知らぬ訪問者が、突然彼の部屋を訪れることなど拒む方法はいくらでもあります。

 

 

 

 

 

「拒否」がなかったということは、わたしを受け入れてくれたのだと思いました。

 

 

 

 

 

「子どもの頃は、こんなに明るくて元気な子だったんですよ」一週間後、二度目の夜間訪問の時、母親はわたしにお茶を出しながら堰を切ったようにまくしたてました。

 

 

 

 

 

「親の欲目でなくてもかわいい子でした。ほら、かわいいでしょう。こんなきれいな顔だったんですよ・・・・・・」。

 

 

 

 

 

子どもの頃のアルバムをめくりながら、一枚一枚私に写真を見せてくれました。少年は本当にかわいい顔をしていました。

 

 

 

 

 

少年の部屋を再度訪ねることにしました。二度目もアポなしです。少年は私のことを覚えてくれているでしょうか。軽くドアをノックして、少年の部屋に入っていきます。

 

 

 

 

 

「こんにちは。また来ちゃったよ。この間、ゲーム楽しかったよ。もう一度、あの車のゲームをやらせてくれないか。おじさん、今日はもう少しうまくできるかもしれない」

 

 

 

 

 

無機質の少年は、今日もひたすらパソコンと向かい合っています。パソコンの世界の名前も知らない友達と必死でコミュニケーションをとっています。

 

 

 

 

 

この日、私は少年といるだけで私のほうからは特別な話はしませんでした。少年の部屋と廊下を挟んで向かい合った場所に、すぐ上の姉の部屋があります。

 

 

 

 

 

幼い頃、姉とよく遊んだ部屋です。ですが、今は少年にとってその部屋までの距離は遠くなってしまいました。今日の少年はまったくとりつく島がありませんでした。

 

 

 

 

 

私を受けつけないとでもいうように、ひたすらパソコンのキーを打ち続けていました。

 

 

 

 

 

「来週も来るよ」それだけ言って、私は部屋の外に出ました。その後、私は少年への訪問を焦りませんでした。立て続けに慌てて訪問するという愚だけは絶対に避けなければなりません。

 

 

 

 

 

一週間おきに、定期的に訪ねることにしました。三回目になると、私は彼との信頼関係を次の段階へと進める必要を感じていました。

 

 

 

 

 

車に関しては、彼はすばらしい知識を持っていました。「プリウス」というハイブリッド・カーがあります。低燃費で環境に配慮したといわれる車です。

 

 

 

 

 

その「プリウス」のことを知りたい、と彼に言うと「展示場が近くにある」と教えてくれました。

 

 

 

 

 

「どんな車かどうしても見たいから、その展示場にいっしょに行って説明してほしい」少年の目をまっすぐに見ると、私はたたみかけました。

 

 

 

 

 

案の定、少年はふたつ返事で承諾してくれました。「ああ、よかった」私は彼に、「誰かに必要とされることの喜び」を感じて欲しいと願っていました。

 

 

 

 

 

それこそが、彼をひきこもりの生活から救出する唯一の方法であると確信していたのです。

 

 

 

 

 

彼と二人だけの「デート」は、次の日曜日の午後に決まりました。彼が案内してくれる時間は、ショールームの開館時間の関係もあって、いつも彼の部屋を訪ねる夜間ではなく昼間です。

 

 

 

 

 

私の車でそのハイブリッド・カーなるものを見に行きました。その時、彼の表情はこれまで見たこともないような嬉しい顔をしていました。まさに、得意満面でした。

 

 

 

 

プロの技術者顔負けの饒舌さで私のために車の説明をしてくれました。おそらく今日のために、得意のパソコンを駆使して私の質問や説明に彼自身、完ぺきに答えられるように懸命に知識を頭にたたき込んだに違いありません。

 

 

 

 

 

丁寧に私に説明をする彼の表情やしぐさを見ながら、人間とはいかに自分を必要とする存在を求めているかを目の当たりにし、胸が締めつけられる思いでした。

 

 

 

 

 

この日のために彼は、昼夜逆転の生活を普通の生活に戻すために人知れず苦労したに違いありません。私は彼に案内役を買ってくれたお礼をしなくてはと思いました。

 

 

 

 

 

ショールームと併設してあるカフェに入りました。チョコレートパフェを 2人前注文すると、はじめて彼の顔に笑みが浮かびました。

 

 

 

 

 

この日を境に、徐々に彼の中で私という存在が受け入れられているということを私は実感していきました。

 

 

 

 

 

2週間後、「海が見たい」という彼を乗せて、私の車は東名を走り横浜に向かっていました。

 

 

 

 

 

助手席に座った彼は、ドライブマップとカーナビを見ながら車を誘導しました。その横顔はとても嬉しそうでした。

 

 

 

 

 

山下公園に到着するころ、海は夕日で赤く染まっていました。

 

 

 

 

 

車から降り、埠頭のベンチに座りました。缶コーヒーを飲み、夕暮れ迫る海を見ながらいろいろな話をしました。思えば、はじめて彼の部屋を訪ねた日から 2カ月が経っていました。

 

 

 

 

 

単独で彼の部屋を訪問した回数はこれまでに 7回を数えていました。部屋で話す会話よりは、気持が弾んでいるように見えました。

 

 

 

 

 

子供を屋外に連れ出す時は、ひきこもりから抜け出す「第一歩」です。

 

 

 

 

 

コートに身を包み、いつ果てるともない彼の話に耳を傾けていました。その顔は 2カ月前、はじめて彼の部屋で出会った無機質の少年の面影とは異なり、寒さのせいかもしれませんがその頬には幾分赤味がさして見えました。

 

 

 

 

 

帰り道、私たちは本牧のしゃれたパーラーで食事をしました。彼にとって外食は 3年ぶりだといいます。

 

 

 

 

 

口の重い少年は、それでもいろいろな話を私にしてくれました。外食と同様に、腹を割って誰かと話をしたものまた、彼にとっては何年ぶりかの出来事でした。

 

 

 

 

 

しかし、これで手放しで不登校、ひきこもりから抜け出せたかといえば、事態は簡単ではありませんでした。この問題の根深さがそこにはあります。

 

 

 

 

 

私の少年のひきこもりからの脱出をかけた闘いは、次の段階へと進まなくてはなりませんでした。次の訪問日、彼の方から話しかけてきました。

 

 

 

 

 

「〔なぜ〕とか〔どうして?〕って理由を聞かないんですか」このころ少年は、私が支援機関の人間であることを理解して話をしていました。

 

 

 

 

 

「〔俺の目をきちんと見なさい〕とか〔顔をこちらに向けなさい〕とか言わないんですか」彼はそう言い、さらに言葉をつづけました。

 

 

 

 

 

「学校に行けなくなった自分は、みんなに申し訳なくて顔も上げられない。どうしていいかわからない。いつも相手がオールマイティーのカードを持ったゲームには参加したくないですよ」

 

 

 

 

 

私は思わずうなずいていました。「今度は、おじさんの家に泊まりに来ないか」私の提案を、彼は二つ返事で、「いいですよ」と受け入れてくれました。

 

 

 

 

 

泊まりに来る日は11月22日に決まりました。その日にした理由がありました。翌日は11月23日で祝日です。

 

 

 

 

 

休日の前日なら泊まりやすいだろうと考えたからです。その夕方、私は少年を家まで迎えに行きました。

 

 

 

 

 

車の助手席で彼にナビゲーターをやってもらい、都内にある私の自宅まで連れてきました。その夜少年を、妻も私もわが子のように向い入れました。妻の手料理は鍋料理でした。夕飯を食べて一緒に写真も撮りました。

 

 

 

 

 

ニコニコ、本当にうれしそうでニコニコして写真に写りました。「本当にこんな顔をしたんですか?」

 

 

 

 

 

後日、親御さんは私が差し出したその写真を見て、驚いたような、嬉しそうな顔をしたのが印象的でした。「こんな嬉しそうな顔、私もう何年も見てないんですよ」

 

 

 

 

 

「焼きそばを食べに行こう」夜の9時頃、私と妻は行きつけの飲食店に彼を連れ出しました。

 

 

 

 

 

事前に、私は飲食店の店長や常連のお客さんたちを交えて一つの作戦を立てていました。実は、これから不登校でひきこもりの少年を店に連れていきたいと思うが、店のみんなに紹介するのでみんなも彼に話しかけて、「おお、よろしくな」とか、握手をするとか
彼の事情は一切おくびにも出さずにみんなで楽しい時間を過ごさせてほしいとお願いをしておきました。

 

 

 

 

 

少年とともに飲食店のドアを開けました。カウンターだけの14、5人 座れる小さな飲食店です。

 

 

 

 

 

私は少年を、「実は、私の知り合いの息子さんなんだけど、今日ちょっと私のところに泊まりに来たんですよ」と皆に紹介しました。

 

 

 

 

 

常連の客たちは、皆気さくに彼に接してくれました。その場に、若い女性二人にも客として来てもらっていました。というのは、それまでの彼と接した経験から、特に若い女性の笑顔にとても嬉しそうに反応することに気づいていたからです。

 

 

 

 

 

女性たちは、一生懸命話をしてくれました。彼もまた、うれしそうに話をしていました。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私たちが彼に手紙を書いてあげる」二人の女性が少年の住所を聞き出しました。手紙を彼のところに出してくれるというのです。

 

 

 

 

 

その夜、少年は私の家に泊まりました。数日後、少年のもとに飲食店で知り合った例の女性から手紙が届きました。

 

 

 

 

 

何が書かれてあったのかはわかりませんが、突然、彼は部屋の引き戸をロックして再び他人を拒絶するようになりました。

 

 

 

 

 

私が部屋を訪ねた時、引き戸が開かないことに気がつきました。私が来るのをもちろん彼は知っています。引き戸の前で、私は彼の名前を呼びました。しかし、何度呼んでも返事はなく、部屋に入るのは不可能でした。

 

 

 

 

 

その後、2度ほど訪問を続けましたが、私が部屋に入るのは許されませんでした。本当の理由は少年にしかわかりません。ですが数日後、私の手元に届いた少年の手紙にはこう書かれていました。

 

 

 

 

 

「みんなでグルになって、俺を何とかしようとしている。そういうのは、俺は嫌いだ・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

少年は、その澄んだ感性で、私を含めた大人たちの思惑を見破ったのです。

 

 

 

 

 

彼の場合、今まで両親を喜ばせるために本当に精いっぱいよい子を演じてきました。そういうところがありました。

 

 

 

 

 

それが成長して、ちょうど思春期にさしかかった時期、ある疑問が頭をよぎりました。

 

 

 

 

 

「何で俺はこんなことをして親の言う通りになって機嫌を取らなくてはいけないのか」そういう当たり前の感情がわき出てきました。

 

 

 

 

 

それは反抗期でもあり、成長の証なのです。精神的に自立してくると当然、自分の考えと違うものに対してはぶつかるようになります。

 

 

 

 

 

これは当たり前のことです。でも彼の場合、感受性が強いこともあり、そういうギャップに非常に苦しみました。ギャップが大きすぎて、反抗の仕方が半端ではなかったのです。

 

 

 

 

 

「俺のことがなぜわからないのか。俺がここまで成長してきて自分で歩こうとしているのに、何であれやこれや些細なことを含め、あれこれうるさく言うんだ。俺は親の人形や遊び道具じゃないんだ・・・・・・・・」彼はとてもプライドが高い人間です。

 

 

 

 

 

「俺には自分の考えていることがあるのに、なんでそうやってつるんで俺の心を皆でだまして一つの方向に持っていこうとするんだ」私は手紙から彼の本心を必死で読んでみました。

 

 

 

 

 

再び彼が自分の殻にひきこもり始めた背景には、自立に向けての葛藤があるのだと思いました。

 

 

 

 

 

 

その後、彼は外部との接触を一切拒絶してしまいました。以来、私が手紙を書いても彼は受けつけません。

 

 

 

 

 

訪問しても、部屋の引き戸はロックされた状態なので、そのまま帰るしかありませんでした。「しばらく時間をおきましょう」両親と話し合って、時間をおくことにしました。それでもどうにもならない状態が続きました。

 

 

 

 

 

決断

 

 

 

 

 

二ヵ月後、状況が急転しました。その頃になると、父親がもうキレる状態寸前にまで追い込まれていました。

 

 

 

 

 

「また、お前はそういう状態になったのか。もう刺し違えて死んでもいい」ある夜、決断した父親は本人に真正面から裸でぶつかっていきました。

 

 

 

 

 

数日前のことですが、父親からわたしに相談の電話がかかっていました。

 

 

 

 

 

「・・・・・・お父さんが本気なら、その気持ちを息子さんに示すというのはやってもいいと思いますよ。息子さんはそれなりに理性ももっているし、聡明だし、理解できるはずです」

 

 

 

 

 

父親は、少年の部屋に突入することを計画していました。その頃は、高校受験に関していえば、ぎりぎりの段階まできていました。

 

 

 

 

 

入試自体、今の時期を逃すと受けられない状況でした。父親にとっては、自分の命よりも息子の高校受験が大事というわけでもないでしょうが、また一年ひきこもりの生活が続くと思うと暗澹たる気持ちになったのでしょう。

 

 

 

 

 

肉親だからの感情です。その夜、父親は、「息子と刺し違えてもいい」との切羽つまった思いで、息子の部屋の引き戸を蹴破って強行突破しました。

 

 

 

 

 

そこにいる息子に、正面きってぶつかっていきました。その瞬間、息子はそれまで見たこともない父親の真剣さを感じました。

 

 

 

 

 

話し合いの場を求めてきたのは息子のほうでした。「いや、俺のほうから話がある。明日、下りて行くからお父さん、お母さん、揃っていてくれ・・・・・・」

 

 

 

 

 

「本当は俺は自分でやりたいことがあるんだ」翌日、夜の九時頃、引き戸を開けて彼は両親の前に姿を現しました。

 

 

 

 

 

「何をやりたいんだ」

 

 

 

 

 

「ドイツのベンツの会社に入って、ベンツの設計の仕事をしたい。だから、今日本でこんなことをしていても意味がない。日本で高校卒業の資格をとっても意味がないんだから、ドイツに行かせてくれ」

 

 

 

 

 

「おまえがそう言うならいい。でも、高校を卒業していなかったら、英語もわからないだろうし、基礎的な知識がなかったら向こうで大学に入ることもできない。

 

 

 

 

 

お前が本当にそれをやりたいのなら、高校に行くという次のステップを踏みながら、ドイツに留学するための準備をしていく必要があると思う。

 

 

 

 

 

その夢を実現するためなら、私たちは一生懸命応援する」

 

 

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 

 

「俺が金を出す。お前がやりたいことがあるのならお金は俺たちが出すから、俺たちのアドバイスも聞くべきだ」父親の真剣な問いかけに彼は静かにうなずきました。

 

 

 

 

 

急転直下、少年は高校を受験し、合格しました。桜の花が満開の三月下旬のことでした。

 

 

 

 

 

家族の、特に真剣に向かい合った父親の心は少年に通じました。十七歳の地図に新しい道が加わりました。

 

 

 

 

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団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-439-4355
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援