ひきこもりの家族以外の人間関係の重要性
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ひきこもりの家族以外の人間関係の重要性

 

 

思春期以降の人間にとって、自信の最大のよりどころは、家族以外の人間関係です。

 

 

 

 

何らかの達成感のみで自信を調達しようとすることは、しばしば不確実で、むしろ自信喪失につながってしまう可能性があります。

 

 

 

 

それではなぜ、家族の承認のみでは自信につながらないのでしょうか。

 

 

 

 

たとえば異性からの受容と承認は、自身の最大の源のひとつなのです。

 

 

 

 

しかし、当然のことですが、家族は性愛については何ら寄与することはできません。

 

 

 

 

性愛を与えるのは常に他者ですが、家族はその意味での他者ではないからです。

 

 

 

 

それゆえ家族にできることは、とりあえず「壁」になることはやめ、「踏み台」として外に歩みだすことを支えるところまででしょう。

 

 

 

 

家族というのは、他者と自己の中間的存在といえます。家族が安心をもたらしてくれなかったら、その先にいるであろう他者が信頼できるわけがありません。

 

 

 

 

だからこそ家族には、本人に対して安心をもたらす他者であり続けてほしいのです。

 

 

 

 

逆に「追い詰めれば自立するかも」という思い込みから無用な不安をもたらすことは、社会参加を大いに妨げます。

 

 

 

 

家族が与えられる安心は、衣食住の安心でもあり、心理的な安心でもあり、家族関係の安心です。

 

 

 

 

差し当たりはあなたを見放さない、見捨てないという安心感を与えてあげなければ、本人はそこを土台として外に打って出ることすらできないでしょう。

 

 

 

 

土台が不安定なときほど、人は土台にしがみつくものです。だからこそ、しっかりと安定した土台を提供してもらいたいのです。

 

 

 

 

ただし、ここで注意してもらいたいことがあります。「安心させる」ことと「放っておく」ことは違う、ということです。

 

 

 

 

「安心させて欲しい」というと、すぐ「うるさいことを言わずに放っておけばいいのか」と勘違いされる親もいますが、そういうことではありません。

 

 

 

 

放置は「見捨てられるのではないか」という勘ぐりと不安しかもたらしません。

 

 

 

 

安心させるためには、とにかく積極的に「構う」ことです。

 

 

 

 

会話を通じて、本人に関心を向け続けることが大切です。そういう関係をうまく作り上げられれば、本人も安心して、家族に心を開くことができるようになるでしょう。

 

 

 

 

よいコミュニケーションが最大の安心の源です。逆に、悪いコミュニケーションは不安の源になります。

 

 

 

 

ですから、コミュニケーションのあり方を考えるということは、ひきこもりの環境調整においては、もっとも重要なことのひとつです。

 

 

 

 

この場合、互いに向き合ってする会話がすべてで、それ以外のやり取りはあまり価値がありません。

 

 

 

 

メモやメールのように、情報量として貧しい言葉は、言葉というよりはイメージに近いものとなり、それゆえに混乱を招きやすいのです。

 

 

 

 

叱咤激励の言葉も、目的がはっきりしすぎている分、やはり貧しいイメージの押し付けになりやすいところがあります。

 

 

 

 

とりとめのない、その分豊かな内容をもった会話を重ねることで、家族関係に信頼と安心を取り戻すところから始めてほしいと思います。

 

 

 

 

引きこもると、人間関係(コミュニケーション)を拒絶するわけですから、どうしても外出はしなくなってしまいます。

 

 

 

 

家というお城から出なくなるわけです。さらにそのお城の中で、親にさえ失望してしまうと、自分の部屋という「保護室」に閉じこもってしまいます。

 

 

 

 

要するに、より自分を保護してくれる、自己保存できる場所を求めていきます。

 

 

 

 

人間関係を最小限にしていくことに努め出すわけです。

 

 

 

 

無気力な状況、希望のなくなった自分というのは、本人にとってみればたいへんつらいものです。

 

 

 

 

そういう自分を外で他人に見せたくないのです。外部の人間は、「どうしたの?」と不思議そうに必ずそこをついてきますから・・・・。

 

 

 

 

聞かれるとまた説明するしんどさがあります。ある若者が担任の先生に「友達がほしい」と相談しました。

 

 

 

 

すると、その担任に「じゃあ、つくればいいじゃないか」と簡単に言われてしまったというのです。

 

 

 

 

「つくれないから相談しているのに」と言いたかったのですが、言えません。それから、彼は「友達はいらない」と誰に対しても言うことにしたのです。

 

 

 

 

外部の人間、せめて親が受け入れてくれればいいのですが、受け入れてくれるという保証はなにもないですから、やっぱり「逃避」したほうがいいということになってしまいます。

 

 

 

 

しかし、一方で当たり前の人間(社会人)として「負け犬」になりたくないという気持ちもあり、葛藤が起こります。

 

 

 

 

だから、親御さんが当初積極的に子どもの心情を肯定してくれれば、部屋の中に閉じこもるという状態にはなりません。

 

 

 

 

そういう家庭の子どもは、同じ引きこもりでも家の中では明るく暮らせるのです。

 

 

 

 

最終的には、これはたいへん難しいことなのですが、社会全体が引きこもる子どもの心情を受容してくれればいちばんいいのです。

 

 

 

 

アパートに住んでいて自分の部屋がない子どもの場合は、引きこもる場所は、トイレになったり押入れになったりします。

 

 

 

 

でも、トイレや押入れはそう長時間入っていられません。

 

 

 

 

すると今度は、公園に行ったり図書館に行ったりします。このように外出していると、引きこもりだとは思えなくなります。

 

 

 

 

しかし、心の中ではもうずっと引きこもっているわけです。

 

 

 

 

親としては、外に出ているというだけでちょっと気が楽ですけれど、物理的に家に引きこもる部屋がないというだけであって、状況はまったく同じです。

 

 

 

 

ただ、外出すると思わぬことで人と接触するチャンスが出てきますから、家の中に完全に閉じこもっている子どもよりも、旅立つチャンスが多くなると言えます。

 

 

 

 

引きこもりとは先述したように、家の自室に閉じこもっている状態を指しているのではなく、第三者との関係を持たない、果ては親、家族とさえ関係(コミュニケーション)を断つことで、かろうじて自分の精神的混乱を鎮めようとしていることです。

 

 

 

 

ツーウェイコミュニケーションに悩んでいるのです。

 

 

 

 

家族に対して「話しかけるな」という子もいますが、それはどんなコミュニケーションをとったら誤解されないかについて悩んでいるのです。

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